第4話・鉱山の戦い
「うわ、暗いな……」
タンクは手に松明を掲げながら坑道内を進む。
その後ろをエヴァルスが警戒しながらついていく。
すでに月明かりの気配は消えて視界を保つのはタンクの持つ心細い炎の灯りのみ。
坑道の入り口に立てかけられていた松明を持つのはタンクだった。
ふたりで持てばより視界も拡がるだろうが、そうしなかった。
それはエヴァルスが武器持ちであることが理由だった。
タンクは紋章による肉体強化が主な戦い方。
しかしエヴァルスは剣で戦う方法である以上、何かを持ってしまうと力が半減してしまう。
その点タンクは究極持っている松明で殴る戦い方もできるのだ。
「しかしなんでこう入り組んでるかね、1本道なら楽なのに」
タンクはそんな気の抜けたことを言いながらも視線は鋭いままである。
エヴァルスも背中越しにそのことは知っている。
産まれてからずっと付き合いであるエヴァルスにとって疑う必要の無いことだった。
「急ごう、魔物がすぐ食べる種族だとしたら大変だ」
エヴァルスの言葉にタンクは振り向かず手を上げた。
視線を前から切ってしまっては襲われる危険が増す。
魔物の正体もわからない以上、音もない襲撃に備えなければいけないのだ。
少なくともタンクが松明を持っている以上、ふたりの位置は知られていると考えたほうが良い。
暗い坑道で生活している魔物に目があるかはわからないものの注意を切らない方が良いのは当然のことだった。
「ん……?待て」
タンクは手で制する。
背中越しにその先を見ると低い天井の坂道になっていた。
「足元に気を付けろよ、滑ったら……」
『助けてぇ!!』
坂の奥から叫び声が聞こえる。
その声を聞いたふたりは坂を一気に駆け降りる。
その道自体が濡れていたので滑り降りたと言ったほうが正確だろうか。
(間に合え……!)
エヴァルスは足がもつれそうになりながら坂を滑る。
「見えた!」
坂を滑り降りるとそこには開けた坑内へ抜けた。
ふたりの目に入り込んできたのは巨大なヘビだった。
丸太ほどもある太い体躯。
波打たせているため全体の長さは判断できない。
駆け込んだ音に気付いたか、タンクの持っている松明の灯りか。
奥を見ていた頭がゆらりとふたりに向く。
舌を出し入れしながら身体を起こすとタンクの3倍以上の高さとなる。
「……これ、人里にいていい魔物じゃないよな」
「ボクもそう思う」
王都からこのコウルまで道すがら狩っていた魔物は大抵は小動物のような大きさ。
ごくまれに最初の森で狩ったイノシシのように大型の魔物もいたがそれでも人の高さを越えることは無かった。
今目の前にいる大蛇は身体を起こしている状態で人の3倍。
つまり身体を支えている部分を含めるとどれほどの長さになるのか。
「エヴァ、帰ろう」
タンクは大蛇から目を逸らすことなくそんな軽口をこぼす。
エヴァルスの返事を待たずに大蛇は尾を振りかぶってふたり目掛けて振り下ろしてくる。
左右に分かれて躱すとエヴァルスは銅剣でタンクは拳で大蛇の尾を打ちつけた。
低い音を響かせ、大蛇の側面に打ち込まれた剣と拳。
しかし攻撃を受けた大蛇はふたりを見下ろしながら尾を左右に振って追い払う。
「固い……!」
エヴァルスは剣の柄を握り直す。
打ち据えたときに走った衝撃は、今まで剣を振るったどんな物よりも固く、しなやかだった。
そう、ただ固いのではなく、衝撃を吸収しているような固さがその表皮にはあった。
這って動く生き物は総じて全体の皮膚が厚くなる。
そして大きければ自重を支える必要があり生半可な衝撃ではびくともしないしなやかさが求められる。
