65 クローン人間の生涯
建物内部は窓がなく、ほとんどが暗闇となっている。ところどころが崩れ、太陽の光が差し込んでいる。そのため真っ暗闇ではなく、薄暗い状態となっている。
内部には崩れた壁から植物が侵入しており、蔓をあちこちに伸ばしている。床は乾いた土や泥が溜まっている。
全員が視界センサーを起動させる。
「館岡、照明をくれ。優が見えない」
中森弥生が無線で言うと、小型ドローンが天井付近に滞空したまま照明を点灯した。その光で内部がある程度明るくなった。
怜良たちは視界センサーで灯りがなくても見えるが、優は直接目で見る必要があると考えられるので、優が見えるように灯りをつけさせる。
「ここは玄関ホールといった感じだな」
中森弥生が見回して言う。天井が高く、広々とした空間になっている。
入口ホールといった感じだ。
「怜良。まずいな」
「ええ。警戒しておくわ」
「館岡。人間に警戒してくれ」
「分かったわ。やはりそういうことね」
「この建物はどうだ」
「そこは大丈夫よ」
怜良たちが会話する。その会話を聞いて、優が質問した。
「どうしたの?」
「村人たちの話では、彼女たちはここに寄り付かないって言ってただろう。あれは嘘だ」
中森弥生が言う。
「どうして急にわかったの?」
「来るときの道が五百年分にしては植物が少なすぎだ。そしてこの建物は隙間が多いのにコウモリがいない。この辺りはコウモリが沢山いるんだ。本来ならここはコウモリの巣になってるはずだ。建物の傷み具合からしても、時々は人間が出入りしてるはずだ」
「みんなすごいね。全然そんなの気づかないよ」
「私たちは訓練や経験を積んでるからな。そして一番の問題は、こんなあからさまに村人が噓をついたってことだ。ここに来て我々が噓に気づくことは折込済みってことだ」
「え、つまり襲撃されるの?」
「どうだろうな。我々の装備を知ってるだろうし、デボラ・ミリアムがいるから政府の目があることもわかってるだろう。今のところ、ただ我々を監視してるだけだろうな。そうだろう、マリア」
優に説明してから、中森弥生がマリアに聞く。
「そんなところだろうね。そのあたりの連中は無線を使わないから、盗聴できなくてこっちからは動きがわかりづらいんだ。今のところ大きな動きはないみたいだから、集団で行動しているわけじゃなさそうだ」
「そうか。館岡、周辺はどうだ」
「ちらほら現われ出したわ。でも兵士といった感じではないわね。監視が目的じゃないかしら。全部で三十人くらいが遠巻きにしだしたわ」
「そうか。脅威ではないな。それならデボラ・ミリアムたちが襲われることもないだろう」
「ええ。ここは私がいるから大丈夫よ」
「そうだな。お前はスイッチが入ると手加減しないからな」
「なによ、人を危ない人みたいに言って。優くんに誤解されるじゃない」
「ああ、わかったよ。誤解だったら謝るよ」
中森弥生が憎まれ口をたたきながら、周囲を警戒する。
「館岡のデータで、みんな建物内部の配置はある程度わかっているな」
探索ドローンからのデータが処理されて全体像や部屋の配置などは全員に共有されている。ただし部屋の利用目的や備品の中身などはわからないため、実際に見に行く必要がある。
「館内に敵がいないならチームを分けましょう」
「それじゃあ、優に同行するのは怜良、金城、来栖、三森、私だ。他は探索だ。優はどこを見たいんだ?」
怜良の指示で中森弥生が班分けをする。優の同行者は攻撃力の高いメンバーだ。探索メンバーは情報収集を得意としている。優に行き先の要望を聞く。
「クローン人間たちが沢山集まっていたところを見たい。広い場所がいいかな」
「一番広いのは中庭だな。そこからにするか。全員、始めてくれ」
全員が行動を始める。探索メンバーはさらに二班に分かれ、探索に向かった。
優たちは薄暗い通路や扉をくぐり抜けて中庭に出た。
高い壁に囲まれた中庭は非常に広いが、二階くらいの高さの木が生い茂っている。
かつての広場の姿はないようだ。
優はじっと広場を見回す。
「壁伝いに歩いていいかな」
「ああ、わかった。植物や動物はこちらで処理する」
中森弥生たちが壁に沿って優の歩く先の草や木を切り払っていく。
このような植物を切り払うための専用装備なので、簡単に切り払っていく。
壁に伝う植物も切り払う。
その作業のせいで鳥が沢山飛び立つ。
優は切り払われた空間を歩き、壁を観察し始めた。
