61 ゼロ設定
絵画展示室の後、優たちは資料館を後にした。
「それでは次はアルタ・リージェンスの功績である音源再生システムの研究をご紹介しましょう」
レベッカ所長はそう言って優たちを巨大な研究棟に案内した。
怜良はひそひそとカルラと連絡をとる。会話は全員で共有されている。
「カルラ、状況は?」
「接続は維持できているわ。そこの回線に侵入しているから、その建物の中でも大丈夫よ。さっきの資料館は不審な点はないわ。そこの研究棟の地下にはいくつか侵入できていない箇所があるから、気を付けてね」
「わかった」
一行は建物の扉をくぐる。
「ここは音源再生システムが開発された経緯とその開発プロセスがまとまっています」
レベッカ所長が案内した場所は図書館のような作りになっていた。
そして見渡す限りの楽器があり、多くのスタッフが働いている。
「研究開発チームは、世界戦略機構が成立する前から、エルス国内で様々な大学との連携でシステムの開発を行っていました。
それは二つの分野に分かれ、一つはシステム開発、もう一つは前世界の楽器、楽譜、演奏家、歌手などの調査でした
アルタ・リージェンスは世界戦略機構が成立する前は前世界の楽器などの調査チームを主に率いていました。そして前世界に存在した世界中の楽器や楽譜、製造方法、保管方法の他、演奏家の演奏法、歌手の歌唱法、音楽教育の内容などを、詳細に調査していきました」
レベッカ所長が話す。
「そして世界戦略機構が成立したあとは、その支援を受けて一気に大規模に調査を推し進めました。ここに展示しているのはその調査の一部になります。楽器、工房の製造道具、楽譜などの一次資料がここに集められています。その量は膨大なものになりました。
これらの調査収集が一段落すると、アルタ・リージェンスはシステム開発に注力していきました。そしてついに音源再生システムは完成に至るのですが、他の研究員に関与させずに開発した部分がいくつかあり、未だシステムが完成したと言えるのか、実のところ謎となっています。
優様がアルタモードを世界で初めて演奏してみせましたが、それまではアルタモードの存在理由さえ明らかではありませんでした。
音源再生システムが完成すると、アルタ・リージェンスはすぐに研究から引退してしまい、隠居してしまいました」
レベッカ所長は要領よくまとまった説明をした。
優は館内を見渡す。エントランスホールからどこまでも伸びる通路。そしてどこまでも続く書棚、楽器。
果てが見えない。膨大なその量を目の当たりにして、怜良たちは面食らった。
だが優は何も驚いていない。
「見ていいですか?」
「はい。ご自由にどうぞ。ここにある書類と楽器はほとんどがオリジナルです。著名な演奏家や作曲家が自ら手にしていたものです。神の罰の後、混乱した多くの富豪の子孫や政府が廃棄しようとしたものや放置されていたものをアルタ・リージェンスたちが世界中で収集したものです。」
優はレベッカ所長に許可を取り、書棚を見て回る。書棚は引き出しになっており、引き出し毎に保管装置になっている。優は手にとって開いてみる。
「すごい。手書きの注意書きが入ってる」
楽譜には演奏時の注意書きのほか、作曲家や演奏家が思い出を書き込んでいた。
優が次々に楽譜を引き出して開いて見てみると、そこには作曲家や演奏家たちの言葉が書き記され、当時のクローン人間たちの思いが垣間見えた。
優はその後も書棚を回り、多くの楽譜のほか、楽器の製造設計図や音楽教育の書物をみることができた。
そして楽器を見てみると、どれも非常に古いが保存状態がいい。弦が貼ってあるものも多いことから、常日頃から手入れがされ、メンテナンスがされていることが分かる。現に多くの作業員や研究者らしき者たちがメンテナンスの作業をしており、この建物は活気がある。
優はこの国の文化保存の熱意に感銘を受けた。
「すごい場所ですね。どの資料もしっかりと保存されていて、この国の前世界の文化保存に対する熱意が感じられます」
優がそう言うと、レベッカ所長は意外なことを言った。
「これらの資料は音源再生システムの研究のために保存しているものですから、前世界の文化を研究するものではありません。アルタ・リージェンスが前世界の文化資料を保存しようとした行動を、現在でも引き継いでいるに過ぎません」
レベッカ所長はそう答えた。
「楽譜や楽器の資料は、ここにあるもので全てですか?」
優がそう言うと、レベッカ所長は「はい、そうですよ」と笑顔で答えた。
