57 エルトラ大陸
優を一目見ようと、大勢の人々が空港に詰めかけている。空港といっても滑走路があるわけではないが、安全上、大型飛行機が離着陸するにはそれなりの広さの場所が必要になるため、物資や人の集積地として一般的には飛行場として場所が確保される。
そしてエルス国民から待望されてやってきたスターの到着に、訪問地ではフィーバーが起こっていた。
「咲坂優様。ようこそおいでくださいました。エルス国第一七六行政区知事のグロリア・ラングリッジといいます」
午前九時頃、エルス国西海岸の空港に到着し、タラップを降りたところで怜良たちは管轄行政区知事からの歓迎を受けた。
「初めまして。咲坂優といいます。お出迎え感謝します」
敷かれた赤絨毯を歩いて立ち止まり、優がぺこりと頭を下げる。
「ふふふ。奇跡の歌い手さんはとても可愛らしい方ですね」
グロリア・ラングリッジはそう言って手を差し出す。優は少し驚いたが、この国は握手の文化なのだと気づき、握手に応じた。背が高く見上げる形だ。周りでは優に引き続き特等男性保護官たちがエルス国の出迎えと握手をして言葉を交わしている。全般的に曙国よりも背が高い。
この国では公の場でもフレンドリーに接するようだ。優は曙国とは違う習慣に戸惑いながらも、それも面白いと思って順応することにした。
この国の言語会話は優は練習してきたので、予めの外国語の知識と合わせ、ぎこちないが会話に支障はない。またこの世界はどの大陸でも共通語を話せる人が多く、言語面での支障は一般に小さい。
「グロリア・ラングリッジ殿。初めまして、須堂怜良といいます。私が今回の訪問団の責任者になります。よろしくお願いします」
怜良がグロリア・ラングリッジと握手を交わす。
「あなたが怜良さんね。よろしくお願いするわ。ようこそエルス国へ。お話は聞いています。予定表の通りで構いませんか」
グロリア・ラングリッジはファーストネームに従って怜良と呼ぶ。
「はい。今のところ当初の予定通りです。今日はここで観光と一泊して、明日の午後に最初の公演場所に向かい、夜に公演になります。今から積荷を降ろしますから、少し空港使用の時間を頂きます」
「わかりました。協定通り入国検査は全て免除するわ。その代わりトラブルを起こさないようにお願いするわね」
「ご配慮感謝します。これからよろしくお願いします」
「ええ。何かあったら遠慮なく言ってください。ご覧のようにこちらの連絡員はそちらの随行員さんとすでに仲良くなっているわ。移動するときは予定通りこちらの警護車輌をつけるわね。行政区を超えるときは引継ぎされるわ。市民との交流は自由にして構わないわ。公演の成功を期待しているわね」
そう言ってグロリア・ラングリッジは笑顔で去っていった。今回の訪問では大統領以外とは政治的関係を持たないことが予定されているため、通過行政区の知事を表敬訪問したり知事や地元有力者と会食などしないことになっている。クレア・エバンス大統領と会談するのは最終到着場所の大統領官邸の予定だ。
「須堂怜良さん。初めまして、筑本さおりです。今回の訪問の現地支援スタッフの責任者になります。よろしくお願いします。ご指示通り全て手配済みです。荷降ろしは一時間を見てください」
「初めまして。須堂怜良です。三週間、よろしくお願いします。予定通りで行きますから、何かあったらすぐに知らせてください。随行員が荷降ろしを手伝います。色々と装備がありますから」
「はい、わかりました。ではお願いします」
筑本さおりはそう言って特等男性保護官たちのところに行った。
「優くん、時差は大丈夫かしら」
「うん、大丈夫だよ。ずっと寝ていたからね。怜良さんは大丈夫?」
怜良が優に声をかけると、優は元気に答えた。
優の元気な様子を見て、怜良は安心した。
「ええ、大丈夫よ。私たち二人だけが初めての海外だから、気を付けないとね」
「そうだね。なんか初心者の怜良さんを見るのがすごく新鮮だよ、あはは」
優は怜良と二人だけ海外初心者であることが、何だか嬉しかった。
思わず笑顔がこぼれる。
「すごいね、見渡す限りの広さだよ。やっぱり大陸っていうのはすごいんだね。空気も全然違う。こうして実際に来てみると、咲原は森林の香りがいつもしているんだなって分かるね」
