7 須堂怜良の任務
「須堂怜良!」
「はい!」
怜良は前に進み出て中央部へ歩みを進め、局長代理から辞令を受け取る。
背後に整列するのは数百人の本部職員。
今日は男性保護局の任命式だ。そのためリモートではなく本部に出勤している。
怜良は、三十歳になって晴れて内閣男性保護局から一等男性保護官に任命され、新年度前の三月一日からの第三十八支部への配属を命ぜられた。
「須堂怜良一等男性保護官、ただいま着任しました! よろしくお願いします!」
第三十八行政区。曙国東北部入口に位置し山間部の多い人口百万人の行政区。その都市区画にある男性保護局第三十八支部にて、金色の一等男性保護官バッジを胸につけて出勤したスーツ姿の怜良は、支部長室で三田佐知支部長を前にして礼をしていた。
「よろしく、須堂一等保護官。本部から連絡は受けている。名高い君がわが支部に配属されて、私もうれしいよ」
「恐縮です。そう言っていただけて光栄です。」
怜良は一等男性保護官に任命されたばかりだが、二等男性保護官のころからその優秀さは有名だった。
男性保護官は全て女性だ。男性が職務を行う場合でも保護官職とはならない。従って保護局勤務者も常勤者はすべて女性。
そもそも男性は職業として労働をしない。
一等男性保護官に要求される資質は、一般高等学力のほか、法令知識、語学などに関する高度の教養。
心理学、家庭学、栄養学、基本医薬学、教育学、男性行動学といった職務学術知識。
料理などの家庭生活技術。
その上で格闘技術、要人警護技術、応急処置技術、コンピューターや無線通信設備・電気設備などの取扱い技術、車輌運転技術。
そして夏の山間部での一週間無補給要人保護訓練を達成する評価試験。
これらを達成して初めて一等任命資格を得る。
そして実際に任命されるには、さらに「住込み勤務」が可能となる家庭環境が備わる必要がある。
怜良はさらに射撃技術、対テロ特殊戦闘技術、爆発物処理技術、ヘリコプターを含む小型航空機運行技術、小型船舶運行技術、外務処理技術を修得していた。
これは海外での保護活動を想定して必要とされているもので、海外で活動するときには「特等男性保護官」に任命される。特等男性保護官という官職は国外活動を対象とするものであり、国内任務が主体の一等男性保護官と兼務するのが慣例となっていた。ただし特等男性保護官に任命されるには一等男性保護官としても優秀な水準であることが要求され、その数は全国で約百名程度に過ぎない。
怜良はそれに加え、極めて危険性が高く、脱落者が多数を占め合格率が五パーセントに満たない四日間の冬山無補給要人保護訓練達成試験を合格していた。
戦争が消滅したこの国では軍隊は廃止されており、優秀な人材は、国民が憧れる職業であり国が最も力を注いでいる男性保護官に集中していた。
怜良は二十歳代の二等男性保護官の頃にすでに一等・特等男性保護官の任命資格基準に達しており、あとは家庭環境の具備を待つだけであった。そのため保護局内部では任命が嘱望されていた。
怜良は十八歳で娘を出産し、この度その娘が小学校を卒業し中学生となったため、家庭環境の条件を満たしたものとして一等男性保護官に志願した。
「着任早々だが、君には特殊保護対象に専属してもらう。四月の新年度四歳から成人する十八歳年度末まで、十五年間を君に任せる。途中交代は予定されていない。バックアップは六勝千景男性保護局顧問だ。
保護対象は特殊行動を発現している。本部は将来において保護対象がわが国の社会に影響を与える可能性が大きいと判断した。
責任重大だが、君なら問題ないと判断されている。十分に能力を発揮して職務を遂行してくれ。資料と行動計画は対象担当部から受け取り、直ちに行動計画を開始するように。
その前にこの後すぐに六勝千景顧問に挨拶に向かってくれ。連絡を入れておく。すでに当支部に常駐しておられる。以上だ」
怒涛の指示を受け、一礼して退室すると怜良は息を吐いた。
さすがに話が唐突すぎて、思考が追い付かない。
特殊保護対象? 顧問?
