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63 救世主認定

「救世主の認定がふさわしい結果ね」

「その判断で問題ないでしょう」


 クレア・エバンス大統領は執務室で、首都公演直後に狂暴化症状の実験結果を聞いた。

 ステージ一、二、三の患者全員が演奏開始直後に一挙に治癒状態となり、その後状態が安定していることから完全治癒の見通しであることをコニー・モス実験主任から報告された。


 それに先立ち、前日にアルタ・リージェンス研究所のレベッカ・バークリー所長からは、アルタモードのゼロ設定での起動成功とアルタ・リージェンスの遺産の正体解明の報告を受けていた。そして優が解放者であるとするアルタモード研究部門上級研究員全員一致の意見書も添えられている。


「むしろ早急に認定を公表しなければ、危険が現実化するのも時間の問題です。どちらか一つだけでも神の罰に関する功績としてはこの五百年間で最大の成果です。それをたった数日で両方を成し遂げるなど、もはや疑いようがありません。各国も今頃は内部で具体的な動きを見せ始めていることでしょう」


 セリーナ・イーグル大統領戦略顧問が、厳しい表情でそう話す。


「そうね。明日、式典を開いて国民と海外に公表しましょう」

「すでに各国駐在大使と悠翔天皇には懇親会の招待状を送付済みですから、そのまま式典とすることが可能です。タイミングとしては間に合いました。成果が大きすぎることが予想外でしたが」

