Side 私 6
ふわふわという浮遊感と共に私はまた変な夢のような場所で浮いていた。
『ごめんなさい。本当はもう少しかかる予定だったんだけど』
フワフワ浮く光の球体が目の前で声を出している。最近時々見る夢に出てくる場所だ。夢にしては今までよりもはっきりとしている気もする。
『何が?』
『エミカの力、というわけではないのだけど、あまりにも関わらなすぎてここまで彼等の耐性が落ちてるとは思ってなかったの』
質問とは違う答えにイライラしてしまう。それに何のことを言ってるのかさっぱり理解できない。
『だから、何の話?』
『このままじゃエミカは絶対に無事ではいられないわ。本当にギリギリ』
『だから私の質問にも答えて。何が起こってるの?』
『誰もエミカには触れなくしたわ。これで少しは持つと思うの。エミカが血の一滴でも流したら戦争になってしまうもの』
『そんな馬鹿な話はないわ』
『エミカはとても丁重に保護されていたから安心してたのに。危ない場所からも遠ざけられていたし、大丈夫だと思うでしょう? でも小隊を皆骨抜きにしてたなんて、気が付かなかったわ。あれだけいて守れもしないなんて』
『私は何もしてないわよ』
『そうね。エミカは何もできなかったもの。でも、そうね、エミカの血は皆を狂わせてしまうものなの』
『なにそれ』
『それは、まぁ、いいわ。エミカ、辛いかもしれないけれど、次に泉に入った時に他の世界へ飛ばしてあげるわ』
『辛いことって何?』
『えぇと、生きられるギリギリまで力を貰うわ』
『何でよ』
うんざりする。抵抗らしいことはできないけれど、この世界は私から搾取しなければ気が済まないようだ。
『他の世界についたら体の情報は書き換わって元の体以上に能力面も上がるはずなの、辛いのは、そうね……少しの間よ、多分』
『多分って』
今一つ信用ならない。だけどこの世界はもううんざりだ。すぐに体は動かなくなるし、誰かと意志疎通するのも面倒なのだ。
大事にして貰っている自覚はあるけれど、信頼したいとは思えないし、そもそも根底には勝手に連れてこられたという恨みがある。
多少辛くとも自分からこの世界を捨てて他のところで心機一転というのは確かに悪い話ではない。
『向こうの世界は私の認知の範囲外なの。よくよくお願いしたから悪いようにはしないと思うのだけど。私みたいにこうやって関わることをよく思っていないのよ。受け入れてはくれるって言うし、基本的な能力も渡すって言ってくれたけど、あとは知らないって言われてて』
『ここよりひどい場所だったら恨むじゃすまないからね』
『それは、大丈夫、だと思うわ。五体満足で健康な体は約束して貰ったから』
やっぱり信用できない。でも、他の世界か。本当は元のところに戻りたい。でも、分かってしまう。もう誰も私を覚えている人はいない。そんなところに帰っても絶望しかないじゃないか。
願うなら私から搾取しない世界ならいい。
『それじゃ、エミカ、もう少し眠っていて。それまでには体力も必要なだけ回復するはずだから』
そんな勝手な呟きと共に夢の中のはずの世界で意識を手放すはめになった。
『待たせたわね、準備ができたわ』
唐突に再び声がして夢の空間へ引き上げられる。だけど、今までみたいに何かを言う気力もなかった。
『エミカありがとう。私、やっと力を取り戻せたわ』
光の球体は今までよりも光輝いていて見ることすら億劫だった。
思えば私を連れ去ってきたのがあの世界の王子だとしたら、私から力を根こそぎ搾取してきたのがこの光る球体だ。そう理解すると腹立たしくて仕方がない。
『ふふっ、それじゃ他の世界へ送るわ。そうね、私からお礼もあげる。これからは何もしてあげられないけど、元気で過ごしてね』
