第13話・聖女の力
ミリィと共に家に戻ってからタンクに夕食の誘われたことを告げる。
「……エヴァ、お前も隅に置けないな」
タンクはミリィ同様、ニヤニヤと笑みを浮かべながらエヴァルスの言葉を聞いていた。
「そんなんじゃないよ、リースが……」
「おー、もう呼び捨てですか」
「リースもエヴァルスのことを、エヴァって」
タンクの言葉に乗っかって、ミリィも再び笑みを浮かべる。
「……ふたりこそ、仲良くなってるじゃない」
自分をからかうことで息を合わせなくてもいいのに、と頬を膨らませつつふたりを睨む。
「でも、リースって普通なんだね。なんで聖女なんて呼ばれているんだろ」
エヴァルスは森での話を思い出しながら独り言をこぼす。
森で話した彼女の印象は、すこし意地悪な綺麗な人というのが素直な感想だった。
その感想を漏らしたミリィは頭の後ろで手を組んでため息を吐いた。
「そんなことも知らなかったのか。……今度はふたりで行ってくれない?」
ミリィは教会へ指を向けた。
「ちょうどいい時間だからさ、聖女さまが起こす奇跡を見てくれば?」
「……奇跡?」
エヴァルスとタンクはそろって眉をひそめた。
ミリィに告げられた通り教会へ向かう。
再びの案内を頼んだが、頑なに拒まれてしまえばそれ以上誘うわけにもいかなかった。
「奇跡、ねぇ」
タンクはぽつりと溢す。
その気持ちはエヴァルスにも伝わっている。
街ひとつ消した「奇跡」を知っているふたりとしてはおいそれと受け入れるわけにはいかなかった。
「でも、紋章があるからもしかしたら本当に奇跡かもよ」
エヴァルスはタンクの独り言に対して言葉を挟む。
ましてリースの人柄を知ったエヴァルスは、彼女が力に溺れる姿は想像できなかった。
「なんにせよ、今から見に行くわけだから」
「そうそう。もし紋章の力が本当なら一緒に旅をしてもらいたいし」
エヴァルスは手に巻かれた布の上から自らの紋章を撫でる。
手に宿る紋章は、今までタンクとふたりしか持っていないと思っていた。
魔王を倒すという、途方もない目的の旅。
その同行者である理由が仮に紋章であるのならリースもまた旅に同行してくれるかもしれない。
ただ、そのことを思うとエヴァルスは暗い感情が湧き上がってくる。
この到達できるかわからない旅に、リースを巻き込んでいいのか。
今までの旅路を考えてもお世辞にもいい思い出があるとは言えない旅に、ただ紋章があるという理由だけで背負わせるには少々重い物だった。
「エヴァ、戻ってこい」
タンクの声で顔を上げるエヴァルス。
どうやら自分の考えに引きこもってしまっていたようだった。
すでに教会には人が集まっていた。
朝の説法よりも、どことなく雰囲気が違う。
エヴァルスはその違いを人を眺めて観察する。
集まっている人の様子がどことなく落ち着きのない様子だった。
教会の扉が開く。
中から再び聖女の衣装に身を包んだリースと複数人の神父が現れたのだった。
「皆さま、ごきげんよう。救いを求める方に、奇跡を」
リースの言葉を受けて集まっていた人たちは一様に列を作り出す。
本当は人を押しのけて進みたいかのように肩を揺らして落ち着きがない。
エヴァルスとタンクは少し離れたところでその様子を眺めている。
列の先頭にいた中年の女性に連れられ、少女がリースの前に行く。
見ると少女の足には包帯が巻かれていた。
「この子が先日崖から滑り落ちまして。やっと聖女さまから奇跡を賜れます」
「長い間お待たせして申し訳ございません。さ、足を見せて」
リースは少女の前にしゃがみ込むと包帯の上から手を乗せた。
その瞬間、リースの胸にある印が光を放つ。
すると足を引きずっていた少女がまっすぐに足を延ばすと嬉しそうに飛びはねた。
「せいじょさま、ありがとう!」
「どういたしまして。今度は崖に登ってはいけませんよ」
母親は何度も頭を下げて列を後にした。
そして次々にリースの前に現れては身体の不調を訴え、そして胸の光と共に消してもらうのだった。
「あんなの、アリか?」
タンクは誰に聞かせるわけでも無くその場に言葉をこぼした。
今までエヴァルスの炎にしてもタンクの自己強化にしても、紋章の力は戦いのための力だった。
他人を癒す、そんな力が紋章にあるなんてタンクは想像していなかった。
「あの力、すごいね」
エヴァルスは暗い顔をする。
紋章がある、力も強い。
一緒に旅してもらうには充分な理由にはなる。
だからこそ、リースにはこのままでいて欲しかった。
自分達でも心を抉られた経験がある旅。
ここから先は間違いなく今までよりも過酷な道になる。
そんな旅にリースを巻き込みたくなかった。
「タンク、リースのこと旅に連れていきたい?」
エヴァルスはリースを眺めながら尋ねる。
もし、タンクが同行を求めるなら、止めないといけない。
だがタンクの答えは予想に反するものだった。
