迷走2
パート練習がなんとか形になってくると、いよいよ全体練習が始まる。
夏休み。
母さんに作ってもらった弁当を持って、祢子は学校に行く。
途中、こずえちゃんと待ち合わせ、二人でおしゃべりしながら行く。
ほかの女子は、アイドルやテレビ番組やおしゃれの話題ばかりだ。
祢子は全くついていけない。
だが、こずえちゃんとは読んだ本の感想を語ったり、家族や先輩の愚痴をこぼしたり、勉強でわからないところを聞き合ったりと、話題が合って、楽しい。
こずえちゃんは教育ママのお母さん、祢子は偏屈な父さんのおかげで、ほとんどテレビを見られない。
似た者同士なのだった。
部室に着くと、こずえちゃんと別れる。
楽器と譜面台を出して、まず自分だけで練習する。
有川先輩から声がかかったら、パートで合わせる。
その後、全員で全体練習の準備を始める。
音楽室の後ろ半分に、折り畳み椅子と譜面台を扇形に並べる。
ドラムも置くので、ぎゅうぎゅうだ。
準備ができたら、部長がサスケ先生を職員室に呼びに行く。
部長は、クラリネットのファーストの、三年、河野先輩だ。
三年の男子は有川先輩だけなので、有川先輩が部長になるはずだったが、強硬にいやがったので、女子の河野先輩になったそうだ。
それでよかったとみんな言っている。
副部長は、二年女子の川上先輩。サックスのファースト。
来年は、川上先輩が部長になる。
サスケ先生は、息を整えながら教卓に楽譜を置くと、指揮棒を掲げる。
「はい、チューニング。クラ、音を出して」
サスケ先生の声に、祢子はいつもどきどきする。
なんてすてきな声だろう。
まろやかな低音で、祢子のお腹の底にまで響いてくるようだ。
祢子は目を閉じて、その声を味わう。
風采のまったく上がらない男の先生から、こんないい声が出るなんて。
先輩たちの噂では、サスケ先生は大学生時代、コーラス部に入っていたそうだ。
河野先輩が音を出す。
シのフラットだ。
他の楽器の音が次々に加わる。祢子も息を吸って、続く。
さまざまな音が音楽室をいっぱいに満たし、窓から外にあふれ出す。