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Side 騎士 3


 

 少女は祈りの泉で再び奇跡を起こした。まばゆいばかりの光に広間に集まった人達はしんっと静まり返り、次の瞬間には大歓声へと変わった。

 

 少女を抱えたまま泉から出ると、少女は意識を失っていた。王太子はそれを確認すると口の端を上げた。

 

「聖女は奇跡を起こしてくださった。これで瘴気の脅威は遠退くであろう。いや、これだけのお力があれば、瘴気の消滅さえも望めると信じている」

 

 王太子の言葉に集まった貴族達から感嘆の声があがる。

 

 早く、この馬鹿らしい茶番を終わらせてくれ。少女には今、賛辞などよりもよほど休息が必要だ。

 

 

 王太子から少女を連れ出す許可が出ると同時に足早に広間を後にする。

 

 何が、騎士なのか。少女1人守れない。こんなことをするために神殿に仕えたわけではないのに。

 少女の部屋へと戻ればフラウとレンナが医師と共に待ち構えていた。

 少女を急いでベットへと降ろすとフラウとレンナがかけより少女の世話をはじめる。

 着替えや診察に俺が立ち会うわけにもいかずに扉から外へと出る。

 

 扉の横にはジアルとシャイゼルが沈鬱な顔で立っていた。

 

「知っていたのですか?」

 

 今日は婚約の発表だけだと聞いていた。それなのにそれを飛び越えて結婚とはどういうことなのか。

 

「いや、私たちも今日は婚約だけだと聞いていた」

 

「あれは殿下と神官長、妃殿下も知ってらした風ではあったが、あとは誰も知らなかったんじゃないか」

 

 ジアルとシャイゼルも顔をしかめていた。少女は記名もしていないのに誓約書が光ってしまった。あの瞬間に婚姻は成立となってしまう。もう、王ですら覆すことができなくなった。

 王は王妃を伴い召喚の儀が行われる少し前に外交のため国の外へと出ている。帰ってくるのはまだ先の予定だったか。

 

 その間に行われた今回の一連の出来事はまさに暴挙だ。

 

 召喚の儀が始まる前は疑問にも思っていなかったが、今、きちんと考えてみれば違和感しかない。全ては周到に用意されていたに違いない。

 

 扉が内側から開き、医師が出てきた。

 

「聖女様のご様子はいかがでしたか?」

 

「疲労でしょうな。しばらく安静にしていれば良くなっていくとは思いますが、祈りの泉へはしばらく入らないのが懸命でしょう。殿下次第ではありますが」

 

 医師はそれだけ言うと俺たちに頭を下げて去っていった。

 

 部屋へ入ると顔色悪く眠る少女の側に沈痛な顔の侍女が2人で立っていた。

 

「どうして、こんな目に合わせるのでしょう」

 

「折角、ご自分で動けるようになってきて嬉しそうにしていらしたのに」

 

 それは同感だ。けれど今回少女を苦しめた原因の一端には自分がいる。責められるならば俺も責められるべきだ。

 泉に行く前に少女を抱き上げた時、少女は初めて抵抗を見せた。

 逃げたい、と。言葉にはしていない。けれど、分かる。短い期間といえ毎日近くで見ていた。少しずつ抱き上げる時に体の固さが抜けていっていた。信頼されてはいなかったが、少しは気を許してくれる瞬間も確かにあった。

 それらが全て無に帰した。あの時、少女にとって自分が敵になってしまったのが分かった。けれど、あの役目を他の者に任せるわけにもいかなかった。例え少女に恨まれても。

 

 夕方に少女は目を覚ました。フラウとレンナは甲斐甲斐しくそんな少女の世話をする。どうやら起き上がり食事ができる状態ではあったようで、午前の間の出来事などなかったかのようにいつもの静かながらも和やかな時間が戻ってきた。

 

