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67 疑問

「すごいよ! ずっと滝だ!」

「すごいだろう。ここの滝は大陸で一番大きいからな」


 優たちは湿地帯から千キロ南下し、滝を見にきた。

 見上げていると見渡す限りと思えるほどの滝。落差も大きく、規模が大きい。

 大陸らしい桁の違う景色だ。

 湿地帯からの移動ルート上にあるため、少し寄り道している。


「怜良さんも初めて見るでしょう?」

「ええ、初めてよ。すごいわね」


 怜良もこれほどの滝を見るのは初めてなので、優と二人で見上げる。


「ここは滝がずっと続いているんだ。歩いていけるぞ」


 中森弥生がそう言って滝に沿って歩いていく。

 大量の水が流れ落ち、轟音が続く。

 実際に見る景色には圧倒される。


「虹がずっと見えるね」

「綺麗だわ」


 大きな陸地の断崖が幅の広い河の滝になっているので、水の落ちる谷に虹が掛かる。

 谷全体が滝なので、常に虹を見ることができる。

 足元が濡れていたり植物が生えているので、滑りやすい。

 怜良たちは足元に気を付けながら歩く。


「優は大陸の大自然が好きだからな。こういうのが好きだろう」

「うん、すごいよ! 曙国には無い景色だよね」

「大陸の自然は実際に見に来て体験しないとわからないからな」

「そうだね。ツアーに来てそう思うよ」


 ずっと続く滝を見上げながら歩く。


「北のエルトラ大陸は荒涼としていたけど、この大陸は熱帯で雨量が多いから、どこも植物に覆われていて、全然違うよね」

「ああ、そうだ。この大陸では動物や植物が生物の中心で、人間は脇役だな」

「エルトラ大陸では人間は放置されている感じだったけど、この大陸では人間は拒絶されている感じがすることがあるよ」


 一行は束の間の観光を楽しむ。警護はドローンが行っている。


「ジャングルはもうないぞ。ひたすら高原と平原だ」

「そうなの? 湿地帯もジャングルも名残惜しいな」

「沢山の危険動物に遭ってきたのに、変わってるな」

「ああいう動物に出会えるのも、旅行ならではだよ。帰ってみんなに話したら喜ぶと思うしね」


 湿地帯でもその周辺のジャングルでも、大蛇やワニなどの危険生物を沢山見かけてきた。戦闘をおこなうことはなかったので、動物園のツアーに感覚が近かった。怜良たちも対人の危険を警戒することが中心なので、毒性動植物への警戒はしていたが、広域警戒はドローンで行っていたので、観光気分であることに変わりはなかった。


「もうずぶ濡れになってきたよ」

「あはは、カッパを着てこないからだ」

「だって、こういうのはこうやってずぶ濡れになるのが醍醐味に感じるんだよ」

「優は相変わらず変なことを言うな」

「ほら、こういうのは立体映像では経験できないでしょう? こうやってずぶ濡れになって、滝壺の風を感じるのがいいんだよ」

「ははは、あとで乾かさないと怜良が心配するぞ」




 優たちは車に戻り、優が乾いた服に着替えて出発した。


「ここから五百キロ東に向かうと、海岸にたどり着く。そこで公演して、あとはひたすら海岸に沿ってを北上するぞ。ここから残り三千キロだ」

「まだまだ遠いね」

「ここからは気候が違うから、景色も違う。優には楽しいだろう」


 一行は延々と車を走らせる。

 周囲は牧草平原になっている。牛などの家畜が放牧されており、人は見えない。


「大陸ってさ、人が全然いないよね。都市部にはいるけど、曙国よりも人口が多いのに、人口密度がすごく低い」

「大陸と島国の違いの一つは、大陸にはそもそも人がいない地域が沢山あることだな」

「人のいない地域?」

「そうだ。曙国には、人が少ない土地はあっても人がいることには変わりない。だが大陸はそもそも人がいない土地に、人間が住みついている。大陸では人間が住むには、まず人間の住む地域を決めるところから始める。開発しても人が住んで管理しないと、あっという間に自然に飲み込まれてしまうからな」