壁にはいくつか扉があるが、どれも朽ちている。
壁自体も崩れている部分がある。
足元に気を付けながら、優は壁を見て回る。
中庭はかなり広い。サッカー場くらいある。中森弥生たちは延々と作業を続ける。
切り払う作業は荒っぽく、動物が逃げていくので追い払う手間が省ける。
切り払う速度は速い。
「館岡、中庭は何もないか」
「ええ。何かある形跡はないわ」
館岡みずきが中庭の木々の中にドローンを飛ばして地面に何かないか、一応調べている。土に覆われているので、工作物がないか調べていたが、何も発見していないようだ。
中森弥生がそんな会話をしていると、優が立ち止まった。
壁をじっと見ている。
「優、何か見つかったのか?」
「うん。これ、見えない?」
中森弥生たちは優が指さす壁を見るが、何も見えない。
「他と同じ壁にしか見えないな」
中森弥生が答える。
「そっか。ここには数字が隙間ないくらい沢山書いてあるんだよ。手の届く高さまで手書きで壁に刻んである。ボロボロだけどね。さっきの入口からずっと壁いっぱいに書いてあるよ。多分、壁に全部かいてあるんだと思う」
「そうなのか。これもあの神の罰の影響ってやつか」
「そうだね。やっぱり来てよかったよ」
「そうだな。優が直接見て回らないと見落としが多くなるな」
中森弥生たちは優の能力を知っているので、優だけが見えることに驚かない。
「数字の意味は分かるか?」
「わかんないんだよね。何かの暗号かなと思ったんだけど」
「そうか。映像を撮っておくことはできないか?」
「僕だけには見えるはずだから、ちゃんと撮影しているよ」
ゼロ設定や子宮欠損症と同じく、優には真実のデータが見える。
だから真実の撮影画像も見える。
「それならどんどん撮影していくといい。あとで分析できるだろう」
「うん。そうするつもり」
再び中森弥生たちは同じ作業を繰り返していった。
「この建物の概要は大体わかったぞ。優が見て回るのがいいだろう」
探索メンバーが各部屋の利用目的を明らかにしていったので、ドローンでの部屋の配置データと合わせ、当時の建物の使い方がわかってきた。
「それじゃあ、まずは一番偉い人の部屋から見ていきたいな」
「分かった。探索メンバーは他の建物の探索に当たってくれ。館岡、サポートを頼むぞ」
中森弥生が無線で指示を出し、優たちは上階に向かう。重要な部屋は二階に多いようだ。
「ここだな。おそらくだが」
「調べてみるね」
部屋に入ってみると、前世界当時の資料などはなくなっており、棚や机があるだけだ。しかしどれもボロボロになっており、朽ちているものも多い。
優はそれなりの広さの部屋をゆっくり見て回る。
「資料はとっくに持ち出されているみたいだな。何かあるか?」
「何もないみたい」
「そうか。他の部屋を見て回ろう」
「うん」
優は部屋を次々に見て回るが、何も発見できない。
「地下室はないよね?」
「ああ。湿地帯は地下水位が高くて地盤が軟弱だから、地下室を作ると浸水ですぐにダメになるから、普通は作らないな。館岡、地下室はありそうか?」
「床をスキャンして回ったけど、それらしい構造は発見できなかったわ。優くんが見てもわからないなら、きっとないんじゃないかしら」
「優、地下室入口みたいなものは見たか?」
「ううん。床や壁も見てたけど、何もなかったよ」
「それなら地下室はないんだろう。あったとしても水没して探索は難しいな」
優たちは地下室はないものと判断した。
「次の建物に行くか?」
「うん。ここはもう見なくていいよ」
優たちは隣の建物に進んだ。
ここは様々な部屋があるようだ。
「この部屋は職員の食堂だったようだな」
部屋にはテーブルや食器が散乱している。一階なので土に埋まっているものも多い。
優はその様子をじっと見ている。
「何かあるか?」
「何もないけど、食器や座席が、収容人員にはきっと足りないと思って」
「ここは職員専用だったんだろう」
「収容者はどこで食べたのかな?」
「まだそういう部屋も施設も見つからないな」
「そう……」
優たちはその後も建物の部屋を調べて行くが、特に発見はない。どうやらこの建物は職員の生活棟のようだ。
「次の建物に行こうよ」
「分かった」
次の建物はまた最初と同じように中庭になっている。
「また同じようにお願いします」
「よし、いいぞ」
中森弥生たちがどんどん切り払う。
その度に鳥が飛び立ち、動物が逃げていく。