そんな言葉のあとに圧倒的な光に包まれる。それと同時にぐんぐんとどこかに引き寄せられる。
「待ってください!」
聞いた覚えのある声が聞こえた気がした。けれどそれだけ。私は光に飲み込まれた。
『あらら、どうしましょう。1人着いていってしまったわ。仕方ないわね、これ以上迷惑かけたら怒られてしまうわ。うーん、吸血衝動を取り上げて、あら、完全には失くせないわ。やっぱり人にはならないのねぇ。それじゃ、寿命は早く終わるように、と、これで少しは許されるかしら?』
息が苦しい。息を吸おうとしたら、水が口に入ってきて余計に苦しくなる。
あれ、もしかしたらダメかも。帰れもしないし、もういいかな。
諦めかけたら、ザバっという音と共に水から引き上げられた。同時に激しく咳き込む。隣でドサリと音がしたけれど、それに構うこともできずに、呼吸を整えることに必死だった。
少しするとやっと落ち着いてきて辺りの景色を見渡せるようになった。
最初に目に飛び込んできたのは緑色。見たことはないけれど、形状から植物だ。植物が青ではなく緑。空を見上げる。見慣れた青空よりも少し緑がかってる気もするけれど、青空と呼んでもいいかもしれない。少なくても見ていても気は滅入ってこない。
「違う、世界?」
言って驚いた。声が出る。
「あ、あー! 話せてる!」
起き上がる時に感じる変なだるさも全くない。その場に立ち上がって、小さく跳ねる。体力や筋力の衰えも心配していたけれどそれも問題なさそう。それよりも体も軽く感じる。
自分の姿を見下ろす。なんだか、手足が長くなっている気がする、胸もちょっとだけ大きくなってないだろうか。あの世界で着せられていた白のワンピースだけれど、前はくるぶしくらいだった裾が膝下くらいになっている気がする。垂れてきた髪は太ももにかかるほど長くなっている。
「なんか、急に成長してない?」
姿を確認したいけれど、どうやら森の中の開けた場所らしく、鏡なんてありそうにない。
ここでやっと隣に倒れている人に気が付いた。
「えっ? えぇっ!? ルドヴィク??」
ということは私はまだあの世界にいるのだろうか。だけど、あの世界は今思うともっと陰鬱な感じがしていたような気もするし、植物や空の色も違う。
光る球体は私を他の世界へ飛ばすと言っていたけれど、それならなぜあの世界の住人のはずのルドヴィクがここに倒れているのか。
ルドヴィクを凝視していたら、頭の中で声がした。
『鑑定しますか』
はい? 鑑定? 異世界なんて夢のような場所を渡り歩きすぎて脳が壊れたかもしれない。
「鑑定って。なに、それ。ステータスオープン、なんちゃっ……」
なんか出てきた。目の前に、半透明な小さな枠。
【倉凪笑華】
【18】
【異世界人】【人】
【状態 良好】
はい??
「え、何これ?」
意味が分からず混乱する。冷静になるためにもう1度ルドヴィクを見てみる。
『鑑定しますか』
また聞こえた。
「はい」
呆然としたまま呟いてみた。何も起こらないと思ったのに、それは簡単に裏切られた。
『ルドヴィク・ドゥ・ハイゼン
122
異世界人 吸血鬼
状態 女神の呪い』
ステータスと違ってこっちは頭の中に響く音声のみだった。けれど、聞き間違いでないならとんでもないことが聞こえた。
「え、吸血鬼??」
ちょっと待ってほしい。ぞわっと鳥肌が立って1歩後退る。
光る球体はそういえば、私が血を出すと戦争になるって言ってなかっただろうか。私が危ないとも言っていたし、私が彼等を狂わすとも言っていた。
「……まさか、ねぇ?」
あの世界の人達って、皆、吸血鬼だった?
まさか、そんな、ねぇ?
それにしても122ってなんだろう?
