迷路1
「鮫島先生、指導計画案を見てもらえますか?」
衛藤は、立ち上がりかけた鮫島先生に急いで声をかけた。
鮫島先生は忙しくてなかなか捕まえられない。
衛藤にしたって、この後は野球部に行かなければ、摩久呂先生から嫌味を言われる。
わずかなチャンスも無駄にできない。
「悪いな、今日は用事がある。佐波先生に見てもらってくれ」
「え、またですか?」
校長からじきじきに、指導してやってくれと頼まれたはずだ。
それなのに、今まで一、二回しか見てくれたことが無い。
わかりやすく丁寧に説明してくれるから、大いに頼りにしていたのに、あんまりだ。
鮫島先生はスーツの上着を腕に引っかけて、大またに職員室を出ていく。
その背中を恨めしく見送っていると、
「鮫島先生は、『緑の山河』を歌いに行かなきゃならないから、忙しいんだよ」
にやにやしながら、向かいから佐波先生が耳打ちしてきた。
「『緑の山河』?」
「組合活動よ」
すぐ横を通った比木先生が、低い声で教えてくれた。二年生の数学の先生だ。
彼女は事務室にと消えた。
「鮫島先生は、まじめだからなあ。ほら、青少年のシンナーとか覚せい剤とか校内暴力とか、自殺とか問題だらけだから、組合でも忙しいんだろ。衛藤先生も、誘われたろ?」
「ええ、まあ」
組合に入らないかとたまに誘われるのは事実だが、まだ慣れるのに必死なので、と断り続けている。
鮫島先生には好感を持っているが、自分は不純な動機で教員になった身だ。正直いつまで勤め続けるかもわからない。
組合活動にまで首を突っ込みたくはなかった。
佐波先生に教えを乞うのは、気が進まない。
彼は、衛藤が苦心して作った指導案をろくに見もしない。
「現場で悩め」とか、「見て盗め」というばかりで、具体的なやり方をなにも教えてくれない。
かと思えば、衛藤の授業を廊下からふらりと覗いてふらりと去っていき、後から「字が汚い」とにやにや指摘したりするのだった。