迷走4
演奏が終わった。
サスケ先生が観客席に礼をする。
儀礼的な拍手。
先生の合図でみんな立ち上がり、舞台を後にする。
最初の音を外した有川先輩は、平気そうに見えるが、おとなしい。
「緊張した~」
「音を外しちゃった~」
「あたしなんて、二か所間違った~」
「とにかく、終わったから。もう忘れようよ~」
先輩たちが口々に慰め合っている。
どっと気が抜けた祢子は、トイレに行きたくなった。
こずえちゃんに「トイレに行ってくる」とささやくと、楽器を置いて一人でトイレに向かった。
用を足して、手を洗いながら鏡をちらっと見る。
いつもの自分の顔なのだが、見知らぬ人みたいだ。
トロンボーンの先輩が二人入って来たので、会釈してトイレを出た。
みんなのいるところは、どっちだったっけ。
方向音痴の祢子があちこち見回していると、人よりも頭一つ高い、見慣れた後ろ姿が向こうに見えた。
その姿は、角を曲がってすぐに見えなくなった。
まさか。
なぜ。
いや、見間違いかも。
落ち着かない気持ちで、なんとか部員のところに戻ると、女の先輩たちがきゃーきゃー騒いでいる。
「さっき、衛藤先生がいたんだ。あいさつして、ちょっと話しちゃった~。
応援しに来てくれたんだって! わたしを!」
「ちがうよ、吹奏楽部を、でしょ!」
「衛藤先生って、私服もかっこいいよね~」
「そうそう。どきどきしちゃった!」
「衛藤先生が、来ていたの?」
こずえちゃんにこっそり聞くと、こずえちゃんはちょっと赤くなってうなずいた。
「鮎谷先輩が見つけて、ここに引っ張ってきたの。さっきまで、ここで話していたんだよ」
「ふうん」
女子に囲まれて、質問攻めに遭っている姿が容易に想像できる。
なんだか少し、おもしろくない気がする。
「なんで来たんだろう?」
「ほら、衛藤先生、野球部でしょ。
野球部は県大会に行けなかったから、時間ができたんだって。
それで、運動部じゃない部の活動も見ておこう、と思ったんだって」
来なくてもいいのに、と言いかけて、やめた。
余計なことを言って、反感を買いたくない。