優は鼻の穴を全開にして、スーハーと深呼吸を繰り返す。
無駄に呼吸法を使っていて、怜良は笑ってしまった。
怜良と優は日差しの違い、空気の違い、景色の違い、人々の姿の違いを一つ一つ感じ取って、早くも観光気分を満喫した。
「怜良さん、荷降ろしとチェックは終わったよ。準備OKだ」
最年長の中森弥生が怜良に声をかける。
荷物は特別装備車輌が五台と各自の装備品だ。
五台の車輌に十五名と優が分乗する。この世界には車輌の自動運転は存在しない。経済効率が悪すぎる上に意味が無いからだ。だから各車輌は特等男性保護官たちが運転する。
各自は武装や通信装備を整え終えた。
「ピコ、聞こえるか」
「ああ、聞こえるよ」
目黒愛美が通信を確認する。
「エルトラ大陸の担当は誰だ」
「紹介するよ、ハンドルネームはカルラだよ」
「みなさん、初めまして。カルラと呼んでね。やっと優くんが来てくれて嬉しいわ」
音声だけだが、全員の通信回線にカルラの声が聞こえる。
「初めましてカルラさん。咲坂優です。お世話になります。よろしくお願いします」
「あはは、固いな、優くん。カルラよ、よろしくね。この大陸のことは私に任せてよ。楽しい国だから、沢山いい思い出を作ってね。公演楽しみにしてるわ」
「はい、がんばります」
ピコの存在は優にも伝えられており、この大陸でのサポートも知らされている。これは状況によっては優が単独行動を余儀なくされる可能性があり、その場合にはピコだけが頼りだからだ。
ただし現地支援スタッフには知らされない。支援スタッフは車輌も別だ。会話から機密情報が漏れないようにするためだ。
「須堂怜良です。カルラさん、初めまして。我々のサポートをありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「怜良さんね。いつも話は聞いているわ。ピコを仲間にしてくれてありがとう。我々はなかなか世間から理解されない存在だから、ピコを受け入れてくれて嬉しいわ。ピコのためにも頑張るから、安心してね」
「ありがとうございます。頼りにしています」
「私もサポートにまわるけど、まずはカルラが対処するから、みんなそのつもりでね」
「ええ、わかったわ。まずは食事にしたいから、おいしいハンバーガー屋を教えてもらえるかしら」
怜良がそう言うと、みんなが笑った。
「カルラ、状況はどうですか」
「問題ないわよ。暗殺じゃないからチェックはラクなものよ。身代金目的でもないしね。AIによる監視で今のところ十分よ。何か動きがあれば連絡するから、のんびりしてていいわよ。肝心なときにへばっていないように、リラックスしててちょうだい」
「そう。ありがとう」
「怜良さん! すごいピッチャーが出て来たよ!」
「あら、すごく背が高いのね」
怜良たちは野球場に来てVIP席でデイゲームを観戦している。
VIP席でないと優はファンに取り囲まれるからだ。
外国での警護に慣れている特等男性保護官たちはリラックスする時間を多く取り、ここ一番での集中力が低下しないようにしている。
そこで野球の本場なので、優の希望もありトップリーグの野球を見に来た。
ちなみに特等男性保護官たちは分散して観戦している。
カルラが言うように、暗殺でもなく身代金目的の誘拐も予想されないため、今回の通常の警護は容易な部類に入る。問題が生じるのは現地政府が敵に回る場合だ。その場合には全滅の危険が一気に発生するので、そのような予兆を特にチェックしている。だから外交状況を把握するために曙国の政府や悠翔天皇との連携が欠かせない。
そうでない場合には現地は呑気なものだ。全員観客席でフライドポテトと炭酸飲料を楽しんでいる。
「ねえ、ドリンクのカップがすごく大きいんだけど」
「優、それがこの国の標準サイズなんだ。早く慣れるんだな」
田代加代が笑いながら言う。
「ハンバーガーもそうだったけど、僕の二食分くらいはあるよね」
「そうだよ。ほら、マウンドのピッチャーなんか優の三人分くらいのサイズがあるだろう」
「そうだね。そう言われてみればそうだね。このサイズでいいのか」
