表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/67

58 現世界の罰

「始まります」

「ええ、記録を漏らさずにね」

「はい。万全です」


 コニー・モスが指示を出す。狂暴化症状の研究主任であり、収容施設所長でもある。

 優が公演を行うフットボールスタジアムの地下で、狂暴化症状の患者が拘束具で身動きができないように措置され運び込まれていた。これは怜良たちにも知らされおり、優の歌のライブ音声の影響の調査である。


 各ステージの患者がそれぞれ二名ずつ、合計十名。

 全員鉄でできた台に縛り付けられている。

 スピーカーと映像の両方が各患者の前に設置され、優の歌の影響を調べる。多数のカメラも設置され、身体には体内モニターのセンサーが多数取り付けられている。そして警護官が取り囲む。

 大勢の狂暴化施設のスタッフが患者を見守る。曙国からも医師や研究者が参加しており合同調査となっている。


 狂暴化症状はステージ一と二は精神症状であり自我ははっきりしている。

 ステージ三で意識混濁、ステージ四と五で記憶喪失のうえ人格破綻である。


 優の歌のビデオではステージ一の精神異常の症状が一時的に回復し、その後再びもとに戻っている。これは他の国での調査も同じだ。



 運び込まれた患者はいずれも精神状態が高ぶっている。

 吠えたり大声を出したりしている。今はつながれているが、これが檻に入れれば野犬のように唸ったりうろうろする。

 狂暴化症状の患者は睡眠時間が少なくなるので、精神状態が落ち着くことがなく、極端な空腹などにならない限り行動は沈静化しない。


 やがてライブが始まった。

 最初はハードロック。歓声と共に激しい曲調が続く。


「反応が現われました」

「すごいわね」


 しばらく曲が流れていると、徐々に全ての患者が静かになった。

 曲調は激しく、観客も大騒ぎしているのに、どの患者も暴れることもなく、静かになった。

 表情に感情がない。怒りの感情も見られない。

 そして視線を虚ろに空中を彷徨わせている。口から涎を垂らしている患者もいる。

 これはステージ一と二の患者も同じだ。どのステージの患者にも同じ影響が出ている。


 そのままの状態が続く。

 体内モニターも心拍と呼吸の低下、安定を記録している。身体と精神が沈静化している。

 過去にこのような安定症状が観察されたことはなかった。


「どうなったのかしら」

「全ての数値が安定しています。曲調や歌詞とは関係ないようです」

「まだわからないわ」


 コニー・モスは慎重に観察を続ける。


 優の歌が二曲目に入る。ポップスだ。

 この曲の間も状態は変わらない。


「どの曲でも同じなのかしら。曲調は随分違うわよね」

「ええ、我々には全く違う曲に感じますけど、反応は全く同じです」

「患者は曲の内容は聴いていないってことかしらね」

「ステージ四と五は言語を理解していないと思われますから、歌詞も関係ないかもしれません」

「そうね」


 コニー・モスたち大勢のスタッフは患者とセンサーモニター画面を見ながら、会話を続ける。


 三曲目に入る。恋愛のバラード曲だ。

 一転して穏やかな曲になる。

 しばらくバラード曲が流れていると、スタッフが声を上げた。


「反応が変わりました!」

「どうしたの!」

「心拍が上がっています!」

「どの患者!?」

「全ての患者です!」


 コニー・モスの声にスタッフが答える。

 患者たちの変化の様子が外見からもはっきりし出した。


 虚ろな目が焦点を結び出している。

