51 ビデオ収録
「すごいじゃないか! すっかり有名人だね!」
「いつの間に優くんはこんなことになってたのよ!」
「同じ村の人間として誇らしいよ!」
国立音楽館での公演の翌朝、咲坂家には村人が押し寄せてきた。優が生まれた時を思い出す。
この国では無線テレビはなく、前世と違いネット回線のニュースである。
公のニュースや民間ニュースがいくつか存在しているが、加熱報道はなく、マスコミは穏当な取材をしている。一般人による話題の盛り上がりが中心である。
「みんな、私たちもあんまり実感がないのよ。あ、みんなにお土産あるわよ」
彩たちは昨日は公演のあと、国立音楽館の貴賓室での天皇家との昼食会に臨み、その後は首都見物と土産購入をして飛行機で送られて帰ってきた。ブローチはケースをもらい、受け取ってきた。未だに保管場所に困っている。もちろん人には見せられない。
「いやあ、最初は冗談かと思ったわよ。ニュース記事見ても優くんのこととは思えなくて」
「そうよ。昼になったら突然、ニュースが優くんの記事だらけになって、どのサイトも一色だったわ。あなたたちもばっちり写ってるわよ、ほら」
桜たちは貴賓席で天皇家と一緒に写真に写っており、一躍有名人だ。
本人たちも帰りの飛行機でそれを知って、青くなった。
「昨日の公演の話は一昨日に初めて聞いてね。私たちも突然のことで、今朝になってもまだ夢見心地だわ」
大広間で土産の国立音楽館饅頭を食べながら、村人たちと話す。
ちなみに優は木曜日の今日は修学旅行明けで学校が休みだが、ビデオ収録のため怜良の指示で第四市出張所から出ることができない。
「そうだったのかい。ニュースを見て昼間にここに来ても誰もいないから、何もわからなかったよ」
「でも優くんはすごいね。ここでの特別待遇も、これで納得だねえ。これだけ世間で騒がれるなら、こうやって保護しないとどうなるかわかったもんじゃないね」
「男性保護局はこうなることがわかってたんだね」
今日は平日だが、咲原は浮き足立ってみんな仕事どころではない。
「でもこんなにすごいなら、早く優くんの歌を聴きたいもんだわ」
「優くんが歌っている映像はどこにも流れてないんだよ。早く聴きたいね」
「そうだね。音楽堂がちょうどいいだろう」
「国立音楽館の大ホールの公演をしたんだから、もうちっぽけな所ではダメよね」
「天皇家のお墨付きだからね。下手なところじゃ歌わせられないよ」
「どこでやってもきっと客が押し寄せてチケットが取れないわよ」
村人の予想通り、桜たちはしばらくこの狂騒に悩まされることになった。
「優くん、凄かったわね。これから大忙しよ」
修学旅行の翌日、朝食を食べると間宮美幸公演管理部長が優邸にやってきた。
今日は優の歌の収録である。優の公演により、ネットその他での公開が始まるので、それに備えた収録だ。ちなみに優自身がメディアに出演したり取材を受ける予定はない。あくまで音楽での出演だけだ。
「あんまり忙しいのは困りますけど、よろしくお願いします」
怜良の隣に座って優が答える。
「残念ながら忙しいのは確定よ。だって国立音楽館で陛下皇族全員お揃いで、しかもアルタモードの起動演奏までしちゃったからね。世界中でも話題になってるわ。あの少年は誰なんだってね」
間宮美幸は楽しそうに話す。特等男性保護官はみんなちょっとおかしいので、混乱や騒ぎに目が輝く人間が多い。
「アルタモードって、誰も使った事がないって知りませんでした」
「さすが怜良さんね。すっかり優くんは騙されていたのね。うふふ」
優は公演後の昼ご飯の時に、塚原ひよりたちからアルタモード世界初使用のことを聞いた。ネットやメディアで大騒ぎになっていることも。
「世界で初かどうかなんてどうでもいいのよ。優くんの歌も演奏も、そういう次元じゃないんだから。優くんが楽しければそれでいいのよ」