「優は早く大きくならないとな、あっはっは。この国ではサイズが小さすぎだ」
田代加代たちが笑う。
訪問初日で多くの現地人がいるところを回り、優はここの空気に慣れてきた。
「優くん、楽しい?」
「うん。すっごく楽しいよ!」
怜良の言葉に優は元気に答える。怜良はにっこり笑った。
「この国で沢山食べれば優くんも大きくなれるわよ」
「そうかな? 頑張るね」
優は素直に笑う。
怜良は優の様子を見て、穏やかな気持ちになった。
「すごい夜景だね」
「そうね。曙国にはない景色ね」
優は怜良と二人で、ホテルの展望デッキから街の夜景を見ていた。
人口二億人。曙国の四倍の人口の国の、西海岸最大の都市。
その様子は優が前世で見た都市の夜景の写真そっくりだった。
高いタワーがそびえ、ビルが数本見える。
遠くにはフットボールスタジアムの光が見える。優の公演の場所。
少し肌寒いが過ごしやすい夜風に当たりながら、上着を羽織って手に持った暖かいココアのコップで手を温めて、優は感想を漏らした。
どこまでも広がる景色。
大陸の景色は島国の景色と対極にある。
優はこの国に到着して以来、大陸の広さに圧倒されていた。
どこまでもつづく大地。
進み続ければ山脈が現われ、渓谷が現われ、大河川が現われる。
遥か彼方を、流れる雨雲が見え、夕日は巨大で空を真っ赤に染め上げる。
大きな渡り鳥が群れをなして高空を悠然と飛び、人家の全くない巨大な湖に無数にたむろする。
それが大陸の姿だ。
大陸では距離も広さも、島国の十倍、百倍の感覚になる。
島国では集落は箱庭のように作るが、大陸では無限の荒野にちっぽけな人の居場所を作りだす。
だから大陸では人は生きる努力を怠ると、あっという間に自然に飲み込まれてしまう。
そういう環境が人の気質を島国とは違ったものにする。
優は前世の知識の通りに大陸の人々が作った街をみて、曙国との人々の生き方の違いを感じていた。
「怜良さんが生まれたところはどんなところ?」
「のどかな田園よ。お米を作る水田が広がる土地ね」
優の問いかけに、暖かい紅茶の入ったマグカップを手で包み込みながら、怜良が静かに答える。
「いつかそこに帰るの?」
「そうね。普通に生きていけばそうなるわね」
怜良は遠くを眺めながら、そう答える。
優はそれを聞いて、未来に思いを巡らせる。
「怜良さんはどんな老後を過ごすのかな」
「どんな老後かしら。穏やかな老後があるといいわね」
怜良は遠くを眺めながら、そう答える。
優は前世を通じても自分の老後というものを考えたことがなかったので、想像してみた。
「僕の老後って、どんなかな」
「優くんの老後は、幸せで穏やかよ」
怜良は遠くを眺めながら、そう答える。
優は怜良の言葉を聞いて、想像してみた。
「老後って、何をしたらいいんだろうね」
「優くんの老後は、優しい人たちに囲まれて、楽しくて幸せに過ごす毎日よ」
怜良は遠くを眺めながら、そう答える。
かみ合わない会話だが、優は頭の中にそんな自分の姿が想像できなかった。
「老後も歌っていればいいかな」
「優くんの歌は、人も優くんも幸せにしてくれるわ」
怜良は遠くを眺めながら、そう答える。
優は年老いて、家の前で日に当たりながら静かに歌を口ずさむ姿を想像してみた。
「何かね、老後って、いま想像してみると自分の姿は思い描けるんだけど、周りにいる人が思い描けないんだよね。何でかな?」
怜良は遠くを眺めながら、何も答えない。
「きっと僕より歳上の人はいなくなっていて、歳下の人はまだ生まれていないから、想像ができないのかな」
優が一人で話す言葉に、怜良は遠くを眺めながら、何も言えなかった。
怜良は優を見て、微笑みながら話しかけた。
「優くんの老後にはちゃんと優くんを大事にしてくれる人が沢山いるわ。いま優くんの歌を聴いている人たちは、誰もが優くんを大事に思ってくれるわ」
「そうなのかな」
怜良は優の頭を優しく撫でた。
「曙国以外では初めての公演よ。チケット手に入れるのに苦労したわ!」
「ビデオ公開から一か月以上待ったからね。初めて彼の歌声を聴けるわ」
「曙国の人の話だと、ビデオとは全然違うって話よ。ビデオはわざと抑えて作ってるって噂よ」
