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Side 騎士 9


 

 ぱちりと薪がはぜる音が響く。

 

 エミカはやはり疲れていたのだと思う。少し前まで今日採ってきた綿から1つずつ殻と種を取っていたのだが、だんだんとウトウトとし始め今では白い綿の上でムニャムニャと何事か呟くように眠っている。

 

 気候が暖かいとはいえ夜はそれなりに冷える。マントをかけるとそれをきゅっと掴まえる様子に微笑ましい気持ちになる。

 少し躊躇いはあったがエミカの額をそっと撫でた。たちまちエミカはそれまでよりも深く眠ってしまったのか、さっきまでよりもスヤスヤと穏やかに眠った。

 

 どうやら、この能力の弱い俺でもエミカには安眠を与えられるようで嬉しいような気持ちになる。エミカを安らげさせることは何もフラウだけの特権ではなかったようだ。

 

 あまり無遠慮にエミカの近くにいるのも落ち着かず、洞穴の入口近くで外へ注意を向ける。

 

 明かりはなく、闇に包まれているが見渡しはいい。この森は本当に穏やかで脅威となるものは殆どいない。ただし、この森から出れば状況も変わる。エミカに傷1つ付けずに出ることは可能だろうか。

 

 ため息をつく。

 

 どうでもいいけれど、エミカは可愛すぎる。

 

 元いた世界でのエミカはいつも諦めたようにしていた。泣きも笑いもせず、ただぼんやりとその目を虚ろにさせることもあった。近寄りがたく、今にも消えてしまいそうなほどだった。その姿のエミカにいつも心を痛めていた。いつか、エミカに笑顔になれるようにと願っていた。

 

 それが、だ。

 

 ここに来てからのエミカは感情のまま表情がくるくる変わる。不安そうにすることも多いが、よく笑うし、よく話す。そして、何より健康的になった。夢見ていたエミカの姿がここにはある。

 エミカの変化を見つける度に、こちらが嬉しくなる。それだけでなく、エミカは1つ1つの仕草が可愛いのだ。目が離せないほどに、愛しいと思ってしまう。

 

 今、エミカにそれを伝えても命を共有しているからだとか、俺の唯一に指定されてしまったからだとか言って信じてはくれないだろう。前の世界にいる時からそうだったと言っても、吸血種と知られた今は珍しい血に惹かれただけだよと言うエミカが容易に予想できる。

 

 それらがある限りもしかしたらエミカは心の底からは俺の言葉を信じてはくれないかもしれない。

 それでも、自分がエミカの側から離れることはできない。だから、今度こそは一番近くで守りたい。

 

 

 日が昇り辺りが明るくなってきた頃、エミカがもぞもぞと動き始めた。

 

「うぅー」

 

 エミカがそう声を上げてぼんやりと体を起こした。

 

「おはようございます」

 

「うなっ、え、おはよう。ルドヴィク、ちゃんと寝た?」

 

 声をかけたらエミカはびくりと驚いてから挨拶を返してきた。

 

「えぇ、きちんと眠りました」

 

 エミカが少し疑わしそうにこちらを見る。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「それなら、いいんだけど。浄化」

 

 エミカがそう言うと、足先から微かな光が体を包み、すぐに消える。後には爽快感とエミカの柔らかな温かさが残る。そして、その甘やかさに胸がぐっと締め付けられる。

 

「……ありがとうございます」

 

「んー。朝ごはんにしよう。昨日採ってきたキノコ炙ろうよ」

 

「そうですね」

 

 エミカが昨日採ってきた物からキノコを見つけると、再び浄化をかけてから枝に刺して焚火へとかざす。

 

「それにしても、この火って燃え尽きないよね。昨日の夜と薪の形が変わってないもんね」

 

「時々薪がはぜる音を出しますが、殆ど足すこともありませんからね。エミカが魔法で出した火だからでしょうか」

 

 少ないと思っていた燃やすための枝などは殆ど手付かずで山になったままだ。

 

「やっぱりそうなのかな。昨日も大丈夫だったもんな」

 

「そうであるなら、この先集めるのは食べる物に限定もできますね」

 

「ルドヴィク、今日は出発する?」

 

「いいえ、準備が整うまではここから出ない方がいいと思っています。この聖域の周辺で歩きやすそうな道がないかも確認したいですしね」

 

 そう言うとエミカは少しほっとした顔になる。

 

「それじゃ、私は昨日の続きここでしてても大丈夫かな?」

 

 エミカは昨日のフワコトンとかいう綿から殻や種を取り除いていた途中で眠ってしまったから作業は中途半端になっている。

 ここは聖域とはいえ、何が起こるか分からない。あまりエミカを1人にはしたくない。

 

「俺も手伝いますから、俺が動く時は一緒に来てください。エミカを1人にはしたくないんです」

 

「……それも、そうだね。1人はちょっと怖いし。それじゃさっさっと終わらそう」

 

 2人で作業をしながら時々話していると、エミカが驚きの表情を浮かべた。

 

「えぇっ! 私、あの世界で2年も過ごしてたの?」

 

「はい。気付いていなかったんですか?」

 

「私の感覚だと1年も経ってないつもりだったんだよ」

 

