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55 作戦会議

「みんな! いまからやるのはリハーサル、下準備よ! 本番は明日の午前! ビデオ作成と最終調整は明日の午後! いいわね! 今回は十曲よ! 今日はデータ取りをして修正や問題点の洗い出しよ! 一時間ごとに進捗を私と湯沢ゆざわディレクターに報告してちょうだい! ネットの公開は明後日、日曜日午前八時よ! それまで修正や調整をしていくからね! みんな頑張ってね! 食事はお弁当を手配するから、食べられないものがあったら言ってね!」

「ちょっと! 優くん! どうしていつも急なのよ!」

「ごめんね、なんか成り行き上、仕方なく」

「計画性がないわよ!」

「うん、僕もそう思うよ」

「やるけど! やるけども! 楽しいけど! 前もって言ってよね!」

「うん、わかったよ。ごめんね。お土産のお饅頭食べてよ」

「ありがとう。おいしいよ」


 塚原つかはらひよりたちが優に叫ぶ。第七十六中学校の音楽室はごった返している。


 大成功の公演旅行から帰って来た翌日の金曜日。学校は休みだが、公演旅行で歌った未公開の歌のビデオ収録が始まった。間宮美幸まみやみゆき特等男性保護官が声を張り上げる。

 今回は十曲の収録になる。そしてこの前と同様、朝突然に収録チームがやってきて、収録が決まった。そしてまた一組の女子生徒たちが呼び出されたのである。今日は学校は休みなので、音楽クラブと写真クラブは始めから呼びだされている。そしてそのほかに、他のクラスや学年の生徒も有志が参加している。かなりの大所帯となった。黒須綾香くろすあやか一組担任先生が学校側責任者として在席している。


「それに十曲なんて、この前より増えてるじゃない!」

「うん、そうなんだよね。なんか盛り上がっちゃってさ」

「この前だって盛り上がったじゃない! それなのに新たに十曲なんて!」

「それがさ、今回は時間制限がなかったし、そのまま夜までお祭りになっちゃって、夜のお祭りでも歌ったんだよね。この前の歌も歌ったんだけど、時間がいっぱいあったから、つい。あはは」