 ここまでにも人が住めないようなところが沢山あったので、優はそれがよくわかった。


「神の罰で人口が減って、辺境は管理が出来なくなった。こうして見えている景色は世界戦略機構があってこそ維持できている。前世界には開発が進み過ぎて、逆に自然を残そうという自然志向なんて考え方があったらしいが、今の時代ではそんなのは考えるまでもないな」

「大陸では自然は脅威だよね。あの湿地帯もそうだったけど」

「ああ。だから大陸の人間の考え方は曙国とは根本的に違う。外交を考えるときには、それを知っていることが大事だ。自分の常識で考えると大きな間違いをおかすことになる。そして大陸自体も違いが大きい。大陸内部でももちろん、この大陸と北の大陸のようにな」


 優は中森弥生の言葉を考えた。

 曙国にいるままだったら、このような自然の中に生きる者の感性は理解できなかっただろう。

 何より前世とはやはり世界が違うことを実感する。


「まあ、大陸では道をよくみることだ」

「道をみるの?」


 優は中森弥生の言葉がわからない。


「そうだ。曙国みたいな管理の行き届いた国は、道が作られて、その周りに人が住む。だから道を作っておきさえすれば、ある程度は維持できるし危険もない。

 だが大陸では道を作ってもすぐに自然に飲み込まれる。道だけを維持しても道の周りは人間が住む場所にはならない。だから大陸では人が住んでから道が出来上がる。何かを作っても人間の支配圏としない限り、そこは人の住むところじゃない。

 だから一見して建造物があったりしても、不用意に入り込むと自然の罠にはまり込むか、狂暴な動物に襲われる。優は遺跡に行くことが多くなりそうだからな。どこに行くにしても、まずはそこが人間の住む世界かどうかを考えるんだぞ」

「うん、わかったよ。みんなはそう言う事を考えながら進んでいるんだね。曙国と同じように車を運転してるから気付かなかったよ」

「館岡がドローンで常に先行しているのは、そう言うことだ。大陸では何も考えずにただ車で進むなんて言うのは自殺行為だな」

「そうよ優くん。こんな大陸の人の住まない場所で呑気に車で走ってたら、すぐに危険な昆虫や小さな蛇に車内に入り込まれて毒を受けるか、トイレに行ったらそのまま倒れてサヨナラになるわ」


 金城みずきが運転しながら話に加わる。優は自然の世界の恐ろしさを実感した。


「いつも守ってくれてありがとう。気づかないうちにいつも助けられているんだね」

「それが我々の役割だ。ただ道案内したり護衛するだけなら特等である必要はない。怜良にもそれを学んでもらう必要があるしな。今は外交が上手くいっているが、いつそれが壊れるかわからない。

 その時には怜良が単独で優を守ることになる可能性もある。優の傍に最後までいるのは怜良だからな。二人だけでこういう環境で生き抜ける力を身につけることも、このツアーの目的だ。まあ、今は乾季だからいいが、雨季ははるかに大変だけどな」

「雨季はどうなるの?」

「全く違う姿になる。場所によっては道路はただの川だ。孤立したら脱出できないぞ。ドローンも使えない。水の中は肉食動物もいる。地中からも湧き出してくるからな。注意することだ」

