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Side 私 2


 

 ルドヴィクの言葉は恐らく本当のことで、本来なら私に知らせることなく、行われることだったのだろう。

 

 勝手に連れてきて何言ってるのとは思うけれど、それこそが私がここにいる価値で拐われてきてしまった理由なのだとすれば当然の扱いとも言えるのかもしれない。

 

 私はラノベが好きだったからこういう転移や召喚物っていうのは何度か読んだことがある。自分に起こるなんてことは考えたことは無かったけれど、自分の意思を無視して連れてこられた場合、酷い目にあいながらも味方をつくりながら帰る方法を探すっていうのが多かった気がする。それで現地の人と恋仲になって帰れる間際に元の世界かこの世界を選ぶ。大抵は異世界を選んじゃう。元の世界に帰っても結局戻っちゃう。

 

 今は序盤の絶望パターンを私は踏んでるのだと思いたい。だから、この先救いはあってほしいなと僅かな希望にかけている。

 ルドヴィクから聞かされる話から考えても、この国から脱出しない限り、私は死ぬまで聖なる力とかいう訳の分からないものを吸い取られるらしい。しかも、どうやら私の意思を無視して行うことができるのでどうもしようがない。

 代わりに衣食住は満たされている。お世話してくれる優しいフラウとレンナは大分私に肩入れし始めている気がするし、護衛だって言ってたルドヴィクも私に同情的だなと感じている。

 だけど、所詮この3人に私を変態王子から守る力はない。それに、上から圧力をかけられたら私ではなく、最後に王子側の人間になるだろう。つまりは味方とは言えない。

 この世界の文字が読めるし、意味も理解しているとこの3人に見せてみたのは、この先この3人以外が私と普通に会話をしようとしてくれば、それはこの3人の内誰かが通じていると判断できるからだ。

 

 それと、困っていることが1つある。召喚のせいなのか、それとも聖なる力とやらを無理矢理に引き出されたせいなのかは分からないけれど、元の世界のことが日に日に薄れている。忘れてはいないけれど、戻れない昔のことを懐かしむだけの感覚に近い。

 例えば幼稚園に通ってた頃のことみたいな感覚というのだろうか、うっすらとしていてあんまり詳細に思い出せない、みたいな。戻りたいけれど過去に戻れないように、もうあの場所には帰れない、みたいな。こういうのを郷愁って言うのならそんな感じ。

 

 同時に元の世界の人たちからも私という存在が薄らいでいる気がしてならない。時間の流れ方が違うのかもしれない。向こうではもう何年も経ってて、私を懐かしく思い出すのは最早家族だけ。元の世界で私を思い出す人がいなくなってしまったら、私ももう元の世界を思い出せない、みたいな想像をしてしまう。

 

 それは嫌だと思う。だって、人から完全に忘れられた時に人は本当に死ぬ、なんて言い方もあった気がする。私はまだ、生きてるのに。

 

 思い通りに体が動かせないほどに気だるいからぐるぐると余計なことばかり考えてしまう。これから自分に待ち受ける予定を退ける手段も思い付かない。

 多分、あの感じだと私が歩けなくても熱を出そうと決行される気がしている。意識が無くたって同じだろう。私っていう個ではなくて、この体にあるらしい力だけが必要なのだから。

 

 ここに来てから日の経つ感覚は曖昧になってしまったけれど、フラウとレンナの様子を見るに、お披露目とやらは次に目を覚ました時くらいになるんじゃないかと思ってる。

 

 投げやりな気分で私は過ごす。今すぐに逃げられないのなら、早く終わってしまってくれた方がよほどいい。そう思って私はまた目を閉じる。

  

 

 

 次に目を覚ましたら、いつものようにフラウが食事を介助してくれた。どことなく落ち込んでいるようにも見える。

 レンナが持ってきたそれっぽい儀式のためだろう服に着替えさせられていく。白くて長いワンピースドレスの生地は光を反射してキラキラしていた。細かい綺麗な刺繍もたくさん入っててこんな時じゃなければワクワクできたに違いない。髪は小さな花を象ったアクセサリーを散りばめられ、ハーフアップにされた。化粧もうっすらと施される。

 

 最後に鏡で見せてくれたけれど、見違えるほどに大人っぽくされてた。

 本当にどうしてこうなったのか。鏡に映る自分は本当に自分だったろうかとすら思えてしまう。

 

 準備が終わるとレンナが部屋の扉を開きルドヴィクを招き入れる。そういえば今日は朝からいなかったなと思いながら目線だけルドヴィクに向けると、こちらもいつもと違ってピシッとした祭典とかで身に付けそうな制服のようなものを着ていた。

 こうして見るとルドヴィクもそれなりに顔立ちがいいから格好よく見える。

 

「今日は、俺が貴女の足の代わりに動きます。貴女の意思を無視する場面ばかりになるでしょう。ですが、絶対にお一人には致しません」

 