「もう! 自分だけ楽しんできてずるい!」

「あはは。お土産のお饅頭食べてよ」

「ありがとう。おいしいよ」


 音楽室は前世の雑踏のように騒がしい。


「ところで、どうして皇女様がいらっしゃるのよ」

「それは僕もわからないんだよね」

「優くん以外に心当たりがあるわけないじゃない」

「いやあ、今朝、朝ごはん食べてたらさ、突然やってきたんだよね。近所の散歩みたいな感じで」

「皇女様が近所の散歩で家に来るわけないじゃない」

「そうだよね。やっぱりそう思うよね。僕もそう思うんだ。でも怜良さんもスタッフも、みんな普通にしてたから僕が変なのかな、って思ってたんだよね、あはは」


 音楽室には天凛皇女が窓際の椅子に座り、ニコニコしている。

 そばには侍従が一人、控えている。


「なんかね、今後はこの学校に通うような話を小耳に挟んだんだよね」

「ちょっと! 何よそれ! なんでそんな重大情報が小耳なのよ! 大耳じゃない!」

「しかも一組だっていう噂を、僕の家で小耳に挟んだんだよね、あはは」

「だから! 小耳じゃなくて普通に家で聞いてるんじゃない! どうするのよ!」

「どうするのって、普通に通学すればいいんじゃない?」

「ど・こ・が! 皇女様がクラスに通うのが普通なのよ!」

「えー、きっと普通だよ。大丈夫だよ。塚原さんたちなら大丈夫。うん。僕はそう思うな。僕にも話しかけてくれたし」

「何無責任なこと言ってるのよ! 優くんが学校に来ない日はどうするのよ!」

「だから、普通にお友達になればいいんじゃないかな」

「だいたい、皇女様は年齢は御いくつなのよ!」

「たしか十歳だったかな」

「小学生じゃない!」

「それがね、教育は全部終わってるらしくて、中学校に在籍するように特別措置なんだってさ、あはは」

「もう。優くんの周りは何でもアリね。わかったよ。なる様になるよね。どうせ優くんの公演についていったりするんでしょう?」

「どうなんだろうね。何も聞いてないよ」

「優くんについていくに決まってるじゃない。他にこの学校に用があるわけないでしょ」

「そうかな。何も聞いてないよ」

「もう。まあいいよ。今日はとにかく収録だよね。ファンクラブも運用するようだし、私たちも忙しくなるよ」

「ありがとう。みんなが力になってくれるから助かるよ」

「ええ、がんばるから大丈夫よ。優くんは歌手の活動がんばってね」

「うん。ありがとう」

「ところで、今後優くんは曲をどのくらい発表するつもりなの?」

「そうだね。今のところ千曲は予定してるかな」

「「「「「そんなに!」」」」」


 喧噪のなか、収録が進んでいった。





 収録が行われている金曜日の午後、珍しく優を中学校に残し、怜良の指示で十人の特等男性保護官、五名の特等警護官の全員が優邸に集められた。


 特等男性保護官として、田代加代たしろかよ杉野恵すぎのめぐみ目黒愛美めぐろまなみ中森弥生なかもりやよい、補充された金城かねしろみずき、来栖くるすみく、館岡たておかみずき、上総沙織かずささおり間宮美幸まみやみゆき。怜良と合わせて十名。

 特等警護官として、嘉木梓かぎあずさ特務隊隊長、長山美由紀ながやまみゆき副隊長、尾関美千代おぜきみちよ副隊長、崎山沙羅さきやまさら副隊長、野口小春のぐちこはる副隊長。合わせて五名。


 全員を会議室に集め、怜良が話を始める。


「今日は特等男性保護官と特等警護官に対して、重要な話があります」


 全員が一堂に会することは極めて少ないため、重要な話であることは全員わかっている。


「優くんが公演を開始し、ネットでも公開を始めました。それに伴い、優くんの身柄の危険が大きくなっています。そこで様々な動きがありました。今回はそのことに関連して、皆さんに話をします。どの事実も機密であるため、外部への情報開示は禁じます」


 怜良が落ち着いて話す。


「まず、優くんの身分について、開示します。

 優くんは特一級要人に指定されました。それは九年前のことです。この第四市出張所は特一級要人を保護するために建設されました」


 全員が驚いた表情をする。特級要人である予想はあったが、天皇よりも上位であることは想定外だった。そもそも特一級要人の指定は前例がない。


「そして今回の優くんの歌の公開に伴い、彼の保護を強化するために、内密ですが保護の責任者が公式に定められました。それが特一級要人統括保護官という新設の官職になります。

 そして先日の日曜日、私が皇宮にてその特一級要人統括保護官に任命されました」


 会議室は静まっている。


「特一級要人統括保護官は特一級要人保護の最高権限者になります。そしてその権限は天皇と三権の長を含むこの国すべてに対する優先命令権となります。これは内務と外務全てに及びます。この国の従来の国家権限全てを超えるため、これを新たに優先統括命令大権と呼称することになりました。

 これにより、私がこの国で最高権限者となりました」


 誰もが厳しい表情になる。情勢が緊迫していることを理解したからだ。


「今後は優くんの保護のためならば、あらゆる権限を行使することが可能となりました。まずはそれが開示事項の一つ目です」


 怜良は表情を変えずに続ける。


「次に、エルス国が優くんの訪問を要請してきています。優くんの歌のビデオが公開された日の夜のことだそうです。わが国はこれを拒否しましたが、他の国からの招請も続くことでしょう」


 さらに情勢が悪化していることがわかり、皆表情が厳しくなる。


「私は陛下や他のこの国の権力のある方たちからの全面的な依頼と、全面的な協力の約束を得ています。そして優くんを守るためにどうすべきか、ずっと考えていました」


 怜良は静かに話し続ける。


「しかしどのように考えても、我々が優くんを守り抜く見通しが立ちません。だから皆さんにお願いします。どうか優くんを守り抜く知恵を貸してください」


 そう言って怜良は頭を下げた。

 会議室に沈黙が訪れる。


「怜良さん。特一級要人の指定ってことは、この国の存亡にかかわる事態が発生しているってことだろう。さきほどの話では、この国の存亡にかかわる事態の内容が含まれていない。優の命だけならここまでのことをする必要がないはずだ。