「ええ、注意なんてできないよー」


 優は想像しただけで嫌になった。





「久しぶりの海岸だね。潮風が海に来たって感じがする」

「この国に来た時以来ね」


 ようやく怜良たちは内陸部から海岸に到着した。

 昨日の夜に公演を終え、残りは二か所。海岸に通る道路を北上している。

 この国は東海岸が緩い丘陵や山岳地帯になっており、公演はその丘陵地帯の中の都市で行ったため、今日になってようやく海岸に到着した。


 大海を右手に見ながらひたすら走る。

 海岸の道路には動物や植物がいないから走りやすい。

 海岸は風も強いので、ドローンは減らしている。


 優は窓を開けて、潮風を顔に受けて喜んでいる。

 気温も湿度もちょうどいい。本来はリゾート地になるような海岸が続く。

 南半球は大陸の東側の気候が温暖になるため、人が住むのにちょうどいい。


「咲原は山の中だから、こうして海を見るのは嬉しいな」

「そうね。ツアーは大陸横断ばかりだから、意外と海を見る機会は少ないわよね」

「海岸は島も大陸も同じだよね」

「ええ。むしろ海への適応は島国の方が発達してるんじゃないかしら」

「そうかもね。曙国は魚を沢山食べるしね。大陸は肉が多かったね」


 のんびりと一行はひた走る。

 警護隊も気楽そうだ。

 怜良たちも内陸部の緊張から解放されて、笑顔が多い。

 優にとっては内陸部は沢山の経験ができる場所だったが、怜良たちにとっては緊張の大きい場所だった。





「優は予定以外に行きたいところは、まだあるのか?」


 中森弥生が優に聞いた。


「生産施設に行きたいんだよね」

「生産施設?」

「そう。クローン人間の」

「クローン人間生産施設か」

「うん。廃棄処理施設のことはだいたいわかったよ。ビビアナ・サイスさんから見せてもらった情報には世界中のクローン人間の流通が記録してあったから、最終処分場のことはだいたい理解できたんだ。だから慰霊には行くけど、いつか生産施設にも行きたいんだ」

「廃棄処理施設は想像つくが、生産施設ってのはどうなんだ?」


 中森弥生が聞く。ほかの保護官も気になっている。


「クローン人間の名簿のデータベースは、ビビアナ・サイスさんたちでさえ内容が見えないって言ってたでしょう。だから、廃棄処理施設よりも生産施設の方が何か神の罰に重要な関連があると思うんだ。あのデータベースには世界中のクローン人間の生産と流通と処分が記録されていたよ。記録年数は少ないけど、神の罰が下される直前のクローン人間の流通が記録されてた。だからいつか見ておきたいんだ」

「そうなのか。クローン人間の生産というのは、想像がつかないな」


 中森弥生が言う。


「神の罰が下る時、世界人口は八十億人だったって言われてるよね」

「そうだな。たしかそう習ったな」

「その数字はね、人間と成功クローンと、その子孫の数だけなんだよ。失敗クローンと女性クローンは入ってないんだ」

「そうなのか? じゃあどのくらいの数がいたんだ?」

「純粋な能力クローンは毎年百万人、女性クローンは毎年四千万人が生産されていたんだよ」

「そんなにか!」


 曙国の全人口が五千万人。みんなその数字に驚いた。


「純粋な能力クローンの成功率は一割だったんだ。だから毎年九十万人が廃棄される。能力クローンはだいたい二十歳になるころに選別されて、成功クローンだけが生き残ったの。

 それでも純粋な能力クローンは世界全体の成功クローンのさらに一パーセントでしかなくて、大部分の成功クローンは相続クローンだね。相続クローンはほとんど失敗しなかった。それが合わせて、当時の八十億人のうち、一割の八億人」


 優が淡々と話す。


「そして、享楽目的の女性クローンは需要年齢になると生産施設を出て、役割を終えると廃棄された。市中に存在した女性クローンは十億人」


 みんながその数字に驚く。


「それでね、神の罰が下った時、生産施設に存在した幼少のクローン人間の数は、世界中で四億人以上だったんだ。それが一年以内に全滅したんだよ。僕たちは廃棄処理施設で慰霊したけど、生産施設でも沢山のクローン人間が亡くなったんだ。市中と生産施設にいた名もないクローン人間は、合わせて十五億人もいたんだよ」

「世界の成功クローンのほぼ二倍もいたんだな」


 優は海を見ながら話を続ける。


「僕はね、どうして廃棄処理施設なんてものがあるのか、疑問だったんだ。だってクローン人間も亡くなったら、普通の人間と同じように遺体を処理すればいいでしょ?

