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Side 騎士 2


 

 召喚されてやって来た少女は、何も話そうとはしない。表情もあまり動くことはない。けれど、その黒い瞳は内面の感情をよく表している気がする。

 

 意識を取り戻してから暫く経つ。少女が話せないと気付いた時はこの先どうしていいのか分からなかったが、結論から言うとどうにかなっている。

 

 それは少女が大人しく抵抗らしい素振りを見せないからとも言えるが。

 

 目を覚ました時、外を気にする様子があったため、外の景色を見せると声も上げずただ小さな肩を細かく震えさせた。あれは失敗だったのだろう。

 それ以来、少女は決して外へ目を向けようとしない。おそらく少女の見知っていた風景とあまりにもかけ離れているのではないかと思っている。

 

 異なる世界に来てしまった少女だが、どう見ても自らが望んで来たようには見えない。

 だとするならば、少女にしてみれば突然拐かされたようなものではないだろうか。しかも、体を自由に動かすこともままならない状態で、だ。

 日に何度も不安そうな顔をし、何度止めても震える足で自ら歩こうとする。されるがままに世話されてはいるが、その心が折れているようには見えない。けれど同時に何もかもを悟りきり、諦めきったような目になることも多い。

 

 食事も自分から口にしようとはしない。けれど食べさせようとすれば小さく口を開く。フラウという名の侍女はそれを嬉しそうに見ている。食べてくれるということはまだ生きることまで諦めてはいない証でもある。

 

 少女は話しはしないし、こちらが話しかけても殆ど反応を返しはしないが、恐らくこちらの言葉は理解している。

 その上で何も言わない。何を考えているのかこちらに悟らせないようにしているが、フラウとレンナの動きはじっと観察している。

 

 2人が少女から目を離している時にレンナの軽い粗相を見て、素早く俺へ視線を投げてきた。俺が何も言わず動かないことを確認すると力の抜けた目をまたレンナへと戻す、ということをした。

 恐らくこの部屋の中での上下関係をよく理解しているのだろう。フラウとレンナよりも俺の方が身分は上。だからレンナの粗相を俺が咎めないか心配した、のではないかと思える。

 

 フラウとレンナ以外の人間が部屋に入ってくると少女は明らかに警戒の色を瞳に浮かべ目線を固定してしまう。

 医師の診察は特に警戒の色を高めて、一言も聞き漏らさないようにしている節もある。

 

 はじめは俺が近くに立つことにも警戒をみせていたが、俺がいなければ部屋の中さえうまく移動できないと理解してからは少しずつ警戒を解かれている気がする。

 ここまで必要以外は近付かなかったのは正解だったのかもしれない。

 

 少しずつ体力が戻ってきて覚束ないながらもやっとのことでソファーにたどり着いた時、一瞬だけ口角を上げた。ベットからなかなか離れることができなかった少女にしてみれば1つの達成感があったのではないだろうか。

 

 それなのに、だ。

 

 先触れも無しに、王太子殿下がやって来た。確かに少女はソファーに座っていたが、未だに長く起き上がってはいられない。

 突然のことに王太子殿下をもてなすための準備も覚悟もなかったフラウとレンナは壁際に立ちながらも顔をどんどんと青ざめさせている。本来ならお茶の一杯でも出すべきだが、少女が好まないような素振りをみせたため、王太子殿下に出せるようなお茶の用意はこの部屋にない。しかも少女を怯えさせないようにこの部屋への他の侍女の出入りも制限している。

 

 フラウもレンナも少女が親しみを感じられるようになるべく年が近そうで、そしてある程度いい働きができるから抜擢されている。とはいえ、侍女の中ではまだまだ下の方だ。そんな2人は殿下の前で頭を上げることすら許されない立場だ。当然、接待できるわけもない。

 

 そんな中、少女の隣に座り断りもなく髪をいじるなど、あってはならない暴挙だ。異性の髪に触れることができるのは基本的に夫婦になってからだ。

 しかも、少女が言葉を理解しないと勝手に決めつけ、好き勝手なことを言う。

 まだ本調子でもないのに、お披露目、だと? その時にまた祈りの間で強制的に聖なる力を引き出すのか。そんな暴挙、許されていいはずがない。

 

