6 咲坂家の人々~出産
「おめでとうございます! 男の子ですよ!」
産科医が声を上げるのがスピーカーから聞こえてきた。
この世界では出産前の胎児の性別調査は厳格に禁じられている。
そのため生まれて初めて性別が判明する。
第三十八行政区、第四市一四二五村。土地名、咲原。
北国に近い高原にあるこの村は、男性一名以外は全て女性の、人口百名程度の通常規模の農村だ。
農村といっても作業は機械化されている部分が多く、村人の生活には余裕があり健康状態もいい。
この国ではどこにでもある普通の村だ。
そんな村で、冬のさなか年明けの一月十日の昼、咲坂家の家で元気な男児が生まれた。
産科医による遠隔出産で無事に出産が行われたのだ。
咲坂家のユリ、桜、巴は出産に先立ち持ち込まれた、コンパクトな出産用のプール型医療設備にいる彩を取り囲んで出産を見守り、無事子供が生まれて喜んだ。
ところが男児であったので、喜びを家族でかみしめる間もなく、聞きつけた村人が近所から押し寄せてきた。
「おめでとう! しかも男の子なんだって?」
「すごいじゃないか! たいしたもんだ」
「名前、男の子のは考えてなかったろう、みんなで考えてやろうや!」
「早く見せておくれよ、男の子の赤ちゃんなんて見たことないよ!」
村人たちが家にいっぺんに押し入り、押すな押すなの状態となった。
「しずまらんか、馬鹿者が! 彩と赤子が落ち着くのが先だ! みんな大部屋で待っておれ!」
ユリばあさんが大きな声で村人たちを怒鳴り散らし、部屋の前から追い散らした。
そして巴と桜に指示して、機械を操作してプール内を調整湯でみたして彩と赤子を洗浄してから引き揚げ、赤子とともに身体を拭いてやり、温かい病人服で包んでベッドに寝かせてやった。へその緒は自動で切除されている。
「彩、よく頑張ったね。親子共々、健康だよ」
内科医師のユリばあさんはモニターの記録をみながら、彩に話しかけた。
「ありがとうございます。無事に生まれて幸せよ」
彩は泣き止んでスヤスヤ寝ている赤子を抱いて、笑みをこぼした。
「かわいい子供だね。男の赤ちゃんなんて初めて見たよ。やっぱり銀髪なんだな」
「本当よね。私も男の子の出産なんて初めてだわ」
巴と桜は赤子を覗き込んで素直な感想を話した。
「まだ産後の安定には時間がかかる。彩はゆっくり休んでいなさい」
ユリばあさんはそう言って小型プールを部屋から出し、巴と桜に軽く部屋を掃除させて、赤子を保育器に寝かせ、ベッドに横たわる彩を見やって部屋を出た。親子の身体状況は機械が管理しているため、彩はすぐに眠りに落ちた。
「お前たち、何してるんだい?」
人が集まるために広く作られた大部屋に行ってみると、村人たちは半紙に筆と墨で漢字を書きつけていて、足の踏み場もなくなっていた。
「そりゃあ、子供の名前を考えてるにきまってるじゃないか」
「そうだ、そうだ」
「男の子の名前なんて、どんなのがいいのか分かんないからね。みんなで考えてるんだ」
書初めの道具を持ち出してきたんだろう、墨汁でみんなの顔が汚れている。
電子パネルを使えばいいのに、雰囲気を出して遊び気分なのだろう。
「あんたら、うちの子の名前はうちで考えるよ」
村で唯一の医師という職業のせいか、八十三歳になる親分肌のユリばあさんがそう言うと
「ええー! そりゃないよ! この村で初めての男の子じゃないか! みんなで名前を考えてやりたいんだよ」
「そうだ、そうだ」
「男の子の名前ってどういうのがいいんだろう?」
「竜蔵さんにも聞いてみなきゃ。早く乙山んとこに呼び出し入れないと」
咲坂家を放置してワイワイと話し合っている。
実のところユリばあさんも男の子の名前はよく分からないため、あまり邪険にできないのが悩ましいところ。
「まあ、最終的に決めるのは彩としても、候補を見繕っておくのはいいんじゃないの」
「そうよね、誰も男の子なんて想定してなかったから、彩も準備してないと思うわ」
巴と桜が追随したので、ユリばあさんは村人たちの意見を受け入れることにした。
「まあとりあえず食事にしようか。あんたらも好きに食べていきな」
ユリばあさんは村人たちに声をかけ、巴と桜と一緒に遅めの昼食をとり、村人たちのために大量の食事を用意した。
「これがいいわ」
赤子を抱えた彩が一枚の半紙をつまみあげると歓声が沸き起こった。
そこには「咲坂優」の文字が書かれていた。
「あたしの考えたのが当たりだ! やったー!」
「うんうん、いい名前だ!」
「優しい男の子、いいんじゃないか」
「きっといい子に育つよ」
「そうだ、そうだ」
三日間にわたる村人たちの大激論の末、数百枚の候補から彩が選んだのはこの名前だった。偶然だが四代にわたり一文字の名前だった。
「うん、いい名前だ。ようやくこの子の名前が決まって安心したよ」
「そうだね、いい名前だと思うよ」
「名前の通り、きっと優しい子になるわ」
咲坂家の面々も納得の名前だ。