 でもね、これだけの数になると、それは無理だったんだ。何よりクローン人間を買った家の家族が一緒に埋葬することや人間らしい葬儀をすることを許さなかった。

 だからクローン人間は死ぬときには街中で死ぬことは許されなかったんだ。そしてクローン人間は寿命を待たずに若いうちに廃棄処分になるから、街中では最終的な廃棄ができない。

 その問題を解決するために建設されたのが、世界中のクローン人間処理施設だったんだよね。街中から運び出して廃棄処分するために」


 中森弥生たちはクローン人間の扱いに思い至った。


「クローン人間は毎日十一万人以上が生産されていたんだ。でもね、教科書には世界中の国で生産していたと書かれているけど、それは始めの二百年の事で、神の罰が下るまえの百年間くらいはそうではなかったんだよ。生産していた場所は限られていたの」

「そうなのか? どこでも生産できそうな気がするが」

「クローン人間の生産施設は、実際には人体改造をする施設でもあったから、普通の国では作れなかったみたいだね。改造クローンの技術は軍事転用も出来る高度機密であったから、主要国が監視のもとに中立地帯を作って国際共同開発をしていたんだ。普通の大陸では外交上不可能だったんだね。だから外交で世界からの影響と切り離されている地域で生産していたんだ」

「そうなのか。その生産施設はどこにあったんだ?」


 中森弥生が聞いた。


「全てアギラ大陸だね」

「アギラ大陸……」


 優が答えると、みんなは言葉が詰まった。


「それじゃあ、生産施設に行くことはできないな」

「そうなの?」


 中森弥生の言葉を聞いて、優は聞き返した。


「ああ。アギラ大陸は世界で一番の危険地帯だからな」

「あそこって、人口が少ない地域で、政府が機能してない場所だよね? 危険なんかない気がするけど」

「まあ、一般にはそういうことになってるな」


 中森弥生の含みのある言葉が優に引っ掛かった。


「一般には?」

「そうだ。怜良、これは教えていいのか?」


 中森弥生が怜良に聞く。


「はい、構いません。世界の情報について優くんにはもう情報制限は必要ありません」

「そうか。それじゃあ、教えてやるか」


 怜良の返答を聞いて、中森弥生が優に話すことにした。


「アギラ大陸っていうのは、北部は山脈から東側の凍土。西部はネバル大陸まで続く砂漠。南部は熱帯と山岳地帯。東部は曙国の海の向こうだな」

「うん」


 アギラ大陸とは優の前世でアジア大陸を指し、ウラル山脈から東側のシベリア、アラビア半島とトルコを含む中東、中央アジア、インド亜大陸を含む熱帯地方と高原地帯、それから東アジア大陸のことだ。


「ネバル大陸は北部大砂漠があってアギラ大陸とは切り離されて国々が存在している。メセト大陸は砂漠地帯や山岳地帯を隔てて国々が存在している。曙国を含む島嶼部は海を隔てて国々が存在している。どの地域の国々も、アギラ大陸とは地形や自然で切り離されているんだ」

「そうだね」


 ネバル大陸とは優の前世でアフリカ大陸を指し、メセト大陸とは東西ヨーロッパ大陸を指している。


「あれだけ広大なアギラ大陸には、事実上国が存在しない。政府の残骸が形式的に存在するだけだ。それでな、あの大陸に住む人間はほとんどが狂暴化人間なんだ」

「そうなの?」


 優は政府が機能していないだけで、ただの過疎地域かと思っていた。


「そうだ。だからあの大陸に入り込むと、次々に狂暴化人間に襲われることになる。だから誰も近寄らないし、世界の国々は自然の障壁により狂暴化人間の拡大から守られている形になっている。メセト大陸は自然の障壁が弱いから苦労しているが」

