60 アルタ・リージェンス研究所
怜良は悠翔天皇、六勝との報告会議に臨んだ。
「優は前世界ではなく現世界の人間に神の罰、狂暴化症状の原因があるのだと言ったのだな」
「はい。推測であるということですが」
「そして優は確かに言ったのだな、前世界の文化が好きなのだと。それが違いなのだと」
「はい。それが現世界の罰の原因に関係があるのではないかと」
悠翔天皇は怜良からこの報告を聞き、自分がなぜ世界がズレて見えるのか、その理由を垣間見た気がした。
前世界の文化が好きであることが、いや前世界の文化を受け容れることができることが、神の罰からの影響を逃れる条件の一つであるということを。
自分が幼少の頃から前世界の文化に親しんでいたからこそ世界がズレて見えるのだと。
前世の記憶があり、神の罰からの影響を逃れている優が前世界の文化を好きなのは、偶然なのではなく、神の罰の影響と前世界の文化の受容が相互に密接な関係があることを意味しているのではないか。
もしかしたら神の罰の影響を受けない人間は、前世界の文化を受け容れる人間なのかもしれない。
この世界の人々が前世界の文化を受け容れていないのは、神の罰の影響が原因であるのかもしれない。
そうであれば、前世界の文化を受け容れることができるようになれば、神の罰の影響から逃れることができるのではないか。
単純な推測に過ぎないが、悠翔天皇は重要な手がかりを手に入れたと考えた。
「この情報が漏れれば世界中が優くんを手に入れるために即座に動くでしょう。そこで脱出を考えましたが、熟慮の末、このままツアーを続行し、作戦を継続することにしました。
ですので、まだ帰国はしません。ですがいつでも帰国する可能性があることを考えておいてください」
怜良の回答に対し、悠翔天皇は厳しい表情で話す。
「いくら世界の市民の人気があろうと、堂々と各国は協定を結んで優を奪いにくるぞ。そしてどの国が奪おうと、さらにそこから奪おうとするだろう。世界は大混乱だ。優の生み出す成果によっては世界戦略機構の解体にさえ至るかもしれぬ」
「我々も事態を深刻に捉えています。ですから場合によっては帰国せず、どこかに姿を隠し身を潜めることも考えています。その場合には陛下たちとも連絡をとらず、外部との連絡は完全に遮断しますので、数年間は音信不通になることを覚悟してください。そしてその場合、もし可能であれば、世界の滅亡を回避する手がかりを自力で探します」
怜良は落ち着いて話す。時差が大きいので精神的な落ち着きが双方で異なる。
「そうだな。それは止むを得ぬな」
「潜伏先はいくつか候補があるので、状況に応じて選ぶことになります。その場合でも一か所に留まることは考えていません」
「そうだな。そうなるだろう」
悠翔天皇が残念そうな顔をする。そして六勝が質問をする。
「今後も公演を続けていて大丈夫なのか」
「はい。今夜の公演はうまくいきました。エルス国政府もかなり慎重に対応したおかげで、観客の反応もコントロールできました」
「そちらの公演の成功はすでに世界で話題になっているな。わが国でも大きな関心を集めている。優の家族も安心したようだ」
「それは良かったです。初回公演では多くの人が心配したでしょう」
「ああ。暴動が発生した様子はエルス国内で中継されていたから、わが国でも怜良たちが退避する様子や発砲する様子が繰り返しニュースで大きく映しだされてな。主催エルス国政府の失態を批判する意見がわが国でも世界でも止まなかったよ」
「海外が初めての優くんが、外国人十万人のアリーナスタジアムをコントロールするのは難しい状況でした。しかし今夜は完全にコントロールしていたので、今後は大丈夫でしょう」
「それを聞いて安心した。場合によってはさすがにツアーの中止と帰国が必要だったからな」
六勝が言う。そして悠翔天皇が話した。
「狂暴化実験の結果は先ほどの通りだが、今後さらに成果が拡大する可能性がある。エルトラ大陸を出たあとの実験の成果によっては難しい状況になるのではないか」