私の場合名前の次の数字は18だった。年齢かなとも考えたけれど、私の年は16だ。知らない間に2年も年を取ったのだろうか。そういえば体は急激に成長している気がしているけれど。
でも、年齢だと仮定すると、ルドヴィクは122歳ということになる。
「もっと詳しく教えてよ。122って何?」
『年齢 122』
ダメ元で言ってみたけれど、言ってみるものだ。
122は年齢らしい。
……年齢? え、ルドヴィク、122年も生きてるの? お爺さんじゃない? 普通に20代くらいのお兄さんにしか見えないんだけど、吸血鬼って間違いじゃないってこと? そういえばあの世界の人達って皆、顔整ってたし、若い感じの人ばっかだったかも。
私は自分のステータスの18に集中してみた。
【年齢 18】
こっちは視界の中に透明なモニターみたいになって見える。音声は聞こえてこない。
それにしても、私はいつ18歳になったんだろう。
あの世界にいた時間は、私の体感では1年に満たない。けれど、それでも元の世界はもっと早く時間が過ぎているみたいだった。
どちらかに合わせたわけでもないのならこの年齢差はどこからきたんだろう。
考えても仕方がない。いつの間にか2歳も成長してしまった。損でしかない。
ため息をつく。どうやらステータスが存在する世界、なのだろうか。
それにしては情報が簡単すぎる。私がイメージするステータスはレベルとか、体力とか攻撃力や防御力、魔法があるなら魔力、場合によっては知力とかそういうことが分かるものだ。
気を取り直してルドヴィクをもう1度見る。
吸血鬼の部分に集中してみる。
『吸血鬼
他者の血を噛むことで得る者。寿命はおよそ2000年。ただし血を飲まなければ寿命は1500年ほどになる』
あ、うん。予想通り。だけど、そういった行動は今までなかった気がする。見ている限り、食べ物も時々変な味の物もあったけど、いたって普通だった、と思う。それに、牙みたいなのがある人も見たことがないんだよな。吸血鬼なのに血を飲まないとかあるのかな。どっちにしても、寿命は長くない?
次に異世界人の部分に集中してみた。唐突にたくさんの情報が頭に流れてきて、処理しきれずに頭がくらりとした。
「うー」
頭が痛い。あまりにも情報が多くてほとんど記憶に残らない。
多分ルドヴィクの世界についての情報だったのだと思う。感覚として残ったのは噛むことへの忌避感。これだけが強烈に印象に残っている。
すぐに襲われたりする心配はないかもしれない。
でも、気付いてなかったけど大分私の周りにいた人? といっていいのかはもう分からないけど、周りはおかしくなっていたらしいから油断はダメかもしれない。
でも、肝心なのはルドヴィクもここでは異世界人という扱いの方かもしれない。あの感じからすると、異世界へ渡るのは一方通行みたいなところがあるからルドヴィクも帰れないことになる。私に巻き込まれたとかじゃないといいな。
それともう一つ、ルドヴィクの状態のところにある不穏な単語はなんだろう。
『女神の呪い
勝手に異世界へ渡ったため女神から制裁を与えられた。
新たな地の神に叱られないため、吸血衝動は唯一と定めた相手のみに発動する。1度の摂取量は少量で満足する。ただし1度でも血の味を覚えてしまえば定期的に必要となる。
これらの衝動をここまで抑えるため自身の寿命を1時間でおよそ1年分削る』
最初の方は結構都合のいいことを言っている気がするけれど、後半はあり得なくない?
この世界の1日って何時間だろう。仮に24時間だとして、1年は365日だとする。ルドヴィクの寿命が仮に2000年位だとしても、だ。
……あれ? そうなるとルドヴィク、生きられて2ヶ月半ちょっとくらい?
さぁーっと血の気が引いていく。計算を間違えたかもしれないと何度か考え直しては地面にカリカリと計算をしてみる。けれど、何度やってみても結果は変わらない。
もしかしなくても、ルドヴィクが今倒れてるのってこれの影響なんじゃないだろうか。
知らない世界でとりあえずは知ってる人がいる。しかも、結構守って貰った記憶もある。そんな人を見殺しにできるかと言われるとちょっと無理。