 涎を垂らして開けていた口が、動きだしている。

 表情は、何かの感情を宿しているように見え始めている。


「……う……あ……」


 声を出す患者が出始めた。


「患者が声を出しています!」

「人間の言葉!?」

「まだわかりません!」


 ステージ一と二と三の患者は、狂暴性や攻撃性が無くなり、表情も人間らしくなり、視線が落ち着いてきている。


「ステージ四と五の患者が言葉を話しているようです!」

「なんですって!」


 ステージ四と五の患者が口を動かし、何か言おうとしているのが分かる。

 コニー・モスは駆け寄り、声をかけた。


「言葉が分かる? 何か話してみて!」


 四人の患者は手足をだらりとさせたまま、口を動かしている。

 呼吸がうまくできずに言葉が話せないようだ。


「落ち着いてゆっくり話してごらんなさい」


 コニー・モスはステージ四の患者の一人に目を合わせ、ゆっくりと話しかける。


「…………なぜ…………」


 患者がコニー・モスと視線を合わせ、言葉を話した。


「意識が戻ったのね。自分が分かる?」


 コニー・モスが話しかける。患者はコニー・モスを見つめながら視線が揺れる。それ以上、言葉が続かない。

 他のスタッフは残りの三人に話しかけるが、返事はない。


 そうしているうちに三曲目が終わった。


 すると患者たちは再び表情が抜け落ち、視線が合わなくなった。


「また元に戻ったようね。いま、確かに人格が戻っていたわ」

「はい。私にもそう見えました。表情も人間らしい顔つきでした」

「これは大変な発見よ」

「そうですね。ステージ四と五にこれほど変化が出るとは予想外でした」


 その後も観察を続けたが、恋愛の曲になると症状の改善が比較的大きくなることが判明した。

 だが三曲目の時のようにステージ四と五の患者に意識が戻ることはなかった。





「すごい! 大陸の山脈だ!」


 優が車で大きな声を上げる。

 今、次の公演会場に向かって国道を走っているところだ。


 四~五日ごとに公演があるペースなので、二~三日かけて移動する。

 本当は空路が楽だが、撃墜の危険があるのと、優が陸路の方が大陸気分を満喫できるからだ。三週間、総行程距離四千五百キロの大陸を延々と車で横断する。それでも前世のバンドのように楽器を運ぶ必要がないので気楽ではある。


 西海岸を離れひたすら東に車を走らせる。

 山脈に入り、谷を走る。

 空は快晴だ。

 優は前世の知識でこの大陸の地理には詳しかったので、それを現実に目でみることができてその景色に感動していた。


「咲原とは全然違うんだね!」


 優は窓を開けて元気に話す。


 昨日は観客から逃れた後、ホテルに帰ってから今朝早くに出発した。

 次の公演が予定通りに行われるか決まっていないが、まずは向かう。


「昨日のことはまだ分かんないのかい」

「ええ、原因はわからないわ。まだ調査中だから、色々わかるのは明日くらいじゃないかしら」


 中森弥生が怜良と話す。


 中森弥生と金城みずき、怜良と優が同じ車に乗っている。運転手は金城みずきだ。

 今回のチームは怜良が全体の判断をするが、具体的な状況判断と指揮は最年長の中森弥生が行っている。中森弥生は射撃能力が高いのと海外任務経験が特に多いためだ。金城みずきは近接戦闘に優れているので、優のボディーガードだ。

 ほかのメンバーはそれぞれの長所をもとに組んで車両に分乗している。特に館岡みずきはドローンの運用に長けており、常にピコやカルラと連携してこの一行をガードしている。館岡みずきはこのような広い場所では最も攻撃防御能力が高い。エルス国のあとは最も頼りになる存在だ。