「他国でこの成果を出されていたらと思うと、考えただけでぞっとするわ。訪問先の第一順位を確保して正解だったわ」


 クレア・エバンス大統領は執務机で椅子の背もたれに寄りかかりながら、そう言った。


「明日は式典の直後にそのまま保護条約締結の発表を行うのがいいでしょう。他国に介入する時間を与えないためには、そのタイミングしかありません」

「ええ。そうしましょう。彼らが出国する前に全て終わらせる必要があるわね。概略の合意は済んでいるから、明日朝の悠翔天皇到着後に会談して調印するわ。

 それから、式典会場は大統領官邸ではなくてあのスタジアムにしましょう。使えるわね?」

「はい。今日は何が起こるか分かりませんでしたから、明日一日も押さえてありますので、式典会場として使用できます」

「それは良かったわ。国民に大々的に発表しないとね」


 クレア・エバンス大統領は式典会場の変更と準備を指示した。

 条約締結に関しては、実務段階の協議は終了しており、あとは署名をするだけであった。





「この国で見る夜の景色もこれが最後だね」

「そうね。明日の夜はファリア国にいるわね」


 優と怜良は首都の宿泊施設の展望デッキで夜景を見ている。

 七月中旬になり、今夜は夜風がちょうどいい。


「三週間、あっという間だったよ」

「もっとのんびりとさせてあげたかったわ」


 怜良は残念そうに言う。


「でもとっても楽しかったよ」

「そう。良かったわ」


 怜良は優に微笑む。


「まだ三つも大陸を回るなんて、想像もつかないよ」

「他の国では大陸全体を回ることはしないから、そんなに広く感じないんじゃないかしら」

「そっか。でもそれでも曙国よりは大きいよ」

「そうね。次のファリア国は十倍くらいね」

「どこまでも続く大平原は、きっと綺麗だよ」


 優は次の大陸の景色を想像する。


「優くんは景色を見るのが本当に好きね」

「うん。ずっとできないことだったから」


 優は前世で寝たきりだったので、広大な風景を見るのが何よりも楽しかった。


「でも咲原も懐かしいよ。早く帰って、みんなに会えるといいな」

「いつの間にか気が付いた時には帰国する時期になってるわよ」

「そうだね。この国も、振り返ればあっという間だったもんね」


 首都の夜景はどこまでも広がり、曙国の首都の夜景よりも規模が大きい。

 優はその煌めく景色に見とれる。


「明日は予定が変わったね」

「ええ。大統領が優くんの救世主認定を公表するわ」

「みんなのおかげだよ。これで少しはみんなの危険が減るかな?」

「そうね。そうなるといいわね」


 怜良は悲しそうな表情をして夜景を見るが、優にはその表情は見えない。


「救世主って、何かな」

「解放者のことだと思うけど、何か違いがあるのかもしれないわね」

「解放者とか救世主とか、大袈裟だよね」

「そうね。優くんは咲原でのんびりお花見をしているのが合っているわね」

「そうだよ。まるで世界を救って歩く人みたいな名前だよね。咲原でみんなで毎日ご飯食べていたいな」

「ふふふ。いつかそうやって過ごせる日がやってくるわ」


 怜良はそう言って優に優しくほほ笑んだ。

 優も怜良も、この星の裏側の故国に思いを馳せる。


「残りの国でやることが増えちゃって、ごめんね」

「いいのよ。今しかできないわ」

「ありがとう」

「アルタ・リージェンスがやり残した仕事ね。優くんしかできないわ」

「うん。うまくいくといいけど」

「みんながいるから、きっと大丈夫よ」

「そうだね。楽しい旅になるといいな」


 そう言って優は夜景を見渡した。





「優さま! お会いしたかったです!」


 天凛皇女が優に突撃してくる。

 優はとっさに天凛皇女の肩をふわりと抑えた。


「お久しぶりです、天凛さま。お元気そうで何よりです」

「はい! 優さまもお元気そうですね! でも少しお痩せになりましたか?」

「毎日車での移動ですから、少し瘦せたかもしれません」

「それはいけません! 沢山食事を召し上がらなければ!」


 天凛皇女が優に詰め寄る。


 公演の翌日早朝、悠翔天皇と天凛皇女がこのエルス国首都に飛行機で到着した。

 条約締結のために急遽決まったものである。とは言え曙国はある程度は予想していたので、条約締結交渉もスムーズに終わっており、残すは元首の署名と締結書の交換だけである。


 天凛皇女は悠翔天皇について行くと言って譲らず、仕方なく悠翔天皇が連れて来た。外交での入国には入国手続きが必要ない。悠翔天皇一行にはエルス国駐在大使が随行している。

 そして到着早々、一行は優の宿泊施設に会いにやって来たのである。怜良が最高権限者であることからすれば、悠翔天皇たちには当然のことであった。


「大丈夫ですよ。毎日沢山食べています。瘦せたというより引き締まったんでしょう」

「そうなのですか? わたくしはとても心配しております」

「心配してくれてありがとうございます。天凛さまも健康でお過ごしのようで、何よりです」


 四礼侍従長の相変わらず鋭い目を気にしながら、優は天凛皇女に笑顔を向ける。


「優よ。この度は大儀であったな」

「陛下のおかげです。数多くのご助力に感謝申し上げます」


 優が頭を下げる。


「優を助けるのは当たり前だ。そなたの家族とも友誼を結んでおるし、そなたは天凛の友人であるからな。気にせんでいい」

「ありがとうございます。お礼に帰国したらまた歌の披露をさせてください」

「ああ。楽しみに待っておるよ。例の鎮魂歌も是非聴かせておくれ」

「はい。きっと前世界の多くの魂も安らぐことでしょう」


 優は悠翔天皇一行と挨拶を交わす。

 その後朝食を一緒に取ってから、悠翔天皇たちは大統領官邸に向かった。





「優はそういう恰好をすると、ちゃんとお坊ちゃんに見えるんだな」

「僕はいつもお坊ちゃんだよ?」

「旅の途中でピザソースだらけになって食べてた姿をみると、とてもそうは思えないな」


 中森弥生が優の正装をみてからかう。

 今日は怜良と優は正装だ。中森弥生たちも小綺麗な格好をしてはいる。


「みんな、警戒は怠らないでね。私は武装は控え目にしなければいけないから、頼んだわよ」

「ああ、任せておけ。カルラ、大丈夫だよな」

「ええ。あそこはいつも見てるから慣れてるわ」

「飛行場には新しい装備の車や機材が積み込まれた私たちの飛行機が待機してるわ。もし襲撃があったら、全員飛行機に向かってね。場合によっては強行離陸するわ。追撃にはカルラが対処をお願いね」

