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雪遊びと聖なる夜

 冬。温暖な気候の王都でも雪が舞っていた。


 はあ、と息を吐くと、白い煙がでてウェンディは子どものようにはしゃいだ。


 初めての雪遊び。屋敷の庭で、ユリウスとともに雪だるまを作っていた。20歳のいい大人が雪ではしゃぐなんて怒られるかもしれないが、ここは気がおけない人ばかりだ。別に恥ずかしがることはなかった。


 屋敷で働く人も、ウェンディが箱入りの王宮育ちであるというのを知っているため、温かい目で見守ってくれている。


「おい、風邪をひくぞ」


 外出から戻ってきたオルガがウェンディに近づいてきた。一生懸命雪玉をせっせと作っていたウェンディが振り返ると、オルガは自分のマフラーを脱いで、ウェンディの首に勝手に巻き付けてくる。


 なんだか最初にあった時よりも優しくなっている気がする。ちょっと強引だけど。


「父上!一緒に雪だるまを作りませんか!」


 ユリウスが寒さで鼻を赤くしながら、大きな雪玉を作っていた。


 オルガはユリウスの被っているもこもこのニット帽をずんっと下げて、赤くなっている耳を隠した。きょとん、としているユリウスの頭をガシガシ撫でた。


 なんだか、父と子の微笑ましい光景だなと、心が温かくなった。やっぱりオルガ様は強引だけど。


「雪だるまとはどう作るん__」


 ユリウスに声をかけている途中で、ぼんっといい音で雪が爆ぜた。


 雪を投げた犯人は、にししといたずらっ子の顔をしている。ぎろりと鋭い目がぶつかって、一瞬背中に冷や汗が流れるが、やってしまったものは仕方ない。「女は度胸!」と、どこかの本で見たことがある。


「へへ、3人もいるなら雪合戦でしょ!」

「わー!おもしろそう!」


 ユリウスは、やりたいやりたいとオルガのコートの袖をひっぱった。オルガは少し考え、なにやら企んでいるような顔をした。


 どんどん悪い顔になっていってる気がする。なんだか、嫌な予感がびんびんするんだけど。


「そりゃいいな。相手に雪玉をぶつけりゃいいんだな」


 いや、そうだけど。そんな悪い顔をして言うことじゃない。オルガは足元の雪拾って、ぎゅっぎゅっと握り固めている。

 すごい、石みたいに固そうなんだけど。ウェンディは悲鳴をあげながら、オルガの投球から逃げ回った。




***


 聖なる夜。


 もうすぐ年が変わるその前に、この国では世界樹の加護を祝うお祭りがあった。どこの家庭でも、夜にはチキンやケーキを食べたり、世界樹に見立てた木を家の中に飾ったりする。


 シャルナーク家も例外ではなく、世界樹に見立てた大きな木が飾られていた。今年は、ユリウスとウェンディが作った、星のお菓子や、色とりどりの花で綺麗に彩られていた。





 聖女であるウェンディは、オルガとともに久しぶりに王宮を訪れていた。


 ここに来た理由は二つある。一つは、国王陛下が夫婦そろって挨拶に来なさいと書面を送ってきたこと。

 春に嫁入りしてから、今まで一回も王宮に帰ることがなかったため、ウェンディとオルガのことを心配しているようだった。


 そして、二つ目の目的は、聖女の役割を果たすことだった。聖女の役割は、世界樹を守り、国の安寧を祈ること。王宮の神殿では、この日は毎年、聖女が祈りを捧げる伝統となっていた。


 国王陛下のもとへ挨拶に向かうまで時間があったことから、ウェンディはオルガに神殿を案内した。神殿の中には、シャルナーク家よりも大きな木があった。世界樹は、神殿の向こう側、王宮のちょうど北側に存在している。この木に向かって祈れば、その祈りは向こう側にある本物の世界樹まで届くようになっているそうだ。


 ウェンディは聖女として20年生きてきたが、あまり聖女としての実感がなかった。別に世界樹の声が聞こえるでもないし、祈りが届いているのかははっきりとはわからない。ただ、生まれてからずっと聖女として崇められ、扱われてきたから、聖女として世界樹に、国に仕えようという気持ちはあった。


