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Side 私 7


 

 聖女フィルターって怖い。今までは近くで守ってくれていた騎士だったけど、どうやら何もできなかった私に対してけっこう重たい感情を持っていたみたいで、正直引いてしまった。

 

 でも、これから話すことを考えると今ならまだ受け入れやすくはあるだろうか。

 好感度が高い相手がここから現実を知って、少しずつそれを下げていくかと思うと、ちょっと気が重い。

 

 私の隣に来て跪くみたいな姿勢ですがるような目を私に向ける騎士にどうしたものかと考える。

 

「あのね、ルドヴィク」

 

「はい」

 

「ここは、ルドヴィクの世界じゃないでしょう?」

 

「はい、その通りです」

 

 敬語もやめてほしいけれど、それを今言っても聞いてもらえそうにない。これはまぁ諦めよう。ルドヴィクなりに私と距離を取るって意味もあるだろうから。

 それよりも話し合わなければいけないことはたくさんある。

 

「しかも、よく分からない森の中。この世界にどんな人達が住んでいて、どんな考え方なのかもさっぱり分からないの。それだけでなくて、地理にも疎いし、どんな生き物がいるかも分からない。そこで生き抜かなきゃいけないのだけど、理解はできてる?」

 

「できています。役に立ってみせます。だから、エミカと共にいてもいいでしょうか」


 ルドヴィクはかなり前のめりで頷く。そこまで必死になってくれなくても、今はルドヴィクと離れるのは私としても無理だ。

 

「そうね。森の中から出て、この世界に慣れるまではそうしてもらえると嬉しいけれど、私はルドヴィクを縛りたくはないのね」

 

「俺の行動は俺に任せてくれると考えていいでしょうか?」

 

「うん、そう。私も1日でも早く自立するから」

 

「……分かりました」

 

 やっと少しは話ができるようになってきて軽く息を吐き出す。ルドヴィクだって突然の変化に混乱していただけかもしれない。

 護衛をしてくれている時はいつも落ち着いていたのに。少しルドヴィクへの印象が変わった。

 

「……それと、ステータスオープンって言ってみてほしいの」

 

「ステータスオープンですか?」

 

 ルドヴィクが不思議そうに私の言葉を反芻する。

 

「視界に変化はある?」

 

「いえ、何も」

 

「えっ?! 何も? 自分の情報とかが見えていたりとか」

 

「申し訳ないのですが、そういったものは見えていないです。ただ、エミカの左目が青く光って見えます」

 

「えっ?!」

 

 確かに今、自分のステータスが開いている状態だ。自分の目に変化が起こっていたなんて気付けるわけがない。ステータスを閉じてルドヴィクを見る。

 

「今、私の目はどうなってる?」

 

「元に戻りました」

 

 不思議そうにしているルドヴィクにどう言えば分かってもらえるのかは分からないけれど、説明しなければならない。

 

「そう。ルドヴィクには何も起こってないんだよね。さっきお願いした言葉を言うと、私の視界に私の名前とか年齢、種族と状態っていうのが見えるの。この世界特有の力で誰でもできるって思ったから、ルドヴィクにも言ってもらったんだけど……」

 

「俺の方にそういったものは見えませんでした。もしや他の人のも見えるのですか?」

 

 ルドヴィクがこっちの目をじっと見る。その目が怖い。この件に関しては嘘はつかない方がいいとは思う。思うのだけど、あまり言いたくない。

 

「常に、ではないの。鑑定って言うと頭に声が聞こえてくるの。こっちは視覚に入ってこないから見た目に変化はないかもしれないけど」

 

「俺の情報も聞いた、と?」

 

「ごめんなさい! 悪気はなかったの! ルドヴィク意識がなかったし、私も混乱してて……」

 

 反射的に謝る。他人の個人情報を勝手に暴くのはしていいことではない。

 

「いえ、そこに俺が吸血種とあったのですね?」

 

「はい、その通りです、申し訳ないです」

 

 正確には吸血鬼だけどそれを指摘する意味はあまりないように感じた。

 ルドヴィクに通じるかは分からないけれど土下座の姿勢は取っている。

 

