10年前に勇気を出してくれた恋文の主が、時を経て会いに来たので求婚してみた
ここは、とある国の首都『ガンヴァレラ』。
そこに住む王族のグロンは、30を越えたものの結婚はしていなかった。
(……あれから、10年か)
机の引き出しにあった手紙を出しながら、グロンはそう想いに浸っていた。
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時は10年前。
成人王族の一人になったグロンは、親であり国を治める王であったモントーラ女王から度々結婚の話を持ちかけられていた。
「……いや、母上。もう少し猶予というものがあるではないですか」
今日もまた結婚話を聞かされていたグロンが、そう女王に言い出す。
「何を言っているの、グロン。長男である貴方には、一刻も早く次世代の王族をと思っているの」
またそんな事を言い出して、と思いつつ相手の情報が載っている紙を見る。
どの人も、『身分』としては申し分もない。
―――申し分もないが、写真に写る方々は『女性』として感じられるところは感じられない。
「申し訳ない、母上。今日も謁見は延期にして貰えないでしょうか」
「また、そんな……!」
立ち上がるのを止めようとする女王をよそに、グロンはそのまま部屋を出ていった。
▫▫▫
(……はあ、どうしたモノだろう)
自室に戻りながら、どう結婚話を切り抜けようか考える。
「あ、あの。グロン様」
そこに、側近のメロエが話しかける。
「どうした、メロエ」
「グロン様が度々お出でになる、仕立て屋の娘様からお手紙を」
そう言って、手紙を取り出した。
それをグロンは受け取る。
「ありがとう、メロエ。後でゆっくり読むよ」
「分かりました」
メロエは会釈をして、その場を去っていった。
(仕立て屋の娘……アランだったか。どうして私なんか)
どういう内容か確認しなければ―――
そう思うと、自室に向かう足取りが早くなる。
―――そして、自室に戻り先程貰った手紙を読み出した。
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グロン・モンゼート様
いつも、私の実家である仕立て屋をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
僭越ながら、グロン様の事を想うようになりまして。
ご身分が違う事は承知の上ではございますが、いずれグロン様の御側に居られたらとお想いにと。
その時が来ましたら、お気持ちをお聞きしたいと存じます。
―――ご無礼がありましたら、申し訳ありません。
それでは、その時まで。
▪▪▪
手紙を読み終わった。
(……これは、恋文として受け取っていいのだろうか)
アランはとてもよき娘子と感じていたが、まさか自分に好意を示していると思いもしなかった。
手紙を机に置く。
―――気持ちは、固まった。彼女をパートナーに迎えたい。
女王や家族、側近は嫌に感じるだろう。
それでも、だ。
彼女は勇気を出して、恋文を送ってくれた。
前々から、彼女は聡明で働き者と知っている。
それに、『王族は貴族からお嫁を嫁がせる』制度をどうにかしたいと思っている。
それから、アランを待ち続ける事となった。
▪▪▪
それから、10年が経った。
あの仕立て屋は、店を畳んでしまったと聞いている。
アランの居どころは、誰に聞いても分からず仕舞いだ。
(……もう、逢えないのだろうか)
そう、思った時だ。
「グロン様、よろしいでしょうか」
メロエの声がした。
「入れ」
その言葉で、メロエは部屋へ入ってきた。
「グロン様、アラン様が謁見したいと申し出がございました」
「それは誠か!」
メロエは頷く。
「今すぐ謁見の間へ通しなさい。私も直ぐ向かう」
「分かりました」
メロエが部屋を出る。
それを見届けたグロンは、鼓動が早くなっているのを感じた。
▪▪▪
グロンは身支度を整えて、謁見の間へと入っていく。
―――そこには、見た目は変わらないアランの姿が見えた。
「今日はよく来てくれた」
グロンがそう言うと、アランは頬を少し赤らめる。
「お時間が掛かって、申し訳ありません」
聞き慣れていた、少し高めの声でアランはそう答えた。
ふと、気になった事をグロンは聞いてみる
「一つだけ、聞きたい。仕立て屋を畳んだ後は、どうされたのだ」
アランは申し訳無さそうに、少し頭を下げる。
「父の仕立て屋時代の借金が膨らみまして。それで、私が返しておりました」
グロンはふと考えた後に、口を開く。
「……そう、だったのか。大変だったろう」
「いえ、そんなことは」
(もしかしたら)
恋文に書かれていた『その時』は、この事だったのかもしれない。
それをアランに伝える。
「……は、はい。お恥ずかしながら、手紙をお出しになった時期と重なってしまいまして。それで来ようにも来れず仕舞いでして」
それを聞いたグロンは、ますます彼女の事が気に入った。
包み隠さず、話してくれる人が良いと思っていたからだ。
「話してくれてありがとう、アラン……私は貴女を気に入った。是非とも、我が妻になって欲しい」
「アラン様……!」
―――こうして、10年の時を経て二人は無事に結ばれた。
きっかけになった恋文は、額縁に入れてグロンの部屋に飾られている。