「世界樹…本当に加護を与えてくれているのか疑問だな」


 オルガは、神殿の大きな木を見ながらつぶやいた。聖女の前でよくそんなこと言えるわね…と思うが、オルガの人生を考えると黙らざる得ない。


 オルガは15歳から20歳まで戦場で魔物相手と闘ってきた。ここ数年、魔物の活動が活発となり、辺境の村々では魔物被害がでていることも報告されている。

 魔物が増えるのは、瘴気が増えているということ。世界樹は、瘴気を浄化することができるとされているため、魔物が活発になるということは世界樹の加護が発揮されていないということになる。


「すまん、お前の前でするべき話ではなかったな」

「いえ、」


 ウェンディの悲しい顔を見て、オルガは押し黙った。伸ばした手は、宙をさまよい、ついぞウェンディに触れることはなかった。





「お久しぶりです。陛下」


 オルガとウェンディは、頭を下げた。ウィリアム国王陛下は、よいよいと笑って、顔を上げるように促した。ウェンディは久しぶりに会った優しい王に目を細めた。オルガは少し不服そうであるが。


「夫婦生活はどうじゃ。仲良くしておるか」

「はい、つつがなく過ごしております」


 オルガが淡々と答えた。


 最初はちょっと気まずかったけど。今は、夫婦とは言わずとも、友達くらいの関係になっていたらいいなと思う。

 王は嬉しそうにうなずくと、ウェンディに視線を移した。


「ウェンディ、久しぶりじゃな」

「はい、ご無沙汰しております」

「体調はどうじゃ。変わりないか」

「はい、毎日楽しく過ごしております」

「そうかそうか、体調が悪くなった時にはすぐに知らせよ。心配じゃ」

「ありがとうございます」


 すぐそばで聞いていたオルガは、この会話に少し違和感を感じていた。


 王が聖女を大切に王宮にしまっていたことは知っていたが、ウェンディに対していささか過保護すぎる気がしたのだ。夫婦生活だけでなく、ウェンディの体調の心配をしている。ウェンディの体が弱いといった話は聞いたことがないし、雪が降る真冬に雪合戦をするほど元気なのだ。


 しかし、王に対して、にこやかに受け答えをするウェンディを見て、彼女にとって王は父親のような存在なのかもしれないと、小さな違和感に蓋をした。


 王との謁見はすぐに終わり、ウェンディは神殿に向かっていった。聖女が行うという儀式は2時間程で終わり、けろっとした表情でウェンディは帰ってきた。






 屋敷に戻ると、ユリウスも加わって、聖なる夜を祝うディナーを皆で囲んだ。


 丸々としたチキンや、大きくてフルーツがたくさんのったケーキを見て、ユリウスと同じようにウェンディも目を輝かせた。大きなケーキは小さく切り分けられ、それぞれの席に運ばれた。ユリウスの口の端にクリームが付いているのをみて、ウェンディは手元のナフキンで拭ってあげた。


「ユリウス、お願いごとはないの?」


 聖なる夜に、木に向かって祈ると、その願いは必ずかなうと言われている。まあ、おとぎ話みたいなことだが、ウェンディたちが叶えられることであれば、ユリウスの願いをかなえてあげたいと思った。


 ユリウスは、きょとんとして、最初にあったときのようにもじもじと俯いた。恥ずかしいのかなと思って、話題を変えようと口を開きかけたとき、ユリウスがずいっと前のめりになった。


「僕!ウェンディを母上と呼びたいです!」


 隣に座るウェンディの腕を掴んで、真っ赤な顔で唇を噛みしめる。思わぬ答えに、咄嗟に言葉がでてこない。ウェンディより先に口を開いたのは、オルガだった。


「いいんじゃないか、俺の妻なのだし」

「父上!」

「えっ」


 妻、妻って言った!!


 オルガの言葉に、今度はウェンディが顔を赤くした。いざそういわれると、どういった反応をすればいいのかわからない。そりゃ、家族になりに押し掛けたのはこちらであるが、急に夫であると自覚してしまう。


「え、ええ。母上と呼ばれるのはすごくうれしいわ、ユリウス。私、貴方の家族になりたかったから」


 なんとか声を振り絞った。嬉しいやらちょっと恥ずかしいやらの感情が渦巻いていて、でもちゃんと素直に気持ちを伝えることにした。ユリウスは、ぎゅっとウェンディに抱き着いた。小さくて、大切な存在。


 ウェンディはこの日、妻になり母になった。


 なんかちょっと泣きそうだった。



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