お休みの日には
「子どもはどうやって生まれるの?」
年が明けて、だんだん温かくなったきた頃、仕事がひと段落したオルガとウェンディ、ユリウスでおやつを賭けてポーカーをしていた時、ユリウスが落とした爆弾のあまりの衝撃でオルガはひらりとカードを落とした。
「赤ちゃんは世界樹の木に住む鳥が愛する夫婦が住むおうちに運んでくれるんですよ」
顔色をかえることもなく、ウェンディはいたって普通に答えた。世界樹に住む鳥が運んでくるというのは、この国の昔話にある話で、この国に住む人は子どもの頃によくこの話をされる。
ウェンディもわかってそれを言っているのだろうな、と思うも、ウェンディの様子があまりにおかしかった。まるで、それを信じている子どものように世界樹に住む鳥について語っている。
「ウェンディ、もしかしてその話を本当に信じているんじゃないだろうな」
オルガは、まさかなと自問自答しながら、訝しげな視線を向けた。
「当り前じゃないですか!昔からある常識ですよ」
本日二回目の衝撃に、オルガは項垂れた。
「あいつ、一体どんな暮らしをしていたら、そこまで常識知らずでいられるんだ」
ジャケットを脱いでいるオルガの隣には、新しい着替えを持つフィリスがいた。
「奥様のことですか?ずっと王宮で暮らしていたみたいですけど」
「しかし、子どもの作り方も知らないってそんなことあるか?」
オルガの呆れ顔に、フィリスはにやりと不敵な笑みを浮かべた。長年の付き合いゆえに、その顔が良からぬことを考えている顔であるとすぐに分かった。
「じゃあ、旦那様からいっちゃえばいいんですよ。もう結婚して一年が経つんですし、カロラインが子どもの顔が見たいって泣いていましたよ」
オルガは固まった。確かに、夫婦であるし、その行為自体はおかしいことではない。しかし、オルガとウェンディの間は、それほど親しい関係になれないでいた。
オルガとウェンディはともに、夫である自覚、妻である自覚はあるし、ユリウスの親である自覚はある。しかし、夫婦の間で愛情表現は全くないし、キスなんてものはしたことがない。順序が違うだろう。
「夫婦円満の秘訣は、愛情を確かめ合うことですよ」
オルガが女性のことで悩むことは一度もなかったことを知るフィリスは、現実の季節より少し早く春が来たことに喜んだ。
***
「面白かったですね~」
「そうか」
先ほどの光景を思い出してうっとりとするウェンディに、隣を歩いていたオルガは頷いた。ここは王都に新しくできた劇場である。
「芝居を見に行かないか」とウェンディを誘ったのは、オルガだった。最近人気の一座で、平民にも人気の舞台なのだと教えてくれた。近頃はオルガの仕事も落ち着いてきたようなので、気分転換になるかもとそれに同行することにしたのだ。
楽しみにしたいからと、オルガにお芝居の内容を話すことを禁止していたが、まさか恋愛のお話だとは思わなかった。彼のことだから、もっとバトルとか、怖いものを見たいのかと思っていた。
馬車の中で、お芝居の感想をペラペラと話すウェンディを、オルガは黙って聞いていた。聞き流しているのではなく、時々頷いたり、肯定してくれたり、ちゃんと話を聞いてくれている。
今日見たお芝居は、平民と貴族の恋愛のお話だった。街にお忍びで来ていた貴族の男性が、平民の美しい女性に惚れてしまう。男性は身分を隠して女性に近づき、はれて女性と恋人同士になるが、平民の恋人を男性の両親が黙っていなかった。
別れを迫られた男性が女性に事情を話し、女性は男性を受け入れた。そして、2人の愛の逃避行が始まる。ざっとまあ、そういう内容だった。
「ああいう男が好みなのか」
好み、そういえば今まで恋愛のことについて考えてこなかった気がする。いざ真剣に考えてみると、自分がどういった男性が好みなのかわからなかった。確かに、お芝居の俳優さんは、すらりと背が高くて好青年って感じでよかったけど、なんだか違う気がする。
どちらかと言えば、筋肉質で無愛想で、でも可愛い人が…。
「オルガ様が好みです!」
ウェンディは無意識に爆弾を投下した。もろに攻撃をうけたオルガは息をするのを忘れた。
この女は…!
ウェンディが無自覚にそういう発言をしてしまうことを、一緒に暮らしてきたオルガは分かっている。しかし、自分をそう挑発するような言葉にだんだんと腹が立ってきた。からかってやりたくなった。
向かい合って座っていたオルガは、おもむろにウェンディの隣に移動した。
どうしたのだろう、ときょとんとするウェンディの紅茶色の髪を一筋とって、唇に寄せた。ちゅ、と軽く音を鳴らして、ウェンディのライトブルーの瞳を見つめた。ウェンディの顔はみるみる赤く染まっていく。唇をわなわなと震えさせ、目線は右往左往と揺れている。
「光栄だ。お姫様」
オルガの一撃が、見事ウェンディにクリーンヒットした。ふらりと彼女の体が揺れる。脳の情報処理能力を上回り、キャパオーバーで魂が抜けてしまったウェンディを、寸でのところで支えた。どうやら恋愛の免疫がまったくないらしい。
オルガは、くくくと可笑しそうにウェンディを抱いて馬車をおりた。