66 資料
読者の皆さん、反応をくださる皆さん、いつもありがとうございます。
今後の投稿についてですが、完全に不定期になってしまうことになりました。
投稿をいつもご覧になってくれている方々にも申し訳ありません。
今後とも応援していただけるとありがたいです。
「くるわよ。そこは死角になってるけど、もうすぐ射線が開けるわ」
館岡みずきが無線を入れる。
怜良たちはかなり前からドローンの情報で把握している。
館岡みずきはすでに爆撃態勢をとっている。いつでも殲滅可能だ。
「ようやくか。怜良、どうする。ここは隠れる場所があまりないぞ」
「足止めしてください。殺さないように。優くんは金城さんと私で守ります」
「わかった。来栖、三森、やるぞ」
怜良が優を背にして、岩の陰に入る。優はドローンの情報を知らないので驚いているままだ。
全員が小屋の陰に隠れる。
そして中森弥生たちが一斉に周囲に発砲する。
遠浅ではないところで周囲に次々と爆発が起こった。
沢山の鳥が一斉に飛び立つ。
「出てきなさい! 武器は捨てて、手を上に掲げなさい!」
怜良が携帯スピーカーで周囲に警告を発する。
しかし反応がない。
「館岡さん、状況を教えてください」
「五十人くらいが隠れているわ。武装しているわね。村人も交じってるけど、どうやら現地勢力というものみたいよ。最初に観察していた連中とは違うわね。今はじっとしてるわ。射線は開いていないから大丈夫よ」
「武装はどのくらい?」
「近接武装が多い感じね。大型の武器はないわ。湿地帯やジャングルでの戦闘を想定しているとおもうわ」
「そっちにもいますか?」
「こちらにはいないわ。ここを大きく迂回してそこに集結したから、政府とは距離を置きたい勢力かもしれないわ」
「じゃあ、デボラ・ミリアムたちは気づいていないんですね」
「ええ。さっきの鎮魂歌の光に驚いて今でも騒いでいるけど、その勢力には気づいていないわ。爆発音にも気づかないようね。開けた場所で収容施設が沢山あるから、聞こえてこないみたいよ」
怜良たちとデボラ・ミリアムたちは二キロくらい離れている。
「優くんを奪うには足りないですね。村はどうなってますか?」
「村は倍くらいの人数になってるわ。それでもこちらの武装には及ばないわね。さらに集まってるわ」
「わかりました。マリア、状況を教えてください」
「勢力が結集しているわけじゃないんだが、動きが妙だ。三勢力が動き出してる。だが戦闘を想定している動きじゃないな。周辺の村人を中心に集まってる感じだ。村人の移動を武装勢力が護衛しているように見えるな」
怜良は考える。
「いずれにしろ帰りが無事に済まない状況ですね。話し合いを望んでいるのかもしれません。まずは相手を引きずりだしましょう。中森さんに任せます。殺傷は控えてください。逃げるなら追わないように。逃げないなら話を聞きます」
「はいよ。じゃあ、炙り出すぞ。館岡、三百メートル以内の相手にマーカーをつけて、射撃位置と分担を指定してくれ。来栖、三森、マーカーの敵に威嚇射撃だ。分担は表示の通り、十秒間だ。やるぞ。木も薙ぎ払え」
「「分かった」」
そう言うと、中森弥生たちがそれぞれの射撃指定位置に素早く移動し、発砲を開始した。
周囲で次々と爆発が起こる。優にとって射撃の十秒間は、長く感じる。
地面が弾け、木が倒れる。沢山の鳥が飛び立ち、爆発の煙がどんどん広がる。
十秒間が過ぎ、射撃が終わる。
怜良が再び警告を出す。
「武器を捨てて出てきなさい! 手を上に掲げなさい!」
そうしてしばらくすると、人々が出て来た。
頭上に武器らしきものを掲げている。
周囲からぞろぞろと現れてきた。
「そこで止まりなさい! 武器を捨てなさい!」
まだ距離のある位置で怜良が指示すると、出て来た者たちが武器らしものを捨てて立ち止まる。
「館岡さん、全員ですか」
「ええ。そこにいるのは全員ね。隠れているのはいないわ」
「分かりました。中森さん、彼女たちを移動させて武器から離して監視してください」
「分かった」
怜良は油断することなく、目的を聞くことにする。
「代表者は前に出なさい!」
怜良が大声で指示すると、一人が前に出た。
「名を言いなさい」
「ビビアナ・サイスだ」
「あなたたちはどこの誰なの」
「この地域を勢力に治めている組織だ。私はそのリーダーだ」
「ずっと監視していたわね。目的を言いなさい」
怜良はビビアナ・サイスに詰問を続ける。