 どうして優が特一級要人に指定されたのか、どうしてエルス国が優を招いているのか、どうして招請の直後に優先統括命令大権なんて大それたものが与えられたのか、その理由を話してはもらえないか。極秘であることはわかるが、我々はそこがわからないと手の貸しようがないんだ」


 田代加代が落ち着いて言う。

 怜良は視線を落として、静かに考え込んでいる。

 そして顔を上げた。


「わかりました。ですが極秘ですから、決して漏らさないようにしてください」


 怜良は全員を見つめる。


「優くんには神の罰への対抗力が認められました。彼の歌を聴かせると狂暴化症状が軽減することがエルス国で確認されたそうです。この五百年で初めてのことです。

 優くんは人類で唯一の神の罰への対抗力となりました」


 誰もが息を飲んだ。

 しばらく沈黙が続いたが、田代加代が言葉を発した。


「そういうことなんだね。九年前からその予兆があって、今回のネット公開でエルス国が嗅ぎつけて証明し、調査協力名目で優の身柄の引き渡しを要請してきたんだね。そして他の国もそれに続くだろう、そういうことだね」

「はい」

「そうか。それは、特一級要人の指定も優先統括命令大権も頷ける話だな。天皇から元首の地位を剝奪することも視野に入れてるのか。上層部はそこまで覚悟を決めてるんだな」


 田代加代が天を仰ぐ。

 しばらく沈黙が続くが、やがて会話が始まった。


「放っておけば、各国はここに特務部隊を送り込んできて優を奪うな」

「ああ、間違いない。しかも一国だけじゃないぞ。知らないところで協定をどんどん結んで、ここは世界中の特務戦力が争う戦場になるだけだ。村の痕跡もこの施設の痕跡もかけらも残らないぞ」

「随分と防御力をつけたと思っていたが、足らないな」

「ああ。どうしたもんかな。」

「もうこうなったら軍隊を復活して先に攻め込むってのはどうだ」

「それが一番手っ取り早いな」


 怜良の前で、みんながざわざわと話し合っている。

 しかしあまり悲壮感がない。中森弥生は自動小銃の分解をしている。危機感があまり感じられない雰囲気に、怜良は不思議に思った。


「もしかして皆さんには何か考えがあるのですか」


 怜良は思わず聞いてみる。

 中森弥生が答えた。


「考えって言うかね。そもそも怜良さんは、ちょっと世界の姿を考え違いをしてるんじゃないか。まあ、さすがに陛下や外務関係者はわかってると思うが」

「世界の姿?」


 怜良はきょとんとして聞く。


「そうだよ。どうも話を聞いていると、我々で何もかも相手にしなきゃならないような話をしているようだが、世界はそうなっていない。我々が相手にできるのはせいぜいが一つか二つの主要国くらいだ。でもそれはどの国も同じさ」


 中森弥生は前世界の自動小銃を分解掃除しながら話す。


「だからまず大事なことは、世界に味方を増やし、敵を減らすことさ。外交の基本だろう?」


 中森弥生は視線を上げる。


「世界の勢力は、まずは五つだ。大陸ごとに一つずつ。今、アギラ大陸にこの国が一つ。残りが四つ。だからまず、残りの四つから一つをこちらの味方につける。そうすれば二対三だ。そうしておいて、残りの三つは分裂させるか、中立にさせるか、限定的な味方にする。

 そうすれば我々だけで戦う必要がないし、敵も減る。

 世界は狭いんだ。味方を増やせば敵は減る。味方でなくても敵でなくせばいい。戦うのは最後だよ。だからまずは外交だ。わかったかい」


 中森弥生はあっけらかんとした調子で、そう言った。


「その通りだよ。聞いてるんだろう、ピコ! 知恵を貸してくれ! 情報があるだろう!」


 突然、目黒愛美が天井に向かって怒鳴る。

 怜良は突然怒鳴り出した目黒愛美に驚く。


「……」

「怜良さんはこの国の最高権限者だ! もう隠れたって意味ないぞ!」


 目黒愛美が怒鳴る。


「……わかったよ。初めまして、怜良さん」


 スピーカーから声が聞こえだし、怜良は驚いた。


「誰ですか」

「えーっと、そちらから依頼されて情報関係の補助をしている者だよ。ピコっていうのはハンドルネームだから、そう呼んでくれないかな。ああ、特等警護官の人たちは初めましてだね。今日は始めからこの部屋は警戒システムから隔離しているから、姿も音声も警戒監視センターには伝わらないよ」


