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Side 私 9


 

 私とルドヴィクは最初に見つけた洞穴で7日くらい過ごしていた。

 

 私はずっとフワコトンから布を作ることを目標にしていたけれど、生活魔法を駆使してどうにか粗目の布を織ることができた。それでも、物凄く大変だった。

 

 布が出来上がる頃には生活魔法でできることが格段に増えていた。最初は火を灯すくらいしか思い付いていなかったけれど、そよ風みたいな魔法も使えたし、その逆でその場の空気を物と一緒に固定しておく、なんてこともできた。集中力は必要だったけど、糸も自在に操れた。だからこそ、布を織れたともいう。

 そして、これを応用すれば落ちているゴミなんかも1ヶ所に集められたので掃除も楽にできる。掃除の方が本当の使い方で布を織るのが多分応用なんだろうけれど。

 それと今までは自分やルドヴィクを綺麗にしたい時に浄化を使っていたけれど、どうやら生活魔法にも似たことができるクリーンなるものがあった。こっちの方が浄化よりもさっぱりする感じがあったので、今はクリーンを多用している。 

 

 布と糸ができたことにより、身の回りの物も少しだけ充実した。ツタと木の枝と布を使って背負子のような物も作れたので持ち運べる物も増えた。

 ワンピースの下に履くズボンも作った。これはルドヴィクからの強い要望でもあった。布が1枚あるだけでも怪我のリスクが減る気がするらしい。ズボンとは言っても私に服を作る知識はなかったので、余裕を持たせた布を縫い合わせて、腰と足首のところは布で作った紐で結んでいるだけだ。でも、私もこの方が安心感もある。着心地はそこまでよくないけれど。

 

 ルドヴィクもひょうたんみたいな物を見つけてきたりしたので、これは浄化して水筒にした。

 

 このままここで暮らしていけてしまうのでは、と思うほど日に日に充実していく。けれど、そういうわけにもいかないだろう。食べ物は木の実とキノコしかないのだ。私はそれでもどうにかなるけれど、ルドヴィクはさすがに物足りないと思う。

 


「そろそろ出発しないとだよね?」

 

 ルドヴィクと2人で朝食のキノコを焚火で炙りながら言うと、ルドヴィクは頷いた。

 

「そうですね。ここは安全ですが、いつまでも野宿のような生活はできません。ある程度はこの世界の知識もつけなければなりませんからね」

 

「……どっかに人はいるのかな」

 

 ここに来てからルドヴィク以外の人を見たことがない。人どころか魚1匹、小動物1匹も見ていないけれど。

 

「どこかにはいるのだと思いますよ。でなければ俺の衝動を抑えようなどと考えないでしょうから」

 

「それも、そうだね」

 

「明日、出発しましょう。もうここにいても、これ以上の準備は難しいでしょう。それに、おそらくエミカの言う通りなのであれば、外で過ごせる期日にも限界があるでしょうから」

 

 ルドヴィクの世界、というよりもルドヴィクが暮らしていた国は季節の変動が殆どなかったらしく、暑いも寒いも知ってはいても実感はなかったらしい。

 けれど四季のあった国から来た私は、今の暑さは残暑のような感じがしている。ここに来た日は若干暑いなと思えた気候でも夜は冷え込むのだ。多分、そう遠くない内に秋が来て冬になる。しかも、秋がはっきりとあればいいけれど、急に寒くなる可能性だってある。

 そうなれば今の野宿のような生活は辛すぎる。

 

 

 荷物はさほど多くはないのに、結局出発の準備が終わったのは夕方になった頃だった。

 

「なんか、荷物増えたね」

 

 焚火に火をつけながら呟く。

 

「そうですね。エミカが布を作ってくれたので色々と充実してきましたからね。やはりここで準備に時間をかけて正解でした」

 

 どうやら自分も役に立てたとほっとする。長いこと足止めをしてしまったし、この先多分ルドヴィクには頼りきりになる予感がある。ただのお荷物にはなりたくない。

 

「役に立てられたなら私もほっとするよ」

 

「エミカがいなければ困ることは多々ありました。俺の方こそ不甲斐ないことばかりで、情けなくなるばかりです」

 

 ルドヴィクのこの発言に少し驚いてしまう。どうやら表情を見るに本気でそう思っていそうなのだ。

 