「今夜は全国に中継されるけど、きっとここで聴くのは全然違うはずよ」
夜六時。収容人員数十万人以上のアリーナスタジアムには、満員の観客だ。
まだ夕暮れが始まったばかりの快晴の薄暮のなか、人々の熱気が充満する。
中央に設営されたステージには、ライトの点灯チェックが繰り返されている。
間もなく始まるこの大陸初めての奇跡の歌い手の公演は、異様な熱気であふれていた。
「準備は大丈夫かしら」
「配置についたよ。脱出路は確保してある」
「カルラ、状況に変化はあるかしら」
「変化なし。政府が周囲をがっちり抑えているから、暴動や誘拐はないと思っていいわ。ただ暗殺やテロの可能性は一応はあるから、そこを重点的にチェックしてるわよ。この国以外の勢力が何かする可能性があるから世界の動きをチェックしてるけど、みんな問題ないって判断してるから今のところ大丈夫よ」
「わかったわ。ありがとう。ただ優くんの歌がどんな影響を及ぼすか分からないから、状況の変化には特に注意してちょうだい。もし何か動きがあったらすぐに連絡をちょうだい。
場合によっては公演を中止してすぐに脱出するわ。みんなもその準備はしておいてね。足止めされるのだけはダメよ。私が判断したら迷わず脱出よ、いいわね。人を殺すのはだめだけど、物を破壊するのはOKよ」
「ああ、わかってるよ。全員戦闘スーツを着ている。地下車輌のなかの待機組はフル装備で待機してるから、アリーナの地下通路からフィールドを破壊して優を連れ出すぞ」
「それは私が指示するまで待ってね。先走らないでよ」
「もちろんだよ」
中森弥生やカルラの返答を聞き、怜良は気を引き締める。
中森弥生は地下の車輌からモニター監視をしながら、全体に指示を出す。
公演開始三十分前、怜良が全員に確認を取る。
「それよりも地下の狂暴化人間たちは大丈夫なのか。あれが一番心配だが」
「ステージ五がいるからね。拘束具を破壊して暴れ出したら騒ぎになるぞ」
「一応政府の人間が管理しているけど、こちらに害がありそうなら射殺する許可はもらってるわ。観客に危害を加えるなら私たちは何もしないけど、優くんや脱出路に被害が出そうなら迷わず射殺するわ」
「わかったよ。まあ、その前には確認をとるから安心してくれ。今日のステージ五は一般人の患者だ。強化されてるといっても大したことはない。戦闘スーツの我々の方が強力だよ。金城が電子ブレードで小間切れにしてくれるさ」
「みんな油断しないでね。二時間、集中するわよ」
「はいよー」
特等男性保護官たちの準備は完了した。
怜良も戦闘スーツを着て優の傍で状況の判断を続ける。
「それでは入場口へお願いします」
係員が声をかける。
「怜良さん、時間だよ。外国人の観客だから勝手が違うけど、うまくいくといいな」
「優くんの歌にみんな大歓声を上げるわよ。がんばりましょうね」
「うん!」
優と怜良は手をつないで通路を歩いた。
フットボールアリーナのライトが全て落とされ、暗闇になる。
そして入場口から現地警護官たちに先導された優が一人ライトを浴びて入って来た。上空には立体映像AIが優のアップ画面を映し出す。ここは国立音楽館並みに設備が整っている。
この日この時を待ちに待った十万人の観客は、その姿を見てボルテージが最高潮に達する。
「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」
「「「「「きゃあああああああ!」」」」」
「「「「「わああああああああ!」」」」」
――ええ、なんか凄いんだけど。地鳴りみたいだよ。国立音楽館とこんなに違うものなの? 身の危険を感じる気がするんだけど。
優は国立音楽館の二倍の人数に上る見渡す限りの人の壁を見上げ、ちょっと怖くなった。
やがてステージに到着した優は、暗闇の中に一人照らされている。
広いフィールドの中央に設置されたステージ脇には怜良を合わせて田代加代、杉野恵の三人の特等男性保護官が待機する。
フィールド観客席のアリーナ席最前列には警護官が警護している。
――さあ、気を取り直してやるよ! 大陸初だ! 今日は最初から全開だよ!