 国際ハッカー半座はんざみこが、怜良に自己紹介した。


「初めまして、須堂怜良です。目黒さんが情報戦の助けを依頼した方ですね」

「はい。その通りです」

「いつもお世話になりありがとうございます。今の会話も聞いていましたか」

「……ええ、まあ、はい。すいません」

「いえ、かまいません。ただし情報漏洩はしないようにお願いします」

「ええ。それはもちろん」


 怜良と半座みこが挨拶を交わす。


「ピコ、聞いての通りだ。状況はどうなってる」


 目黒愛美が聞く。


「まあ、いろいろと問題があるようだね。

 怜良さん、そこにいる人たちには全員、詳細な情報を話していいのかい」

「はい。かまいません」

「わかったよ。

 まずそこの第四市出張所の現在の防御力だけどね。一応悪い方の想定で話すけど、情報戦も含めて、支援攻撃を含めた主要国と随伴国の二か国合計三チームの特務部隊の同時侵攻を一回防御できる。時間を置けば別だけど、その直後の他の国の侵攻は、かなりの犠牲が出る。だから三か国目で中損害、四か国目で全滅だ。

 ここで言う外国特務部隊のチームは、従来と同じ七名三ユニット、合計二十一名のチームだよ。だから初回の侵攻で、三チーム九ユニット、六十三名構成の特務部隊だ。

 そして情報の更新だけど、外務省の資料では一ユニット七名の特務部隊の防御には一等警護官七十名が必要とされているけど、現在は百名必要な攻撃能力水準だ。だから初回の侵攻は、フル装備九百名の一等警護官による防御力が必要な規模と思えばいい。それに支援攻撃が加わる。

 これを初回は人的損害軽微で完全に撃退できる。もちろんみんなが頑張っての話だけど。でもそれで防御力が大幅に減退するから、それ以後は純粋な攻撃力で押し返すしかなくて、損害が発生し続ける。だから優くんを守れるのは三か国目の侵攻まで。

 ちなみにそれ以上そこの戦力を増やしても、あまり防御力は向上しないよ。一応さらに色々やっておくけど、もう飽和に近い。できるとすれば外縁部の戦力を増強して、侵入前に侵攻能力を低下させるくらいだね。そうするとさっきの話じゃないけど、軍隊を創設した方が早い。でも軍隊を創設すると他国は黙っていない。それこそ世界中が一致団結して敵になる。

 まずは、現有戦力の情報はこれでいいかな」


 怜良が頷く。


「次はさっきの外交の話だね。

 まず世界の四つの勢力の話だけどね。優くんの歌のビデオの公開以降一週間になるけど、何らかの意味のある反応があった国はエルス国だけだよ。だから表立って優くんに注目しているのはエルス国だけ。そもそも狂暴化症状の軽減と言っても、具体的内容がはっきりしないかぎりどの国も無理なことはしないよ。

 世界の外交関係は牽制で成立しているからね。余程の理由がない限り、強引なことをすれば他の国に口実を与えることになって、残りの勢力が一致団結してしまって逆に勢力を削がれる結果になる。エルス国もまだまだ強引な態度には出られない。現時点で時間稼ぎに余り神経を使う必要はないよ。

 ここまではいいかな」


 怜良は頷く。


「そして味方にするべき勢力はどこかということになるけど、これは情報というより私の判断になってしまうから参考でいいけど、現在の各勢力の内情を考えると、それはエルス国が一番条件に適合していると思われるよ。

 それは積極的な意味ではなくて、ほかの勢力は勢力内部が未だに一致しているわけではないから、下手に全面協力したりすると、勢力内にある国が独断で別の勢力とつながったりする危険が大きい。つまり裏切りの危険が大きいのさ。