「ええ、もちろんよ。現在までのところ外国からの襲撃の動きはないわ。ちゃんとエルス国政府が各国に警告を出してるから大丈夫よ。駐在大使は全員出席するから問題は起こらないと思うわ」


 当初は午前中に大統領と面会をして昼食時間に懇親会の予定だったが、アリーナスタジアムでの救世主認定式と条約締結式に変更になり、その予定が公開された。その様子はエルス国内外に中継される予定であり、初の救世主認定の式典を一目見ようと、すでに非常に多くのエルス国民が早朝からアリーナスタジアムに詰めかけている。


「ピコ、次の担当は誰なんだ」


 目黒愛美が次のヨーメス大陸の担当ハッカーの名を聞く。


「では紹介するよ。マリアだ。ヨーメス大陸をカバーしているよ」

「マリアだ。よろしく」

「相変わらずぶっきらぼうね。ハンドルネームと違い過ぎよ」

「いいんだよ。ギャップだよ、ギャップ」


 ハッカーたちが親しげに話す。言語が少し違うので、翻訳AIが作動している。


「マリアさん、咲坂優です。お世話になります。よろしくお願いします」

「おお、奇跡の歌い手だね。待ちわびていたよ。活躍はカルラたちから聞いていた。うちの大陸に来るのを待っていたよ。どんどん凄いことをやってくれ。自慢話になるからな。歌も期待してるぞ」