実験結果は世界各国に公開されている。これは今回のツアーの各国との協定事項だ。
「そうですね。ですが実験成果の進展は優くんの先ほどの話からすれば些細なことです。実験結果が注目されて先ほどの話が隠せる状況になるなら、望ましい推移と言えます」
「そうか。その辺りはこちらからは管理できない。そちらが何とか対応していくしかない」
「はい。それはある程度は手を打ってあります」
ピコやカルラたち国際ハッカーのことは、六勝や悠翔天皇たちにも一切秘密である。彼らは切り札なので、現在のチーム以外には知らせない。これは脱出した後も同じだ。脱出した場合の唯一の生命線が彼らになる。
悠翔天皇が続ける。
「アルタ・リージェンスの生家の件は、危険な賭けではないか。救世主の認定の本拠地だぞ。わが国でも三百年にわたり掴んでいないほどの秘密の徹底ぶりだ。余程のものがあるのではないか」
「はい。訪問しないのが安全上は確実ですが、今のところ訪問する予定で考えています」
「優の希望だからか」
「それもありますが、客観的に考えて今後チャンスが無いことと、得るものが大きい可能性があるからです」
「危険が致命的に大きくてもか」
「危険の大きさについてはチーム内で議論しました。しかし現状では危険の大きさと関係なく、危険にさらされている状況自体には変わりがないので、それならば得るものの可能性を取るという考えです」
自信を持ってそう言う怜良の姿を見て、悠翔天皇は怜良たちの思い切りの良さに、あきれ半分だが感心した。
「そなた達でこその海外ツアー、そなた達でこその行動力だな」
「それしか強みがありませんから。敵地の中では主導権を取り続けないと生き残れません」
「まあ、状況の大筋は分かった。もしアルタ・リージェンスの生家の訪問を正式なルートで行いたいならすぐに連絡してくれ。わたしがクレア大統領に話をつけよう。条件も合わせてな」
「はい。そのときはお願いすると思います。単なる外務省ルートでは危険が除去できない可能性がありますから」
「そうだな。この海外ツアーではわたしに外交交渉が一元化されている方が安全だ。場合によっては直接わたしか皇族が相手国に乗り込むことにしている」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
怜良は報告会議を終えた。
「見渡す限りの星空だね」
「ええ。遮るもののない星の世界ね」
移動日の夜、周囲には一本道の国道の他には何もない宿泊施設の外に出て、優と怜良は夜空を見上げていた。道路には全く車が通らない。
「周りが全部地平線の星空が見れるなんて、きっともう一生ないよね」
「そうかもね。この場所は乾燥していて、しかも上空の大気が安定しているから、星が綺麗に見えるわね。望遠鏡を持ち込んで夜空を見る人も多いらしいわ」
「そうだよね。学校の天文クラブですごい望遠鏡を見せてもらったけど、そういう人たちなんだと思うよ」
二人で口を開けて夜空を見上げる。
「あんまり真っ暗なところにいると蛇がいるわよ」
「そうなの?」
「夜は夜行性の生き物が出てくるから、足元の安全なところにいないと危ないわ。優くんはいまブーツも履いてないし」
「わかったよ。真っ暗じゃなくても同じくらい星がたくさん見えるのが不思議だよね」
「そうね。帰ったら学校のみんなにこの星空のことを沢山お話ししたらいいわ」
「そうだね。きっとみんな喜んでくれるよね。その頃は秋だよね」
優はこの大陸に来て数日しか経っていないが、曙国にいたのは随分昔に感じた。
優と怜良は駐車場の小さな明かりを背に、道端のベンチに腰掛けた。
「みんな元気かな」
「そう聞いてるわ。六勝さんがこちらの近況をちゃんと伝えているから安心してね」
「うん。ありがとう」
この世界ではネットなどの有線回線は国際通信において一般には直通していないので、一定の制限がある。そのため優は咲坂家と連絡を取らない。怜良は衛星通信経由だ。