「あんたたちが連れている男の子はエルス国の救世主だろう。頼みがある」
怜良は眉間に皺を寄せ、鋭い目で見る。
「頼みは政府にいいなさい。個別には聞けないわ」
「政府は我々の言う事は聞かない」
「それはそちらの問題よ。私たちは外国人よ。国内問題には関わらないわ」
「他に方法がない。礼はする」
「礼は関係ないわ。私たちのこの国での行動は外交取り決めよ。政府にいいなさい。正門に政府の人間が来ているわ」
怜良は取り合わない。
「話しても無駄だ。ここは放逐された場所だ。政府は関知しない」
「それでも私たちにはここはファリア国よ。ファリア政府が交渉窓口よ」
「ここには我々しかいない。どこからも助けはない」
「それならなおさら私たちは関与できないわ。ファリア国が代表となる大陸の政治混乱に外国人の我々が関与する余地はないわ」
「この場所は近隣のどの政府も関知しない。我々の勢力が統治しなければ人々は生きていけない」
「それは私たちには関係ないわ。私たちには立場と予定がある。邪魔はさせないわ」
「ここのことを知りたいんだろう。いろいろ調べていたな」
「だからどうだというの」
「我々にも協力できるものがある。そちらには必要なんじゃないか」
怜良はビビアナ・サイスを見据える。
「私たちは調査は終わったわ。あなたも見ていたんでしょう。犠牲者の慰霊も終わったわ。あとはここを去るだけよ」
「いいや、ここには何もなかっただろう。そこの白骨だけだ」
「これで十分よ」
「我々はその犠牲者たちの子孫だ。資料がある」
怜良は言葉を止める。
ビビアナ・サイスをじっと見つめる。
ビビアナ・サイスは言葉を続ける。
「この地域に生きている者たちは、この収容施設の生き残りの子孫だ。この収容施設が運用されていた時代に、ここから逃げ出せたクローン人間たちがいた。その人間たちが村を密かにつくり、子孫を残してきたのがここの勢力の村人だ。
神の罰のときに親のクローン人間は死んでしまったが、すでに生まれていた子供たちがその後の村を維持して、そしてこれまでここで先祖たちクローン人間を弔ってきたんだ」
ビビアナ・サイスの言葉を聞き、怜良は言葉を発する。
「その話を信じることはできないわ。私たちはあなたたちを信用する根拠が全くないわ。私たちはこのままここを去るだけよ」
「信じるだけの証拠があれば、我々の話を聞くのか」
「その必要はないわ。証拠があろうとなかろうと、私たちはここを今すぐ去るわ」
「あんたたちをこのまま行かせるわけにはいかない」
ビビアナ・サイスの引かない態度により、両者に緊張が走りだす。
中森弥生たちも銃を構えなおす。
「ねえ、証拠って、何があるの」
そんな中、優が吞気に声を出した。怜良は振り返らずにビビアナ・サイスを見続ける。
ビビアナ・サイスは怜良から視線を外さずに、答える。
「当時のクローン人間に書かれた文書や、使われていたものだ。それからここの看守や所長たちが持っていたものもある。神の罰でクローン人間たちが国から全滅して、ここが放棄されたあと、先祖たちが確保して保管してきたものだ。
さっきのあんたたちの様子、慰霊の様子を見ていた。君は本物の救世主なんだろう。だからあんたたちには我々が守ってきたものを見せる。そのかわり我々の頼みを聞いて欲しい」
その言葉を聞いて、優は答えた。
「いま、何か持ってる?」
「ああ。一つだけ持っている。子供の頃から身に着けていたものだ」
そう言って、ビビアナ・サイスは首に掛けているペンダントをゆっくりと外し、投げてよこした。
「それは代々のここの勢力の継承者が受け継いできたものだ。私の母が私に子供の頃から持たせてくれていた」
「間宮さん、拾って確認してから、優くんに渡してください」
「分かったわ」
怜良が視線を外さないまま、間宮美幸に指示をする。
間宮美幸は地面に落ちたそれを拾い、確認する。それは小さな入れ物になっている。
その入れ物を開けてみると、小さな石が出て来た。
「これは何?」
間宮美幸が聞く。ビビアナ・サイスが答えた。
「それはデータベースだと伝わっている」
「データベース?」
「そうだ。クローン人間の名簿だと伝わっている」
「名簿……」
間宮美幸は石をじっと観察した。そして優に渡す。
「優くん。見てみる?」
「うん。見せて」
優が受け取り、手のひらで転がして見ている。小指の爪くらいの大きさの、光沢のある黒い石だ。