「その姿勢は苦しそうなので元に戻ってください。それにしても、逃げなかったのですね」

 

 許可が出たので頭を上げて正座の姿勢で私は首を傾げた。

 

「え?」

 

「俺がエミカに危害を加える可能性は考えなかったのですか?」

 

「それは、あんまり考えなかったかな。やっぱり、知らないところは心細いし、そこに知ってる人がいたら、頼りたくもならない?」

 

「でも、俺はエミカにとっては恐ろしいと思うような存在ですよね?」

 

「そ、うなんだけど。ルドヴィクがここで倒れてた時の状態が、女神の呪いになってて……」

 

 言ってしまってからしまったと思う。もっと遠回しに言えないかと考えていたのにこれでは殆ど直球だ。

 

「俺は呪われているのですか?」

 

 どう答えるのが正解なんだろう? 本当のことを教えるのか、それとも誤魔化した方がいいのか。

 

「……今はもう、大丈夫かな」

 

「何かを誤魔化そうとしていませんか?」

 

「ふぇっ?! な、な……」

 

 驚いて変な声が出てしまった。これじゃさすがにバレバレだ。

 

「そうなのですね。自分の状態は把握しておきたいので誤魔化さずに正直に答えて貰えると助かるのですが」

 

 ルドヴィクは、優しく諭すように私から目を逸らさずにそう言ってくる。

 

 非常に言いづらい。だけど、自分ならば自分に何が起きているのかをちゃんと知っておきたい。

 そういえば、ルドヴィクはあの世界で言いにくいことも伝えてくれていたし、私が一番キツイ時も寄り添ってくれていた。私に誠実であろうとしてくれたことは忘れてはいない。

 私もそうあるべきなのかもしれない。

 

 私は、喉を鳴らし決意を固めた。

 

「女神の呪いは、確か、ルドヴィクがこっちの世界に来てしまった罰? みたい。私にはよく分からないのだけど、その、血がほしいなっていう衝動って誰に対してもちょっとはあるものなの?」

 

 ルドヴィクの顔がびくっとひきつった。どうもこういう話はルドヴィクにとってもあまりしたくはなさそうだ。けれど、互いにこの事についてはちゃんと話しておかないと後々大変なことになりそうだ。私の身の危険もある。

 

「……基本的に、他者の血を奪う行為は我らにとって、禁忌です。ですが、そう、ですね。本当のことを言うのであれば、相手との間に合意があればそのようなことはします」


「それって特定の相手だけで満足できるものなの?」

 

「……残念ながら全ての人がそうだとは限りません。勿論パートナーだけで満足できる人が大半だと思ってはいますが、それ以外にまで見境なく噛みつくようになってしまう者が多いのも事実です。そうなってしまった者を蔑んだ意味で悪食と呼びます。悪食となった者が事件を起こすことはとても多いんです」

 

「……事件になるの?」

 

「はい。相手を骨と皮だけにしてしまうケースも後を経ちません。1人の悪食が1つの国を滅ぼすということすら過去にはありました。俺たちの世界に人間がいないのは、太古に先祖が食い尽くしたからという説もあります」

 

「骨と皮…… 国を滅ぼす……」

 

 考えてゾッとする。私、ちょっと早まった? 

 

 あ、だからこそ、衝動を抑えてとか、唯一だけの、とかその辺の文言って、万が一でも被害者が1人になるようにってこと?! それ、被害者確定私!

 だって名指し! 名指しだよ!

 

 しかも、そういう事故が起きた場合、命を共有してる時点で私が死んだらルドヴィクも巻き込まれて死ぬ。どうやっても他に被害者が出ないようにされてる!

 

 救いがあるとしたら少量で満足するらしいところ。だけど、骨と皮だけになるほどの量から考えた少量ってどれくらい?