 こうして近、中、遠のレンジをそれぞれお互いカバーして優のガードを実施している。


「うちの国ではなんて言ってるんだ」

「情報が足りな過ぎて、まだ何も判断できないそうよ」

「そりゃそうだね」


 行き交う車はほとんどいないので、スピードを出している。

 エルス国政府の警護車輌も随行している。

 結構な長さの車列だ。


「次は対策できるのか」

「警護官を増やして観客からの距離も開けるくらいでしょうね」

「観客に発砲するわけにはいかないしな。催涙弾とスタングレネードでも使うか」

「相変わらず前世界の武器が好きだね」


 金城がからかう。


「興奮した観客を抑えるにはそれでも難しいでしょう」

「そうだな。演出かと思われるだけかもしれないしな」

「公演を延期したからといって何か解決策があるともおもえないわね」

「そうね。全部中止したんじゃ来た意味がないわ」


 三人は景色を見ながら話し合う。


「それにしても意外と優はケロッとしてるな。怖くなかったのか?」

「怖くないよ。怜良さんがいてくれるし、みんな強いからね。昨日もすごかったね。かっこよかったよ」

「そんなこと言われたら、弱音は吐けないな」


 中森弥生はケラケラ笑う。


「優くんは昨日は公演中に何か異変は感じなかったの? 今まであんなことなかったでしょう」


 金城みずきが運転しながら優に聞く。


「感じたよ。観客は始めから興奮してたね。だから今度は静かな曲を増やそうかと思ってるよ」

「優くんは観客の状態が私たちよりもわかるの?」

「うん、わかるよ。アルタモードは観客の状態を僕の視野にだけ表示してくれるからね」

「そうなのね。知らなかったわ。それで何が分かるの?」

「観客の表情はアルタモードを使わなくても表示されてるんだけど、アルタモードを使うと、声援の状況が細かく分かるんだ。ホールに広がる音の状況と言った方がいいかな。

 昨日は最初の曲から歓声が凄くて、音が荒れてたんだよ。観客が始めから興奮しすぎていたんだよね。僕自身もそれに合わせるのが大変で、それで疲れちゃったんだ。怜良さんが助けてくれたけど。

 それで演奏中にさらに興奮が大きくなりすぎたんだ。観客はオーバーヒートの状態になったままだから、昨日の最後みたいになったんだと思う。だから次はもっと観客の感情をきちんとコントロールするよ」


 優はジュースを飲みながら答える。


「優くんは観客の状態を見ながら演奏してるの?」

「そうだよ。曲の選択も演奏のやり方も、声の出し方も、全部その時に決めてるんだよ。アルタモードで音の質と広がりと観客の反応を見ながらね。プログラムに演奏曲の名前が書いてないでしょう? 昨日は十万人も観客がいるのが初めてだったからコントロールできなかったけど、次は大丈夫だと思うよ」

「すごいわね」

「今回はね、観客が始めから興奮してたのに派手な曲で始めちゃったからいけなかったんだと思うんだ。だから次は静かな曲を中心にして、派手な曲は少なくするよ。特に最後は心に響くような曲にしようとおもってるんだ。そうすれば興奮が小さいから大丈夫かなって」

「まあ、色々試してみるといいよ」


 優たちは景色を見ながらそう話した。





「今回のご報告は以上です」

「そう。ご苦労様。凄い成果ね」

「はい。ビデオ実験とは比べ物になりません。これほどの効果とは、咲坂優とは何者なんでしょうか」

「わからないわ。だからそれを解明するのが今回の狙いの一つよ」

「どうして咲坂優の歌にあのような力があるのかはわかりませんが、どの曲に力があるかは少しわかりました」

「それは重要な情報ね」

「はい。今回は三曲目に歌った曲が特に効果が大きく現われました。観衆の中に配置した被験者の身体モニターでも、三曲目に大きな反応が記録されています。それから考えると、観衆に与える影響と狂暴化症状の患者に与える影響には関連があると思われます。会場にいた被験者は興奮状態にあり、狂暴化症状の患者は沈静化しているので、全く逆の反応なのでさらに分析が必要ですが」

「三曲目はどんな曲だったの」

「恋愛の歌です。男性が女性に語りかける内容の歌詞ですね。静かな曲でした」

「そうなのね。三曲目と他の歌は何か違いがあったのかしら」

「曲調や歌詞は他にも似た曲がありました。しかし三曲目だけが強い影響がありました。その原因はわかっていません」

「そう」


 クレア・エバンス大統領は考え込む。


「彼がこの国に滞在している間にできるだけ秘密を解明する必要があるわ。今回の騒動で次回の公演について中止の意見があるけど、必ず実施させるわ。次回もさらに実験をして調査をしてちょうだい。残りのチャンスはあと四回よ」