 食事を終えると、少女は珍しく湯浴みをしたがる素振りをみせた。

 フラウとレンナが湯の準備ができたことを告げたのでいつものように少女に近寄ると、少女は明らかに体を固くした。それはまるで初日の頃に戻ってしまったかのようだった。どうするべきか迷っていると、ジアルが近付いてきた。

 

「聖女様、僭越ながら私めがお運びしてもよろしいでしょうか」

 

 少女は目をさ迷わせてから意を決したようにジアルを見た。横目でジアルに抱えられる少女を見るがそこまで緊張している様子はない。

 

 やはり、もう少女は俺を敵とみなしたのだ。

 

 覚悟していたとはいえこれは少し堪える。

 

 湯殿へ少女を送ったジアルが戻ってきて俺の顔を見て苦笑した。

 

「そんな顔をするでない。聖女様はまだ心の整理ができておらんのだよ」

 

 それは分かる。少女にしてみば混乱の連続でしかないだろう。

 

「……俺は聖なる力を持つモノが召喚されると聞いた時、人が来るとは少しも考えてはいませんでした。それもあんな年端もいかない少女だとは、少しも考えてはいませんでした」

 

「私もだよ。殿下の言い方で聖獣様のようなお姿を想像していたよ」

 

 聖獣は伝承の中にある黒い毛並みを持った動物を指す。昔はこの世界にもそういった存在がいたのだと言われている。今では絶滅してしまったとも、人の目に付かないところにいるとも言われている。

 動物といえども黒を持つからには聖なる力は強い。祈りの泉に浸かればたくさんの聖なる力を引き出せたと伝承にもあった。

 

 召喚されたのが本当にそういう生き物であったなら、自分はここまで追い詰められたりはしなかっただろう。

 

「ですが、現実では貴人用の部屋まで用意されていました。今日の衣装も召喚が行われた後から用意できるものでもありません」

 

「そうだな。殿下はこうなると予想していたのだろう。今日までのことも事前に織込み済みだったと考えるのが自然だ。どんな方であれ黒の色をお持ちであったならすぐに第2妃に召し上げるつもりだったのだろう」

 

 召喚直後に殿下は確かに「子どもじゃないか。仕方ない」と発言した。そこから考えてもこの強引とも呼べる婚姻は最初から決まっていたと言ってもいいのだろう。

 考えてみればおかしいのだ。

 王太子は王太子妃であるカレンナ様を溺愛している。けれど王太子妃であるにはあまりにも色彩が薄いと囁かれていたのだ。これでは国の未来が心配だとはっきりと言う者もいたくらいだ。

 そんな中での召喚、そして黒の色持ちを第2妃に据える。召喚された少女は国内にも国外にも後ろ楯がない。王太子妃の椅子を脅かすこともないだろう。少女が第2妃に収まったことで王太子妃では不安だという声も完全に抑えることができる。そして、第2妃となった少女は自分で体を動かすこともままならない。

 

 最初からここまで筋書きができていたに違いない。

 

「お、お待ちください、殿下」

 

 扉の外で控えていたシャイゼルの声と同時に部屋の扉が開かれた。

 入ってきたのは今、話題にしていた王太子殿下だった。気だるげな気配をまとい眠る前のような夜着にガウンという出で立ちだ。

 

 部屋の中を一瞥して問いかけてきた。

 

「聖女はどうした?」

 

「今は湯浴みをしているところです」

 

 ジアルが答えると、王太子は口の端を上げた。

 

「それは殊勝なことだな。おまえ達は下がっていいぞ」

 

 そう言うと部屋のソファーへと座る。少し頬が赤いのは酒を飲んできたということか。

 

「それは、どういうことでしょう?」

 

 ジアルが問いかけると馬鹿にしたような笑みをこちらに向けてきた。

 

「そのまま問い返してやろう。私と聖女は今日婚姻をし、神に認められた。そしてその夜に夫である私が妻の部屋へ来たのだ。意味くらい分かるだろう?」

 

 頭が真っ白になる。この男は今、何を言ったのか分かっているのだろうか。

 