「ははは。凄いことはあんまり無い方がいいです」


 ちょっと危険な香りのするマリアの態度に、優が苦笑いする。


「マリアさん。須堂怜良です。お世話になります。よろしくお願いします」

「ああ。あんたのことはちゃんと把握しているよ。しっかり頑張ってくれ。サポートは任せてくれよ。ちょっと乱暴な大陸だから、まあ大らかにやってくれ」

「はい。ありがとうございます。サポート期待しています」


 何やら不穏な言葉を聞いたが、優は今は気にしないでおいた。


「それじゃあ、エルス国で最後の仕事だね。しっかり有名人をしてきてね」

「世界中に中継されるから男前に映らないとな」


 ピコと中森弥生がそう言って、みんなが笑った。





 時間になったので怜良たちは車に分乗して出発する。

 昨日のアリーナスタジアムに向かう。

 警護車輌が先導して国道を走る。


「もうすぐよ。今日はちょっと派手なお迎えがあるけど、気にしないでね」

「派手なお迎え?」


 カルラの言葉に中森弥生が反応する。


「もう中継が始まっているわ。招待客も揃って、あとは式典会場にあなたたちが到着するのを待つばかりよ。進入口に通じる道は通行車輛も全て止められているわ」


 カルラがそう言うと、すぐにおびただしい数の群衆が見えて来た。

 アリーナスタジアムの周囲に集まっている。

 エルス国と曙国の国旗が多数振られるのが見え、優の大きな写真や歓迎の横断幕も見える。

 国民が総出で歓迎している雰囲気だ。


 車列は警備が整序している群衆の開けている道を通り、警備が多数展開する中で、そのままアリーナスタジアムの中に向かう。

 やがてフィールドに入っていき、フィールド上の端で車列が停止した。

 フィールド中央には舞台が組まれており、その周囲には椅子が並べられて多数の出席者が立っている。車列の停止位置から舞台まで幅広の赤いカーペットが敷かれている。

 そしてカーペットの端にはクレア・エバンス大統領や政府高官が並んでいる。

 二十万人の観客席は満員だ。


 怜良たちは車から全員が降りた。

 すると地鳴りのような大歓声が沸き起こる。


「よく来てくれたわ。待っていたわよ」

「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」


 優とクレア・エバンス大統領は握手を交わす。怜良たちと政府高官たちがそれを見守る。


「今から準備をするから、少し待っていてね。発砲しないようにね」

「準備? 発砲?」


 クレア・エバンス大統領が言う事がよくわからず、優は思わず聞き返した。 

 怜良も状況が呑み込めずにいる。中森弥生たちもきょろきょろしている。


「きたわよ」


 カルラがそう言うと、大型航空機が高速で三機、轟音を立ててスタジアムに近づいてくる。


「襲撃か? カルラ、どうなってる!」

「大丈夫よ」


 二十万人のアリーナ席のために航空機の姿は見えないが、音を聞いてすぐに大型飛行機の接近に気づいた中森弥生たちが身構える。

 怜良も周囲を見渡し、武器に手を添えて警戒する。


 速度を落とし低空でゆっくり進入してきた三機の航空機は会場の真上に到着し、低空のまま静止した。

 風や熱は無いが、エンジンを唸らせて低空に静止する三機の大型航空機は迫力がある。観客席はどよめいている。

 優はぽっかりと口を開けて見上げていた。

 怜良たちは全員緊張して武器に手をかけている。


 時を置かず航空機の尾部の大きな搬入口が開くと、大きな何かがどんどん落ちて来た。

 そして「ドガッ!」と大きな地響きを立て、土ぼこりを上げながら次々とフィールドに着地していく。

 それを見て中森弥生が叫んだ。


「怜良! こいつら特務部隊だぞ!」

「カルラ、どういうことよ!」

「騙したのか!」

「全員、脱出するわ!」


 怜良は優の手をつかみ、車輛に戻ろうとする。


「大丈夫よ! 落ち着いてちょうだい! 敵じゃないわ!」


 カルラが回線で声を上げる。

 その声を聞いて、怜良たちは動きを止めて冷静に見回す。


 三機の航空機から特務部隊が次々と降下し、地響きを立ててフィールドに着地していく。

 大型の部隊員は数メートルの大きさがある。支援兵装も巨大だ。

 どの隊員も重武装。パワードスーツで多くの兵装で固めている。

 兵装の少ない隊員でもトラックより大きい。


 特務部隊が全員降下し終わると、三機の飛行機は轟音を上げて飛び去って行った。


「各国に見せつけるために、この国の特務部隊を全員呼んだのよ。あなたたちを守るための示威行動ね。三チーム全てが揃ったわ」


 クレア・エバンス大統領が言う。

 その言葉通り、着地した特務部隊員がゆっくりと赤絨毯の両脇に並んでいく。

 やがて赤絨毯の両脇はずらりと特務部隊員六十三名が並び、銃を上に掲げた。


 特務部隊であることに気づいた観衆が大歓声を上げる。


「では始めましょう。今日は特別な儀仗隊よ」


 クレア・エバンス大統領はニコリと笑って、そう言った。

 怜良たちは緊張を解き、顔を見合わせた。


 フィールド上には両国の巨大な国旗が広げられた。

 それを見た大観衆は地鳴りのような大歓声を送る。


 国旗が広がると、特務部隊司令官が先導してゆっくりとカーペットを歩き出す。

 クレア・エバンス大統領に促され、優も歩き出した。怜良たち十五名の特等男性保護官はその後をついて行く。

 スタジアムは大歓声が続く。


 特務部隊を抜けると特務部隊はユニットごとに整列する。そして起立している参列者の拍手に送られて、優とクレア・エバンス大統領は舞台に上った。怜良たちは舞台の脇に控える。