優はすでに数多くのビデオ公開で観客が優の歌に慣れていることがわかっているため、従来と違って自由に曲順を選ぶことができるようになった。しかも天覧公演でもないので曲調も好きなものを選ぶ。
「アルタモード、起動!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」
「「「「「ぎゃああああああ!」」」」」
前触れなく優が大きな声をとどろかせると、優の周囲に巨大な光の円柱が現われる。
その大きさは国立音楽館の何倍もあり、アリーナのフィールドにどっかりとそそり立ち美しく光り輝いている。
噂に聞いていた初めて見るアルタモードの起動に、観客は感動して悲鳴にも似た声を上げた。
――うわあ、何かすごい大きいんだけど。もしかしてアルタモードってホールの大きさに合わせて大きくなるのかな? それに歓声が怖いよ! これ女の人の声だよね?
「第一システム設定、ナンバー五二八、ダウンロード、セット!」
優は歓声に負けじと、つい大声で叫んでしまう。
光の柱がきらめき、激しく色を変える。
「「「「「うわあああああああああ!」」」」」
「「「「「ぎゃああああああああ!」」」」」
――ねえ、これやっぱり悲鳴だよね? 大丈夫だよね?
「第二システム設定、ナンバー一四七、ダウンロード、セット!!!」
優が叫ぶと優の目の前にリングが集まり光輝く。
視界モニターを確認しながら両手に装着し、音響状況を確認する。
シャラララン♪
「「「「「うわああああああああ!」」」」」
シャラララララン♪♪♪
「「「「「わああああああああ!」」」」」
優が何をしても地鳴りのような歓声がとどろく。
――もう! 何だかわかんないけど、いくよ! 新曲だ、ゴー!
優は一曲目からハードロックを再生した。
大音量のドラムが爆音をアリーナに轟かせる。
優がまだ歌っていないのに、前奏だけで観客はもう立ち上がって大歓声だ。
立体映像AIは空中に優の巨大なアップ画面をいくつも出し、スパークを激しく散らす。
アリーナはさらに大歓声だ。
――前世のアメリカの音楽授賞式は始めから飛ばしていくからね。僕もそれでいくよ!
優はエルス国の言葉で歌い出す。
ロックとは言えきちんと発声をするその声は、ハードなビートの中でも歌声をしっかり響かせる。
「「「「「「きゃあああああああああああああ!!!!!」」」」」」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」
観客は総立ちで腕を振り上げている。
スタジアムが揺れている。
優は歓声が大きいので、それに負けないように立体再生音量を上げる。
それがさらに観客をヒートアップさせる。
スタジアム全体がビリビリと振動する。
ドドドドドドドドンンンン!!!!!
立体映像AIが花火をそこら中にお構いなく炸裂させる。
どうやらAIも興奮しているようだ。
「「「「「うわあああああああ!!!」」」」」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」
まるで公演ラストであるかのような大興奮。
優は歓声に負けないように、荒れ狂う視界モニターの光の粒子の動きを追いかけ、演奏と歌声を必死に一致させ続ける。
大歓声が光の粒子を舞い上がらせ、優はアルタモードの技術をフルに使って、アリーナに歌をとどろかせる。
そしてやっと一曲目が終わった。
「「「「「「「わあああああああああ」」」」」」」
「「「「「「「きゃああああああああ」」」」」」」
スタンディングオベーションだ。スタジアムが揺れる揺れる。
優は地震警報を心に発した。全身に汗がびっしょりだ。
――続けて二曲目だ! こんどはポップスだよ! こいつも新曲だ! みんな倒れないでよ!