「優くんはどうしてアルタ・リージェンスの生家に行きたいの? 狂暴化症状の事だけじゃないでしょう?」
怜良が珍しく優の行動に質問する。
「……うん。怜良さんにはわかるんだね」
「優くんがあの状況で自分から言うからには、もっと大事なことがあるのは分かるわ」
怜良はこう言うが、怜良は優の微妙な表情の変化で優の気持ちがかなり分かる。特に優は気を遣うことが多いので、普通の人間には本心が分かりづらい。
「このツアーに出発する前は僕の歌の影響なんて、僕にとって他人事だったんだ。僕は怜良さんがいればいいし、喜んでくれればいいから」
優は夜空に顔を向けながら話す。
「でもこの大陸に来てから、みんなが身を挺して僕を守ろうとする場面を見るようになって、このままじゃいけないかなって思うようになったの」
夜の荒野に静寂が響き渡る。
「怜良さんは僕が特別、というか特殊な人間なのに、何も言わないよね。何も詮索しないよね。それは怜良さんが僕を大事にしてくれてるからだって分かるんだ」
優は遠くに顔を向けて言葉を続ける。
「僕は怜良さんと出会ってから、怜良さんだけを見て生きてきたの。ずっとそれでいいと思って生きてきた。これからもそれでいいと思って生きてきた。
でも、この大陸に来て、もしかしてそれではダメなんじゃないかって、感じるようになったんだ」
怜良は影のせいで表情が見えない優の横顔を見つめる。
「僕は沢山の勉強をしてきて、沢山の音楽を聴いてきて、生まれてから沢山の人に会ってきたのに、どうしてもわからないものがあるんだ」
優はつぶやくように話を続ける。
「僕には心がわからないんだ」
そう言って優は遠くに顔を向ける。
「みんなが僕を守ろうとするとき、そういう話をしているとき、みんなはみんな自身よりも僕を大事にしているように見えるんだよね。
そんなときにね、自分がこんなで申し訳ないなって思うの」
沈黙が訪れる。
「僕には本当は、人形と同じように心がもともと無いのかもしれない。心が無いなら僕は人間じゃないのかもしれない」
優は落ち着いた声で言う。
「でもね、僕にはできることがあるんだよね。だからみんなは僕を守ろうとするんだよね。
みんなが僕を自分を犠牲にしてでも守ろうとする姿を見ていて、僕は自分のできることを果たさなきゃなって思ったんだ」
怜良は表情を変えない。
「だから、たとえ僕が人間じゃなくても、みんなの役に立とうと思うの。それが僕がこの世界に生まれた理由だと思うの」
優は怜良を見て言った。
「だからアルタ・リージェンスの生家に行こうと思ったの。
アルタモードにはきっと大事な秘密があるから。そしてきっとそれは僕じゃないとわからないかもしれないから」
優は泣きそうな顔でそう言った。
怜良はそれを見て、優を抱きしめた。
優は震えていた。
怜良には優にかけてやる言葉が出てこなかった。
満天の星空の下で、怜良は優の不憫を思った。
狂暴化症状実験会議。
二回目の実験のあと、コニー・モス研究主任の主催で開かれている。
「現在までのところ、ステージ一、二、三とステージ四、五には異なる反応があるようです」
コニー・モスが言う。すると曙国参加研究員が発言した。
「実験では不可思議な結果が現われている。ステージ一、二、三の患者は普段から自我があるが、公演が始まると一旦無反応になる。その後、曲によってまた自我が現われる時がある。本来であれば始めから自我があるのだから、一旦無反応になる理由がわからない。
そしてステージ四、五については数名の患者がわずかだけ単語を発している。しかもその内容はどれも悲しさ、寂しさ、喪失感を表すものだ。このような発言はステージ一、二、三には見られない。
患者の発言だけをみるとステージ一、二、三の患者とステージ四、五の患者は性質が異なるようにみえるが、歌への反応自体は一致している。この矛盾の説明がつかない」
これに対してコニー・モスが発言する。