「優、いい子に育ってね。あなたは私たちの大切な家族よ」
胸でスヤスヤ眠る赤子に、彩は優しく話しかけた。
そうして咲坂優の名前が市を通じて登録された翌日、三人の女性が咲坂家を訪れた。
「内閣男性保護局、第三十八支部の三等男性保護官、有村由紀です。
突然の訪問に驚かれたと思いますが、面談を受け入れていただきありがとうございます」
「いいえ、予想していましたから心の準備はできていました」
「そう言っていただけると助かります」
応接間では三等保護官三名を前にして、咲坂家が全員揃ってお互いにソファーに座っていた。
「男児の保護の趣旨はご存知でしょうか」
「ええ、もちろんです。わたくしどもでは健全には育てられませんものね」
「ご理解がいただけているなら問題はありません。我々でしっかりと養育いたしますのでご安心ください。明日から十日後にお迎えに上がります。当日は保護区までの付き添いが可能ですので、お申し出ください」
彩たちは保護官と話をして、今後の日程を決めることになった。
「念のため聞くんだが、養育がうまくいかない例はないのかい」
ユリばあさんが保護官に聞くと、
「多少の人格や性格に伴う揺らぎはありますが、女児養育と同様に成長させるため失敗というようなケースはありません。むしろ成人後に一般市民と生活する中で問題が生じることが散見されます。
そのようなケースは市民の行動に問題がある場合がほとんどなので、男性自身の帰責性は通常考えられません。
それでも男性を保護するために、我々は成人後のトラブルも極限まで減らすことができるよう、幼少期から予防的に男児特有の教育もすることを重視しています」
保護官はそのように答えた。
「保護局の実績を疑う人はいませんわ。わたくしどもでは男性教育はできませんから、どうぞよろしくお願い致します。」
「信頼していただいて有難く存じます。ご期待に沿うことができるよう、最善を尽くしますのでご安心ください」
そんなやり取りをして今後のスケジュールが伝えられた。
「十日後に乳幼児施設に収容後は、二等男性保護官と男性乳幼児たちとの共同生活となり、三歳の年度末を終えるまで面会はできません。その間、月に一度、写真を添えた報告書による状況伝達が行われます。ただし特異な行動などは皆さんの受け入れ能力を超える場合があるため、伝達されないことがあります。
四歳の年度始めになると一等男性保護官が専属で配属され、乳幼児施設を退所します。男性保護区で男児一人ずつそれぞれ独立して専属一等男性保護官と同居生活を送ることになります。そこでは月に一度の面会が可能となり、一度の面会時間は三時間程度となります。
八歳の小学二年生の年度が終わると一般市民区画での生活となります。一般市民区画でも一等男性保護官との共同生活が継続されます。一般市民区画での居住地は原則として親の居住地域となりますので、咲坂家の近くに住居を定めることになります。
しかし念のためお伝えしますが、ご家族との同居はできず一等男性保護官との同居となりますのでご留意ください。あくまでも生活や養育の中心は一等男性保護官との住居になります。
また本人の事情によっては他の地域が居住地となる場合があります。
十八歳の成人の年度末まで一等男性保護官との同居が続き、その間の教育として通学が行われることがありますが、それは状況によりかわります。
成人後は原則としてご家族との同居となるので、家族構成などのご準備を考えておいてください。ただし大学に進学したり何らかの活動をする場合のほか、男性数の調整の場合などは本人の意向により同居とならないことがあります。
以上になりますが詳細は男性保護局ホームページと保護局からの通知でご確認ください」
彩たちは頷きながら聞いていたが、予め知識として持っていたので動揺はなかった。
「それではあと十日間、この子と大事に過ごしますね」
「ええ、それがよろしいかと思います。それでは十日後にお迎えにあがります」
そう言うと保護官たちは帰っていった。
「この子は泣いたり笑ったり、やたらと感情豊かだね。男の子ってのはこういうもんなのかねえ」
「それに私たちの目をじっと見つめるのよ。なんか考え事でもしてるのかしら」
「まさか、ただ珍しいのさ。おもちゃを見せてやると一生懸命に見つめて、なんか必死なくらいだ。よっぽど好奇心が強いんだろう」
「こうして見ていると、やっぱり女の子とは何となく違うのね」
咲坂家には優を見るために村人たちがひっきりなしに訪れ、彩たちも優を観察しては感想を漏らしていた。
この世界は男性に「男性らしい人格」を備えるために、最大限の努力を払っていた。
それは男性が極端に少なくなったこの世界の人類の存亡に関わることと考えられていた。
女性に囲まれた環境では「男性らしい人格」は備わらないため、幼少から男児は保護局が養育する制度が当然のこととして受け入れられていた。