「では次は音源再生システムのプログラム研究をお見せしましょう」
レベッカ所長はそう言って優たちを地上の隣接した別の棟に連れて行く。この建物も巨大だ。ここは完全にコンピューター研究が中心だ。ここにも多くの研究員が行き交っている。
「ここの設備とプログラムにはアルタ・リージェンスが開発した当時のものも残されています。優様には興味が尽きない場所ではないですか」
レベッカ所長はそう言ってニコニコ笑っている。
「少し見て回っていいですか」
「はい。機材が多くて危ないですから気をつけてください」
優がレベッカ所長に断りを入れて見て回る。
巨大な音響設備などがずらりと並んでおり、研究員が多くのチェックをしている。
音源再生システムのプログラム自体も様々な起動をさせており、高度な研究開発が行われているのが分かる。特にAIとの連携を重視しているらしく、様々なAIが起動している。
ここにある音源再生システムはどれもAIが接続されており、やはり優にとっては違和感のある音、演奏だった。
優は怜良たちと一通り回り、レベッカ所長とともに入口に帰って来た。
「ありがとうございます。大体わかりました」
「そうですか。最後になりますが、別の部屋にある音源再生システムでアルタモードの起動を見せていただけませんか?」
レベッカ所長が笑顔で優に言う。
「いいですよ。施設見学のお礼にお見せします」
優も笑顔で快く答える。そして少し離れた棟に着いた。この地上の棟も巨大だ。
中に入ると大きなホールになっており、中央にはステージがある。観客席はないが、音楽ホールのような作りだ。
「ここでアルタモードを起動してもらっていいですか?」
「はい。いいですよ」
笑顔のレベッカ所長に優が答える。
ホールの中には多くの研究員がいる。
「それではお願いします」
「はい。では起動します。
アルタモード、起動」
優がそう言うと、いつもと同じように大きな光の円柱が現われた。
ここまでは誰も驚かない。
「第一システム設定、ナンバー六十八、ダウンロード、セット」
優がそう言うと、円柱がきらめいて色が激しく変わる。
その様子を見て、研究員たちがどよめく。
「第二システム設定、ナンバー八十二、ダウンロード、セット」
いつも通り、リングが集まって優の手に装着される。
研究員たちがざわめいている。
「どうですか。これで準備ができています」
優がそう言うと、レベッカ所長が大きく手を広げて喜んだ。
「素晴らしいですわ! 自分の目で見て、これほど美しくアルタモードが起動しているのが感動的です」
研究員たちも同じようなことを言い合ってざわめいている。
「優様。ありがとうございます。何か演奏していただくことはできますか?」
「はい。では演奏しますね」
優が演奏する。簡単な曲をいつも通りに丁寧に歌った。
レベッカ所長も研究員たちも感動している。
「本当に素晴らしいですわ! これがアルタモードの実力なのですね。音源再生システムの新しい可能性を見ることができました」
レベッカ所長はそう言って拍手をした。
研究員たちも拍手をする。
そしてそのまましばらく、レベッカ所長たちはアルタモードの感想を言い合っている。
優は音源再生システムの立体再生をコントロールして、自分の声がホールの誰にも伝わらないようにした。そして無線通信で話す。
「怜良さん。いまからこの施設の研究の秘密を暴きます。危険な状況になるかもしれないので準備をしてください」
それを聞いた怜良が驚いて優を見る。
「みんな、準備して。カルラ、頼んだわ」
怜良が全員に確認をとる。
「ええっ、なんでそんな突然なのよ!」
全員が身構える中、優が立体再生を元に戻し、声を出した。
「アルタモード、ゼロ設定、起動」
その声がホールに響く。
すると空白になったモニター画面が空中に現われた。
優の声を聞き、ゼロ設定で起動しようとするのを見て、レベッカ所長が優に叫んだ。
「なぜそれを知っているの!」
「レベッカさん。これがアルタモードの秘密だよね」
優が落ち着いて言う。
「この設定が出来なくて行き詰まっているんでしょう? この設定を埋める資料がここにはあるはずだよ。それを見せてもらえませんか」
優が話すが、レベッカ所長は返事をしない。
研究員たちも何も言えずにいる。
「この設定の存在は、僕は自分で発見したんだ。小さい頃になるけど。どうしてこんな設定があるのかずっとわからなかったけど、ここにはこの設定を埋めるものがあるはずだよね。だからそれを見せてほしい」