「やはり、ステージ四、五の患者は夢を見ているのではないでしょうか。いずれも朦朧としており、発言が感情的なものばかりです。普段の攻撃的人格がどうして生じているのかはわかりませんが、普段は本来の人格は睡眠中と同じ状態なのではないでしょうか」
その場の参加者たちは考え込む。
「確かにステージ四、五の患者の発した言葉からは、夢を見ていると考えるのが妥当でしょう。その内容はどれも狂暴化とは異なるものに見えます。つまりここまでの実験結果からは、ステージ四、五において本来の人格が消失しているのは、そう見えているだけで、精神の内部にまだ自我が存在しているということなのでしょう」
別の曙国研究員がそう言う。コニー・モスが答えた。
「それを踏まえると、狂暴化の症状は、攻撃的人格の形成と本来の人格の休眠という、二つの精神反応が同時進行していると考えるべきではないでしょうか。従来は本来の人格の消失とも考えられていましたが、それは休眠と改められる必要があるでしょう。
そして今回の実験で明らかになったのは休眠人格は夢を見ている状態になっている。そのように考えるべきでしょう」
この発言を受け、他の会議参加者が発言する。
「本来の人格が休眠するとなると、攻撃的人格は本来の人格の一部ではなく別のものと考えるべきではないでしょうか。別々の人格が一つの身体に発生しているとすると、攻撃的人格はどこからやって来たのでしょうか。そして夢がどれも否定的内容であるのはどうしてなのでしょうか。現在までの実験ではこの二点が判明していませんね」
この発言に対して、曙国の参加研究員が発言した。
「咲坂優の歌の効果が攻撃的人格の沈静化にあるなら、ステージ一、二、三の反応が説明がつかない。これらの患者はもともと自我が失われていないのだから、歌の効果が単に攻撃的人格の沈静化にあるのなら、一旦無反応になり、その後ステージ四、五の患者と同時の反応が起こる理由がない。
そう考えると、本来の人格の状態については、単なる人格の休眠とは違うのではないか。もし本来の人格が症状の進行に応じて休眠していくなら、実験でのステージ一、二、三の反応が説明つかない」
これにコニー・モスが答える。
「先ほどの意見では、まず、狂暴化というものは、攻撃的人格の形成深化と本来の人格の休眠という、二つの症状の同時進行ではないかと言いました。
しかしそうすると本来の人格に限って考えると、ステージ一、二、三に対する歌の効果がステージ四、五と足並みをそろえていることが説明がつかない。
そういうことですね」
これに先の曙国研究員が答える。
「その通りだ。従来は狂暴化とは攻撃的人格の発露が注目の対象だったが、今回の実験結果を見ていると、本来の人格の反応の方が異常性が高い。狂暴化症状の解明には本来の人格の変化に注目すべきではないか。
従来は本来の人格に関する異常は、ステージ四、五における記憶喪失、人格消失として考えられていたが、今回の実験結果を見る限り、単なる精神異常ではなくステージ一、二、三でもすでに何らかの形で休眠につながる症状が発生していると考えるべきではないか。
そう考えない限りステージ一、二、三の患者がステージ四、五の患者と全く同じタイミングで無反応になり、再び同じタイミングで自我が戻ることが説明がつかない」
この発言を受けて、会議参加者がみな黙り込む。
コニー・モスが発言した。
「その指摘には合理的があると思われます。今回の実験結果は、狂暴化症状に対する認識を構築し直すことに繋がるかもしれません。実験により理解と解明が進むかと思いましたが、逆に謎が深まることになりました」
研究者たちは今後の実験結果を見守ることにした。
「優、毎日景色ばかり見ていて飽きないのか」
「全然飽きないよ! こんなすごい景色を見れるなんて、もう二度とないかもしれないからね!」
優たちは車を東に走らせる。
「見渡す限り、どこまで行っても畑だよ! 咲原の畑でさえ大きいと思うのに、こんなに大きな畑は想像以上だよ!」