「ルドヴィク、私の方こそ足手まといなんじゃない?」

 

「そんなことあるわけないでしょう? エミカがいなければ俺がここにいる意味そのものがなくなります。それなのに、俺はエミカの魔法に頼ってばかりです」

 

 これは、否定するともしかしてずっと後ろ向きに言い合う羽目になりそう。

 

「……それじゃ、お互い様ってことでいいのかもね」

 

 私は努めて笑顔でルドヴィクに言った。まだちょっと私の方が頼ってるよなとは思うけれどそれを言うと今のルドヴィクには逆効果な感じがする。

 

「お互い様ですか?」

 

「そう。私ができないことをルドヴィクがしてくれて、ルドヴィクが苦手なことを私がしてるってことね。持ちつ持たれつってこと。だって1人じゃないんだからさ。お互いに気負いすぎるのはなしにしよう」

 

「それは、いい考えですね」

 

 ルドヴィクが少しぽかんと私を見てからふっといつもの優しい表情を浮かべた。

 私も少しほっとする。ルドヴィクとは気まずい関係にはなりたくない。それには遠慮しあってるだけじゃだめなんだろうなと思った。

 

 暫く何も言わずにぼぅっと明日からのことを考える。

 この森は安全だった。だけれど、ルドヴィクと私の勘が当たっていればこの先の森は何が起こるのか本当に分からない。未知の場所は怖い。けれど、いつまでもここにもいられない。ゆっくり休めるのも今日が最後だったりして。

 

「エミカ、不安ですか?」

 

 ルドヴィクが心配そうに問いかけてきた。

 

「うん。さすがにね」

 

 答えると、ルドヴィクは考えるようにして黙り込む。とはいえ、ルドヴィクは必要なことは言ってくれていると思うのでそのまま私は黙って火を見ていた。

 

「エミカ、お願いがあります」

 

 少しして口を開いたルドヴィクはどこか切羽詰まったように私を見ていた。

 

「どうしたの? 改まって」

 

 ルドヴィクは一瞬気まずそうに目を逸らしてからもう一度私をまっすぐに見てきた。

 

「エミカに印を付けてもいいでしょうか?」

 

 ルドヴィクにしてはかなり緊張しているのか声が少し掠れていた。

 けれど、私にはルドヴィクの緊張が伝わるものの言われた意味は分からない。

 

「えーと、それはどういうこと?」

 

 ルドヴィクにぐっと力が入ったみたいだった。

 

「それは、その。エミカともしもこの先はぐれてしまったとしても、俺がエミカを見つけられるようにしてもいいかという許可を、求めています」

 

「そんなことできるの?」

 

 やっぱりルドヴィクも何かしらの能力みたいなものがあったということだ。ステータスはあまり当てにならない。

 

「できる、と思っていますが、今まで使ったことはありませんのでうまくできるかは分かりません。そして、俺が一方的に想っていても成功はしないです」

 

 言い回しがルドヴィクにしては遠回りで今一つ意味が掴めない。けれど、どうやら私もルドヴィクのことを考えたりしなければならないということだろうか。

 

「えーと、つまり、それは具体的にどうしたらいいの?」

 

「……」

 

 よほど言いにくのかルドヴィクは再び迷うように押し黙る。

 仕方がないのでルドヴィクが言えるようになるまで待ってみるしかないかなと私も黙る。


 少ししてルドヴィクが小さな声で「失礼します」と呟いて、私の左手を掴む。少し驚きはしたけれど、ルドヴィクは森を歩く時に私が転ばないようにと手をつないでくるのでそこまで抵抗もない。

 

「……嫌ではないですか?」

 

「何が?」

 

 何を問われているのかさっぱり分からずに聞き返してしまう。

 

「俺に触れられて、嫌ではないですか?」

 

「え、今さら?」

 

 そう、今さらだ。森を歩く時に手をつないでいるし、そもそもルドヴィクの世界にいた時の移動は殆どがルドヴィクに抱えられていたり、支えられていた。今さら手を掴まれて嫌だとは思わない。

 

「そう、ですね。ですが、エミカにきちんと聞いたことがなかったので……」

 

「私、嫌ならちゃんと言うよ」

 

「そうしてください」

 