 そう言われて思い出してみれば、エミカは毎日目を覚ましていたわけではなかった。何日も眠っていた感覚もなかったのかもしれない。

 

「エミカは毎日目を覚ましていたと思っていたんですね」

 

「そうじゃないの?」

 

「はい。1度眠ると2日から10日ほど目を覚ましませんでした。勿論、すぐに目を覚ますこともありましたよ。繭にエミカが閉じ籠ってしまってからも1年ほど色々と揉め続けましたから」

 

「そうだったの? だから、18になってたのか。あーぁ。花の女子高生生活が…… どっちにしても無理か」

 

 エミカが諦めたような目で遠くを見る。その姿は俺が元いた世界でよく見た。

 

「エミカ……」

 

 今にも消えてしまいそうに感じて思わず声をかけてしまってから何を言っていいのか分からなくなる。けれど、エミカの目線はこちらに帰ってきた。

 

「……その、元のところに戻せなくてすみません」

 

「ルドヴィクはそもそもそんなことできないでしょ。だから、それは謝る必要ないよ。戻れないって言われてたし、戻れたとしても私がいた時代より何百年も先の未来になるんだって言われちゃうとね。知ってる人なんて誰もいなくなってるし」

 

「その、数百年ほどで知り合いがいなくなってしまうのですか?」

 

 寿命がそもそも俺の20分の1と言われた時に心臓が凍りついた。あのままあの世界にエミカを留めおけばそう遠くない未来にエミカは消えてしまっていた。

 

「そうだよ。ルドヴィクは寿命が長いから分からないだろうけど、ルドヴィクの感覚だと数千年後の未来になら帰してあげられますってことだよ」

 

「それは、知らない世界と変わりないですね」

 

「でしょう? ……ルドヴィクは、元の世界に帰りたい?」

 

「いいえ。少しも帰りたいと思っていません」

 

「え、でも、友達とか家族とか、恋人とか、そういうの人はいるでしょう?」

 

 困惑したエミカがこちらを見ていた。もしかしたら、エミカと自分ではそれらへの比重が違うのかもしれないと感じた。

 

「俺に恋人はいませんでした。確かに友人はいましたが、会いに帰りたいと思うほどの相手ではありません。家族もいますが、15で家を出てからは会っていませんからそこまで大切でもないですね」


「家族と仲悪かったの?」

 

「いえ、一般的に、特殊な家でもなければ15で一人立ちするものです。エミカの世界では違ったのですか?」

 

「国によって違うかもしれないけど、私がいたところは15才はまだ学生の子が殆どだし、親元にいるものだよ。一人立ちなんてもっとずっと先の話だよ」

 

「そうなのですね。根本の家族というものが違うのかもしれませんね。あの世界では生まれてすぐに牙を抜いた後は世界の常識を叩き込まれます」

 

「ち、ちょっと。生まれてすぐって赤ちゃんの時から?」

 

「赤ちゃんとはどのような頃でしょうか?」

 

「えっ、まさか、赤ちゃん、いないの? 生まれてすぐ、まだ歩けなくて、ウバウバ言ってるくらいの小さい子」

 

「そんな不安定な状態で生まれるのですか? 生まれてすぐに駆け回るものです」

 

「駆け回る? ……え、えぇっ?! そ、それって、ど、どれくらいで生まれてくるものなの……」

 

 エミカは驚いて固まってしまっている。

 

「3年半ほどでしょうか、エミカの世界は違うのですか?」

 

「3年、半っ?! みさき姉が妊娠中はすっごい大変だったって…… よく、十月十日耐えられたって自分を褒めてたくらいなのに……」

 

 驚き過ぎて固まってしまったエミカがぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「エミカ、大丈夫ですか?」

 

「え、あぁ、まぁ大丈、夫……」

 

 エミカは俺と目が合うと再び停止してしまった。それから暫くして目をせわしなく動かしてため息をついた。

 

「エミカ?」

 

「うん、なんでもないっ!」

 

 声をかけるとこちらを見向きもせずに手元へと集中していた。作業の効率は上がったが、何故目を合わせてくれなくなったかの検討はつかずに小さくため息をついた。

 

 ほどなくして殻や種を取り除くとエミカは首をかしげた。

 

「次は、叩くのかな? ほぐすのかな? それとも梳かすの?」

 

 エミカは綿を見たまま何やら呟く。おそらく鑑定という能力を使っているのだろう。

 

「そんな道具ないし!」

 

 エミカが憤慨したように声を上げる。

 

「どうかされましたか?」

 

「多分なんだけど、ほぐさなきゃいけないと思うんだよね。生活魔法でそういうことできるのないかなぁ」

 

 エミカはそう言いながらも綿の山に何やら色々と呟く。その度に綿はふわりふわりと形を変える。

 

「なんか、どうにかできそう!」


 エミカが嬉しそうに声を上げる。その楽しそうな様子をこうして近くで見ていることができて嬉しく思う。

 そうこうしている内に大きな綿の玉をエミカは作り上げた。

 

「できたよ。それにしても、大変なんだな。ここから糸にするためによっていくんだって」

 

「時間はありますから」

 

「それも、そうだね」

 

 エミカは楽しそうに頷いてくれた。

 

 

 

 

 


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