他にも知ってる人がいて私はちょっとほっとしていた。まぁ、ここまで治療行為とかしてないけど、それは色々と驚いてたせいで、気が回らなかったから。
1人じゃないという安心感もあったのに、これは酷い。この世界に1人残されるのも、安心した後だとちょっと耐えられない。
途方に暮れながら倒れているルドヴィクの背中に手を当てる。
『特別措置を浮けますか』
唐突に頭に声が流れてきた。意味も分からないけれど答えていた。
「はい」
『これは生涯1度きりの使用となります。鑑定の文言を変えることが可能です』
「それじゃ、この最後の文言を消して」
『それはできません。衝動を抑えるための対価は必要です』
どこまでも冷たい機械のような声が頭の中で響く。
「じゃ、じゃあ、女神の呪いそのものを消して」
『この世界を危険に陥れることもできません』
「そんな、困る!」
『提案は可能です。聞きますか』
「聞く!」
私は迷わずに答えていた。
『これらの衝動を抑えるため、残りの寿命を唯一となる者と分け合う』
「ごめん、ちょっと意味が分からない。もう少し分かりやすく教えて」
『寿命を唯一となる者と分け合い、唯一となる者が死する時、共に朽ちる。また、この者が死する時、唯一となった者も朽ちる』
「ルドヴィクが唯一を定めなきゃダメってこと?」
『否。決められるのはあなたのみです。書き換えは今を持ってしか行えません』
「ここには私しかいないじゃない! それに私の生涯1度きりって言ったでしょ! それをいつ使おうと私の自由でしょう? 大体ルドヴィクに聞く前に決めていいことでもないよっ」
『あー、もう、ごちゃごちゃうるせーよ。俺は基本的にこの世界に関わらない。移動してきたヤツを受け入れるとは言ったが、元はおまえ1人だけだ。余計なのが付いてきた。ダメガミの頼みでおまえにはとりあえず融通を効かすが、今だけだ。紛れ込んだソレの面倒まではみない。だが、お前がソレの面倒を見るならお前とソレの命を繋いでやろうって話だ。おまえにしてみりゃ随分と長生きできる。あー、事故とかは考慮に入れないからな』
急に機械的な声が苛立ちを含む男の人の声に変わった。けれど直感的に根本はあの光る球体と同じモノではないかと気が付く。
「そんな、ほとんどルドヴィクの寿命じゃない! それを勝手に……」
『ならば放っておけ。元はおまえ1人で生きていくはずだった。ではな』
声は冷たく突き放す。光る球体はそれでも親身に聞いてくれたからこの声にも同じような対応をしてしまった。けれど、声の方は光る球体よりこちらに対して親身ではいてくれないらしい。
声の感じが機械みたいに硬質的になってしまったことに焦る。そもそも私はこの声にもあの光る球体とも直接会話することすら本来なら許されない存在なのだと思い知る。
ここでこの声に突き放されてしまったらルドヴィクはもう救えない。悩んだのは一瞬だけで、反射的に叫んでいた。
「待って! お願い、書き換えて!」
『承った』
もう、声は最初に頭に響いてきた時と同じ無機質なものに変わっていた。
ルドヴィクをもう一度鑑定してみる。
『ルドヴィク・ドゥ・ハイゼン
122
異世界人 吸血鬼
状態 昏睡 命の共有者』
怖いけれど確認はしなければならないだろう。
『命の共有者
倉凪笑華と命を繋げる代わりに唯一と定めた相手のみに吸血衝動が起こる。万が一血を接種してしまっても1度の摂取量は少量で満足する。ただし1度でも血の味を覚えてしまえば定期的に必要となる。これにより唯一と定められるのは倉凪笑華に限定される』
言葉にされてあんまりな内容に頭を抱える。
深く考えなかったけれどそういうことだよね。ルドヴィクの唯一は自分ですって私が勝手に決めちゃったことになる……
申しわけなさすぎる。
自分の方のステータスも確認すべきだろう。
【倉凪笑華】
【18】
【異世界人】【人】
【状態 良好 命の共有者】
私の方にもやっぱり変なの増えてる!
【命の共有者
ルドヴィク・ドゥ・ハイゼンと命を繋げ寿命を伸ばした。これにより生涯ルドヴィク・ドゥ・ハイゼンの面倒を見る】
これ、とんでもないことになってしまったんじゃないだろうか。
軽率だったかもしれないけど、こうするしか方法は思い浮かばなかった。大体、面倒を見るってどういうことだろう?
