迷宮8
車での送迎なものだから、登下校を一緒にするともだちも、遊ぶ約束をするような友だちもいない。
参観日に学校に行くと、坊っちゃんはやはり育ちが良く、他の子たちとは品性が違う。
他の子たちは保護者が気になってあちこちを見回している。
あの中に坊ちゃんの友だちにふさわしい子なんているわけがない。
お古の袖を、青洟でてかてかに光らせた子どもたち。
騒がしくて、はしっこく目を動かしている、野卑な山猿ばかり。
うちのすぐる坊ちゃんみたいに賢そうな顔をした子なんて、いやしない。
学校から帰ると、タエは坊ちゃんにおやつを出す。
せんべいやまんじゅう、カステラなどを食べながら、坊ちゃんはその日学校であったことなどを言葉少なに話す。
それから宿題。終わると、タエがチェックする。
その後は何をしても自由ということにしているので、坊ちゃんは知育雑誌や本を読んだりする。
テレビはあるのだが、頭が悪くなるのでできるだけつけないようにしている。
女中が夕食を運んでくると、坊ちゃんとタエは一緒のテーブルで食べる。
使用人と一緒に食べるのはよくないかと、初めは別々にしていた。
そうしたら、坊ちゃんが一緒に食べてほしいと言い始めたので、それからずっとそうしている。
一緒に食べていると、実の母子のような錯覚におちいる。
昔読んだ、良家の生活を描いた絵本。「ぼうや。これをめしあがれ」「かあさまもどうぞ」
そのふんわりと暖かく優しい絵を思い出して、タエは胸が熱くなる。
どうか、坊ちゃんがすくすくと立派に育ちますように。
そのためなら、タエはなんだっていたします。
仕立てのいい背広にネクタイをつけた美青年が、白髪頭のタエを壇上に呼び出す。
タエが恐縮して引っ込もうとするのを、無理やり自分の隣に据えて、
「皆さん。わたしのこんにちあるは、小さいころから私に尽くしてくれた、この、タエさんのおかげであります」
万雷の拍手。
あるいは、白衣に聴診器を下げた美青年が、病床のタエを見舞いに来る。
「タエさん。待たせたけど、ぼくもやっと一人前の医者になった。タエさんを治して見せる。よくなったら、また一緒に暮らそう」
あちこちからタエに注がれる、うらやましそうな視線。
こんな嬉しい妄想ができるのも、幸せなことだった。