優の言葉を聞き、レベッカ所長が優に近づく。
怜良たちは優を囲み、身構えた。
レベッカ所長は厳しい表情で優を見据えて言う。
「それはできないわ。部外者には公開できないの」
「でもレベッカさんたちもゼロ設定を埋められないんでしょう?」
「それでも公開はできないわ」
レベッカ所長は表情を変えずに優に言う。
「アルタ・リージェンスは後世に託したんだ。自分では設定を埋めることができないから。いつかそれができる人間が現われるのを願ってね。レベッカさん達はその遺志を引き継いできたんだよね。
そしてそれができる人間のことを、こう呼んで来たんじゃないかな。「解放者」って」
優の言葉を聞いてレベッカ所長と怜良は目を見開いた。
「多分だけどね、ゼロ設定を埋めることができれば、狂暴化症状にも解決策が見つかるかもしれない。この国が取り組もうとしている問題の解決につながるかもしれないよ」
ホールには沈黙が訪れる。
レベッカ所長は厳しい表情を崩さない。
しかし突然、研究員に向かって指示を出した。
「アルタ・リージェンスの機密資料五十二の一を持ってきて」
レベッカ所長がそう言うと、研究員たちがざわめく。
やがて先ほどの研究員が平たい長方形の箱を手にして戻って来た。
その箱をレベッカ所長が受け取る。
「あなたがこれを理解できるなら、検討するわ」
そう言うと、レベッカ所長は自らキーを解除して優に箱を渡した。
優は箱を受け取る。金属で出来た少し重い箱は特殊な仕掛けがされているようだ。
優が蓋を開くと、「プシュッ」と空気が入る音がする。
怜良たちも優を囲んで周囲を警戒しながら、箱の中を覗く。
箱の中には紙が何枚も入っている。ちょうど前世界の楽譜の大きさだ。
どの紙もとても古く、破れていたり、汚れ、シミがついてしわだらけになっている。
その何枚もの紙には、意味不明の絵が描かれている。
「それはアルタ・リージェンスが金庫に保管して残したものよ。それが理解できるかしら?」
レベッカ所長がそう言った。
優はその紙をめくっていく。
そして顔を上げてレベッカ所長に言った。
「これは前世界の歌の楽譜ですね。他にもアルタ・リージェンスはこれとセットになっている楽器を残しているはずです。そして歌詞は発見されていないんじゃありませんか? そしてアルタ・リージェンスはそれを全て解放者に見せろと伝えていませんか?」
優の言葉にレベッカ所長は目を見開き、声が出ない。
しばらくの間、沈黙が続く。
やがてレベッカ所長は口を開いた。
「私の一存では決定できないわ。ついてきてちょうだい」
レベッカ所長はそう言うと、ホールに入ってきた扉に向かう。
優はついていく。怜良たちもその後を追った。
レベッカ所長は棟をいくつも通り過ぎ、管理棟にやってきた。
そして優たちを部屋に案内する。
「ここで座って待っていてちょうだい。すぐに戻るわ」
そう言って部屋を出て行った。
怜良たちは周囲を警戒したままだ。
「怜良、何がどうなってるんだ」
中森弥生が聞く。
「わからないわ。優くん、アルタモードの秘密の話をしたのね」
「うん。ここからは交渉だよ」
優は笑顔で言う。
「交渉って、アルタモードの秘密の成果のことね」
「そうだよ。僕らは危険な立場なんでしょう? だからこの国に協力してもらうの」
「この国に安全を保証させるのね」
「うん、そう。できるかな?」
「優くんの成果次第よ」
「そうなんだね。わかったよ。それなら多分大丈夫じゃないかな」
「そんなに大きな成果なのね」
優と怜良が話している一方で中森弥生は確認を取る。
「カルラ、状況は?」
「何も動きはないわ。盗聴も一切なしよ。所長はいま大統領と回線をつないでいるわ。会話の内容はわからないわね」
「大統領か……」
中森弥生は深刻な表情を崩さない。
怜良がカルラに言う。
「優くんがここで見せる成果は、大きなものみたいよ。カルラ、戦闘になるかもしれないから支援をお願い。優くんだけは絶対に逃がしてね」
「そこは何とかするわ。いま待機組は臨戦態勢になっているから、いつでも突入できるわ。脱出の準備もしている最中よ」
「わかったわ。みんな、気を抜かないでね」
「戻ってくるわよ」
そこにレベッカ所長が入って来た。
「執務室に来てちょうだい」
レベッカ所長は怜良たちを案内していく。やがて執務室に入った。
「いまから大統領と話をしてもらうわ。あなたたちから直接話を聞きたいそうよ」
レベッカ所長はそう言うと、大統領の映像を空中に映し出した。