優は二曲目をスタートさせる。
軽快なリズム音が響き渡る。
こんどは発狂した声ではなく、すぐに手拍子が始まる。
優は演奏に乗せて歌声を響かせた。
明るく透き通る歌声が十万人のアリーナに響き渡る。
軽快なリズムと歌声が観客の脳髄に響く。
観客は総立ちのまま手拍子で優の歌に合わせる。
興奮冷めやらぬ観客は、優の歌に酔いしれる。
ようやく二曲目が終わった。
観客は少し落ち着きを取り戻す。
「皆さん、初めまして。咲坂優です」
「「「「「「「わああああああああああ」」」」」」」
「今夜のステージに来てくれてありがとう」
「「「「「きゃあああああああ」」」」」
「この国で初めての公演だけど、楽しんでね」
「「「「「「「わあああああああああああ」」」」」」」
――なんか何をしても興奮してるから、さっさとバラードで落ち着かせた方がいいな
優はしっとりとした曲を選択し、再生させた。
恋愛を歌ったバラードだ。
優の歌声で聴かせる歌だ。
前奏に続いて落ち着いた低音を響かせる。
演奏を丁寧に構成し、歌声の裏付けをする。
歌声と演奏が一体となって、歌詞が観客の耳に飛び込んでくる。
それは耳元で恋を囁かれる気分になる。
観客はうっとりとなり、涙を流し始める。
立体映像AIが紫の薔薇の花びらをスタジアムに降らせる。
繊細に光輝く深い紫色の花びらが、観客の肩に、手のひらに落ちてくる。
大人モードの優の映像と相まって、観客は優に恋に落ちた。
そう、落ちた。
演奏が終わると、観客は水を打ったように静か。
そして直後に大歓声だ。
「「「「「「「きゃああああああああああああああ」」」」」」
まだ三曲目。
――何か大丈夫かな? 反応が大きすぎるんだけど。 まあ、どんどん行こう。
「恋はするものじゃなくて落ちるもの」という前世の格言を経験で理解できていない優は、観客の反応を見ても思うところはなく演奏を続ける。
その後もバラードをはじめとして落ち着いた曲を続け、ときにポップスを挟む。
順当に演奏をこなし、最後の曲になった。今回は初回公演のためアンコールはないことが観客には通知されている。
「それじゃあ、最後だよ! ロックで行こう!」
優はアメリカの軽快なロックを再生する。一曲目と違い軽い曲調だ。
大音量で明るいリズムが流れる。
「「「「「きゃああああああああ」」」」」
「「「「「わあああああああああ」」」」」
音源再生システムのウェイブモードを起動させ、広いアリーナに音の波を作る。
立体映像AIが巨大な光輝く金色のキューブをいくつも作りだし、フィールド上にリズムに合わせて前後左右に回転させる。キューブは曲に合わせて形を変える。
上空には大人モードの優が巨大な全身姿で何枚も投影され歌う。
スパークが派手に飛び散るたびに大歓声だ。
「「「「「うおおおおおおおおお」」」」」」
「「「「「うわああああああああ」」」」」」
最後の曲とあって、観客は総立ちだ。観客は声援を送り続ける。
そして最後の曲も終わった。
大観衆は興奮が収まらない。悲鳴にも似た声援が続く。
「皆さん、今日は来てくれてありがとう。初めての国でみんなの前で歌えて嬉しいよ。今日はこれで終わりだよ。これからも僕の歌を聴いてね。それじゃあ、みんなバイバイ!」
疲れの大きい優だが、アリーナに向かって手を振る。
「まずいわ! 逃げて!!」
カルラが回線で叫ぶ。
「どうしたの!」
「観客が押し寄せるわ! 走って!」
怜良がまだ薄暗い周囲を見渡すと、退場口と反対側のアリーナ席の大勢の観客がフェンスを乗り越えた。
警護官たちが抑えられない。
興奮した観客がなだれ込む。
「優くん! 走って! みんな、脱出! フィールドの破壊はダメよ! 観客がなだれ込んできた!」
「来栖! 金城! 退場口を守れ! 怜良! 地下に来い! 退路は確保してある!」
地下の車輌に待機する中森弥生がモニターを見ながら全員に指示を出す。
「優くん!」
「怜良さん!」
優が手を伸ばす。
怜良が優の手を握り、二人で走りだす。
だが優は疲れていてうまく走れない。
怜良が優を担ぎ上げ、走った。
「後ろは抑える! 走れ!」
田代加代と杉野恵が大声を怜良にかけた。
怜良が退場口を見て走る。
退場口方向の観客もなだれ込みそうになっている。
警護官がもう押しとどめられそうにない。
だが退場口がまだ遠い。
観客がなだれ込むのはあとわずかの時間に見えた。
怜良が戦闘スーツのアシスト機能で全力で走る。
優は怜良にしがみつく。
「もう少しだ! 来い!」
ドドドドドドドドド!!!
駆けつけた金城みずきが来栖みくと共に退場口付近のフィールドに次々に発砲し、対物弾丸が地面に爆発を起こさせ、煙幕を張る。
優を抱えた怜良はその爆煙に飛び込んだ。