どれも予想していなかった。しかも途中交代の予定なし。
三等男性保護官は集団で組織的に男性サポートに回り、一等二等男性保護官の補助のほか、成人男性の保護や支援を行う。
二等男性保護官は集団で組織的に未成年男性の成長支援に回り、一等男性保護官の補助も行う。男性乳幼児施設の職員はこれにあたる。
一等男性保護官は未成年男性に専属し、唯一、単独住込みで共同生活を送り男子を育て上げる。建前上は成人までの十五年間を一人で満了するが、実際にはなんだかんだと成人までに二~三回の交代がある。成長段階で意思疎通に支障が出たりするためだ。そのため五年程度の連続勤務となることが多い。
ところが今回は始めから交代予定なしの十五年間連続勤務。怜良は四十五歳まで保護対象に生活の全てを注ぐことになる。本部も支部もどういうつもりだろうか。
しかも六勝千景顧問といえば、侯爵だ。貴族なのに変わっていて、特等男性保護官でもある。ちゃんと一週間の無補給要人保護訓練試験も突破している。本人が要人なのにね。会ったことはないけど、遠目に見たことはある。背が高いから目立つんだよね。
そんな人がバックアップなんて只事じゃない。とにかく挨拶に行かなきゃ。
「顧問、須堂怜良一等男性保護官が面会を求めています」
「通せ。以後指示があるまで誰も取り次ぐな」
六勝千景男性保護局顧問は内線で秘書に伝えると、ノックののち入ってきた怜良を迎えた。
「須堂怜良一等男性保護官です。着任のご挨拶に伺いました」
「よく来たね、六勝千景だ。侯爵位を戴いている男性保護局顧問だ。普段は顧問と呼んでくれ。
支部長から連絡があったよ。まずは座ってくれ」
六勝は怜良の二十歳年上の五十歳であり、一八五センチの長身女性だ。黒長髪で、目は暗赤色。貴族には赤系統の目が多い。
現役特等男性保護官でもあるからか、軍人のような振る舞いだ。
二人はソファーに座った。
「君の優秀さはかねてより聞いている。まずは一等男性保護官任命おめでとう」
「ありがとうございます」
「本来なら特別任務の君とは親交を深める時間が必要だが、あまり時間がない。まずはこれに目を通してくれ」
六勝は長方形の膝の高さのティーテーブルに一枚の電子ペーパーを差し出した。
「拝見します」
怜良は手に取り読み進めると、途中で目を見開き、顔を上げて六勝に聞いた。
「これは間違いないのですね」
「ああ、様々な機関からも確認をとっている。おそらく間違いない。
そこで当時から保護対象の性格、人格を踏まえて候補を絞り、最終的に君に決定された。
君が一等保護官に任命されるのを待っていたが、間に合ってよかった」
「責任重大ですね……」
二人の間に沈黙が流れる。
たった一枚の概略報告書が、怜良の保護官人生を決めていた。
「この保護対象の件に限って、君の直接の上司は私になる。バックアップも兼ねている。そして私の上司は内閣総理大臣だ。そしてこれは内密だが、この件の実際の私の直属上司は陛下になる。総理には事務処理をさせるだけだ。だから情報は私に上げてくれ。情報管理を含め十分に留意してくれ」
陛下……悠翔天皇のことですね。
怜良は報告書の内容と合わせ、状況が現実離れしていてめまいがした。
報告書には「特殊保護対象」として「咲坂優」の氏名と簡単な人物像・身体情報や家族関係の記述に続き、男性乳幼児施設の二等男性保護官たちからの報告を踏まえて、「特記事項」として次のようなことが書かれていた。
「咲坂優は、生後三か月を過ぎたころより成人のように周囲を理解している兆候を見せた。同時に鼻歌まじりに音楽を口ずさむようになり、生後六か月を過ぎるころには歌詞とおもわれる言葉をも口ずさむようになった。歌詞は当初は理解不能の言語であったが、生後十二か月を過ぎるころには共通語による歌詞を口ずさむようになった。常に部分的な言葉しか聞き取れなかったが、録音データを検証したところ、その内容は男女の恋愛感情を表しており、特筆すべきものとして男性から女性への強い恋愛感情を表すものが含まれていた。咲坂優はいくつもの曲を口ずさんでいたが、そのどれもが我が国内外の記録にないものだった。」
「……顧問はどのようにお考えですか」
深刻な顔をして怜良は単刀直入に聞いてみた。方針を定める必要がある。
「報告書の詳細な資料を見るかぎり、今のところ確たるものは何もない。彼の歌がどこから来たのか、あるいは天才児として彼の思い付きなのか判断がつかない。
判断の基礎として使える情報は、彼の歌は誰も知らないものだということだけだ。発現が早いことはあまり重視していない。単なる才能の早咲きに過ぎない可能性もあるからね」
そう言うと少し間をとり、怜良の目を見つめて続けた。
「我々の立場でなすべきことは、彼の歩む道を見守ることだけだ。我々が作為を加えてはならない。誘導してはならない。彼の精神の発露を邪魔しないよう、君が適任者として選ばれた。
これから君が彼と長い時間をかけて信頼関係を築いていけば、自ずと真実が明らかになるだろうと考えている。陛下のお考えも同様だ。
重大な事項であるだけに、急ぎすぎて事を仕損じてはならない」
始めは混乱していた怜良だったが、六勝の言葉を聞いて少し冷静になれた。
特殊といってもまだ子供。自分の役割はもともと男児の成長を補助することが中心なのだ。
一等男性保護官として、それは自らの職務そのものだ。
将来に何らかの変化があるかもしれないが、ほとんどは通常の男児と同じ。
それなら自分は当初の予定通り対象と関わるだけだ。
その訓練と経験は十分に積んでいる。
「顧問のお考えはわかりました。そのお考えに従って、私も職責を果たします。
今後ともよろしくお願いします」
怜良が落ち着いて答えると、六勝は満足した表情をした。
「君ならうまくやれると思っているが、あまり気負わずに取り組んでくれ給え。
ただしくれぐれも保護対象の考えを誘導することのないよう、それだけは注意してくれ。
それから乳幼児施設での特殊行動は機密だ。しかし保護対象が自ら外部に話すことはかまわない。今後の本人の行動も同じだ。」
「わかりました」
「保護対象に問い質すことも禁じる。どうせ真実を話すとは限らない。
保護対象自ら真実を話すまで、ひたすら待ち続けろ。
我々の予想通りなら、強固な信頼関係が構築されなければ真実を話すことはないだろう。
だからこそ君に託すことになった。
君が失敗すれば真実を知る機会は失われると予想している。
それでも我々は君たちの傍観者に徹することにしたのだ」
期待が大きすぎて何も言えない。気を強く持って何とか言葉を紡いだ。
「ご期待に沿えるよう最善を尽くす所存です」
「うむ。報告は密に頼む。これからよろしく頼むよ。
では早速準備を始めてくれ。必要なものは事務局に言えばすぐ通るようになっている。新年度に間に合うようにな。以上だ」
色をなくした怜良が退室すると、六勝は深く息を吐いて背もたれに身体をあずけ、天井を見上げてひとりつぶやいた。
「いよいよか。神は今の我々を見ているんだろうか」