 頼りにしていいのか駄目なのか。でも知らない人でないことには少しだけほっとした。多分この世界、車椅子がない。今まで発想がなかったのではと思っている。だから私を運ぶのに人は絶対に必要になる。まさかそんなことに王子を使うわけにもいかないだろう。

 

 なんだか知らないけれど格式張ってるからもっと偉い人が来たりしたら嫌だなと思ってたのだ。

 

 そんなことを考えていたら、ルドヴィクの後ろからルドヴィクと同じような服を着た人が2人やって来た。

 2人は私の前に来て左手を胸に右手を後ろの腰に当てて私に頭を下げた。戸惑ったまま見ていれば、おじさんと呼べるくらいの感じの人が顔を上げた。

 

「私どもは本日より聖女様付きの護衛となりました。私はジアル・ガン・ファルセットと申します」

 

「オレはシャイゼル・ルゥ・ベッハンと言います。同じく聖女様の護衛となります」

 

 どうしていいのか分からずに2人を見ていると、横からルドヴィクが捕捉してくる。

 

「2人は俺の先輩に当たります。お披露目されれば危険も増えるでしょう。俺1人では守りきれるものではありません。この2人は信頼できる、はずです」

 

「そこは、信頼できると言いきる場面だろう」

 

 シャイゼルと名乗ったどことなく軽薄そうな顔立ちの人がルドヴィクを見ながら言った。本当に髪色が派手だ。この人の髪は明るい紫。瞳は、グレー。

 

「シャイゼル、聖女様の御前だ。私語は慎みなさい」

 

 ピシャリと言ったのはジアル。レンナよりも少し濃い色合いのオレンジの髪にヘーゼルの瞳。年はけっこう上に感じた。お父さんくらいの年齢かも、と思って急に家族が恋しくなる。今までなるべく考えないようにしてきた。もう会えないという事実に押し潰されてしまう。今はそうなる時じゃない。

 

 目を閉じて思考を空っぽにする。

 

「……こりゃ本当に分かってないな」

 

 シャイゼルがボソリと呟く。どうやらルドヴィクは本当に誰にも言わなかったらしい。同じく護衛となる人になら打ち明けるかもと思っていたのに意外だった。ジアルは咎めるような視線をシャイゼルに向けたが結局は何も言わずルドヴィクへ視線を向ける。

 

「そろそろ時間だ」

 

 ルドヴィクはそれに頷き、私の横で跪く。

 

「失礼いたします」

 

 いつもと同じように声をかけてから、ルドヴィクは私をそっと抱き上げた。

 

「役得だねぇ」

 

 シャイゼルの声にはあまり感情が入っているように聞こえない。どちらかといえば投げやりな感じさえする。

 

 扉から出ると私は緊張で身を固くした。思えばここに来てからあの部屋を出たのは初めてだ。

 

 ここからは1人での戦いだ。ルドヴィクは多分この後私を守りきれはしない。

 

 しばらく歩くと騎士っぽい格好の人が守る大きな扉が見えてきた。ここが目的地なんだろう。

 ルドヴィクの腕に力がこもる。目線だけで見たルドヴィクは未だに納得のいっていない不機嫌さが浮かんでいた。多分、ルドヴィクは理不尽に振り回される私を思って怒っている。そう思えば少しだけ楽になる。

 

 扉が開かれた先には煌びやかな格好の人達がたくさん集まっていた。そんな人達の視線が一気に集まってきて息が詰まりそうになる。

 私を抱えたルドヴィクは息を飲んで立ち止まり、腕に更に力が加わったような気がした。

 

「ルドヴィク、進みなさい」

 

 後ろから付いてきていたジアルが小さな声でそう言ったのが聞こえた。ルドヴィクが前を向いたままギリッと歯を鳴らす。その様子に多分これは想定外のことが起こったのだと理解した。

 ルドヴィクが震えている。多分、物凄く怒っている。それでも、長い通路のようになっているところを歩く。その両脇にいる人達が私を好奇な目で見る。

 何がどうなっているのか分からないまま、一番前にたどり着く。そこには王子が金髪碧眼の美女を伴って立っていて、その隣には1人卦けの椅子が用意されていた。

 

 ルドヴィクは私をその椅子に座らせるのを渋るように少しの間止まる。けれど、ルドヴィクが逆らえるような状態ではないだろう。

 

「申し訳、ありません」

 

 椅子に私を降ろす瞬間本当に小さな声でルドヴィクは私に謝った。多分、近くにいた王子にも聞こえないほどの囁き。ルドヴィクは私から離れると椅子の斜め後ろで跪いて頭を下げた。

 

「今日、諸君らを集めたのは他でもない、この聖女殿を紹介するためだ。聖なる力を強く秘めているのがよく分かるだろう。何よりも濃い色である黒の髪に黒の瞳、これ程濃い色を持つ者を諸君らは見たことがあるだろうか」

 

 それは初耳だ。派手な髪色の人が多いと思っていたけれど、まさか黒髪黒目にそんな意味があるなど思ってもいなかった。道理でフラウもレンナも髪をいじる時は緊張していたわけだ。

 