 ルドヴィクはそう言いながら掴まえた私の手首の内側を親指でそっと撫でてきた。

 なんだかルドヴィクの手つきは優しいのに、ぞわぞわとしてくる。

 

「ルドヴィク、くすぐったいんだけど」

 

「嫌ですか?」

 

 ことのほか真剣な顔で問われて言葉に詰まる。嫌、ではない。けれど、落ち着かない気分になる。やめてほしいと言うのは簡単だけど、それを言うとルドヴィクが傷付く気がして言えなかった。

 

「そ、こまで嫌ではないけど」

 

「……ここに、印を付けてもいいですか?」

 

 ルドヴィクは私の手首を親指で撫でることをやめずに問いかけてきた。

 

「手首に?」

 

「そうです。付けたらおそらくもう消えることはないでしょう」

 

 こちらの様子を探るようにルドヴィクが私の目を見ていて、よく分からないうちになんだか息苦しささえ感じる。

 

「そうなの?」

 

「はい。そして、エミカからも俺に付けて欲しいです」

 

 意味を履き違えそうだから、そんなに切羽詰まった声を出さないでほしい。

 ルドヴィクにしてみればこの先も私を守らないとルドヴィク自身が危ないし、それ以前の問題で単に初めて関わった人間の血に酔っているだけの可能性も高い。

 でも、私は……

 その先にある答えをまだ見たくない。

 

「……それは、どうやって?」

 

「付けていいですね?」

 

 言葉は優しいのに断れない圧もある。何をされるのか怖いのに、変な期待もある。そんな風に感じたくないのに。

 

「う、ん」

 

 答えた直後に左腕を引かれて、ルドヴィクの口が手首にゆっくりと近付いてくる。

 

「っちょっ?! ル、ルドヴィクっ!」

 

 ルドヴィクに止まる気がないのは、じっとこちらを見てくる目を見れば分かる。

 固まって動けなくなっている私の頬をルドヴィクの反対の手が優しく撫で、そして、指で唇をそっと撫でられる。その刺激に体が跳ね、心臓が痛いくらいに脈打って息苦しくなる。

 

「エミカも同じようにしてください」

 

 ルドヴィクに手首近くで囁かれてくすぐったくて、胸がきゅっと締め付けられる。頭もジンジン痺れてきて、もううまく考えられない。ルドヴィクの視線から逃げるように、目の前にあるルドヴィクの手首に私も口を近付けた。

 

「エミカ、俺の真似をしてみろ」

 

 ルドヴィクがそう言って音を立てて手首に吸い付く。ルドヴィクの変化した口調にぞくぞくしたものが這い上がる。従うように私もくらくらした思考のままルドヴィクの手首に同じようにしていた。

 

 どれくらいそうしていたのか分からなくなった頃、ルドヴィクに体を引かれてすっぽりとその腕の中に捕まっていた。

 

「エミカ、俺にどこまで許す?」

 

 掠れた声で耳元で問われて、反射的にルドヴィクを見上げてしまう。もしかしたら、私は震えてるかもしれない。

 私の顔を見て、ルドヴィクは困ったような顔になった。

 

「……すみません、調子に乗りました。ですが、今はしばらくこのままでいてください」

 

 いつもの口調に戻ったルドヴィクが優しく背を撫でる。私はどうしていいのか分からずにルドヴィクの服に額を付けてうつ向いた。

 

「……ルドヴィク、私に丁寧な言葉を使うのって、もしかしてわざと?」

 

「そうですね。何度も言っていますが俺はエミカを傷付けたくありません。先ほどは少し急いていたんです。嫉妬もありましたし、エミカには俺の印を付けておきたいという欲がありました」

 

「嫉妬?」

 

 ここには私とルドヴィクしかいないのに嫉妬と言われても何に対してなのか検討もつかなかった。

 

「はい。あの男、いえ、王にエミカは印を付けられていました。エミカが繭の中に入ってしまって以降もそれを外から確認できてしまって、それを見るたびに苦しく思ってました」

 

 言われてからあの変態王子にされたことを思い出して顔をしかめた。

 

「もしかして、首にあったヤツ? まだあるの?」

 

 ここに来てから鏡がないので私はちゃんと自分の姿を確認できていない。いつまでも消えなかったアレはルドヴィクの世界で鏡を見るたびに私を憂鬱にさせていた。

 