「あんたたちは音源再生システムを持ってきていただろう。その機械でデータスキャンすれば情報が取り出せるはずだ」
「そんな危険なことはできないわ。感染の危険があるわ」
「感染があるかは分からない。そもそもそのデータは、我々には何も見えないんだ。この施設の所長の執務室から、ここが放棄されるときに祖先が入手したということだ」
優は「データが見えない」という言葉を聞いて、前世界の重要情報であることを予感した。
「感染については、僕の情報はいつでもダウンロードできるから大丈夫だよ。だからこれをスキャンしてみていいかな」
優が怜良を見て言う。怜良はビビアナ・サイスから目を逸らさずに答えた。
「……いいわよ。間宮さん、一緒に見てあげて」
「分かったわ」
「館岡さん、接続を切った方がいいかしら」
「そうね。一度切るわ。五百年前のデータなら、ちょっと対処できない仕掛けがあるかもしれないわね。でも音源再生システムだけでいいわよ」
「それじゃあ、音源再生システムだけをネットワークから切断するわね」
「ええ。そうしてちょうだい」
間宮が音源再生システムでデータスキャンの準備をする。
優が石をスキャン台にセットした。
スキャンが開始される。
優はモニターを見つめる。
「何も出てこないわ」
間宮美幸が言う。だが優には膨大な名簿データが見えていた。
フォルダが大量に出てくる。いつまでも終わらない。
優は読み取りが終わるまで、じっと待つ。
「優くん。何かあるの?」
「うん。多分、本物じゃないかな。まだ時間がかかるから、みんな待っていて」
優はモニターから目を離さずに言った。
怜良がビビアナ・サイスに言う。
「データが入っているというのは本当のようね。それで、村人はどうして集まっているの」
「やはり分かっているか。救世主に頼みたいことがある。村人の治療だ。そのために集まっている。狂暴化を治せるんだろう」
「政府に申請しないの?」
「政府は我々の申請など受け付けない」
「私たちは政府を通さない治療はできないわ。それをすれば今後、あなたたちのような人に追い回されるわ。それではツアーを続けらないし、今後も海外に出られなくなるわ」
「ここでの情報を我々が外部に漏らすことはない」
「情報というものは時間が経てば漏れていくものよ。あなたたちの意識と関係なく」
「いつかはそうかもしれないが、それはずっと先だ。我々はそういう環境にある。我々は孤立して生きて来たし、これからもそうだ。政府をあてにできないことからも分かるだろう」
「仮に治療したとして、治癒した人間がいたら近隣の住人が気づくわ。そうなれば私たちが関与したことが明らかになるわ」
「ここの近隣の患者を連れて来たんだ。だからそれ以上外部に情報が漏れることはない」
怜良は一旦会話を切る。
「マリア、相手が言っていることは本当かしら」
「まあ、本当だろうね。国境を越えたとしても、その国でも孤立している。その湿地帯はどの国にも利用価値がないからね。むしろ生息生物が危険すぎるから、誰も近寄らない。そこは北部大森林の最奥と同じ危険度だ。だからこそ五百年以上の間、現地クローン人間の子孫として代々生きてこれたんだろう。外部に出るのは人工授精のときくらいだろうね。私でさえそこの情報は断片的だよ」
怜良はマリアの話を聞いて、考え込む。
そうしている間に、優が声を出した。
「データの読み取りが終わったみたい。もう少し待ってて」
優はモニターでフォルダを次々と深部まで開けていく。すると膨大な名簿が出て来た。
データの容量が大きいため、すぐには内容がつかみきれない。
「怜良さん。このデータは本物と見ていいんじゃないかな」
優が言う。怜良は優に話した。
「優くんはそのデータは必要なの?」
「そうだね。おそらく重要だろうね」
優は先ほどのビビアナ・サイスの「データが見えない」という言葉とこの内容から、おそらく重要情報だろうとの見当をつけた。ビビアナ・サイスが言っていたように、所長や脱出クローン人間の情報なら、手に入れておいて損はない。しかもここにはもう二度と来ない可能性が高い。
「他の情報も、出来れば手に入れた方がいいと思う」
「そう。分かったわ」
怜良は優が言う事を考えて、取引に応じることにした。
エルス国との条約締結が成立したので、このツアーが中断しても、それほど痛手ではなくなっている。だからツアー中の危険の増加をあまり気にする必要がない。その場合にはすぐに脱出して曙国に帰国するだけだ。逃亡先がなかった時とは状況が変わっている。