「そうだったんだね」


 優は人がほとんどいないアギラ大陸に生存者がいると聞いて、意外だった。


「だからアギラ大陸に毎年四千万人以上の人間を生産していた広大な生産施設があっても、そこには行けないんだよ」

「そっか。当時も一つの国じゃなくて、いくつかの国が生産を担当していたらしいから、かなりな数の施設があったんだよね。その遺跡はもう狂暴化人間が占拠しているんだね」

「そういうことだ」


 生産施設は神の罰が隠蔽するほどの重要施設なので、行ってみたかったがしょうがない。


「いつか行けるときがあるといいな」

「何を言ってるんだ。それは死にに行くのと同じだぞ」

「そうなの?」

「当たり前だろう。そもそも砂漠や凍土や山岳地帯なんて、それだけで危険だ。それを避けた地域に生産施設があったんだろうから、そこは今は狂暴化人間が沢山いるだろうよ」

「そっか。でもそういう状態ってことは、全然その地域の調査ってやってないんだよね?」

「どうなんだ、マリア?」


 中森弥生はそのような情報には疎いので、マリアに聞く。


「アギラ大陸はハッカーにもよくわからない部分が多い。それにあそこには我々の敵になるハッカーもいるんだ。近寄らない方がいいぞ」

「敵になるハッカーがいるの?」

「そうだ。だからあそこではサポートができる地域は限られているし、いつ妨害が入るとも限らない。もし行くなら本当に命がけだな。特に脱出が難しいだろう」

「人工衛星を使って、現在地はわかる?」

「それは分かるが、妨害されたら見失うな」

「それは危険だね」

「そうだ。一旦見失ったら、見つけ出すのはかなり難しい。アギラ大陸は世界で一番大きい。それだけで危険と困難があるのは、優にももう分かるだろう」

「そうだね。大陸は想像もつかない環境と規模があるから、僕が迷子になったら帰ってこれないね」

「アギラ大陸に踏み込んだら世界の主要国からの危険を考えてる場合じゃなくなるぞ」

「そうなのかな。まあ、そんなことはないと思うから大丈夫だよ」


 優はそう言って笑った。


「ところで、最近気づいたんだが、優」


 中森弥生が優に言う。


「何?」

「その生産施設の話もそうだが、それは本来は優にしか知ることができない情報なんじゃないか? 普通の人間には見えないデータベースとかの資料の情報だろう。ほら、神の罰の影響ってやつだ」

「そうだね」

「だからな、どうして私たちは優の話を聞いても、それを理解できたり忘れないでいられるんだ?」

「そんなの、分からないよ」

「何だ、優にも分からないのか」

「そりゃそうだよ。自分のことは分かるけど、他の人のことは分からないよ」

「そうか。私たち保護官は優の話を聞いていられるから色々分かってきたが、他の人間にはきっと理解することも認識することもできないんじゃないか。マリアもそう思うだろう」


 中森弥生は優が頼りにならないのでマリアに聞く。


「そうだね。それは気になっていたんだけど、敢えて言わないようにしてたんだよ。情報としては貴重だからね」

「そうだよな。今の生産施設の話だって、もしかしたら世界中から狙われる情報かもしれないが、そんな情報は聞いたことがない。だからきっと世界中の人間が知らないんじゃないか」

「そうかもしれないね。ハッカーも廃棄施設の存在のことは知っていたけど、クローン人間の扱いの詳細や生産施設のことは話題になることはない」


 やはり現世界の人間の知識には偏りがあるようだ、と優は思った。


「まあ、いいんじゃないの。僕も色々思っていたけど、別に気にするほどの事じゃないよ」


 優が吞気に言うが、中森弥生がその言葉に食いついた。


「おい。今、色々思っていたと言ったな。何を思っていたんだ」

「中森さん、顔が怖い」

「ジャガーよりは可愛いだろう。それより、私たちの認識が変わって来ているのは、何か心当たりがあるのか」

「うんとね、僕には色々見えるのと同じように、みんなにも個人差があるってことだよ」

「個人差?」

「そうだよ。湿地帯の村人たちは、廃棄処理施設の中庭の壁の数字や岩の文章やデータベースは見えなかったけど、ほとんど狂暴化してなかったでしょう? つまり神の罰の影響は人によって差があるんだよ。前にも神の罰の原因のことで話したけど」

「私たちにもすでに何かの効果が出始めているということか」

「そうだよ」


 窓からの風で髪をボサボサにしながら、優は相変わらず吞気に危険なことを言い出す。

 中森弥生たちが厳しい表情になる。


「きっと歌を沢山聴いているから、段々神の罰の影響が減って来たんじゃないの?」

「おい。軽々しく危険なことを言うな」

「だって、それしか考えられないよ」

「まあ、そうだな。それは考えていた」


 中森弥生はそう言う。マリアたちハッカーも保護官たちも、同じ感想を持っていた。

 ところが続けて優が爆弾発言をする。


「そう言えば、前に言った現世界の神の罰の原因の話のことだけどさ、あれって矛盾してることに気づいたんだよね」

「何だと!」


 中森弥生が助手席から振り向いて大声を出す。優はちょっと身を引く。


「顔が怖いよ、中森おばちゃん。あのね、あのときは前世界の文化を好きになれば現世界の神の罰からの影響を受けなくなるんじゃないかと言ったよね。でも、ゼロ設定や廃棄処理施設のことを考えてみると、あの考えがおかしいことに気づいたんだよね」

