岡田への手紙3-2
そういう仮定をすると、いろいろなことが、実によく理解できるんだ。
おれという存在が原因で、家族の不和という結果を招いているのなら、おれさえ出ていけば、全てうまくいくだろうと思った。
それでも、ちょっとは、誰かが引き留めてくれるかもと期待していたのかな。
引き留めるふりだけでも。
「わかった。ちょうどいい家がある。タエをつけるから、そこで暮らせばいい。
必要なものはすぐに手配する」
おやじは、あからさまにほっとした様子だったよ。
おれは、うろたえているのを悟られまいと必死だったのに。
だが、結果的には、それでよかった。
蔑む視線や言動から離れることが、こんなにも心身を楽にするとは。
生まれて初めて、体を伸ばして、深呼吸した感じだった。
気づかないうちにおれは、縮こまって、隠れるように生きていたんだな。
しばらくすると、あの母が、人を介して、ささやかな差し入れや贈り物をしてくれるようにもなった。
悪い人じゃないんだ。
認めたくない存在を日々目の前に突きつけられて、自分でもどうしようもなかったんじゃないかな。
子どもに罪はないとわかっていても。
おやじを愛していたんだろうなあ。
先日、吹奏楽コンクールなるものを見に行ったよ。
子ネコちゃんが出るから。
中学生になってから楽器に触れた子が大半の演奏だから、演奏自体は、もちろん大したことはない。
金賞のところでも、まあなんとか聞けるかな、というくらいだ。
だが、ステージの上で緊張しながら指揮者を見つめている、少年少女たちの表情を見ていると、おれはひどく切なくなってきたよ。
彼らは、大人を信じているんだろうな。
大人たちの善意、賢さ、能力、奉仕の精神。そういったものを。
おれは、いちおう大人になった。
大人として働き、暮らしていくようになった。
だが、大人のどこがどう優れているのか、まだわからないんだ。
大人は、子どもたちを導いていくに値する存在だろうか?
多少世間の泳ぎ方がわかるようになったからといって、それがお手本にできるような泳ぎ方かどうか、だれが判定するのだろう?
教員にしたって。
全てが、聖人君子、善男善女なはずがない。
大学を出たから、試験に通ったから、先生?
内心でどんな卑しい欲望をもっていたって。
外からわからなかったら、どうしようもない。
人格の合否判定なんて、誰にもできはしないんだ。
中学生よりは、少しばかり、取り繕い方、ごまかし方を学んだ。
それだけで、彼らに向かって、偉そうなことを言えるんだよ。
彼女は、きれいだった。
目立たない端っこでそわそわしていたが、だれよりも愛らしかった。
そこだけが、ステージの上で、光り輝いていた。
いつまでも見ていたい。
彼女に口づけられる、トランペットになりたい。
彼女の息を、全部吸い取りたい。
ほのかに乳臭い息。くぐもって落ち着いた声。とろりと甘い唾液を。
余すところなく、全てをおれの内臓に吸い込み、血液に溶かし込んで。
おれを、内側から彼女にしていくんだ。
おれは彼女になりたい。
曲が何だったかって?
覚えていないよ。
聞いたことがあるけど、忘れた。そんなことはどうでもいい。
ああ。
写真も撮ったんだ。
あとで部員にプレゼントするという口実で。
プログラムと一緒に、アルバムに貼らなくては。