この大蛇の大きさは大人10人を越える長さで胴を支えに立ち上がることもしている。
タンクの拳もエヴァルスの銅剣も、あくまでも打撃である以上その衝撃は簡単に吸収されてしまうのだ。
「エヴァ、そっちの手ごたえは?」
「まったく。コレじゃなくても切れるかどうか」
「だよなぁ。やっぱり逃げる?」
タンクの提案に苦笑いを浮かべるエヴァルス。
この状況で冗談の出る余裕はある意味感謝しつつ、いまだに見つからない子どもを置いて引き下がれるわけがなかった。
やり取りの間に大蛇が口を開閉している。
開閉に合わせてカッカッと何かを打ち付ける音が響く。
「なんの音だ」
ふたりの視線が大蛇の頭に向いた瞬間、腹が大きく膨らむ。
その動作にふたりは言葉を交わすことなく左右に飛んだ。
直後、離れた場所に向かって大蛇の口から炎が放たれる。
直接触れることなくとも伝わる熱は、その炎の危険さを表していた。
「なんでヘビが火吹けるんだよ!」
タンクがもっともなことを叫ぶ。
「……もしかして、魔石を食べてる?」
「そんな生き物居るのか!?」
この鉱山から採掘される鉱石の中にはごくまれに魔力を含む魔石が採れる。
その魔石のお陰で魔法の一般化をもたらしているのだが、あくまでも採掘される魔石はごく一部。
その理由は鉱山の浅い箇所で採れる物はほとんど無いせいだ。
奥に行けば行くほど魔力量、大きさ共に良質な魔石が採れるのだが、流通していないのは魔物がいるからだ。
野外にいる魔物は人の背丈よりも低いものがほとんど。
それは食物が豊富にあるので餌を得るために争いを避ける方法がある。
魔物同士で争わなくても木の実や植物を採って生きる糧にできる。
そのため強くなくても生きていける。
しかしこの鉱山の中で生息している魔物は話が別。
自生している植物は無い。
木の実も落ちていない。
そんな環境で生き延びるためには他の魔物を狩る必要が出てくる。
炎を吹く力を得たこの大蛇も同じ。
成長の過程で能力を獲得した特殊個体でもある。
「連発はできないのが救いか」
焦げた地面を見ながらタンクが溢す。
大蛇が炎を放つ前に口を鳴らし、腹部が膨らんだ予備動作がある。
その動作のお陰で初見にも関わらずふたりは炎を躱すことができている。
戦いにおいてこの躱すことのできるというのは大きな利点となっている。
「どうする?あっちも当たらない、こっちも効かない。アレ、終わってね?」
少なくともエヴァルスもタンクも、大蛇に効く攻撃がない。
だが、大蛇は炎を吐いたあと、ふたりを見下ろしてピクリとも動かない。
エヴァルスが足を1歩踏み出すと大蛇は口を大きく開き威嚇してくる。
「……タンク、この蛇って本当に子ども攫ったのかな」
「どういうことだ?」
エヴァルスの問いにタンクは視線を切らずに聞き返す。
「この身体の大きさでここに来るまでの狭い道に入れる?」
今、大蛇とふたりがいる空洞は大蛇が動くのに充分な広さと高さがある。
しかしここに至るまでの道中は人が使う道。
つまりこの大蛇が通るほどの広さがない。
そんな狭い道を通って、度胸試しをしている子どもを連れ去るとは考えられなかったのだ。
その時、大蛇がふたりから視線を逸らして後ろを向く。
視線の先に腹を抱え、青ざめた顔の子どもが立っていた。
「あ、あ……」
大蛇は大きく口を開きながら子どもに向かって突進していく。
「まずい!」
タンクは紋章を光らせた。
大蛇より早く。
子どもに襲い掛かるより早く。
大蛇の牙が届く前に子どもを抱きかかえると壁に足をかけて飛び返る。
壁に頭からぶつかり、坑内に衝撃が走る。
「無事か!」