大きくため息をついて、この事に関しては考えるのを一旦やめた。
それよりも今の状況を考えることにした。
ルドヴィクを揺すってみたけれど、目を覚ます感じはない。
私と違ってルドヴィクは勝手に紛れ込んでしまったらしいから、無理矢理起こしたりして、私のように変な不具合が出たらどうしていいのか分からなくなる。
だとしても、着地点が水の中だったせいでまだ服は濡れている。
ちょっと気が動転しすぎていたなと反省する。凍えるほど寒くなくて良かった。どちらかといえば暑い。季節があるのかは分からないけれど気候的にはカラリと乾燥した初夏くらいの温度だろうか。とはいえ、意識がある私でもさすがに体が冷えてきた感覚がある。触ってみたルドヴィクの顔は物凄く冷えていた。
良かったことは地面が草地だったことかもしれない。柔らかな感触のある草なら、石がゴロゴロしている地面よりもマシだろう。
昏睡してる人をうつ伏せで寝かすのは正しいことだっただろうか。なんとなくダメな気がして、おぼろげな記憶だけを頼りにルドヴィクの体を苦労しながら横向きにしてみた。他にもしなきゃいけなかったような気がするけれど、残念ながら私にはこれ以上の知識はない。
多分だけど、吸血鬼は私よりも頑丈、だろう。
次は、焚き火とかして、これ以上体が冷えないようにした方がいい。
気候は暑い方とは言っても濡れたままではよくないのは分かる。
ここは森が近い水辺だ。燃えそうな物は何かしらあるだろう。
「これくらいで平気かな」
木の枝や枯れかけた草など集められるものは集めた。ついでに食べられそうな木の実も集めてきた。ちゃんと鑑定はして食べられることも確認済みだ。
ただ、ちょっと当初の目的は忘れかけてた。未だ目を開けていないルドヴィクを見て少し反省した。一応規則的に体が動いているので生きてはいるだろう。
ルドヴィクの横で気を取り直して、焚き火をするために拾ってきたものを組んでみた。何となく燃えてくれそうな形ができてから、気が付いた。
どうやって火をつけようか?
中学1年の春に学校行事で日帰りのキャンプに行ったことがある。その時に班の皆で交代で頑張ったけれど火をつけることができなかった。最終的に先生が笑いながらマッチで火をつけてくれた。無駄に腕が疲れた記憶が甦る。
マッチは偉大な発明だと思う。
「……火よつけ」
やけくそで呟いたのに、ぽぅっと指差したところに呆気なく火が灯る。
「……ステータスに書いてないから魔法が使えるとか思わないでしょ! ステータスオープン!」
【倉凪笑華】
【18】
【異世界人】【人】
【状態 良好 命の共有者】
出てきた文字は変わらない。ステータスとは一体。
「これじゃ何ができるか分からないじゃない。私は何かできたりするのかな」
転移特典とかないだろうか。光る球体はそういえば何かくれるって言っていた。それがルドヴィクでないことを願いたいところだ。
あとはそう、基本的な能力は貰えているのではなかっただろうか。
どうやったらそれを知ることができるだろうか。
目を閉じて自分の体に意識を向けても何も分からない。
ステータスを再び眺めてみて、自分の名前に集中してみた。
【倉凪笑華】
【言語理解】【隠蔽】【鑑定】【生活魔法】【治癒】【浄化】
何か出てきた。つまり、これができる事というのだろうか。火を出せたのは生活魔法に当たるのかもしれない。
「浄化」
自分に向かって言ってみると、足元から爽やかになった気がする。ついでに服も綺麗になって、湿った感じもなくなった。
「浄化」
ルドヴィクに向かって言ってみると、ルドヴィクの服も、泥が付いていた顔も綺麗になる。早く気が付いてあげられれば良かったよ。
治癒もあるけれど、今のルドヴィクに使うのは少し違う気がしている。例えばこの治癒が本人の体力を消費して回復させる力だとしたら、何かの不具合が出そう。今までと違って出てきたそれぞれの単語に集中してみてもそれ以上の情報は出てこなかった。
それよりも、気になるのは隠蔽かもしれない。
「何かを隠せってこと、かな?」
私には基本的な能力があるらしい。どこまでを基本と捉えるかによるだろうけれど、可能性としては、言語理解、生活魔法辺りは一般的にもできる人はいそうだと感じる。
自分と比べるためにスキルとか能力とかそういうのが分かるようにと念じながらルドヴィクを鑑定してみる。
『言語理解』
それ以上は聞こえない。
少ない気がするんだけど。
吸血鬼としての能力って何かないのかな。それとも、元からある能力は聞こえてこないとか、取り上げられてる、とか?
