カードゲーム
「ふぅ」
怒涛の一日が終わり、ウェンディは一人、部屋で一息をついていた。
オルガとユリウスとともに、夕食の席に座っていたが、この二人の重たい雰囲気に、息が詰まりそうだった。必死にウェンディが、料理のことや、この屋敷のことなど、話題を提供するが、オルガは無視を繰り返すばかりで、ユリウスはオルガの顔色を窺っているようだった。
見かねた侍女のカロラインが場を取り持ってくれたが、明日もこの調子であることを想像して、ため息をこぼした。
いや、まあ突然「貴方の奥さんです!」と押し掛けてきた自分が一番迷惑だろうな。
これが、自分の自己満足であることは、ウェンディが一番よく分かっている。
本で学んだ知識でしかないが、結婚とは愛する人同士が行うものであったはずだ。今日、初めて会って、これから順風満帆な結婚生活のスタート!みたいなものが順調に始まると考えていたわけではないが、この調子じゃ仲良くなるのには長い時間がかかりそうだ。しかも、オルガ様とユリウスの関係もあまり良くないみたいだし…。間に合うのかな、とちょっぴり不安になってきた。
ウェンディは、自分の部屋をぐるりと見渡した。
フィリスが見立てただけあって、とても快適な部屋だ。ベッドは広いし、多少寝相が悪くても落ちることはなさそう。もう今日は疲れたのだ。早く、寝たい。ウェンディはふらふらとベッドまで歩いていき、ばさっと倒れると一瞬で眠り落ちた。
ユリウスにとって、実の両親との最後の思い出は最悪なものだった。
あの日から、ユリウスは馬車に乗ることが怖くて、屋敷から一歩もでることができないでいた。そのため、友達遊ぶとか、剣術を学ぶとか、そんなことは夢のまた夢であった…はずなのに。
「オールイン!」
「こーる」
「ストレート!」
「ふらっしゅ」
「ああ!」
なぜか、ウェンディにポーカーを仕込まれていた。そして勝っていた。
事の発端は、ウェンディと初めて会った次の日に、ウェンディがユリウスの部屋に遊びに行ったことだ。カードゲームをしよう、という話になって、なんのゲームをしようかと話していたところ、ウェンディがポーカーを誘ってきた。
ポーカーとは、チップをかけて遊ぶゲームで、ユリウスには大人がするゲームという印象だった。「それって大人のゲームでしょ?」とユリウスが聞くと、ウェンディは悪い大人の顔をして、ちらりと手に持っていたバスケットの中身を見せてきた。
「これがチップです」といってぱかっと開かれたバスケットの中には、たくさんの種類のクッキーが入っていた。
そんなこんなで、ユリウスとウェンディは本日のおやつをかけて、ゲームをしていた。ユリウスはポーカーを初めて経験したが、難しいルールにもすぐ慣れ、ウェンディを打ち負かすようにもなっていた。
その盛り上がる二人を廊下で聞いているのは、シャルナーク家当主のオルガであった。隣には、側近のフィリスもいる。出先から帰ってきたところで、ちょうどユリウスの部屋の前を通りかかったのだ。きゃあきゃあと楽しそうな笑い声が聞こえてくる扉の先をじっと見つめて、足を止めた。
「気になるんですか?仕事は終わったので、ユリウス坊ちゃんのところに行ってもいいですよ」
「馬鹿をいうな」
「じゃあ、なんです。奥様のことが気になるんですか?」
「違う」
オルガは即答して、フィリスを置いて先に進んでいった。フィリスは呆れたように主人の後をついてくる。
「奥様とはどうなんですか。奥様がいらっしゃって一週間が経ちましたが、お食事の時も奥様の一方通行のようですね」
「別に、あいつを妻だとは思ってないからな」
「しかし、王命ですよ?夫婦の義務は果たすべきでしょう」
「は?」
オルガは、さらに怖い顔になった。
夫婦の義務とは、つまり夜を共にするということか。
この公爵邸に、夫婦共同の寝室はない。ウェンディが来てからも、それぞれの部屋で寝ており、オルガとウェンディが会うのは、せいぜい食事の時だけだ。それに、ウェンディもオルガに気を遣ってか、そういう話は全くしなかった。
「陛下が結婚を勧めるというのは、それはつまり世継ぎを産めってことでしょう。ウェンディ様は聖女様ですし、聖女の力を受け継いだ御子を欲しているのかもしれません」
「なぜ、俺があんなジジイのために子供を作らなならんのだ」
「陛下をそんな風に言うのは、貴方くらいですよ。全く」
「とにかく子どもは作らん。ユリウスもいるし、これ以上余計な面倒は御免だ」
これ以上話すことはない、と言うふうにオルガはふんと顔をそむけた。そのまま、一人ですたすたと執務室に歩いていく。
オルガが今まで結婚をしなかったのも、子どもを作らないのも、理由があった。それは、ユリウスに家督を継ぐため。もともと、兄のユースが不慮の事故で死ぬことがなければ、何年後かのこの場所はユリウスのための場所だったのだ。オルガは、ユリウスが当主になるまでの間、シャルナーク家を存続させるために必要な仮初の主でしかない。
オルガは大きな音をたてて執務室のドアを閉めた。
これで、しばらくは誰もここに近づかないだろう。椅子に腰かけ、先ほど王宮から持たされた誓約書を懐から取り出した。
オルガはウィリアム王のことを、いつもへらへら笑っているいけすかない爺さんだと思っていた。それは、この家に生まれて、古くから王室との付き合いがあったことと、戦場の現状を全く知らず呑気に暮らしていることが気に食わなかったからだった。そして、今回もまた面倒ごとを押し付けてきた。
【聖女ウェンディをいかなる危険からも守ること】
一体、あいつに何があるっていうんだ。聖女は生まれてからずっと王宮で暮らしてきたと聞いている。平和で贅沢な暮らしをここでも続けろっていうのか。王と同様に、あいつも気に食わない。オルガは誓約書をぐしゃっと握りつぶした。