 拍手が止み、エルス国の国歌が斉唱される。

 二十万人による斉唱は、スタジアムにとどろいた。

 そして曙国の国歌の演奏も始まる。優たちは直立して斉唱する。


 そして参列者が着席すると、クレア・エバンス大統領がスピーチを始めた。


「私はエルス国大統領、クレア・エバンスです。

 皆さん。私はエルス国大統領として、重大な決断をしました。

 五百年以上前に起こった神の罰以降、人類はなすすべもなく人口を減らし、世界の大混乱のなかで辛うじて国家を維持し、生き長らえてきました。その歩みは薄氷を踏むかのように危うく、多くの困難がありました。そして未だにその影響は大きく、人類の生存は多くの制限が存在したままです。

 三百年前、世界戦略機構が成立し、その支援を受けて音源再生システムが作られましたが、その中心人物であるアルタ・リージェンスは予言を残しました。それは後世において神の罰の影響を弱めることのできる者が現われるというものでした。長い間、我々はそれを救世主と呼んでその出現を待ち続けてきました。

 アルタ・リージェンスは救世主のために音源再生システムにゼロ設定というプログラムを組み込んでいました。これは長らくその起動方法が謎でした。

 しかし先日、そのゼロ設定の起動を成功させた者が現われました。そしてそのゼロ設定で音源再生システムを起動してみると、驚くべきことに、狂暴化症状の一部が完全に治癒しました。

 これは神の罰以降、人類にとって始めてのことです。神の罰の一部と考えられる狂暴化症状が、ステージ一、二、三において即座に完治しました。これは我々人類が神の罰に対抗する力を手に入れたことを意味しています。

 我々は五百年以上を経てついに、神の罰に対抗する可能性を見つけました。これはアルタ・リージェンスの予言の通りではないでしょうか。

 そこで我々は、この人物を救世主と認定し、国家を挙げて支援することにしました。この決定にはエルス国民は誰もが賛成するものと思います。

 今日はその人物にこの場に来てもらいました。紹介します。その人物の名は、咲坂優です。拍手をもって迎えてください」


 クレア・エバンス大統領はそう言って拍手をする。

 大観衆が歓声を上げながら大きな拍手をして優を迎える。二十万人の拍手と歓声は耳が痛いほどだ。


 優が演台に立つと、さらに大きな拍手が沸き起こる。

 優はスタジアムを見回し、舞台の脇にいる怜良を見た。優には怜良は悲しそうな顔をしているよう見えた。


 優がクレア・エバンス大統領を見ると、大統領は頷く。どうやらスピーチをする必要があるようだ。


「みなさん。初めまして。曙国の咲坂優といいます。この度、エルス国により救世主という存在に認定されました。

 私は救世主というものがどういう存在なのか、よく知りません。ですから救世主というものにどういう役割が望まれているのかもわかりません。

 今回、この認定の根拠となったものは、アルタ・リージェンスの残したプログラムを起動し、そして狂暴化症状の治癒に寄与したということだということです。この成果は大きな成果であるということです。

 私はこの病気がどういうものかよく知りません。しかし、その病気が多くの人にとって苦しいものであるなら、その治療に役に立てたことは大きな喜びです。

 この世界では、多くの苦しみ、多くの困難があります。もし私がこの解決に貢献できるなら、私にとってそれは大きな喜びです。

 今回の成果が、これからの世界の人々にとって助けとなるなら、それは私にとって喜びです。

 この度の救世主としての認定が、この世界から苦しみ、悲しみ、困難を取り除く助けとなることを期待します」


 優がスピーチを終えると、大観衆による歓声と拍手が沸き起こる。

 大統領が再び演台に立つと、観衆は静まった。


「エルス国は咲坂優を、やがて神の罰から我々人類を解放する手助けとなるものと信じ、ここに救世主と認定します」


 クレア・エバンス大統領がそう言って優と握手をすると、大観衆による歓声と拍手が起こった。参列者も立ち上がって拍手をしている。


 そしてそのまま今度は悠翔天皇が壇上に案内される。

 その様子を見て、大観衆は静かになった。

 クレア・エバンス大統領がスピーチを続ける。


「救世主の存在は人類全体にとり必要なものです。人類の存続のために、わが国は総力をあげてその存在を守る決意です。そこで本日、救世主咲坂優の母国と同盟を結び、その存在を守ってゆくことを決めました。