怜良が茶を飲み、首都名物の国立博物館煎餅をかじりながら、おばちゃんの会話のように答える。煎餅には国立博物館の絵が焼印されている。
「そうね。そんなことで驚いていちゃ、優くんの担当は務まらないわね。というわけで、優くんが公演で歌った歌のビデオ制作をするわよ。すぐに公開するからね。世間で騒ぎが収まらないのよ。男性保護局と国立音楽館に問い合わせが殺到してるんだから。スタッフも連れてきたからね」
そういって間宮美幸は男性保護局撮影スタッフを紹介した。
「優くんの歌の撮影だけど、優くんが歌っているのを録音してから、映像はあとから作成合成するわ。だから優くんはアルタモードを使用して歌をしっかり作ってちょうだい」
優の歌の効果を普及させることも男性保護局の狙いなので、録音データをしっかりと保存する。
「優くんは何か希望はある? やりやすいように色々手配できるわよ」
間宮美幸がそう言うと、優はひとつ、要望を出した。
「ありがとうございます間宮さん。僕の歌の公開や普及には、男性保護局を中心にするのはもちろんなんですが、うちの中学校や高校や村を関わらせて欲しいんです」
「中学校や高校や村?」
優の意外な要望に、間宮美幸が聞き返す。
「はい。高校は三年後に進学するし、自分が通う学校の生徒や先生にも僕の音楽活動に参加して欲しいんです。僕はこれから歌手活動だけじゃなくて、学校の生活もきちんとしていきたいんです。今回、修学旅行での公演になったのは自分としても、とてもよかったと思っています。
同じようにこれからも学校の生徒や先生たちにも関わってもらって、みんなに歌の楽しさを共有してもらいたいんです。もちろんこの村も」
優の提案に、間宮美幸は腕を組んで考え込む。優の要望に応えるのは容易だが、安全面が心配だ。ちらりと怜良を見る。
「いいわよ」
怜良は煎餅をバリバリ食べながら答えた。
怜良は基本的に丸投げだ。良くも悪くも。
「いいんだって。じゃあ、優くんの要望を取り入れましょう。高校は進学してからでいいわね」
「はい。まずは中学校でしっかり活動できるように経験を積んでいきたいです」
「それが賢明ね。うーん、歌の公開には、公演、ビデオ作成、ビデオ公開、その他の管理。こんな風に別れるわ。公演の管理やビデオ公開は中学校には無理だから、ビデオ作成、ファンクラブ、ホームページの管理で手伝ってもらうことにするわ。ホームページやファンクラブには優くん個人の情報を出したりするからちょうどいいわ」
優と間宮は話を進める。怜良は大口開けて煎餅を食べ続ける。
「わかりました。それじゃあ、今日の収録にも呼んでいいですか?」
「そうしましょう。とにかく第一弾を早く公開しないといけないから、今から呼んで大丈夫かしら?」
「はい。学校は明日から三連休だし、今日も一年生は休みなので、今日明日で色々できると思います」
「わかったわ。ビデオ公開は土曜日朝には実施したいから、今日明日で作ってしまいましょう。中学校には写真クラブがあるわね。彼らに協力してもらいましょう。私たちの最新機材を使えるからきっと喜ぶわ」
「ありがとうございます。じゃあ、今から連絡して皆に集まってもらいますね」
「ええ、そうしてちょうだい。怜良さん、この家と中学校のどちらがいいかしら」
とんとん拍子に話が進み、取り敢えず今日明日の場所を決める。
怜良は茶をごくごく飲みながら答えた。
「どちらでも。校長に話はしてあるから」
怜良は用意がいい。丸投げなのに有能だ。
「それじゃあ、学校にしましょう。音響設備はどうなってるかしら」
アルタモードを使う必要があるので、普通の設備ではダメだ。
「学校で大丈夫よ。ここと同じだから。最高のがいいなら音楽堂ね」
怜良が答える。煎餅を食べながら。
この学校を作った時に装備している。有能だ。
「そうね。それなら大丈夫ね。収録にはデータとしての記録を使うから、アルタモードが起動すれば問題ないわ。それじゃあ、学校の人たちに連絡してくれる?」