「はい。しかし彼に直接患者に歌ってもらうことはできませんか」

「それは彼の保護者が許さないのよ。今回は純粋に公演だけをすると言って譲らないのよね。色々取引をしてみたけど、全く効果がなかったわ。あまりそこを強要しても他の国で積極的に研究に協力されたら困るから、どの国でも同じ対応をするということで今回は話がまとまってるのよ。だから彼の調査ができるのは公演の間だけ。しっかり調査してちょうだい。」

「わかりました。何とかしてみましょう」


 クレア・エバンス大統領たちにとって、優の歌の力は謎が深まるばかりだった。





「それで原因は未だわからんのか」

「はい。現地スタッフにも判明していません」

「怜良も分からんのか」

「はい。いまのところ外国勢力による攻撃ということはないようです」

「そうか。それがわかっただけでも、まずは安心か」


 悠翔天皇、六勝、怜良が映像回線で協議している。


「クレア大統領は次回の公演も実施する予定だと言っているが、そっちはそれで大丈夫なのか」

「はい。そこはエルス国政府と協議して決めました。優くんは観客が始めから興奮していたことが原因かもしれないと言っていますので、次回は興奮を抑える曲の構成にするそうです。ですから中止せずに実施する予定です」

「そうか。それはそちらに判断を任せるしかないな。ところで実験で大きな成果があったという報告を受けているぞ」

「どんな報告ですか」


 怜良は狂暴化症状の実験については関心がないので、特に情報を集めることはしていない。


「優の歌を聴いているとき、ステージ四の患者の意識が一瞬戻ったらしい」

「それは大きな成果ですね」

「ああそうだ。報告通りなら優の歌の力の威力が予想外に強すぎる。あと四回の公演で、もしかするとさらに大きな成果があるかもしれん。そうなると危険が大きくなるのではないか。まだ始まったばかりだが、作戦の継続はできるのか」

「はい。まだこれからです。もともと狂暴化症状の改善が明らかになっても、優くんの身柄の安全には問題ないと判断しています。大きく改善した場合には外交カードにしてください。その点は想定内です」

「そうか。まあ、奇跡の歌い手がさらに奇跡になるだけか。市民からの崇拝はあっても危険が増える可能性は低いと見ているんだな。そなたらは今や世界中の話題の中心だ。あの観客の暴動も世界中で騒いでおるぞ」

「そうでしょうね。優くんが注目を浴びている間は危険が少なくなっているので有利です。予想通りなので問題ありません。ところで狂暴化症状の改善は、公演の間は均等に発生していたのですか」