「初めまして、エルス国大統領のクレア・エバンスよ。あなたたちが奇跡の歌い手の一行ね。そしてあなたが咲坂優で間違いないわね」
怜良より歳上の金髪の女性が映像で話しかける。
優は笑顔で答えた。
「初めまして。咲坂優です。お会いできて光栄です」
「私も奇跡の歌い手に会えて嬉しいわ。わが国にようこそ。この国は気に入ってもらえたかしら」
「はい。とてもいい国だと思います」
「それは良かったわ。それで、あなたはアルタ・リージェンスの残したアルタモードの謎の解明の手伝いをしてくれるそうね」
「はい。ただし条件があります」
優は落ち着いて話す。
「条件?」
「はい。僕がアルタモードの秘密、つまりゼロ設定の問題を解決すれば、この国は得るものが大きいと思います。でもそれは同時に、ゼロ設定の性質上僕自身の価値を高め、それが僕の安全を脅かします。だから協力するには僕の安全を守ってもらう必要があります」
「あなたがこの国に住むなら、もしくは国籍をこの国に変えるなら可能よ」
クレア・エバンス大統領はそう答える。
「僕はこの国に住んだり国籍を変えたりすることはできません。僕は曙国に帰って、また中学校に通って、家族や友達と過ごしていきたいんです。だからそれでも他の国から僕を守って欲しいんです。曙国と協力しながら。どうですか、できますか」
「曙国に住み、曙国の国民であるなら、曙国があなたの安全を守る責任と権限があるわ。それをわが国が介入するには、相応の理由が必要となるの。外交上、わが国による介入を他国が問題とするからよ。
理由なくあなたの安全を名目にわが国が介入すれば、他国にも同じように介入する口実を与える結果になって、却ってあなたの安全が脅かされるわ。だからあなたの要求を受け容れるには、それなりの理由となるものが必要よ。あなたはそれを提示できるかしら」
「はい。アルタモードのゼロ設定を埋め、アルタモードの本来の機能を発揮させるなら狂暴化症状の解決にも役立つはずです。それ以上の成果がどうなるかは、実際にやってみないと分かりません」
優の言葉を聞き、クレア・エバンス大統領は考え込む。
しばらく沈黙が訪れる。
そして大統領は再び口を開く。
「あなたの成果を見てからじゃないと確約はできないわ」
「僕の成果を先に見せると、僕の危険だけが大きくなります。それはできません」
再び沈黙が訪れる。
怜良が口を開いた。
「クレア大統領。咲坂優の保護責任者の須堂怜良といいます。会話中に失礼しますが、今回のツアー中のことに関する判断は私が一任されています。ですから、私の考えとして、悠翔天皇とこの件で話してもらえますか」
「あなたが須堂怜良さんね。話は聞いています。今回のアルタ・リージェンス研究所の訪問もあなたの指示だと悠翔天皇から聞いているわ。ツアー中の問題の扱いについてもあなたの意見を聞くように悠翔天皇から聞いているわ。あなたが言うなら、彼女と話してみましょう。あちらは夜中だけど、いま回線をつなぐわ。レベッカ所長、そちらにもつないでちょうだい」
「はい、わかりました」
レベッカ所長が新たに映像を映し出す。
少し待っていると、悠翔天皇が映し出された。
「こんばんは、悠翔天皇。夜中にごめんなさい。そちらの咲坂優くんが交渉を持ちかけてきたわ。あなたの判断も必要だからと、須堂怜良さんの提案でこうして全員が揃って話し合うことにしたのだけど、いいかしら」
「ああ。かまわない。どんな話だ」
「咲坂優くんがアルタ・リージェンス研究所で研究に協力してくれるの。それで、その成果によって自身が危険にさらされるからということで、安全の保証に協力するようにこちらに言っているのよ。
それでね、それは成果を見てからじゃないとできないんだけど、もし成果が相応なものなら、わが国は優くんを救世主として公表して、そちらの国での保護に公式に協力するわ。
それでどうかしら」
悠翔天皇は考え込む。
「救世主の認定はそちらに利益がある話ではないか。それではこちらには利益がないように見えるが」
「これは選挙対策ではないのよ。今の段階で彼がそちらに住んで国籍もそのままで救世主の認定をするのよ。つまり彼の保護について同盟を結ぶのよ。彼の保護条約を結ぶために、今こうして話してるんじゃない」
「わかっておるよ。しかしその場合、そちらにはかなりの負担が生じるが、いいのかね」
「その負担に見合うだけの成果がある場合ということね。それなら他国は文句を言わないでしょう。そして他国に対してわが国の優先権を明確にするために救世主として公認するわ。」