 協力する内容にもよるけど、優くんの件は潜在的には大きな出来事だから、過激な反応を起こす国がいずれ世界に現れるのは必然と考えた方がいい。五大勢力を超えて連結する国々が出てきてもおかしくない。そうなると背中から刺される結果になるから、それなら始めからエルス国と協力して、取引を駆使してエルス国首脳をコントロールすることを考えるのが安全で現実的だね。

 エルス国は一国でエルトラ大陸に唯一の勢力だから、世界の勢力からどこかを味方に選ぶなら、エルス国が適していると思う。

 ここまではいいかな」


 怜良が頷く。


「エルス国と協力体制を築いた場合だけど、残りの三つの勢力がどう出るかは、優くんの価値次第だよ。狂暴化症状の軽減作用が微弱なら何も起こらない。もともと十年で治癒できるからね。でもステージ三以上を治療できるなら大きな動きが起きる可能性がある。優くんしか治療できないことになるからね。

 でもそれでもそれほど対処は難しくない。なぜならそれは優くんがただのお医者さんだというだけのことだからね。この国かエルス国にでも世界中から患者を集めさせるか、直接訪問するかして、治療してやればいい。それを取引材料にしてエルス国を牽制できるから、却ってやりやすい。

 ここまではいいかな」


 怜良は頷く。


「問題は、それ以外の力が発見された場合だよ。優くんのビデオが公開されてから、世界中で騒がれているんだ。それはね、優くんの歌を聴くと女性の心理が変化を起こすっていう話さ。

 僕も優くんの歌を聴いているけど、何となくだけど自分の心情が変化しているのが分かる。ビデオでこれだから、もしかしたら直接聴いたらもっと大きな変化があるのかもしれない。

 狂暴化症状を改善できるってことは、神の罰の影響を除去できるってことだよ。

 以上を考えると、各国が優くんの身柄を確保しようとする動機が発生する状況が色々と考えられる。例えば、優くんの力が有限である場合だね。先着百人とか、あるいは効果の範囲が百メートル以内とか。

 そういう有限な効果範囲があると、優くんは神の罰の影響を除去できる装置と同じだから、その身柄の確保をする大きな理由になる。もし優くんの力が大きなものなら、各国はどんなことをしてでも手に入れようとするだろうね。

 だから優くんの身柄の危険は、優くんの能力次第だよ。

 とりあえずはこんなところだよ。参考になったかな」


 怜良は頷き、声を発した。


「ありがとうございます、ピコさん。とても参考になりました。皆さん、何かありますか」


 怜良は全員を見回す。


「優の能力の内容はわからないのかしら」


 来栖みくが聞く。


「はい。女性の心理に影響を及ぼすことはわかっています。しかしその他にはわかっていません。狂暴化症状の軽減もエルス国からの情報で知ったくらいですから」

「そうなのか。それじゃあリスクは減らないな」

「ビデオと公演は効果が違うのかな」


 杉野恵が聞く。


「今のところ、そこもよく分かっていません。ただ、公演のときの熱狂ぶりからすると、違いがあると思われます。今回のエルス国からの招請もそういう考えだと思われます」

「そういうことなら、優の身柄が重要になるな」


 しばらく話し合うが、一同はなかなか対処方針がまとまらない。

 どうしても優の能力が未知数であることが問題となる。

 だが目黒愛美が叫ぶ。


「いい加減にしろ! ピコ、大事なことを隠しているな! さっさと情報を教えろ!」


 みんながびっくりして目黒愛美を見る。


「あっはっは! ごめんごめん。ハッカーって言うのはどうしても天邪鬼なところが抜けなくてね。

 その通りだよ。一応、みんなの考えを見ておきたかったんだ。でも分かったよ。一番大事な情報がある」


 怜良は真剣な表情をする。


「それはね、世界中の人々が優くんの歌に感動したってことだよ! 先週に公開されたばかりの時にはシャットダウンされたから反応は小さかったけど、その後は爆発的に大きくなった。だって、世界中のハッカーが優くんの歌を気に入って、大ファンになってしまったんだよ。

 そして各国にビデオを流して、今や世界中で優くんは「奇跡の歌い手」として熱狂を巻き起こしているんだよ。怜良さん、知らなかったろう? この三日間の出来事だから、外務省でも実態をつかみ切れていない情報のはずさ」