「いいや、三曲目が特に強力だったそうだ。その間にわずかだけ意識が回復したと聞いている」

「三曲目ですか……」


 怜良が当時の状況を思い出している。

 そして六勝が答えた。


「三曲目は観衆の被験者の身体モニターも大きな反応を示していたそうだ」

「そうなんですか」

「観客への影響と狂暴化症状への影響は、その発生時期が一致している。三曲目は恋愛の歌を歌っているときだ。何か心当たりはあるか」

「いいえ、優くんも何も言っていませんでした」

「そうか。もしかすると暴動との関係もあるかもしれない。そちらでも調査してみろ」

「そうですね。こちらも考えてみます」

「ああ、何かわかったら連絡を頼む」


 怜良との連絡は終わった。





 移動日の二日目。


 車列は山脈の中、大渓谷を走る。

 どこまでもつづく雄大な渓谷。

 その規模の大きさに圧倒される。

 時々大きな川に当たるが、深い渓谷を縫うようにして曲がりくねりながら流れている。


 大陸の西の山脈を抜けるまでは公演場所はないので、スケジュール上は最初の移動距離が長い。山脈を抜けるまで千五百キロだ。

 一日に五百キロを走る。三日間、移動に充てる。

 ひたすら巨大な渓谷を走る。人間など誰もいない。


「すごいな。こんな景色があるなんて」


 優がつぶやく。

 このような大地形は写真ではその大きさが実感できない。

 前世で写真で見た景色を目の当たりにして、優はただただ圧倒されるばかりだった。

 前世で得た知識を思い出しながらどこまでもつづく景色を眺め、優は大地の姿を記憶に刻み付けていった。




「暴動の調査結果がとりあえずだけど出たわ」

「お、何かわかったのかい」


 怜良の言葉に、田代加代が反応する。

 国道沿いの簡素なレストランで全員で昼ご飯を食べている。


「なだれ込んだ観客はみんなほぼ同じ証言をしているらしいわ」

「どんな話をしているんだ」

「それが、よく覚えていないそうなのよ」

「覚えていない、って何も覚えてないのか」

「そうじゃなくて、なだれ込んだときの心情のことね」


 全員が食事の手を止めて聞いている。


「誰もが共通して、公演が終わる頃、優くんに吸い寄せられるような気がしたということらしいわ。それは優くんが脱出したあとにはそんな気持ちはほとんど消えていたそうなの。でもどうしてそんな気持ちになったのか、みんなわからないそうだわ。ビデオの歌ではそんなことはなくて、公演の間もいつそんな気持ちになったのか、誰もわからないと言っているらしいわ」

「それはおかしな報告だな」

「ええ。でも曙国側のスタッフの調査でも同じらしいわ」

「そうか」


 優は話に関心を示さずにピザにかぶりついている。

 大きなカットのピザは、具が沢山乗っていて食べ応えがある。

 優は大口をあけて格闘していた。


「原因が全く分からないなら、危険は除去できないな」

「そうね。優くんが言うように公演の間、優くん自身が観客をコントロールするという方法しか今のところないわね」

「まあ、狙撃されるとかじゃないから危険自体は低いから、何とかすることはできるけどね」

「前回はフィールドの外まで追いかけてくることはなかったから、次回みんなはフィールドに多く展開しておくことになるわね」

「そうだな。前回は襲撃に備えて退路の確保に重点を置いたが、次からはフィールド上の防御に力をいれることにするか」


 怜良たちはガードの方針を少し変更することにした。



「それで狂暴化症状の実験はどうだったんだい」

「大きな成果があったということよ。ステージ四の患者の意識が一時的に戻ったらしいわ」

「それは凄いな。画期的じゃないか」

「そうね。だから次の公演もエルス国政府がどうしても実施して欲しいって言ってるわ」

「それはそうだろうな。でも優の歌にそれほど強い効果があると、今後は影響が大きくなるな」

「ええ。だから狂暴化症状の実験への協力は予定通り公演に限定することにするわ。注目を浴びていない状況で協力すると優くんの身柄が危険にさらされるからね」

「それがいい。狂暴化症状の実験は今回はオマケだからな。各国政府は大きく注目するだろうが、それ以上に優は公演で注目させる必要がある」

「ええ。だから今後も予定通りに行くわね」


 怜良たちは各国政府との距離を置くことに一層力を注ぐことにした。



「狂暴化ってさ、治らないんでしょ?」


 怜良たちの話に続いて、優がピザを食べながら何気なく聞く。優は世界に向けてビデオ公開をするときに、狂暴化症状のことも怜良から一応の説明を受けている。そして優の歌のビデオが一定の初期症状の改善効果があることも知らされている。このため公演旅行で狂暴化症状の実験と優の身柄に危険が生じる可能性もある程度は伝えてある。