 王太子だろうと踏み込んでいい限界はあるのではないか。いや、王太子だからこそ、弁える線はあるはずだ。

 

 王太子が部屋から出たと同時に弾かれたようにフラウとレンナが動く。2人は少女の世話をしているうちに完全に少女に情を移し、少女の味方となった気がする。話さないし表情もあまり動かないが、それでも尚、頑張ろうとする幼い顔立ちの少女は確かに庇護欲をあおる。さっきもソファーへ少女が座れた時はレンナは隠れて小さく手を叩いていた。

 

 2人に続いて少女に近付くと、明らかに顔色が悪くなっていた。


「失礼します」

 

 一声かけてから少女を抱き上げる。最初は体を強ばらせていたが、今は抵抗らしい素振りをすることも減った。少女の頭が僅かに動いて俺の方へと寄りかかる。恐らく少女にとっては無意識だろう。黒の瞳は今やただ虚ろに開かれているだけだ。

 ただ、少女には心安く過ごしてもらいたいだけだ。こんな虚ろな目をさせたい訳じゃない。護衛が聞いて呆れる。どう考えても少女にとっての脅威は王太子だ。なのに、それを排除してやることはできない。

 

 しかし、王太子の囲いから出れば今よりも悲惨なことになるのは予想ができた。王も第2王子もろくな噂がない。結局は少女を利用することしか考えていないながらも、きちんと保護している王太子の側に身を置くのが今は一番安全だと言える。

 そっとベットへ少女を降ろすが、少女は初日のように表情を変えず虚ろな目で遠くを見ていた。

 

 

 日が明けても少女の表情は変わらない。けれど顔色は回復していた。

 

 昨晩少女が寝入った頃にキールッシュの元へ行き王太子の暴挙を訴えた。だが団長と言えどできることには限界がある。

 お披露目も婚約の発表も既に決定していて覆すことはできないと言われた。早すぎると訴えてもそうすることで少女の身を守るための大義名分が増えるのだと言われてしまえば口を出せなくなる。

 

 その時に、少女の体力が中々回復しないのは意識もないのに強制的に聖なる力を引き出したことによる後遺症だろうと聞かされた。

 

 お披露目は急がなければならず、7日後に必ず行うとまで言われた。せめて、祈りの泉へ入ることを拒否できないかと訴えたが、それは無理だとはっきりと言われた。恐らく王太子の狙いはこのまま少女が寝付くことだと言う。

 それは王太子妃の顔を立てるためでもあり、少女に抵抗させないためだとも言う。少女は第2妃になるのだ、変な力を付けさせないための措置なのだろう。

 

 少女は何も知らないままどこまでも利用されてしまう。けれど、それを伝えたところで少女に逃れる術はない。

 事実を伝えるべきなのか分からずにいつものように控えていると、虚ろな目のまま少女はベットから起き上がる。そうして、ベットから降りようと体全部を使って声も出さずにもがく。

 

 近くへ行きいつでも支えられるようにする。不意に少女は動きを止め、まっすぐにこちらの目を見てきた。その目の強さに息がつまる。さっきまで虚ろな目をしていた。けれど、今は静かにけれど強い目をしている。

 そんなに長い時間目が合っていたわけではないのに、永遠とも感じられた。

 少女は既にベットから出るべくベットサイドへ座りゆっくりと足に力を入れていた。そうして少しずつ体を支えながら立つと、今度はゆっくりと足を引きずりながら歩こうとする。

 

 その行動にこちらの心が軋む。ここまで、やっと回復したのだ。それなのに、この状態で祈りの泉へ入ればどうなるのか。

 少女の聖なる力は神殿に仕える者たちと規模が違う。1人の人からあれだけの力を瞬時に抜き出して無事でいられることが既に奇跡だ。通常、泉で力を吸い上げられてもせいぜい脱力感を味わう程度だ。それなのに少女は後遺症まで抱えてしまった。

 

 侍女2人とゆっくりと歩く少女を見守る。歩みは昨日よりもしっかりとしてきた。だからこそ、余計に心苦しくなる。

 