 半座みこの声が響く。


「だからね、一番効果的な対処は、そこに引きこもってないで、世界に出て行くのさ、こっちから。優くんの身柄をどうこうしようって連中は各国の政権中枢だけで、世界中の市民は純粋に優くんの歌を生で聴きたいのさ。だから優くんが世界で歌を披露して回れば、彼の人気からすれば各国の政権中枢は手が出せない。彼を世界のアイドルにしてしまうのさ。

 これはね、世界中のハッカー仲間からも言われてるんだ。早く連れてきて聴かせてくれって。世界のハッカーは優くんの味方だよ。どうだい、世界の一大勢力の援軍だ!」


 半座みこの笑い声が会議室に響き渡る。

 みんな微妙な顔をしている。

 中森弥生が話す。


「世界中のハッカーが味方で、世界中の市民がファン、つまり味方っていうのはわかった。でもそれで本当にリスクが減らせるのかい」

「おや、私たちの実力がわかってないみたいだね。さっきそこの施設の防御力の話をしただろう。初回の侵攻で人的損害が出ないようにできるのは私の力がほとんどなんだよ。それが初回しか使えないから、二次侵攻では防御力が大きく低下してしまうのさ。

 つまり私の能力は、世界の一大勢力の特務部隊の侵攻を完全防御できる大きさがある。もちろん多くのリソースをもらっているからだけどね。それにそこの全員が全力を尽くしての話だけど。

 そして私のような人間が世界中にいる。ネットワークを作ってね。各国政府から独立して。その独立勢力が優くんのファンで味方なんだ。頼りにしてもらっていいと思うよ」


 半座みこの言葉に、会議室にいる者たちは沈黙する。

 目黒愛美が口を開く。


「ピコの話は本当だ。私が海外任務で生き残ってこれたのはピコの力が大きい。それに優を海外に連れ出すっていうのは悪くない案だと思う。海外にいれば特務部隊の侵攻はないからね」

「でもそれじゃあ、場合によっては敵地のど真ん中じゃないか。特務部隊の侵攻はなくても守り切れるかわからないぞ」


 中森弥生の当たり前の言葉に、沈黙が訪れる。


「何を言ってるんだい。そのためにそこのメンバーなんじゃないか。君たちは全員、特等なんだろう? 私たちネットワークがバックアップはしてあげるから、優くんの歌を世界に聴かせてやって、彼を世界最高のアイドルにしておいでよ。

 神の罰に対抗できる彼を、市民の力で世界の政権中枢に対抗できるようにしてやるのさ」


 会議室には再び沈黙が訪れる。

 そして怜良が口を開いた。


「ピコさん、ありがとうございました。

 皆さん、他に何か意見はありますか。何でもかまいません。思うところを言って下さい」


 怜良が全員を見回す。


「まあ、ここでじっとしてても未来はないな」

「そうね。外交といっても流動的だから、リスクは変わらないわね」

「そもそも優の力がはっきりしないんじゃ、先が読めないしな」

「優は歌うのが好きだから、海外に歌いに行くのは大丈夫だろう」

「優は外国語もできるしな」

「主導権を確実にとれる方法は他にないわね」


 特等男性保護官たちが話す。


「どうやら話は決まったようですね」


 怜良が言う。


「ああ。ピコの情報通りなら現実的方法としては一番確実だな。確実性が一番重要だ。メンバーはどうするんだい」


 中森弥生が言う。


「特務隊はこの拠点防衛の維持。そして特等男性保護官全員で海外での優くんのガード、でどうですか。私は海外任務の経験がないから皆さんの意見を聞かせてください」


 みんなが顔を見合わせる。


「それでいいんじゃないか。もちろん付随する人員が必要だけどね。この国に残す連絡員が必要だけど、我々のことをよく分かっていて有能な人材のアテはあるのかい」

「それなら六勝顧問にしてもらいましょう。彼女は私の補佐に任命されましたから」

「それなら適任だね」


 怜良は全員を見回す。


「それでは皆さん、基本方針が決まりました。今後の行動計画を作っていきましょう。よろしくお願いします」


 怜良が頭を下げた。


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