優はきゃあきゃあとはしゃいでいる。
毎日、次々と現れる大地形、大規模農地、大河川、巨大な夕日、広い夜空、様々な野生動物を見て、優は退屈などしない。
前世ではできなかった経験だ。
「明日はいよいよアルタ・リージェンスの生家だぞ」
「うん。何かわかるといいんだけどね」
公演はすでに四番目が終わり、残すは最後の首都公演だけだ。
狂暴化症状の実験は、結局ほとんど変化がなく、新たな進展はない。
怜良は星空での優の話を聞き、アルタ・リージェンスの生家を訪れることに決めた。
そしてアルタ・リージェンスの生家の訪問は、クレア・エバンス大統領に悠翔天皇を通じて許可を得た。ただしどこまで内部が開示されるかは不明だ。なぜならそもそもどのような研究をしているか、開示されていないからだ。
そして優の訪問による成果次第では、そのまま拘束される危険がある。
怜良たちにとっては極めて危険性の高い計画だ。ピコとカルラの支援が必要不可欠となっている。
そのアルタ・リージェンスの生家の訪問を明日に控え、怜良たちは車を走らせていた。
ここはもうエルトラ大陸の東部だ。最後は東海岸になる。そこから空路で前世の南アメリカ大陸に相当するヨーメス大陸のファリア国に南下する予定だ。ファリア国はアマゾンの南東に広がる大国だ。
「優の安全は私たちが守るから、優はやりたいことをやってこい」
「うん。みんな僕のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「優のためのツアーだからね。やり残すことがないようにしないとね」
中森弥生たちはカラカラと笑いながらそう言って車を走らせる。
「カルラ、施設の情報はどうなってるの?」
「かなり解明したけど、まだ侵入できていない区画がいくつかあるわ。少なくとも警備は厳重よ。なにしろ世界戦略機構の成立のころから存在する施設だからね。何があっても不思議じゃないわ」
怜良の質問にカルラが答える。
「明日は案内してくれる人がいるんでしょう?」
「ええ、そうよ。所長が優くんを案内するわ。だから優くんは知りたいことは案内人に聞いて、しっかり調べるといいわ」
「うん」
優はアルタモードの謎が解けることを願って、どこまでも続く景色を眺めていた。
「ようこそおいでくださいました、咲坂優様。本日ご案内を致します当研究所所長のレベッカ・バークリーです」
施設の入口受付で、長身美人のアルタ・リージェンス研究所所長が笑顔で優に手を差し出す。優はその手を取り、見上げながら握手をした。
「今日はお忙しいところありがとうございます。見学できて嬉しいです。よろしくお願いします」
優は中学一年生らしく、にこにことして挨拶した。
「優くんの保護責任者の須堂怜良です。本日はよろしくお願いします」
怜良も笑顔で所長と握手する。
「お話は伺っています。優様と一緒にご案内しますね」
所長はそう言って微笑んだ。
アルタ・リージェンス研究所。
広大な敷地には大小いくつもの建物がある。近代的な建物も多い。
そしてその周囲には三重のフェンスが張り巡らされ、厳重な警備が実施されている。
怜良たちは協定により武器の持ち込みは認められている。これは交渉にあたった悠翔天皇が押し通したものだ。
今回、敷地内で優に同行するのは怜良を含め五名。これがエルス国政府の条件だった。
残りの十名は敷地外で待機する。状況が緊迫する可能性があるので、全員が準備をして備える。
敷地内には怜良のほか、中森弥生、田代加代、金城みずき、目黒愛美が同行することになった。
今日は一日かけて見学することになっている。
「まず資料館に案内しましょう。アルタ・リージェンスの生家と死亡前に住んでいた家にあったものが保管されています」
「家はもうないんですか?」
「はい。老朽化により建物は無くなり、資料だけが保管されています」
「わかりました。案内お願いします」
優たちは所長に連れられて資料館に向かった。