 ほどなくして少女はソファーへと辿りつき、ゆっくりと座る。

 

「聖女様、果実水になります」

 

 レンナがすかさず少女の口元へそっとグラスを運ぶ。少女は素直にグラスに口を付けコクコクと喉を鳴らす。

 ふぅという息と共にグラスから口を離すと、クッションを抱えて動きを止める。

 

 フラウがそんな少女に1冊の本を見せる。

 

「聖女様、本などに興味はありますか?」

 

 フラウの手元にある本を少女はじっと見つめる。それ以上の反応は見せないが、目を逸らされないことを確認してからフラウはゆっくりと本を開く。内容は初級の教本。そこに書いてあるのは王家の成り立ち。絵も多く分かりやすい内容になっている。

 

 本を見つめる少女の目が揺らめき迷うように目線をさ迷わせる。

 少女は逡巡したのちに決心したように僅かに手を動かす。少女が手を持ち上げよとする動きは初めてだ。フラウは少女が見やすいように本を開いたまま少女へと寄り、レンナは少女の腕を支える。

 

 少女は王子の挿し絵を指で何度か弾く。どうやら王子を嫌っているようでその目は不快そうだ。そのまま少女の指が文字の上を滑る。

 最初に“き”次に“ら”最後に“い”で止まる。

 

 フラウの息を飲む音がやけに響いた。やはり少女は考える力を失っていない。それどころか、話しはしなくても理解しているのだ。

 

 少女の指が文字を辿る。

 

 お、し、え、て、ど、う、な、る、わ、た、し。

 

 少女は疲れたようにパタリと腕を下ろす。そうして、まっすぐと俺を見た。

 

 フラウとレンナが説明できないことも理解している。

 

 覚悟を決めて少女が座るソファーの横へ跪く。

 

「今日より6日後に聖女様のお披露目会があります。その時に王太子殿下の、第2妃として迎えられることが発表されます」

 

 そう告げると、少女の目が不快気にしかめられた。そして、盛大に息を吐き出す。少しだけ目を閉じてから開かれた目はしっかりと強さを持っていた。

 

「恐らく、その後に祈りの泉に入る儀式が行われると思われます」

 

「そんなっ!」

 

 レンナが悲鳴のように声をあげる。フラウも驚いた表情を浮かべている。2人は既に医師からの診断を聞いているのだろう。少女は少しだけ目に戸惑いを見せた。

 

「聖女様、これは私の力不足です。謝ってすむようなことではないのです。貴女は我らを許せないと思うことでしょう。祈りの泉に入るということは、聖女様の聖なる力を強制的に引き出すということです。今、聖女様が苦しんでいるその症状は、聖なる泉で無理矢理に聖なる力を引き出した、後遺症なのです」

 

 今度こそ少女は虚空を見つめソファーのクッションに体を沈めた。

 

 部屋の中に重苦しい空気が満ちる。

 

 しばらくすると少女は再び立ち上がろうとする素振りをみせた。ベットからなら高さがあったが、まだソファーから立ち上がるほどまでは回復できていない。思わず手を差し出すと少女はその手をじっと見つめてから諦めた目になり支えとして使うことを決めたようだ。

 ゆっくりと立ち上がると少女は2歩ほど歩き、室内に息を吐き出す音が響く。

 そして、ゆっくりと振り返り右の人差し指をぴっと立てて口元へ持っていく。その素振りの意味は分からないが恐らく、誰にも言うなということだろうか。

 

「文字を読め、我らの言葉を理解できていることを話すな、と仰せですか?」

 

 ここは少女にとっては敵しかいない世界に見えているのかもしれない。それでも俺とフラウとレンナは少女に僅かでも信頼してもらえた、ということだろうか。

 

「勿論です。私は決して言いません」

 

 レンナが決意に満ちた声で少女に告げると少女の口角が僅かに上がった。

 

 再び少女はゆっくりとベットへと戻ると、コロリと横になる。フラウとレンナはそんな少女に毛布をかける。

 そのまま少女は全てから逃げるように目を閉じた。

 

 

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