「また見つけたのか」
「うん。さっきと同じ。数字が書いてあるよ。壁いっぱいに」
「いったい何の数字だろうな」
この建物も隣の建物も、始めと同じ作りだった。
こうして次々と調べて行くが、どれも同じ。
「館岡、こんな調子で続くのか?」
「ええ。同じ作りの建物が建ってるわ。十以上あるわね」
「そうか。建物内部も同じか?」
「ええ。探索班が見て回ってるけど、同じみたいよ」
「分かった」
優たちは同じ作業を繰り返していく。
同じ作りなので、作業が効率化していき、さほど時間がかからず全て探索し終わった。
「休憩よ」
「全員戻って来たしな」
正門とは反対側で、怜良の指示で空き地で全員で休憩する。
「優、どう思う」
中森弥生が聞く。
「そうだね。収容施設として使われていたことがわかるね」
「そうだな」
「でも、収容者の部屋も食堂もないんだよね」
「やはりそうか。探していたんだが、職員用の設備しか見当たらないな」
探索メンバーもそれは気になっていた。
「それから他にもおかしな点は、ここで死亡した収容者の遺骨が見当たらないわ」
上総沙織が言う。
「こういう廃棄処理施設での収容者の扱いは、どういう風に伝わってるの?」
「マリア、どうなんだ?」
優の疑問に対して詳細な情報は誰も知らないので、中森弥生がマリアに聞く。
「そういう記録は残ってないんだ。これはどこの国でも同じだろう。前世界の研究者が色々書いてるが、肝心の処理施設の具体的な記述はほとんどないんだ。収容されて短期に全員死亡したという事実しか伝わっていない」
「そうなんだね」
優が見て回っても手がかりはなかった。
「館岡、何かないか」
「その建物群から離れたところにあるわ。でもドローンでは詳細がわからないから、行ってみるといいわ」
ドローンの映像が送られて来たが、どうやら小屋があるようだ。
休憩を終えて、全員でそこに向かうことにした。
小道が出来ており、進んで行く。
「あれのことか」
やがて開けた場所に出ると、小屋が建っている。石造りのため、保存状態はいいようだ。
屋根が崩れている様子はない。
雨季の増水に浸からないように、この辺りも高台にある。
川はかなり遠くにあり、小屋の前から川や湖に向かって、遠浅になっている。湿地帯は傾斜がないので、川の流れは非常に緩やかだ。一見すると周囲は湖に見える。
遠浅といってもそれなりに高さがあり、それが小屋から左右にも見渡す限り広がっている。木は生えていない。今は乾燥してひび割れているので、遠浅の地面の表面は泥でできているのがわかる。
開けた場所からは湿地帯の景色が美しく見える。
優たちはしばし見とれた。鳥が沢山飛んでいるのが見えた。
小屋の近くには大きな岩がある。
優がその岩をじっと見ている。
何かが見えているんだろうと思い、先にみんなは小屋を調べた。
怜良は優の傍で見守っている。
「小屋を見てみるね」
やがて岩を見終わると、優はそう言って小屋を見て回ったが、何もなかった。
「それで、何がわかったんだ」
全員が集まり、中森弥生が優に聞く。
「うん。あのね、ここから見えている木の生えていない遠浅の陸地は、人の骨だよ。全部」
優が言う言葉に、全員が驚く。
「あの岩は石碑になっていてね、この処理施設のことが書いてあるんだ。死体を処理するクローン人間たちが刻んだようだね。
ここに運び込まれた男女のクローン人間たちは、あの中庭に次々と放り込まれたんだって。そしてわずかの水だけを与えられてそのままずっと放置されて、餓死したり病死したんだって。つまり何も食事を与えず、部屋も与えず、みんなそのまま野ざらしで亡くなったんだね」
優がそう言う。
「それでね、亡くなると、遺体はここに運んできて、どんどん放置していったんだって。そうするとね、ここの動物や魚が食べてしまって、骨だけが残っていったって。それをずっと繰り返して、それが積もってこの遠浅に見えてるの」
みんな厳しい表情で沈黙している。
「何か当時の祈りの歌はないかなって思ったんだけど、ここではただ祈りを捧げていたって。もちろん残されたクローン人間たちがね」
優は話を続ける。
「クローン人間たちには、失敗作とされる場合、名前がなかったんだって。クローン人間は成功して初めて名前がつけられたんだね。女性の場合もみんな始めから名前がなかったって。だからみんな番号が皮膚に刻まれていて、ここでも番号で呼ばれていたの。あの壁一面の番号は、先に亡くなったクローン人間の番号を自分たちで刻んだんだって」
