迷妄4
誰かに助けを求めた方がいいのだろうか。
だが、何をどう言って?
授業中にからかわれた、と? 部活に誘われた、と? 見られている、と?
祢子は、周りの大人たちを思い浮かべる。
担任の枯井先生に訴えたところで、それくらいのこと、と一笑に付される確率が高いだろう。
なんと言っても、枯井先生は、ブルマーの中に体操服を入れないと怒る人なのだ。
ぴったりしたブルマーの中に体操服を入れると、ブルマーがもごもごと膨らむうえに、足の付け根まで丸見えになるから、女子はみんな嫌がる。
それなのに、枯井先生は、入れていないと怒り狂う。
そんな枯井先生が、祢子の言うことをまともに取り上げてくれるだろうか。
父さんや母さんに話したところで、わかってもらえる自信が無い。
親戚や近所のおじさんたちのいやらしい冗談だって、笑って聞き流しているのだから。
それに、そういうことで悪目立ちしたくない。
井下田先生と何かあったと思われるなんて、死んでもいやだ。
同級生や、先輩から、「あれがその子よ」なんて後ろ指さされたら、恥ずかしくて死んでしまいたくなるだろう。
だから、どうかこれ以上何事も起こりませんように。
「ああ、井下田先生」
「はあ。なんでしょう」
職員室前の廊下で、佐波先生が井下田先生を呼び止めた。
がっしりして体格のいい井下田先生の前に立った佐波先生は、井下田先生より背が低く、やせて弱そうだ。
「立ち話も何ですから、ちょっとつき合ってもらえますか?」
「どうしてです?」
井下田先生はふんぞり返って、佐波先生を見下ろしている。
「秘密のお話があるんですよ。さあさあ、こっちへ」
二人は、生徒指導用の教室に入った。
「いったい、なんですか? 次の授業の準備をしたいのですが」
「井下田先生ってさあ」
佐波先生が、急にくだけた口調になった。
「なんだ、失敬な」
井下田先生の眉間のシワが深くなったが、佐波先生は、頓着しない。
「奥さん、教え子だったんでしょ?」
「それが、なにか? 女は、十六歳になったら結婚できるでしょ?」
「ぼくが言いたいのはさあ、どうやって中学生を誘惑したのかなあ、ってことなんだけど」
井下田先生は、瞬間、にやりとした。すぐに真顔になって、
「それは、恋愛ですから。プライバシーですよ」