「そうだな。それで、協力の成果を見て決めるということだな。優は先には見せられんと言ったのだろう」
「そうよ。だから今こうしてあなたと話して、成果に対する保証をしているのよ」
「わかった。怜良よ、そういうことで構わぬのか」
「はい」
「優よ。そういうことだから、協力してかまわないぞ。その国でのそなたの身柄の安全は大統領が今確約し、わたしが確認した」
双方の元首による会談により、優の協力と条件の履行が決まった。
「ありがとうございます。ではアルタモードの解明に協力します」
「ああ。それではな」
「レベッカ所長、あとは頼んだわよ」
そう言うと、それぞれの映像回線が切れた。
「あなたたちは凄いのね。余程の特別扱いなのね」
「ただ知り合いなだけですよ」
「それが凄いのよ」
レベッカ所長はため息まじりにそう言うと、優たちを研究棟に再び案内した。
「大統領の許可が出たから、機密を公開するわ。でもここで見たことは外部に漏らさないでちょうだい」
「はい。わかっています」
レベッカ所長はエレベーターで研究棟の地下に降りる。
「そこは侵入できていない場所よ。注意して」
「わかった」
カルラが怜良に警告する。
エレベーターを降り、通路を進むと、レベッカ所長は大きな部屋に入った。
そこはホールになっており、沢山のコンピューターや再生システムがあり、研究者がたくさんいる。
「みんな。咲坂優くんが協力してくれるわ。機密の開示を認めるわ。例のバイオリンを出してきて」
レベッカ所長が研究員に声をかけると、研究員たちは大きくざわめく。
やがて研究員が大きな金属の箱を台車に乗せて来た。
そしてレベッカ所長が自らのキーで鍵を解除する。
「プシュッ」と音がして蓋が開く。
「これがアルタ・リージェンスがさっきの楽譜と一緒に残した楽器よ」
そこには、古く、ひどく汚れたバイオリンと弓が一組はいっている。
弦は外され一緒に保管されている。弓もボロボロだ。
「前世界の楽器で元の材質も良くないから、もう楽器としては機能しないわ。音源再生システムでデータスキャンするだけよ」
そう言うと、レベッカ所長はコンピューターを操作させ、データを呼び出す。
「これがこのバイオリンのスキャンデータよ。他の前世界の楽器と違って、何故かこのままのデータでは我々は正常な楽器としての音の復元ができなかったわ。何か分かるかしら」
モニターには材質や製造方法、構造図などのデータが表示されている。
優はそれをじっと見つめた。
「もう一度スキャンしてください。そしてデータをそのまま表示してください」
優が言う。レベッカ所長は優の言う通りにさせた。
やがて新しいスキャンデータがモニターに表示される。
「僕が修正します」
優がそう言うので、レベッカ所長は優の好きにさせた。
優はコンピューターを操作して、スキャンデータを書き換えていく。
どんどん進む書き換えに、研究員たちは戸惑っていた。
「修正が終わりました。次は楽譜を入力します。先ほどの楽譜を持ってきてください」
優がそう言うので、楽譜が用意された。
同じように、楽譜がどんどん入力されていく。
意味不明の絵が描かれている「楽譜」を見ながら優がどんどん楽譜を完成させていくので、研究員たちはさらに戸惑う。
レベッカ所長も驚いている。
「楽譜の入力が終わりました。それでは、資料館にあるアルタ・リージェンスの絵画を持ってきてください。絵画ナンバーは九十二です」
優がそういうと、レベッカ所長は驚いた。
「絵画? そんなものをどうするの」
「必要なんです。お願いします」
優が真面目な表情で言うので、レベッカ所長は言う通りにするよう、指示を出した。
やがて資料館で優が注目していた絵画が運ばれてきた。
「それでは歌詞の入力をします」
優がそう言うと、みんなが驚いた。
「これが歌詞なの?」
「はい、そうです」
優はそう言うと、絵画を見ながら歌詞の入力を終えた。
「入力は全て終わりました。これから全体の調整をします」
優は楽器、楽譜、歌詞を小節ごとに調整していく。
その速度は速く、どんどん進んでいく。レベッカ所長も研究員もその速さに驚く。
怜良たちは警戒しながらその様子を見守る。
やがて手を止め、優が立ち上がった。
「レベッカさん、これでゼロ設定の入力は全て終わりました」
「いよいよ起動できるのね」
「はい。もう起動できます」
レベッカ所長たちは緊張した表情になる。
「それでは起動します。
アルタモード、ゼロ設定、起動」
優が声を発すると、黄金に輝く大きな光のリングが現われた。