「はい。今すぐ連絡します」
「もうしたわよ。一組生徒が十時に学校の教室に集合。写真クラブの会員にも連絡がすぐに行くわ。音楽室もいつでも使用できるわよ。遅くとも明日の午前中には収録が完了できるでしょ」
煎餅を食べている姿しか見ていないのに、怜良の仕事が早い。
さすがの間宮も驚いた。
「いつの間に、すごいわね。怜良さんて、やっぱり優秀なのね」
「こんなの当たり前よ」
「はあ、昨日の公演を難なく設定してこなすくらいだから、やっぱり優くんには怜良さんがぴったりね」
「怜良さんがいてくれるから、僕は安心して色んなことができるんです」
優がニコニコして言う。間宮はそんな二人を見て、微笑ましい気持ちになった。
そして時間になったのでスタッフと全員で第七十六中学校に向かう。
「咲坂優くん。公演成功おめでとう。素晴らしい成果を出したそうね。陛下や皇族の方々にも御満足いただいたようで、わが中学校としても誇らしいわ」
「ありがとうございます。先生方にも多くのご協力をいただいたようで、感謝しています」
「その言葉を聞いて、きっとみんな喜びます。話は聞いているから、収録を頑張ってください」
「はい。ありがとうございます。これからもご協力いただきたく思いますので、よろしくお願いします」
「もちろん協力させてもらいます。大変かと思いますが良い学校生活が送れるといいですね」
長濱千尋校長に挨拶をしてから一年一組に行くと、すでに多くの女子生徒が来ていた。黒須綾香担任先生もいる。
「みんなおはよう!」
優が元気に教室に入ると、女子生徒が歓声を上げた。
「優くん! 歌の収録に私たちが協力するって、本当?」
「うん。出来ればでいいんだけど。これからみんなと協力して音楽活動を頑張っていきたいんだ」
「もちろんみんな手伝うよ! そういってもらえて、みんな張り切ってるんだよ!」
クラスの女子生徒たちは元気いっぱいで答える。
「みんなありがとう。こちら間宮美幸さん。男性保護局公演管理部部長で、僕の歌の管理の責任者をしてくれてるんだ。これからよろしくね」
「間宮美幸よ。特等男性保護官でもあるわ。優くんの歌の管理は男性保護局が一括管理するわ。私がその責任者だから、これからよろしくね。みんなにも協力してもらうわよ」
間宮美幸が自己紹介する。女子生徒たちはみんな頷いた。間宮美幸が特等男性保護官であるのを聞いて、尊敬の眼差しを向ける。
「黒須先生、生徒さんは全員協力してくれるということでいいですか」
「はい。そういうことらしいです。全員ここに来ていますから」
黒須綾香は笑顔で間宮に答えた。
「それではまずは音楽室に行きましょう。案内をお願いします」
そう言って全員で音楽室にやってきた。
「優くんの歌には、立体再生以外は音源再生システムの自動再生もAIも使用しません。完全マニュアルモード、つまりアルタモードを使います。中学生はこのモードを普通知りませんが、皆さんは知っていますね。普通の音源再生システムには装備されていませんが、この音楽室には装備されているので、今回はここを使って歌の収録を行います。
音声班が歌と演奏のデータが収録できたら、その後は映像班が優くんのスキャンデータから作った映像と合成します」
間宮が女子生徒に説明する。
「まずは優くんのビデオ作成の責任者を紹介するわ。湯沢ひかるよ。三等男性保護官で、この道のプロよ。みんな湯沢さんの指示に従ってね」
「湯沢ひかるです。なかなか面白い仕事になりそうだね。よろしく」
湯沢ひかるが頭を下げる。
「では歌と演奏の収録はうちの音声班スタッフが中心にやりますが、アシスタントをしてもらいます。希望者はいますか」
間宮がスタッフに準備の指示を出し、男性保護局のスタッフが音響設備のチェックの準備を始めると、女子生徒からアシスタントを募集した。すると数人が名乗り出た。