「我らの呼び掛けを異界の地より聞き届けこの国に降臨してくださったこの聖女殿と私は、今日、ここで婚姻を結ぶ」

 

 待て、待て、待て、それは聞いてない。いくらなんでも飛びすぎだろう。まずは婚約になるって言ってたじゃないか。

 まさか、だからルドヴィクは謝ってきたのか。ただのお披露目じゃなくて、強行的に結婚式が行われると気が付いたから。

 この世界の常識は知らないが、16で結婚は私の感覚ではいくらなんでも早すぎる。彼氏も好きな人すらいたことがないのに。

 

「今回は急なことで用意が不十分ではあるが、また盛大に婚姻パーティーは行わせてもらう。だが、聖女殿は本日を持って私の妃となる」

 

 王子が宣言すると集まってた人たちが一斉に拍手をする。大きな音に頭が痛くなってきた。そうこうしている内に黒いローブを着たお兄さんがお盆のような物を持ってきた。そして、王子はそのお盆の上に置かれた紙に何かをサラサラッと記入すると、ここでやっと私の方へと目を向けた。

 

「ほぅ、少しは見れるじゃないか」

 

 甘い笑みを浮かべたまま言う言葉ではないだろう。本当に最低最悪だ。

 王子は私に1歩近付くと私の左手を取り、その指先にキスを落とす。気持ち悪すぎて今すぐに洗いたい。

 王子はそのままローブを着たお兄さんの方を向き、インク壺に私の左手の親指を入れる。何をする気だと思う間もなく、お盆の上にあった紙にインクの付いた指を押し当てられた。同時にふわりと紙が光る。何が起こったのか分からずに呆然としてしまうが、紙の一番上に婚姻誓約書という文字を見つけて固まる。

 

「これにてガルゼンハイト・フィス・バウゼルーグル王太子殿下と聖女様の婚姻は神に認められることとなりました。皆様祝福の祝詞をお願いいたします」

 

 黒ローブがそう声高らかに宣言すると、見ていた人達が一斉に何やら呪文らしき言葉を発した。内容は全く聞き取れない。

 

 呆然としていると、王子に指に付いたインクを拭われた。

 

「もうおまえは私の妃だ、もっと嬉しそうな顔をしてみろ」

 

 そう言われたところで嬉しいなんて思うわけがない。私が何も反応しなくても王子に気にする素振りはない。

 顎に軽く手をかけられて王子の顔を見るように固定される。他の人にどう見えているかはしらないけれど、逃げないようにそれなりに力を入れられているせいで顔を動かせない。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ

 

 王子の顔がゆっくりと近付き、そして、唇を重ねられた。

 

 集まっていた人々から歓声があがる。羞恥なんて感じなかった。ただ、悔しくて恨めしい。そして、ここで私はもう1つの問題にもぶち当たっていた。本当に、声が出なくなっている。叫んで拒否しようとしたのに、本当に喉から声が出てくれなかった。

 

 離れていく王子の表情はとろけるように甘い。それが表面だけのことだと知っている。

 

「ここで、我が妃から諸君らに贈り物がある。今から聖女の奇跡を見せてくれるそうだ」

 

 王子がそう言うと後ろにいたはずのルドヴィクがいつの間にか私の隣でいつものように跪いていた。

 

「……失礼いたします」

 

 ルドヴィクが苦しそうにそう言う。初めてルドヴィクの腕から逃げ出したいと思った。この腕は私を守ってはくれない。知っていた。知っていたけれど、改めて強くそう感じた。

 

 けれど、まだあまり自由に体を動かせない私は呆気なくルドヴィクに抱えられてしまう。

 

 こうなるともう諦めるしかない。私は何もできない。悔しくて、気持ち悪くてせめてもの抵抗でさっき気持ち悪い感覚がした唇を手の甲でゴシゴシとこする。

 

 そうしているうちに、ルドヴィクは私が座っていた場所よりも奥にある噴水のようなところへと歩きはじめた。

 

「申し訳ありません」

 

 ルドヴィクからまた謝罪が落ちてくる。ルドヴィク1人が罪の意識を持っても意味がない。全く持って意味がない。

 

「恨んでくれて構いません、俺は貴女を守れない。今から泉に入ります」

 

 そう言うと、ルドヴィクの足元からピシャンという水の音が聞こえた。私は驚いてルドヴィクを見上げる。私が泉に入るとは聞いていたが、ルドヴィクまで一緒に入るとは思ってもいなかった。

 

 ルドヴィクは小さく、ぐっと声を漏らす。そうしてからルドヴィクはゆっくりとしゃがみはじめる。

 

「足を泉に浸けます」

 

 ルドヴィクの声に私は身構えた。そして、足に水の感触を感じた瞬間、ごそっと何かが体から勢いよく出ていった。同時にまばゆい光を感じる。

 瞬間後にはルドヴィクは立ち上がっていた。けれど、私は目の前がもうグラグラとして手にも力が入らなくなっていた。

 

 暗い世界に落ちる瞬間に「申し訳ありません」というルドヴィクの苦しそうな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

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