 

「エミカ、大丈夫ですか? 顔色が悪いです」

 

「はっ、いや、だ、大丈夫。あれ、ちょっと待った、なんの話からこうなったっけ?」

 

「女神の呪いの詳細を元は訊ねていました」

 

「そ、そうだった。それで私が聞いたんだよね。ちょっと話の内容が衝撃的で忘れてた。えーと、そう、その衝動を感じる相手はたくさんいるのかって聞いてみたかったんだった」

 

「そう感じたとしても、普通は皆、理性で抑えます。それにそこまで日常的に感じることでもないです」

 

「そうなんだね。その、女神の呪いではそういった衝動みたいなのを抑えて、しかも、感じたとしても、少しの量でよくて、しかも唯一の相手に限られる、みたいに言ってたんだけど…… 代わりに1時間で1年寿命を削るってあって……」

 

「……俺はあと1ヶ月足らずの命、ということですか?」

 

 ルドヴィクが驚きと絶望を混ぜた顔で私を見つめる。

 

「えっと、私と時間の計算完全に違うね。私の感覚だと2ヶ月半よりちょっとだけ多いかなぐらいだけど。それは、まぁ、解消されています」

 

 私が言うとルドヴィクは完全に困惑の色を浮かべた。

 

「……どうやって、ですか?」

 

「うーん、まず女神ってところからなんだろうけど、多分コレってルドヴィクの世界のってことだと思う。この世界は管轄外だから飛ばすことしかできない、みたいなことは言ってたから。で、こっちの世界のそういう存在が1回だけそれを書き換えてくれるって言うから、頼んだの。だから、今はもうその女神の呪いはないんだよね」

 

「それで、何を条件にされましたか?」

 

 ルドヴィクの顔が怖いほど真剣になった。

 

「……えーと、の、残りの寿命が半分になりました」

 

「本当は何ですか?」

 

「嘘じゃないよ!」

 

 疑うように問いかけられたから、反射的に答えたけれど、ルドヴィクは重たいため息を吐き出した。

 

「それだけが条件だとはとても思えません。何を隠していますか?」

 

「ぐっ、何でそんなに鋭いの!」

 

「エミカをずっと見てきました。そこからエミカの望みを探ろうとしていた俺に、今の表情豊かなエミカは隠し事はできません」

 

 そう言われてしまうと何も言えなくなる。あの世界で喋れなかった私は確かにルドヴィク達から不快な扱いを受けることは殆どなかった。

 

「……」

 

「……呪いの内容を聞いて考えてみたのですが、前半部分はかなり俺にとっても都合がいい内容でとても呪いのようには感じませんでした。例えば、考えたくはありませんが、悪食になった俺からこの世界を守るような感じですよね。しかも、そうなってもならなくても、さっさと寿命を尽きさせるという感じです」

 

 私が答えに詰まっている間にルドヴィクが答えを探るように話し出した。

 

「そう考えると、女神とやらはこの世界を俺が壊すことを怖れたと考えられます。それをこの世界の神が簡単に許すとは考えられません。恐らくですが、俺にとって都合のいい部分はさほど変わっていないのではないかと思っています。その部分はこの世界の神も抑えたいでしょうから。そうなると、1時間で1年間の寿命を削るほどの対価が、寿命半分で済むとはとても思えないんです」

 

 ルドヴィクが怖いほどの真剣な目を再び私に向けてくる。

 

「エミカ、貴女も何か対価か代償を払いましたね?」

 

 驚いて私は固まってしまう。その辺りはちょっとぼかせないかなと考えていたのに、これだけの情報で分かるものだろうか。

 

「何を払ったんですか?」

 

 ルドヴィクが苦し気に問いかけてくる。

 

「あ、の、いや、代償とか対価ほど、重くもないというか、でも、まぁ、確かに、そうだね、うん、えーと、その……」

 

「貴女も寿命が半分になったとか、そういうことですか?」

 

 畳み掛けるように問いかけられ、私はどう答えるべきかと混乱に陥る。

 

「あ、いや、その、そもそも、私の寿命ってルドヴィクの寿命の20分の1もないから……」

 

「はっ?」

 

 ルドヴィクの顔から血の気が一気に引く。こっちが心配になるほど蒼白になり、微かに震えはじめた。

 

「あっ、で、でも、なんていうか、私とルドヴィクの寿命を足して2で割った感じになったから、ルドヴィクの寿命が半分になったんであって、私にしてみれば、物凄く寿命が延ばされたみたい、な?」

 