「もうそれはありません。なので、ここに来て欲が出ました。エミカは俺の気持ちを信じてはいないと思います。一過性の勘違いでこの先、他の人間を見たら俺の気持ちが変わると思っていませんか?」

 

 考えないようにしていた不安を言い当てられてすぐに答えられない。

 

「エミカ、申し訳ありません。少しだけ嘘をつきました」

 

「え?」

 

 何が嘘だったのかとルドヴィクの腕の中から顔を上げると、思っていたよりも近くにルドヴィクの機嫌の良さそうな顔があって、また身動きできなくなる。

 

「確かに印には相手の位置がなんとなく分かるという効果はありますが、なんとなくという勘のような程度だと言われています。それよりも想いを確かめ合うことに使われることの方が多いです。それと、他の奴等に対しての牽制の意味も多大に含みます」

 

 ルドヴィクの言うことをただ、呆然と聞く。ルドヴィクは説明しながらまた私の左手をそっと持ち上げて優しく手首を指で撫でた。

 

「エミカ、この印は俺の気持ちが消えない限り消えません。少し強引だった自覚はありますが、エミカも俺に返してくれました。これもエミカの気持ちを現しています」

 

 ルドヴィクの手首に私が付けた跡が淡い赤で付いていた。

 

「で、でもこういうのってすぐに消えるものだよ?」

 

「そうかもしれません。ここは世界が違いますので前の世界の常識が通じないかもしれませんからね。ですが、多分消えないと思います。エミカを前よりも近くに感じますから」

 

「なっ」

 

 ルドヴィクの言い方はあまりにも際どいと思うのは私だけだろうか。それとも、どこかうっとりとした目を私に向けているせいで余計にそう思ってしまうからなのか。

 

「エミカ、そんなに赤くなって。俺は単純なので期待してしまいます」

 

 そう言ってルドヴィクはまた私の唇を指先でそっと撫でる。その感覚にまた頭が痺れてくる。

 ルドヴィクの表情が少し意地悪く感じるのは何でだろう。

 

「これは、俺を許してくれてると思える。嫌なら抵抗しろ」

 

 ルドヴィクがまた口調を変えたと思った瞬間にはもう唇が重なっていた。頭は真っ白になってしまったけれど、嫌ではない。どうしていいのか分からずにルドヴィクの服をきゅっと掴む。

 

「エミカ、可愛い」

 

 ルドヴィクが囁いてまた唇が重なる。そうしているうちに口の中にまで甘い感覚が広がる。

 もう、何がなんだか分からない。

 

 どれくらいそうしてたのか分からなくなって、ルドヴィクの顔が名残惜しそうに離れて、私の頬を撫でる。

 

「嫌だったか?」

 

 さっきまではなんだったんだと言いたくなるほどにルドヴィクは不安そうに私を見ていた。

 

「ルドヴィク、好きだよ」

 

 思わずそう言ってしまっていた。あぁ、おかしい。人がいるところに行ったら、ルドヴィクを解放してあげる方法を探そうと思っていたのに、日に日にその気持ちがしぼんでいた。

 どうしたら、ずっとルドヴィクを縛り付けておけるんだろうと考えるようになってしまったのはいつからなんだろう。

 

 ルドヴィクはあまりにも私に優しすぎるし、甘すぎた。甘えないように気をつけていても、近くにいるルドヴィクを意識しないのは無理がある。

 

 誰も信じないと決めていたけれど、ルドヴィクがいたあの世界で確かに私はルドヴィクを一番気に入っていた。認めたくないから知らないフリしていただけだ。

 

「エミカ、俺も貴女だけが好きで、愛している」

 

「ルドヴィクの私への気持ちが勘違いでも、私はもう離してあげられないよ、もうルドヴィクはずっと自由じゃなくなるんだよ」

 

「構わない。そう言うエミカももう俺からは逃げられない」

 

 ルドヴィクが幸せそうにそう言ってきた。私は返事の代わりにルドヴィクにキスをした。

 

 

 明日からは未知の世界へ本当に出ていくけれど、ルドヴィクと一緒ならばなんだか大丈夫な気がしてきた。

 

 気楽にのんびりと生きていけばいいのだ。なんせ私の寿命は物凄く長くなったのだから。隣には多分ずっとルドヴィクもいてくれるだろう。

 

 

 

ここで1度完結になります。


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