 ここに曙国との間で、咲坂優の保護条約を締結します」


 クレア・エバンス大統領はそう言い、演台の横に用意された大きな台に用意された条約締結書にサインをする。悠翔天皇も同じくサインをした。

 そしてクレア・エバンス大統領は悠翔天皇と条約締結書を交換し握手をした。

 大観衆から大きな拍手と歓声が起こる。拍手も歓声も鳴りやまない。


 しばらくして、全体が静かになると今度は悠翔天皇がスピーチをする。


「わが曙国民である咲坂優が、エルス国から救世主の認定を受けることになった。それに伴い、わが国はエルス国との間に、咲坂優の保護のために、同盟を結ぶこととなった。

 今後、いかなる人、団体、国、勢力であっても、咲坂優の脅威となるなら、我々は団結して総力をもってそれを排除し、咲坂優を守る決意だ。

 この条約により、両国は今後、益々その関係を強固なものとしていくだろう。今日この日が両国にとって記念すべき日となったことを両国の国民とともに喜びたい」


 悠翔天皇のスピーチに、スタジアムは拍手と声援に包まれ、いつまでも鳴りやまなかった。



 救世主の認定と同盟の締結の発表は、エルス国民にも世界にも大きな驚きと衝撃をもたらした。エルス国は各国に対して牽制し、優の身柄の保護を強調した。これにより、各国は優に対しては純粋に歌手としてか、学術的な根拠による接触しかできなくなった。





「優よ。まだ最初の国だというのに、随分と派手に動いたな」


 悠翔天皇がそう言って笑う。

 いま、スタジアムでの式典と懇親会を終えて優たちの車に悠翔天皇と天凛皇女が同乗し、飛行場に向かっているところだ。中森弥生が運転している。


「色々と成り行きでそうなりましたが、昔から気になっていたゼロ設定の謎が解決できたのはいいことでした。同盟の成立も大きいと思います」

「そうだな。そなたたちが出国前に考えていた目的からすれば大きな成果と言っていいだろう。一つのヤマを乗り越えたな」


 悠翔天皇は穏やかに笑う。


「次の国では目的を追加したそうだな」

「はい。エルス国政府から資料を手に入れました。ファリア国にあるクローン人間廃棄処理施設の跡地を訪問します」

「何かありそうか」

「今回のゼロ設定の起動はクローン人間廃棄処理施設での楽器の発見から始まっています。そこには神の罰による隠蔽が多くあるようですから、僕が直接見に行ってみます。何かがわかるかもしれません。残りの国でもそうするつもりです。本当はエルス国の跡地にも生きたかったのですが、時間切れでしたから仕方ありません」

「そうか。おそらくどの施設も僻地であったりして危険もあるだろう。くれぐれも気をつけてな。本来なら行くなと言いたいところだが、そなたらは危険の中に飛び込んでいくのがやり方であるから、何も言えんな」