これも考えても仕方がない。もう一度自分のステータスを見る。言語理解が一般的かどうかは分からない。けれど、これが異世界転移特典に当たる可能性はある。何せここには異世界人しかいない。
自分の考えにはっとする。
そう、私たちは異世界人なのだ。ここがどんな世界かはまだよく分からないけれど、異世界人がたくさんいるってことはない気がする。
仮に鑑定ができる人がそれなりにいた場合、この世界の住人として紛れ込むのは難しくならないだろうか。
「異世界人の部分を隠せってこと?」
声に出してみたけれど、返事はどこからも返ってはこない。
【倉凪笑華】
【18】
【異世界人】【人】
【状態 良好 命の共有者】
自分のステータスにある【異世界人】を指でなぞる。
「隠蔽」
そう言うと文字がすうっと消えた。
【倉凪笑華】
【18】
【人】
【状態 良好 命の共有者】
「……隠蔽解除」
【倉凪笑華】
【18】
【異世界人】【人】
【状態 良好 命の共有者】
「見えなくできるのね」
そうなるとやはりステータスを見るなり、聞こえてくる人はそれなりにいるのだろう。都合が悪いから隠せということだろうか。隠蔽は一般的な能力ではなさそうな雰囲気がある。
気を取り直して、色々と考えてステータスの内容を隠していく。勿論、ルドヴィクのステータス内容も隠蔽可能で聞こえなくすることができた。
ちなみに近くに落ちていた小石に隠蔽と唱えるとこれも見えなくなった。つまりは隠蔽はステータス以外にも使える。結構凶悪な能力な気がしてきた。
【倉凪笑華】
【18】
【人】
【状態 良好】
最初に見えるステータスはこんなものでいいかもしれない。
【倉凪笑華】
【言語理解】【鑑定】【生活魔法】
名前に合わせて見えてしまう情報も変えてみた。治癒と浄化は何となく光る球体がくれた気がするから隠してみた。前みたいに変な風に祭り上げられるのはいやだし。
『ルドヴィク・ドゥ・ハイゼン
22
人
状態 昏睡』
この世界に人以外の種族が居るかは分からないけど、吸血鬼って魔物よりな気がするし、あの声は野放しにはできないみたいなことを言うから、勝手に異世界人の人だけが残るように念じてみた。聞こえてきた音声も『ヒト』と発音してくれたからこれで大丈夫だと思いたい。年齢の方も1を隠してみた。ルドヴィクの見た目から考えてもそこまで違和感はないと思う。
それにしても、ルドヴィクが目を覚ました時、何て言えばいいのか分からない。とりあえず、ステータスについては話さなければならないだろう。なんだか本人の意思を無視して大概なことをしてしまった気がするから、さすがに怒るかもしれない。
あの世界ではルドヴィクにかなり丁重に扱われていたし、私の前でルドヴィクが感情を露にすることなんてなかった。
私がこの世界に連れてきたわけではないけれど、どうも私に巻き込まれた可能性は高そうで、そうなると必然的に責められるのは私な気がしてきた。
私も勝手に拐ったあの世界を恨んでいたし、滅びてしまえばいいとも思っていた。直接私の召喚に関わっていそうなのはあの王子だろうけれど、城にいた頃は散々な目にあったし、誰かを信頼なんてできなかった。
だからこそ考えてしまう。
ルドヴィクは私に巻き込まれて、望んでもいないのに異世界に転移してしまった。私はあの何もできない世界にはもういたくなかったけれど、ルドヴィクはどうなんだろう?
ルドヴィクからこんな世界に連れて来やがってと責められるかもしれない。
ルドヴィクに軽蔑や恨みのこもった目を向けられたらさすがにヘコむ。あの世界でフラウとレンナと同じくらいには頼りにしていたから。
ルドヴィクは私に同情的ではあった。だけど、あれは聖女という立場と、召喚してしまったという罪悪感からそうしていたと言われても不思議ではない。
ルドヴィクは私という個人を守っていたというよりも、ルドヴィクの立場としてそうせざるを得なかったんだと思っている。
重たいため息をはきだす。
1人で色々と考えていると泥沼にはまる。前の世界では気力というものが沸いてこないせいで、考えることそのものを放棄して投げやりだった。あの世界を許せないと思っていたし、勝手にすればいいとも思っていた。
ここでは前向きになれる分、色々と考えてしまう。
けれど、具体的にこれからどうしていくのかはルドヴィクと話し合わなければいけないだろう。ルドヴィクの運命をねじ曲げた責任は、あるだろうから。