「何がおかしいんだ」

「だってね、神の罰の原因は、ゼロ設定の起動方法や廃棄処理施設のデータベースを見る限り、前世界のクローン人間への扱いだよね。でも前世界の文化はそのクローン人間たちが支えていたし、その犠牲の上に成立してた。

 それなら神の罰の原因となった前世界の人々の行動や考え方を否定することが、やっぱり神の考え方に合っているはずなんだよ。それなのにクローン人間に酷い扱いをしていた前世界の人々の文化を好きになると現世界の神の罰の原因が取り除かれるっていうのは、矛盾なんだよね。神は何を罰しているのか、また分からなくなったんだよね」


 優の言葉を聞いて、全員が黙り込む。


「それから、僕の歌の効果にバラツキがあるのも理解できないんだよね」

「どうしてだ?」

「だって、もし僕の歌が神の罰の影響を弱めるなら、狂暴化のステージは関係ないはずでしょう? ステージ一、二、三とステージ四、五が違う病気ならわかるけど、同じ病気だよね。僕の歌が薬だとしたら、ステージ四、五には効果が小さすぎるんじゃないかな」


 みんなは黙っている。


「だからね、僕は思ったんだ」

「何を思った」


 再び中森弥生の目が鋭くなる。みんな嫌な予感がした。


「神の罰の原因は一つじゃないのかもしれない。そして、僕の歌の影響も、一つじゃないのかもしれない。

 あるいは、人間が考えるものとは全く別のものなのかもしれない。

 そう思うんだ」


 優の言葉を聞いて、全員がさらに厳しい表情になった。

 中森弥生が聞く。


「どういうことだ」

「神は前世界の人々の行動や考え方を罰したのかな? そう考えると、さっき言ったように矛盾が起こるよね。それなら前世界の人々の行動や考え方は原因じゃないってことだよね。そしてそれはクローン人間も同じ。神の罰はクローン人間を救済するためでもないよね。だってクローン人間は最初に全滅させられたんだから。

 そう考えると、神の罰の原因は、人間が考える善悪とは違う気がするんだよね。

 そう考えると、僕の歌の効果にバラツキがあるのも納得いくんだよね。狂暴化の原因はクローン人間の無念じゃない。湿地帯の村人に狂暴化が少ないのは、慰霊しているからじゃない。鎮魂歌に効果があるのは慰霊しているからじゃない。

 そう言う結論になるんだよね」


 全員が黙って聞いている。


「それでね、そもそも僕の歌の効果は、恋愛の歌の場合は効果が大きいんだよね。そして鎮魂歌はもっと効果が大きい。

 でも恋愛の歌と鎮魂歌の共通点は、歌っていう点しかないよね。それなら他の歌でも効果があるはずだから、矛盾するんだ。

 そうすると、そもそも恋愛の歌と鎮魂歌は別の原因を除去しているんじゃないかな。それか、そもそも効果そのものが違うとか。つまり似ているように見えて、実は違うものなんじゃないか。

 そんな風にしか考えられないよ」


 優は吞気にそう言う。全員が厳しい表情をしている。


「そうやって考えるとね、そもそも男性出生数の減少にはまだ効果がないよね。男性の自我が変化した報告もない。狂暴化の一部と、女性の感情の変化だけが報告されてる。

 僕たちはまだ根本的に重要な要素を見落としているんだよ。エルス国大統領もみんなも、僕の歌の効果を騒いでいるけど、僕から見たらまだ何も解決してないし、重要な部分が見えていない。

 それがこのツアーが終わるまでに見つけられたらいいなと思ったんだよね。ちょっとだけ」


 そう言って優は海の景色を見た。




 優たちは最後の首都公演を無事に終わらせ、多くのステージ一、二、三の狂暴化症状の患者を治療し、ナンガラ国へと旅立った。


読者の皆さん、反応をくださる皆さん、いつもありがとうございます。

久しぶりの投稿になります。

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