みんな沈痛な表情になる。
「処理施設に放り込まれたクローン人間たちはね、お互いに身体を寄せ合って過ごしていたんだって。そして一人また一人と亡くなっていく。そうしてまた新しくクローン人間が入ってくる。その繰り返しだったらしいね」
遠浅の陸地を風が吹き抜ける。
誰も口を開かない。
「僕はね、ずっと気になっていたことがあるんだ」
優は遠くを見ながら話す。
「どうして廃棄されるクローン人間たちは抵抗しなかったのかって。それがずっとわからなかったんだ。でも、ここを訪れてやっとわかったよ」
鳥の群れが遠浅の上を飛んでいく。
「生産されるクローン人間は、実際には女性が大多数だったんだ。そして女性クローンには人としての正常な人格教育を一切行わなかったんだ。
クローン人間には親はいない。そして生まれた後、自律行動ができるようにする以外は女性クローンは精神と心の発達を完全に阻害されたまま成長させられたんだ。そして目的を終えるとここに送られる。女性クローンは肉体だけが大人になって、生涯を終えていたんだ」
穏やかな景色に優の言葉が響く。
「能力を目的とする比較的少数の男女クローンには人格教育や高度教育が行われたけど、失敗作はここに送られ、同じ中庭に放り込まれた。そしてそのクローン人間たちはここの女性クローンに人間として接したんだ。ここの女性クローンたちは人生で初めて人間として正常に人格を扱われ、そして死んでいったんだ。きっとエルス国の処理施設でも、あの鎮魂歌を作ったのはそういう少数のクローン人間だったんだろうね」
優は景色を見続ける。
「どうして神の罰で男性の人格が失われたのか。どうして女性の人格だけが残ったのか。それはこういうクローン人間の扱いが原因だったんだろうね。
五百年前の神の罰はいったい何を罰したのか。それはこういうことなんだろうね。
僕はそう思うよ」
優はそう言って岩に手を添えた。
中森弥生たちは何も言えず、沈黙が続く。
やがて優が口を開いた。
「ここで鎮魂歌を歌っていいかな。違う大陸の歌だけど、歌ってあげたいんだ」
優がみんなを見て、そう言う。
「ああ。そうしてやるといい。準備するよ」
そう言って、中森弥生たちが音源再生システムを設置し出した。
簡易設備なので立体再生をせず、単純に音を響かせる。ゼロ設定はそれでも起動する。ゼロ設定は優が演奏を操作しないので、再生後は自動演奏になる。
やがてシステムの設置が終わった。
みんな岩の横に並び、遠浅を見る。
「じゃあ、始めるね」
優がゼロ設定でアルタモードを起動させる。
黄金色の光のリングが出現する。
優はリングの中央で、処理施設を背にして遠浅に向かい、演奏を再生した。
簡易設備でも音量は大きいので、バイオリンの演奏が響き渡る。
そして優は胸の前に手を組んで歌い出した。
日が傾き出し、処理施設の影が伸びている。
濃緑の低木の森林があちこちに見える。
遠くまで見渡せる高台からは、鳥の群れが数多く飛ぶのが見える。
太陽に照らされる沢山の水面が、黄金色の日差しにきらめいて美しい。
静かな自然の音が聞こえるなかに、もの悲しい鎮魂歌が響き渡る。
――おびただしい魂に捧げるよ。
この美しい大自然に眠るクローン人間たちに、北の大陸の歌を捧げます。
同じく眠るクローン人間たちの鎮魂歌を捧げます。
人として生まれながら
人として生きることの許されなかった人たち。
いつか生まれ変わり
人として生きることができますように。
いつか生まれ変わり
人として幸せに生きることができますように
怜良たちも祈りを捧げる。
優の視界モニターには赤い粒子が広がり続ける。
それはいままでで一番激しく広がる様子が映し出されている。
視界モニターには赤い粒子が際限なくあふれ出ている。
そして光のリングが巨大化し始める。
簡易設備に関係なく、出力に関係なく、ゆっくりと広がっていく。
光のリングが穏やかに明滅を繰り返す。
光のリングから光の粒子がこぼれだす。
廃棄施設にも、遠浅の土地にも、光の粒子が降り注ぐ。
視界モニターは赤い粒子でいっぱいになる。
優は手を組み、その情景を見つめながら歌い続ける。
大地に満ちている悲しみを感じながら。
やがて演奏が終わり、静寂が訪れた。
怜良たちは立ち尽くす。
遠浅の土地には穏やかに日が差していた。