「そちらの話を聞くわ。そちらは全員引き上げさせてちょうだい」
「わかった。みんな、先に村に帰っていてくれ」
ビビアナ・サイスが大声で指示する。怜良は中森弥生たちに彼女たちを解放するように指示を出すと、武器を拾って帰っていった。
「それで、そちらの要求を具体的に話してちょうだい」
怜良がビビアナ・サイスに言う。
「こちらの頼みは狂暴化患者の治療だけだ。三つの勢力から集めている」
「治療の実績があるのはステージ一、二、三だけよ」
「ああ。それで構わない。一応、ステージ四、五の患者も一緒に見てもらいたい」
怜良は考える。狂暴化患者はまだ優には見せていない。狂暴化している患者を見せるのはショックではないかと心配だった。
「本人には患者を見せたくないの。まだ子供だから。だから歌が聴こえるようにして患者を見せないようにできるならいいわ」
「それは大丈夫だ。家をいくつか空けて、そこに集める。ステージ四、五は別にしよう」
「わかったわ。人数はどのくらいなの」
「三十人だ。ステージ四、五はあわせて五人だ」
怜良は村の様子を考え、危険はないか考えた。
「ところでこちらには政府の随行員がいるけど、知られたらまずいんでしょう?」
「ああ。というよりも我々はあまり構わないが、そちらが困るだろう」
「そうね。政府に付け入る口実を与えることになりかねないわね」
「それなら、村で歓迎会をすることにするのはどうだ。彼らには隣村に行ってもらって、あるいは村の外れに行ってもらって、こっちは単に歌を披露してもらう感じにすればいいんじゃないか。患者は部屋に入れておけばいい」
「それならできそうだけど、唸り声とかがあるでしょう」
「患者は睡眠剤で眠らせる。治癒できたかわからないから、起きるまで待ってもらうことになるが」
「そうね。今日はまたそちらに宿泊が必要だから、その形でいけそうね」
「じゃあ、村で祭りの準備をしている。患者は眠らせてまとめて何軒かの家に入れておこう。政府の人間にはうまく話してくれ」
「わかったわ。村の外れにいてもらうのでいいかしら」
「それでいい。そこで何か食べ物を出してもてなそう」
「それじゃあ、まずあの子に話すわ。もし嫌がったらこの話は無しよ」
怜良はそう言って、優のところに行った。
「優くん。さっきの話だけど、資料を見るには優くんが狂暴化患者を治療する必要があるわ。どうする?」
「治療するよ。いろいろ面倒があるんでしょ? 怜良さんが大丈夫なら、治療して資料を見るよ」
「わかったわ。政府の人間には隠すから、そこを気を付けてね」
「うん、わかった」
怜良は優との話を終えて、全員に確認をとる。
「みんな聞いていたわね。これから村に帰って、夜には治療を行うわ。政府の人間には今夜は離れてもらうからね」
怜良はビビアナ・サイスに実行を伝え、先に帰らせた。
日が暮れる前に怜良たちが村に帰ってくると、多くの近隣の村人が集まっており、祭りが演出されている。
そして怜良たちは現地民との交流を名目にして、デボラ・ミリアムたち政府の警護隊には別行動をとらせ、警護隊が十分に離れて休んでいることを確認してから、村の反対側で治療をする時間になった。冬なので周囲は早めに暗くなったが、まだ時間は沢山ある。
「それじゃあ、始めます」
優がゼロ設定で起動する。
簡易設備を使用し、スピーカーを患者の小屋につないでいる。
村人たちや三つの勢力のリーダーたちは、睡眠剤で眠っている患者のもとで見守る。
優は鎮魂歌を歌う。
するとステージ一、二、三の患者は表情が変わっていき、寝息が健康人のように安定し出した。患者はもともと睡眠時間が短くなるが、睡眠剤で眠っている状態ながら、治療が効果を発揮していることが見て取れた。
「ありがとう。目覚めるまで断言はできないが、治癒は上手くいっているようだ。ステージ四、五には睡眠状態では変化がわからないから何ともいえないが」
ビビアナ・サイスが怜良たちに礼を言う。
「起きる前に連れ出さないと警護隊に唸り声が聞こえてしまうから、患者たちは一旦別方向の隣村に連れて行く。もし起きてからまだ治癒していないなら、連絡する」
「わかったわ。夜の行動は大丈夫なの?」
「夜は危険だが、回避する方法があるから大丈夫だ」
「それならよかったわ。あとは資料の提供ね」