 悠翔天皇はあきれたように言う。

 昨日のうちに怜良から報告を受け、悠翔天皇は優が神の隠蔽を見抜けることを自覚したことを知っている。


「みんながついていてくれるから大丈夫です。きっと無事に帰ってこれます」


 優は怜良を見ると、怜良は頷いた。


「わたしたちができることはしておこう。必ず無事に帰ってくるのだぞ。天凛も待っておる」

「優さま。必ず無事にお戻りください。曙国でご無事をお祈りしています」

「はい。秋に戻れるよう、がんばります。皆さんもお元気でお過ごしください」


 優たちは悠翔天皇たちと会話を交わし、やがて飛行場に到着し、それぞれの飛行機に乗り込んでエルス国を後にした。





「カルラ、ここまでありがとう。とても助かったわ」

「私も楽しかったわ。歴史的瞬間にも数多く立ち会えたしね。この後も追跡はしていくから、期待してるわよ」

「構わないけど、みんな秘密は守ってね」


 怜良は飛行機でカルラたちと話す。


「それで、怜良さんたちは公演で五か所を回り、その他に前世界のクローン人間廃棄処理施設跡地に行くんだな」

「ええ。サポートをお願いするわね」

「ああ、構わないよ。ただ、そこは危険だから気をつけてくれ」

「どんな危険があるの?」


 怜良がマリアに聞く。


「この大陸はどこもそれなりに危険だから、まあ変わらないんだが、その地域は政府の統治があまり及んでいない。しかも国境が近いからな。まあ、何度か戦闘は覚悟しておいてくれ」


 マリアは軽い調子で言う。


「重装備の敵がいたりするかしら」

「普段はそんなのはいないが、今のあんたたちは有名人だからな。政府がどこかに売り渡すことはないだろうが、各地にはいろいろな勢力がある。それに気を付ける必要があるな」


 怜良たちはマリアからファリア国の現状を聞きながら飛行機での時間を過ごした。




「やっと到着だな。懐かしいな」

「私も久しぶりよ」


 飛行場でみんなが話す。


「今はちょうど冬で乾季だから、一番過ごしやすくてよかったよ」

「ええ。真夏だったら悲惨だったわ」

「真夏だったら訓練を思い出すから嫌になるな」


 特等男性保護官たちは夏山無補給要人保護訓練を思い出して談笑していた。

 ここは赤道近くだが南半球なので、七月のこの時期は冬に当たる。そしてちょうど乾季にあたり過ごしやすい。しかも高原であるからなおさらだ。

 この国では怜良たちは装備品が大幅に増える。治安を考え、ドローンも増やしている。エルス国とはやり方を大きく変える必要があった。車輛も増えている。大陸全土が一つの国だったエルトラ大陸とは事情が違う。


「優くん。この国ではみんなと離れてはダメよ」

「うん。いつも一緒にいるからよろしくね」


 怜良は優に真剣な表情で言う。優も予めの知識で、危険をある程度は知っている。

 この国は今回のツアーで一番の危険が予想される地域だ。


「でも気候は涼しくていいね」

「ええ、ちょうどいい時期に当たっているからね。公演はやりやすいと思うわ」

「それならよかったよ。この国の人も喜んでくれるといいな」


 飛行場の周りにはエルス国同様、大勢の現地のファンが詰めかけているのが見える。


「ようこそ、ファリア国へ。皆さんを歓迎します。デボラ・ミリアムです。大統領府職員です。今回の皆さんの随行員となりますのでよろしくお願いします」


 飛行場に待機していたファリア国の出迎えが、そう名乗った。

 今回は大統領府から派遣された政府高官のデボラ・ミリアムが警護隊とともに最後まで一緒に行動する。曙国の現地スタッフは随行しない。


「初めまして。咲坂優です。お世話になります。よろしくお願いします」

「須堂怜良です。この訪問団の責任者になります。滞在予定は三週間になりますが、よろしくお願いします」


 怜良たち一行は出迎えと握手を交わす。怜良がデボラ・ミリアムと会話を続ける。


「予定が変更になりましたが、前世界のクローン人間廃棄処理施設跡地を訪問するということですね」

「はい。急な変更で申し訳ありませんが、ご協力いただきたくお願いします」

「ええ、かまいません。公演の日程は変更ができませんが、移動日を調整すれば大丈夫です。ただ、その場所は特殊な地域にあるので、注意する必要があります」

「そのことも概要は聞いています。そのための武装も揃えてきました」

「わが国も警護を増やしますので対応はできますが、皆さんも自衛に気を付けてください」

「はい。ご協力に感謝します」


 怜良たちはデボラ・ミリアム一行と情報交換をしたあと、積荷を降ろして初日の宿泊施設に向かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 男女比の中ではたいへん世界観が独特で面白いです。…優くんにあまり危険なことがないと良いなと思いながら読み進んでいます。
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