迷走6
体育館をのぞいてみることもある。
バレー部の練習の時は、かーこが、先輩たちにしごかれていたりする。
顧問の枯井先生の、ヒステリックな怒鳴り声が響く。
吹奏楽部でよかった。
サスケ先生の怒鳴るところなんて、見たことが無い。
卓球部が練習していることもある。
八坂君が走ったり、球拾いしたりしている。
見ていると知られたくなくて、祢子は、すぐに体育館から離れる。
他の部活の練習を見ると、祢子も、心を入れ替えてがんばらなければと思うこともある。
だが、トランペットの練習をした後は、唇の真ん中が白くふやけている。
そのうち、唇の皮がむけたりする。
食事のたびに、しみて痛い。
新しい皮ができても、吹くとすぐにふやけて、痛くなる。
一応多感な女子なので、唇が白くふやけているのは、非常に気になる。
体質的にも合わないと思う。
それに、中岡先輩!
祢子が神経質になり過ぎているのかもしれないが、一緒にいると、他の先輩から、なんだか変な目で見られているような気がしてしかたがない。
中岡先輩と。
そういう目で見られるのは、本当に、我慢ならない。
真面目で、悪い人ではないのはわかっている。
だが、だからといって、相合傘の中に並べられるのは、想像するのさえもいやだった。
たとえ、アダムとイブのように、中岡先輩と祢子だけが世界に残されたとしても。
祢子は、全力で拒むだろう。
どこが嫌いかと聞かれたら、自分でもはっきりとはわからないけれど。
強いて言えば、すべてがいやなのだった。
しかしいまさら、トランペットがいやだといったところで、どうにもならない。
K中では、全員どこかの部活に入らねばならないのだ。
女子はテニス部、バレー部、陸上部、美術部、吹奏楽部。
祢子には、吹奏楽部しかなかった。
母さんの言う事を聞いて、数日出遅れたばかりに、楽器を選ぶことができなかった。
でも、母さんのせいじゃない。
それは、祢子にもわかっている。
これはまったく、選ぶことを母さんに任せてしまった、自分のせいなのだった。
大人の言う事におとなしく従って、いいことなんて、本当に全く無い。
それだけは、田貫先生から、強烈に学んだはずだったのに。
母さんは誰よりも祢子のことをよく見ているから。
祢子のためをいつも考えてくれているから。
でも、選ぶのは、祢子自身でなければならなかったのだ。
三年間面白くない思いをするのは、祢子自身なのだから。