「ああ、わかっている。いろいろ集めてあるから、見に来てくれ」
ビビアナ・サイスは村人や他の勢力の人間に指示を出し、患者を車で連れ出して行く。警護隊は何も連絡が来ないので、気がついていないようだ。
そして患者がいなくなってから、怜良たちを民家に連れて来た。
「今夜はこの家を使ってくれ。約束した資料は、かなりの分が集めてある。三つの勢力から集めた。我々には理解できないものも多いから、救世主に見てもらいたい。私は隣の家にいるから、何かあったら言ってくれ」
「ありがとう。今夜はここで調査するわ」
怜良がそう言うと、ビビアナ・サイスは家を出て行った。
「館岡さん、状況はどうですか」
「問題ないわ。ビビアナ・サイスの指示のとおり、みんな散っていったわ。それに村人もそれぞれの家に帰っているみたいよ。どこかに集まっているとかはないわ」
「わかりました。マリアはどうかしら」
「近隣の村を見ているが、大丈夫だね。患者を移送していて、それを護衛しているようだ。三大勢力はおかしな動きはない」
「わかったわ。ありがとう。もう少し監視をお願い」
「わかっているよ。そっちが資料の分析をしている間は危険だからね」
「助かるわ」
怜良は確認を終える。すると優が声をかけて来た。
「怜良さん。大変だったよね。ありがとう。少し休んで」
「大丈夫よ。みんなで交代で休んでいるから、優くんは資料を見ていていいわ」
「わかったよ。ありがとう」
優は沢山置いてある資料を調査し始めた。
「それじゃあ、出発しましょう」
「次の公演の場所まで千五百キロです。三日間の移動になりますね」
怜良は村人に挨拶をしてから、デボラ・ミリアムに出発の合図をする。
ここのクローン人間廃棄処理施設の調査はこれで終わりだ。
この国での残りの行程は三か所の公演、合計四千キロ。弧を描くように南下して海岸に出て、そのまま海岸沿いに北上して大陸東端の首都に到着する。
昨日の治療は結局上手くいき、予想通りステージ一、二、三の患者は完治した。
ビビアナ・サイスたちは非常に感謝していた。話によれば、患者は数十年もの時間が経過しているらしい。不治の病であった狂暴化の治癒は彼女たちにとって何よりも大事なことだった。治癒の礼を兼ねて勢力圏を出るまで、三大勢力は安全を保証している。
怜良たち一行は南に下る。優にとっては新たな旅の始まりだ。
豊かな自然を目にして喜んでいる。
「それで、何か重要な情報は出て来たのか」
中森弥生が優に聞く。
昨晩は優は資料に目を通していき、多くの情報を手に入れた。他の人間には読めない資料も数多く存在した。そして施設管理者、クローン人間の双方の一次資料も沢山目にすることが出来たので、非常に大きな成果となった。ペンダントの石を含め資料は返却したが、その大部分は記録してある。
「うん。重要な情報が沢山あったよ。あそこを訪れたことは正解だったね。前世界のことがかなりわかるようになったよ。おそらく現世界の人は誰も知らないことがね」
優は穏やかな表情で言う。
「あの勢力の先祖は、やっぱりあの施設から逃げだしたクローン人間たちだったね。そしてね、逃げ出したクローン人間たちはちゃんと女性クローンの人格教育をし直したんだ。そして生まれた子供にもちゃんと教育をして、湿地帯の奥で村を作って生きていったんだよ。あそこで生きることはとても大変だったみたいだけど、みんなで協力して、子孫を残していったんだね。
神の罰はクローン人間全てを死なせてしまったけど、あの子孫たちにとってはあの施設が放棄されることになったから、救いだったんだ。それ以来、あの土地で亡くなったクローン人間たちをずっと弔ってきたんだね」
優は湿地帯の美しい景色を名残惜しそうに見る。
「みんな、気づいてた? あそこには男性が一人もいなかったの」
「ああ。誰もいなかったな。近隣の村もそうだった」
「それなのにたったの三十五人しか狂暴化してなかった。しかもステージ四、五は五人だけ」
「本来なら男性がいないなら全員が狂暴化してるはずだな」
「そうだよ。あの湿地帯全部の村を合わせて三十五人しか狂暴化してないのは、亡くなったクローン人間たちを弔ってきたからだよね」
「やっぱりそうなのか?」
「うん。あの村人たちは神の罰から逃れていられるんだね。先祖のクローン人間たちが守ってくれてるんだよ、きっと」
優はそう言って、眼前に広がる景色に目を向けた。