「そうよ。優くんの歌が初めての効果なのよ」


 怜良が答える。


「僕はそうは思わないんだけどな」

「そうなの?」

「男性が少なくなると女性が狂暴化するって、みんな変だと思わないのかな」

「どういうこと?」


 優が呑気に言うが、突然優が意外な話を始めたので全員が食事の手を止めて聞いている。


「小さい頃に怜良さんから狂暴化が世界中で発生したことは聞いたけど、それ以来、僕なりに色々観察したりしてきたんだよね。

 神様はどうしてそんなことをするんだろうね。男性を少なくしておいて、男性がいないとダメな世界にするなんて、おかしいよね」


 ピザは具だくさんなので、食べるのが大変だ。


「みんな、神の罰って言うけどさ。罰って呼んでいるからには前世界の人間が悪いことをしたんだって思ってるんだよね、みんなはきっと」

「そうね。この五百年間、ずっとそう考えてきたわ」


 怜良が答える。

 優は別の世界からやってきたので、この世界のおかしさはずっと気になってきた。


「ふつうはさ、ここまで人口を減らすようなことをするなら、さっさと滅ぼす方が簡単でしょ。神様は暇人なのかな」


 優の前世の論理からすれば当然のことだ。みんな黙って聞いている。


「いったい何に対する罰なのかな。どうして男性だけ少なくなったのかな。

 男性が生まれないのは男性に対する罰にしか思えないけど、狂暴化は女性に対する罰にみえるよね。

 神様はいったい誰に罰を与えているんだろうね。

 そもそも何に対して罰を与えたのかな」


 優は大きなコップのジュースを両手で抱えて飲む。


「前世界のことを勉強しているとね、みんなが考えているようなひどい世界じゃなかったと感じるんだよね。もちろんクローン人間はひどい扱いを受けていることも多かったけど。

 でも前世界の歌はとてもいい曲が多いよ。僕から見るとね。

 あんなに良い歌を人々が自力でたくさん作っていた時代が、今の時代をこんなに大変にするほど酷かったのかな。

 僕にはそうは思えないんだよね」


 優は付け合わせのポテトフライをフォークに刺す。


「みんなは僕の歌が狂暴化症状の改善をするっていうでしょ。でもその中には前世界の歌も入っているんだよ」


 全員が驚いた。前世界の歌が入っているとは知らなかったのだ。


「神が罰によって否定したはずの前世界なのに、その時代の歌が神の罰の軽減に効果があるって、おかしいよね。僕はビデオ公開以来、そう思ってきたんだよね。

 そもそも僕から見ると前世界は今の時代をこんな世界に変えてしまうほど酷い世界とは思えないからね。

 だから余計に思うんだよ。神の罰って、何に対する罰なのかなって。

 少なくとも症状の改善があるってことは、前世界の歌は罰の原因ではないってことだよね。僕自身は前世界の歌をいつも聴いているから、前世界の歌が狂暴化症状に効果があるっていうのも、別におかしいとは思わないよ。

 でもその歌を作ったのは、前世界のクローン人間たちなんだよ。クローン人間たちは神の罰で直接滅ぼされてしまったのに、彼らが作った歌は神の罰の軽減に効果があるって、おかしいよね」


 全員が言葉が出ない。


「だからね、僕は思うんだ。

 どうして僕が歌うときだけ、前世界の歌は神の罰を軽減するのかって。

 どうして他の人が歌うとそうならないのかって」


 優は相変わらず吞気に食事を続ける。


「だからね、僕は思うんだ。

 もしかしたら、罰の原因は前世界の人たちではなくて、現世界の人たちなんじゃないかって。

 神の罰の原因は、現世界の人たちにもまだ存在しているんじゃないかって。

 僕はそう思うんだ。

 そう考えると、狂暴化症状が治らないっていうのは、そもそも現世界の人たちに原因があるんだって考えることもできるんだよね。

 それなら、狂暴化症状はもともと治らない病気じゃないはずだよね。だって前世界に原因があるなら現世界の人たちにはどうにもならないけど、現世界の人たちに原因があるなら現世界の人たちでも治せるはずだからね。

 僕はそう思うよ。

 ここのピザって、おいしいね」


 優は手と口をピザソースでいっぱいにしながら、最後の一口を食べ終えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