 ルドヴィクは一転して呆けたように私を見つめてきた。この短時間でルドヴィクの見たことのない表情を一気に見た気がするけれど、私の方もいっぱいいっぱいでそれらを楽しむということもできない。

 

「……俺と命を共有した、ということですか?」

 

 暫くの沈黙の後に、掠れたような声でそう問いかけられた。今の説明でその単語が出てくるだろうか。

 

「えっ?! そ、そういうのってルドヴィクの世界にはあったの?」

 

「はい、ありました。永遠を誓い合う儀式のようなものです。エミカの世界にはありませんでしたか?」

 

「あるわけないよっ!」

 

 否定の声は叫びに近くなる。なんだかいたたまれないほど恥ずかしい。恥ずかしさと申し訳なさで顔をあげられない。

 

「だとしたら、エミカにとっては騙し討ちのような条件だったのですね。その、俺の知識での話になりますが、命を共有するのは殆どが夫婦です。共に生き、朽ちるために、自分以外に目を向けさせないために、です。エミカに与えられた条件をきちんと把握してはいませんが、もしかしなくても、俺がもし衝動に突き動かされるとしたら、エミカ1人に、ですね? この世界の誰にも迷惑をかけないために」

 

「ごめんなさい。ルドヴィクにだって選ぶ権利はあるのに、それが、寝てる間に勝手に決められるようなことになっちゃってて、本当にごめんなさい、謝って済むことじゃないのは重々分かってるんだけど、それでも、そんなに早くルドヴィクがいなくなるって思ったら、こ、怖くて……」

 

 ルドヴィクに対して頭を下げる。そうしていたら、肩に温かなルドヴィクの手が乗せられた。

 

「エミカ、頭を上げてください」

 

 言われた通りにルドヴィクを見上げる。

 ルドヴィクは見たことないほどに表情を緩めて、今にも泣き出してしまうのではないかという顔になっていた。

 

「エミカ、俺は困ったことに今、とても嬉しくなっています。エミカを困らせるだけだと知っていますが、エミカが俺を生かしてくれようとしたことがとても嬉しいんです。エミカがまだ混乱していることも分かっているのですが」

 

「ルドヴィク、でも、それは勝手に決められちゃったから……」

 

 もしかしたら、命の共有というのはルドヴィクの気持ちまで作って縛ってしまっているのではないだろうか。本当にそこには何も影響がないものなのだろうか。

 それとも単純にルドヴィクにしてみたら初めて関わった人間で、血が欲しいと感じている初めての感覚を好意だと勘違いしているだけじゃないのか。

 

 ルドヴィクは幸せそうな顔をしているけれど、素直に受け取れないところがある。

 

「なるほど、俺の気持ちを疑ってるんですね?」

 

「それはっ、だって……」

 

「エミカ、それでは訊ねます。エミカも命を共有したことで、同じように俺に縛られたような状態になっています。そうなる前と今は気持ちに変化は起きていますか?」

 

 ルドヴィクに対して持っている感覚はあの世界にいた時から変わっていない。好きか嫌いかの2択しかないのなら、好きではあるけれど、それが恋愛的なものかと問われるとそこまでではない。

 

「あ...… それは、ないかも……」

 

 ルドヴィクの手が私の背中を宥めるように撫でる。

 

「俺たちがいた世界では命を共有することはできましたが、それを選択する人は多くはなかったんです。気持ちまでは縛れませんから、長い時の中で互いに心変わりすることもあります。けれど、命を共有していることはやめられません。重たい選択であることは間違いありませんが、エミカがそうしてくれなければ、俺はもう朽ちるのを待つだけでした。だからこそ、今後の俺の人生をエミカに捧げます、というのは簡単ですが、エミカはきっとそれを喜んではくれないでしょう」

 

 ルドヴィクが優しい声で言うので、私は首をコクンと縦に振る。

 

「ルドヴィクの人生はルドヴィクのために私は使ってほしいよ」

 

 今の気持ちをルドヴィクに言えば、ルドヴィクは笑顔で答えてくれた。

 

「はい、俺のために使わせてもらいます」

 

 ルドヴィクはとても幸せそうに頷いた。



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