大きな建物に入ると、生家の小さな立体映像がある。アルタ・リージェンスの生家は小さな敷地に小さな家という、ごく一般的な家だった。内部も別映像で公開されており、キッチンやベッド、花壇など、女性らしい可愛らしい家だ。アルタ・リージェンスには家族が少なく、同居人も少なかった。それは死亡前も変わらない。
「可愛い家に住んでいたんだね」
「ええ。ここに住んでいたアルタ・リージェンスは静かな子だったようです。活発ではなく文学少女といった評判でした。学校でもよく一人で本を読んでいたそうです」
レベッカ所長はそう言って、アルタ・リージェンスの子供時代の写真を映像で見せてくれた。
「優に雰囲気が似ているな」
「そうかな。本が好きなら、性格は似ているのかもしれないね」
中森弥生に優が答える。
「アルタ・リージェンスは小さい頃から前世界の書物も読んでいたそうです。その経験がのちの音源再生システムの開発につながったと、本人も回想しています」
レベッカ所長がそう教えてくれる。
「アルタ・リージェンスが読んでいた前世界の書物は閲覧できるんですか?」
「当時に読んでいた書物が何であったかはわかっていません。本人が回想しているだけなので、我々にはそう伝わっているだけですね」
優の質問にレベッカ所長が答えた。
「では生家や晩年の住居にあったものをお見せしましょう」
所長は別の部屋に案内する。
そこには家具や食器、学習机、カバンなどの子供時代の所有物と、晩年の家財などが展示されていた。
「三百年前の物ですから、保管には注意しています。どれも実際にアルタ・リージェンスが使用していたものです」
所長がそう解説するその道具類は、どれも古びていて、アルタ・リージェンスの使用感が見て取れた。
「アルタ・リージェンスが読んでいた書物やノートなどの記録はないんですか?」
「それは公開できないのです。ごめんなさいね」
優の質問に、レベッカ所長はそう答えた。
どうやらアルタ・リージェンスの思想や考え方を判断できるものは展示していないようだ。
「アルタ・リージェンスには絵画の趣味がありました。次はそれをお見せしましょう」
そう言って所長は少し離れた別の大きな部屋に案内した。
大小の絵が数多く展示されている。
大きいものは身長ほどもある。水彩画もあるが、油絵が多い。
「どうぞ自由にご覧ください」
笑顔で所長がそう言って手で促した。
所長を入口に残し、優たちは絵を一つ一つゆっくりと見て回った。
年代順に並べられている。
風景画や植物の絵が多い。色彩は濃い色がよく使われている。
怜良たちもその絵を鑑賞する。
そうして若い頃からの絵を順に見ていくと、優は一つの大きな絵の前で立ち止まった。
アルタ・リージェンスが晩年に描いたものとの説明がある。
絵画のナンバーは九十二。
優は風景を描いたその絵を真剣な表情で食い入るように見ている。
「その絵が気に入ったのか?」
みんなが優のおかしな雰囲気に気づき、集まる。
優は答えない。黙って絵を見つめ続けている。
「どうしたんだ、優。他の絵と何か違いがあるように思わないが。何か気になるのか」
中森弥生が聞くが、優は真剣な表情で絵を見つめたまま返事をしない。
「いったいどうしたんだろうな。何かわかるか?」
「いいえ。素人が描いた絵だから、そんなに注目するようなものはないと思うけど」
中森弥生たちは立ち話を始める。
怜良は黙って優をじっと見ている。
十分以上が過ぎ、ようやく優が周りを見回した。
「ごめんね。ちょっと気になったから」
「そうなのか。まあ、好みは人それぞれだからな」
優たちは絵を見終わり、レベッカ所長のところに戻った。
この小説とは関係ないのですが、少し大掛かりな処理をする必要があり、時間が取られてしまいます。そのうちノンフィクションとして公開するかもしれません。
現段階で作品全体の中盤の予定です。
上述の大掛かりな処理の時間が必要なので、完結は少し早めるかもしれません。




