新入り7
世界の地理を習いながら、祢子は黒板だけを見つめ、授業内容に集中しようとする。
衛藤先生は、別に、祢子をじろじろと見てくるわけではない。
目が合ってしまった時も、熱量の無い視線がすいと外れていっただけだった。
祢子だけが、勝手に意識し過ぎているのかもしれない。
それも恥ずかしいが、でもそうしたら、どんな態度をとったらいいのだろう。
祢子は、まるでわからなかった。
女子生徒たちは、今日は衛藤先生と何回目が合った、とか、衛藤先生が誰の方をたくさん見ていたか、などときゃーきゃー騒いでいる。
確かに、衛藤先生は、K中で一番かっこいいのだろう。
おまけに、独身で若い。
黒板に書く文字はきれいではないし、斜めだし、地図も変に歪んでいるけど、チョークを持つ指は骨張っていて長い。
襟足がきれいで、足が長く、お尻が小さくて、後ろ姿には祢子も思わず見とれてしまう。
体育の枯井先生が、衛藤先生を狙っているという噂が立っていた。
枯井先生は二十六歳で、いき遅れになって焦っている、そうだ。
枯井先生と談笑する衛藤先生の姿が、何度もみんなに目撃されていた。
別に、いい。
祢子は、そう思う。
枯井先生とくっつけばいいんだ。
そうしたら、変に意識しないで済むようになるだろう。
祢子はまだ許していない。
優しさの外見で油断させておいて。
いきなりぐるんと裏返しになって、よだれを滴らせる悪辣なオオカミになったトドさんを。
衛藤先生が、トドさんでもトドさんでなくても。
誰にだって、二度とだまされるものか。
「あ、さっきの井下田ね」
鮎谷先輩が、わざとらしく声をひそめた。
長瀬先輩も、早瀬さんも祢子も、自然と寄り集まる。
「奥さんは、教え子だったんだって」
「えー、気持ち悪い!」
長瀬先輩がはき捨てた。
「中学生だった、てことですよね。信じられなーい!」
「どんな顔して口説いたのかねえ」
「あの井下田が。絶対イヤでしょ」
早瀬さんも祢子もぞっとして、自分の体を抱きしめた。
「だから、みんな気をつけようねー」
「でも、もう結婚したんなら、大丈夫じゃないんですか?」
祢子が聞くと、先輩たちは憐れむような目をした。
「毛野さんはまだお子ちゃまね」
祢子は、なんだかよくわからなくて混乱した。