「なんで?」
「だって、あの治療ができたら旅が楽に……」
「あー、なるかもな。だけどキツイだろ、他の人に同じことさせるの」
エヴァルスは、言葉を失う。
相棒が感じている痛みは同じだった。
その上でまだ旅を続けてくれていることに頭が下がった。
「おい、まさかお前あの子を連れていきたいのか?……春だからな」
「タンク!」
声が大きくなってしまった。
列から離れていたため他の人たちに聞かれていないのが幸いだった。
「声デカいよ。それにあの様子で連れてくなんて言ったら暴動だろ」
リースを取り囲む人々に目を向ける。
その人たちの様子を見て、エヴァルスの目に映ったのは違和感だった。
(なんだろ、なんか、引っかかる……)
その感覚が言葉にできずにいると後ろから声をかけられる。
「いかがですか、旅のお方」
エヴァルスとタンクは数歩飛び退きながら振り返る。
その場にいたのは神父であった。
「驚かせてしまいましたか。申し訳ない。私はベリト。この教会を任されている者です」
教会の裏口でリースが挨拶していた神父が手を差し出す。
「先ほどリースと一緒にいらっしゃっていた方ですね。お名前をお伺いしても?」
「エヴァルスです。こっちはタンク」
エヴァルスは手を握り返して応える。
「エヴァルス殿、先ほどおっしゃったお連れは彼、でしょうか」
じっとタンクに目を向けながらゆっくり握った手を離す。
「よろしく、今夜のメシ楽しみにしてるよ」
タンクの言葉にベリトは顔をゆがめた。
「ご期待に添えるかどうか。彼にも伝えましたが我々は勤めの身、食事も華やかではありません」
「お食事もですが……聖女さまのこともお伺いできるのを楽しみにしてます」
エヴァルスの言葉にピクリと眉を動かすベリト。
「何なりと。神の元では秘密などあってはいけませんから」
にこやかな言葉に内心、胸を降ろすエヴァルス。
断られることも覚悟していたためだった。
「それでは夕刻に。今滞在されているのはどちらでしょう?迎えを行かせますので」
「ミリィの家に……でも、大丈夫ですよ」
そんな仰々しい対応など慣れていないエヴァルスは手を振って断る。
「だってさ、オレらはオレらで向かうから。よろしくな」
タンクは軽い調子で手を振るとその場から立ち去った。
エヴァルスは頭を下げるとタンクの後を追いかけた。
「ねぇ、いきなりどうしたの?」
タンクの人目を気にしない行動は今に始まったことではない。
しかしその行動に慣れていても露骨に話を切り上げた態度にエヴァルスは口を尖らせた。
「……気に入らなかった。なんとなくだけどな」
タンクはそれきりその話題に触れることは無かった。
「おー、お帰りー。気持ち悪かったでしょ?」
そんな遠慮ない言葉で出迎えるミリィ。
エヴァルスは顔をしかめるが、タンクはむっつりとした表情のまま、ミリィを小突いた。
「ガキ、今日は家に居ろ。絶対だ」
「なんでだよ」
「良いから」
タンクの強い言葉にミリィは口を歪めながら頷いた。
「タンク?」
「エヴァ。明日には出るぞ。ここの人間には関わらない方がいい」
「アタシの前で言う?」
当の「ここの人間」であるミリィが自らに指を差しながら苦笑い。
「お前は別の意味で関わりたくねぇ」
タンクは茶化すように両頬をひっぱり舌を出す。
その態度にミリィの脛蹴りが飛んでくるが後ろに脚を上げて躱す。
こんなところでじゃれなくてもいいのに。
「ところでオクさんは?」
「あー、買い物。ついでにリースと話に?」
そんな気楽に「聖女さま」に会いに行っていいのだろうか?
首を傾げるエヴァルスにミリィが補足する。
「構わないでしょ。もう奇跡の時間終わってるだろうし」
「今朝も思ったけど、なんかふたりはリースと距離近くない?」
エヴァルスは抱いていた疑問を投げる。
ミリィは詰まらなそうに頭の後ろで腕を組んだ。
「そりゃそうでしょー。ついこの前まで普通に暮らしてたのにいきなり聖女だよ?」
「……生まれた時からなじゃいの?」
「違うよ。1年前くらいかな。あの神父が赴任したあと、いきなりだった」
「そんなに短いの?」
エヴァルスだけでなく、タンクも目を開く。
「そ、だから今さら聖女さまなんて祀り上げるの、嫌なんだよね。リースはリースじゃない」
ミリィはさも詰まらなそうに家の中に入って行く。
「そろそろ行かなくていいの?夕ご飯、食べてくるんでしょ?」
顔だけ振り向いてふたりを見る。
もうそんな時間になっていることに気付いていなかった。
「ガキ、オクさんが帰ってきたら……」
「わかってるよ、ふたりで家に居れば良いんだろ?」
ミリィは面倒くさそうに先ほどのタンクの言葉を繰り返す。
「ほら、エヴァ。行くぞ」
エヴァルスは、先に進んだタンクの後を追う。
タンクの過度な心配に不安が募る。
何もなければいい。
そんな希望は当たったことはなかった。