「し、しかし、聖女様は祈りの泉で本日倒られたばかりです。医師からも安静にしているようにと言われております」

 

「はっ、分かっている。何、聖女は何もせずともいい。いっそ気を失ったままの方が幸せであったかもな」

 

 王太子は自嘲するようにそう言った。

 

「聖女様はまだ幼い身です。もう少し成長するまで待つということもできましょう」

 

「おそらく聖女はそこまで幼くはない。最低でも15は越えているはずだ。ならばもうこの国では婚姻できる」

 

 ジアルの言葉に王太子ははっきりと返す。確かに15から婚姻は可能だ。しかし、少女はどう見てもそれよりも前の年齢にしか見えない。

 

「15歳以上の黒髪黒目で聖なる力が強い女性。それが召喚時の条件だ。年齢だけ外しているとは思えない」

 

 元よりジアルも俺も殿下の意思を無視してこの部屋には留まれない。何も言い返せずに部屋から出ようとしていたところに王太子から声がかけられた。

 

「あぁ、そうだ。陛下達が帰ってくる前に聖女には各地にある祈りの泉を巡礼してもらうことになった。今護衛の選定をキールッシュにさせている。希望があれば名乗るといいだろう。何なら、聖女と懇意になっても責めはしない。おまえは大分あの聖女に肩入れしてしまっているようだからな」

 

 瞬間的に相手が誰とも考えずに前に飛び出そうとした。それを身を挺してジアルに止められる。

 

「やめろっ!」

 

 ジアルが叫び、それを聞き付けたシャイゼルも部屋に飛び込んできて俺を2人がかりで抑える。シャイゼルが遠慮もせずに俺の腹を殴り、そして、そのまま部屋の外へと放り出された。

 

「この度の失態は全て私の責任にあります。どのような処罰でも受ける所存です」

 

「ははっ。いい、いい。私もあおり過ぎた。部屋から出ていけばそれでいいさ」

 

 軽い笑い声でどうやら許されたらしい。あり得ないな。王族に手を上げればそれだけで縛り首だ。いっそそうしてくれた方が楽になれる気がした。


 扉を閉めるとジアルがこちらを見た。

 

「馬鹿なことをしようとするんじゃない」

 

 止められなければジアルもシャイゼルも巻き込んでの縛り首だっただろう。けれど、どうしたって許せそうになかった。

 

「……すみません」

 

 意味のない言葉を吐き出す。悪いとは思っていない。2人がいなければ今すぐに部屋に飛び込み王太子を部屋の外に叩き出す。そして、少女を連れて逃げるのだ。こんな汚れた場所に彼女を置いておきたくない。

 

「ルドヴィク、おまえを今日このままここに置いておくわけにはいかない。聖女様の護衛がどうなるかは殿下と団長次第だが、部屋へ戻って反省しろ」

 

 言われた言葉の意味は分かる。分かるが俺は部屋に戻らなければならない。彼女を守るのが、俺の仕事だ。

 

「ルドヴィク、堪えろ」

 

「おまえ、そこまで聖女様に入れ込んでたのか…… 護衛対象だぞ」

 

 シャイゼルの言葉がこちらを責める響きを持っている。

 

「そうだ、俺はただの護衛だ。聖女様を何からも守る、護衛だ。なのに、何からも守ることができなかった。出来損ないの護衛だ」

 

 彼女は言っていたのだ。王太子がきらいだと。今日だって震えていた。きらいなモノに触られて彼女は不自由な手で懸命に唇をこすっていた。湯浴みを希望したのだって王太子に触られた体を洗いたかったに過ぎない、と思う。

 それなのに、だ。

 

「いや、そこまでは言ってないぞ、なんだよ、入れ込んでたわけではない、のか?」

 

「当たり前だ、俺は彼女を守るための護衛だったんだ、なのに、結局1つも守れない」

 

 俺は立ち上がると2人に頭を下げて彼女の部屋から逃げるように遠ざかる。 

 

 


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