「う、うん……」
大蛇から離れ、無事を確認するタンク。
幸い子どもに大きなケガはなく、ところどころにある擦り傷だけだった。
「逃げるぞ」
この空洞に滑り込んできた坂道に戻ろうとすると、大蛇の尾が道を塞ぐ。
「いきなりやる気満々じゃないか」
タンクは大蛇を睨みつける。
先ほどまで牽制するような距離の取り方ではなく、カチカチと歯を鳴らしている。
腹を膨らましていないので炎を吹く予備動作ではないものの、興奮していることは見て取れる。
「怒ってる……?」
エヴァルスは大蛇を眺めながらいきなり荒い行動を取り始めたことに怒りを感じていた。
(殴っても平気だったのに……なんで)
エヴァルスは大蛇に向かって駆け出す。
頭は高い位置にあるので届かないのは承知の上で、支えの下部に突進し銅剣で殴りつける。
殴られた大蛇は相変わらず答える様子はなく、身体を揺すってまとわりつくエヴァルスを退けようとする。
攻撃に対しても振り払う程度、目線はタンクから離さない。
(もしかして)
ここまで荒ぶる前に起きたことはひとつしか思いつかなかった。
「タンク!その子何か持ってない!?」
エヴァルスはタンクに向かって叫ぶ。
威嚇程度だった大蛇は、子どもが見つかった瞬間に興奮し、攻撃的になった。
ふたりの時にはほとんど攻撃をしてこなかったのに。
「持って……おい、ガキ!さては!」
タンクは何かに気付いたように子どもが押さえている腹に触れる。
その手触りは服の上からでもわかる固さがあった。
服をまくり上げると、抱えていたのは大きな卵だった。
「おい、これアイツのだろ」
「だって、何か証拠が必要だから……」
卵を見た大蛇は鳴き声を上げて子どもに向かって突進する。
タンクが子どもを抱えて先ほどより勢いを付けないように大蛇の頭を避けた。
エヴァルスの近くまで逃げると再び襲い掛かろうとする。
その予備を受けてエヴァルスは紋章を光らせて中空に火の玉を生み出した。
その火の玉を警戒してか、大蛇は立ち上がり口を鳴らしている。
「その証拠のために食われたら笑えないだろ」
さすがに殴りつけることはしないながらも、タンクの目は笑っていない。
「卵、返そ。それで鎮まるとは限らないけど」
エヴァルスは子どもに向かって諭す。
「で、でも……」
「お前がやれ。自分でやったんだろ」
タンクは上から頭を掴む。
力は込めていないだろうが、子どもは「ヒッ」とノドを鳴らした。
「キミもお父さんとお母さんと離れ離れになったら嫌でしょ。あのヘビも一緒だよ」
エヴァルスは子どもと目線を合わせて微笑む。
言葉を受けて腹に隠した卵を腕に抱え直すのを確認するとエヴァルスは火の玉を消していく。
卵を見たことで大蛇は口を鳴らすのを止めた。
口を閉じて舌を震わせてじっと睨みつけている。
3人はゆっくり近づき卵を割れないように慎重に地面に置いた。
「ごめ、んなさい」
嗚咽交じりに大蛇に謝る子ども。
ふたりは横に立って見守る。
大蛇が襲い掛かってきたらどちらかが犠牲になってでも子どもを逃がす覚悟を決めていた。
置かれた卵をじっと見つめていた大蛇はゆらりと頭を下ろし、卵をぱくりと口に含んだ。
そして尾で塞いでいた道を開くとそのまま奥に進んで行く。
『ヒトよ。次はない』
どこからか言葉が聞こえたかと思うと大蛇が頭をこちらに向けていた。
「は、はい!」
子どもだけでなく、エヴァルスとタンクも思わず返事をしてしまう。
3人は大蛇が視界から消えるまで呆然と立ちすくむ。
「……やっぱ、人里にいていい奴じゃねぇわ」
タンクが漏らした感想は、奇しくも皆の考えの代弁となるのだった。