「それでは手伝ってもらいましょう。音声班スタッフのところに行ってください。責任者は若宮さとみです。次は映像収録の準備をします。映像のイメージを決めたりするので、今から準備を始めます。映像班のアシスタントの希望者はいますか」
間宮がそう言うと、数人が名乗り出た。苅橋希もいる。
「では手伝ってもらいましょう。映像班スタッフのところにいってください。責任者は聖京香です」
映像班スタッフのところに希望者を向かわせる。
「それじゃあ湯沢さん、よろしくね。素人さんがいて大変だろうけど、見学だけでもいいわ。こっちは管理の仕事をまとめるわ」
「ああ、素人さんに色々教えとくよ。こういうのも面白いもんだよ。何より咲坂優のビデオ作成だからね」
湯沢ひかるは飄々と歩いていく。
「では残りの人は、色々な雑用とビデオのネット公開の様々な準備をしてもらいます。責任者は佐々木由紀子よ。よろしくね、佐々木さん」
残りの女子生徒たちを佐々木由紀子に引き渡す。
「佐々木由紀子よ。よろしくね。いま必要なのは、優くん専用のホームページに掲載する優くんの情報ね。
まずは歌の情報、それから優くんの人物像ね。同じ中学一年生からの視線は大事だから、等身大の優くんを紹介できるように優くんのことをまとめてもらうわ。公式にはすでにこちらで色々まとめてあるから、それを参考にして追加フォーマットに書き込む内容をみんなで考えてちょうだい。収録を見ながらでいいわよ。修学旅行のことも入れてもらうわ。公演の様子なんかもね」
佐々木由紀子はそう言って、残りの女子生徒をまとめ、色々な大きさの電子パネルを何枚も渡した。
「みんな! いまからやるのはリハーサル、下準備よ! 本番は明日の午前! ビデオ作成と最終調整は明日の午後! いいわね! 今回は八曲よ! 今日はデータ取りをして修正や問題点の洗い出しよ! 一時間ごとに進捗を私とディレクターに報告してちょうだい! ネットの公開は明後日土曜日午前八時よ! それまで修正や調整をしていくからね! 今日の夕方からは写真クラブや音楽クラブが参加するわ! 私は記者会見対応もあるから、みんな頑張ってね! 食事はお弁当を手配するから、食べられないものがあったら言ってね!」
間宮美幸はテキパキと指示を出し、どんどん作業が進んでいく。黒須綾香先生に地元の弁当屋の手配を頼んでいる。これでまだ下準備だというのだから忙しいな、と優は思った。
「優くんは歌ってもらうから、準備をしてちょうだい。昨日のデータはあるから、昨日と同じ曲を演奏と歌をやってもらって、その後にビデオ用に修正していくわ。ライブのままじゃビデオにならないからね。でもライブと曲調を変えてもいいわ。
それから優くんは完全マニュアルモードだからAI補正ができないわ。何度か歌ってもらうことになるけど大丈夫かしら」
「はい。大丈夫です。普段から一人で歌ってますから。これから一時間を準備に当てるので、その後なら大丈夫です。ちなみに食後から二時間くらいは避けたいので、昼食後はそれを踏まえて調整してください」
「ええ、わかっているわ。ディレクターもそれは知ってるから、大丈夫よ。初めての経験だから落ち着かないだろうけど、何かあったらすぐに言ってちょうだい。あとで一度だけ優くんのスキャンデータを撮るから、協力してね。
それからスタッフも生徒もこれからやっていく仲間だから、何かあったら遠慮なく言った方が後でスムーズに行くから、積極的にね」
「わかりました。よろしくお願いします」
こうして収録準備が始まった。
「校長先生に許可をもらってるから、映像班はこれから校内を撮影しに行くよ。ビデオにも使うかもしれないからね。写真も沢山撮っていくよ。ホームページやファンクラブ配布物にも載せるから頼まれてるんだ。写真クラブの人はうちのカメラを使ってどんどん撮って行って。友達目線の写真は結構つかえるから遠慮なく撮ってね」
映像班が機材を背負って音楽室から出ていく。
「音声班、さっそく音響システムのチェックをするわよ。プロの使い方を教えるから、まずは生徒さんたちは見ていてね。我々は再生よりも録音データの作成に力を入れるから、やることは多いわ。音源再生システムには三次元録音する機能があるから、それからチェックするわよ。その後にアルタモードね。ワクワクするわ」
音声班も仕事を始める。音声スタッフはすでに優がアルタモードを使用することは間宮を通じて知っていたので、今回の公演に驚くことはなかった。ただし実際に見るのは初めてになる。
この間、怜良は特務隊の配置をチェックしている。公演と公開により、優の身の危険が高まっているからだ。警護は丸投げするわけにはいかない。本部警戒監視センターに配置した三森麗華特等男性保護官とも緊密に連絡をとる。
「では優くんの歌の一次収録、始めるわよ」
間宮美幸公演管理部長が全員に伝える。映像班も一旦帰ってきた。
湯沢ひかるが座り、全員が音楽室に揃う。
「じゃあ、始めます。まずはアルタモードを起動します」
優がアルタモードを起動させる。国立音楽館とは異なり、光のリングではなく小さな光の粒で出来た円柱が優の前に出来上がる。そして優が設定をダウンロードし、手にリングとなって装着された。
「これがアルタモードか」
「何か可愛くなったね」
「国立音楽館が衝撃的過ぎたんだよ」
「僕もちょっとびっくりしたんだよ、あれ。家でもいつもこんな感じだよ」
スタッフも生徒も優も感想を言う。
「では曲を歌っていきます。まずは通しで八曲歌います」
「ええ、それでいいわ。一回ずつでいいわよ」
優が演奏と歌を開始する。
国立音楽館ほどの音響や音量ではないが、その分繊細に聴こえる。
間近で歌っていることもあり、スタッフも生徒も、昨日以上に優の歌に酔いしれた。
八曲が一気に終わり、拍手が起こる。
「すごいよ、優くん! 昨日もよかったけど、今日も感動した!」
「ええ、今日のもいいわね。落ち着いて聴いていられるわ」
「やっぱり子供モードの優くんもいいわね」
女子生徒たちが騒ぐ。音声スタッフはアルタモードのデータを分析して、驚いている。
「優くん、昨日の国立音楽館のデータと今のデータが違うけど、これは何が違うのかしら」
若宮さとみ音声班責任者が優に聞く。
「今日は録音収録なので楽器の設定が違います。材質と保湿状況、製造方法が違うので、データが違っています。歌い方と演奏の変化は後でまた変えます。今回は分かりやすくなるように楽器設定だけ変えました」
「そんなことまで変化させるのね」
みんな驚いている。
昼ご飯を挟んでその後も続け、夕方には写真クラブと音楽クラブの会員も加入した。
再び優が設定を変えて歌って収録し、誰もが感動する。しかも初めて聴く者が多いので、感動が大きすぎてしばらく仕事が進まなかった。
「それじゃあ、続きは明日よ。スタッフは残るけど、生徒は一度帰りなさい。また明日、八時から来てちょうだい。午前中でまずは本番収録を終える予定よ」
間宮美幸がそう言って、夕方六時に解散となった。
スタッフは湯沢ひかるを中心に本番の準備をする。
「優くん、お疲れ様」
「怜良さん。一日ありがとう」
怜良は車を運転し、優と二人で話している。前後を特務隊車輌が護衛している。
ちなみに怜良は娘が成人してからは帰省は数か月に一度に減っているため、週末も優とほとんど一緒だ。
「修学旅行から帰ってきて休んでないから、疲れがたまってないかしら」
「大丈夫だよ。昨日は早く帰ってきたし。みんなが気を使ってくれてるから、スムーズに作業も進んでいるしね」
「スケジュールはどうとでもなるから、余裕のあるようにしてね」
「うん、わかったよ」
夕暮れの道を、窓を開けて春の風を入れながらのんびりとドライブした。
翌日午前中には本番収録が終わり、午後になった。
写真クラブの会員が沢山集まり、映像班の最新機材を使って映像を作り上げている。
優も見ているが、スキャンデータを使っただけで、全ての優の映像が出来上がる。そこに周囲の映像を合成していく。校内の映像を沢山使うようだ。
そしてホームページもほとんど完成している。一組の女子生徒たちが頑張ってくれたようだ。国立音楽館での公演も楽しくまとまっている。
その後音声データと映像を何度も調整し、その度に優が確認する。
日が暮れるころ、ようやく完成した。映像の細部を調整するのは、もう少しかかるようだが、それはスタッフが行う。
「みんな、お疲れ様。取り敢えず完成したわ。初めての作業で大変だったと思うけど、これからも続けていくからよろしくね。先生方もありがとうございました」
間宮美幸が挨拶をした。優も挨拶をする。
「みんなありがとう。僕の歌が世間に知られるようになるなんて、夢のようです。こうして最初の曲からみんなと一緒に作り上げることが出来て、僕は本当に嬉しいです。みんなの思い出にもなったらいいと思います。またこれからもよろしくお願いします」
優が頭を下げると、拍手が起こった。
土曜日の朝。いよいよネットでの公開だ。ホームページでは公開時間が予告されている。
そして公開時間になった。
再生回数がどんどん上昇する。公演管理部は本部でその様子を見守る。
「間宮部長。順調に推移しています。予想通りです」
「ええそうね。混乱もないようね」
「これからは忙しくなりますね」
「すでに公開前から人気が凄いものね。公演もやっていくから、仕事はどんどん増えるわ。取り敢えずは最初のスタートは成功ね」
ネットの公開が成功している様子を見て、公演管理部には安心感が広がった。
そしてアクセス状況を観察し、三十分が過ぎるころ。一息ついていると別の報告が入る。
「間宮部長。海外の再生回数に不審な動きがあるようです」
「どういうこと?」
「それが、エルス国が極端に増えています」
「事前に予告していたかしら」
「いいえ、予告はわが国の国内のみです。ただ昨日の段階で世界中で話題になったので、再生数が多いことは予想通りなのですが、おかしな偏りが検出されています」
間宮美幸は考え込む。
「おかしな偏りというのは?」
「首都の他にいくつかの矯正施設にかなり集中しています。どうやらどれも政府機関のようです。首都は人口自体が多いので再生数が多いのはわかるのですが。どの施設も時間当たりの再生回数が異常です」
「矯正施設……」
間宮美幸は不審に思った。
「その矯正施設は、何の施設なのかしら」
「いま調査中ですが、表向きは政府系の一般病院のようですが、どうやら狂暴化人間も数多く収監しているようです」
「狂暴化人間……」
さらに疑念が深まる。
「ダウンロードの履歴はどうなってるかしら」
「ダウンロード防止プログラムが今のところ正常に機能しているので、ごく僅かです」
「そうなのね。どうして再生を繰り返しているのかしら」
「それは分かりません。もしかしたら歌の特定部分だけを繰り返して再生しているのかもしれません」
間宮美幸は何か大きな問題が生じている可能性を感じ取った。
「緊急措置を発動するわ。優くんのビデオは海外接続をシャットダウンして」
「わかりました。直ちに実施します」
すぐに優のビデオは海外接続が遮断された。
「他の国も含めてアクセス履歴とダウンロード履歴を調査してちょうだい。何か普通ではない傾向があれば、報告書にまとめておいて。なるべく多くの情報を載せてね。国内のチェックも忘れないでね。私は顧問に報告をするわ。席を外すわね」
「はい。直ちにとりかかります。何かあればご連絡します」
間宮美幸は怜良と六勝に報告をするために執務室で回線を開いた。
「遮断されました。意図に気づかれたかもしれません」
エルス国矯正施設群の総合管理部門。
「構わないわ。予想よりも長かったわ。それよりも重大な結果ね」
「はい。直ちに詳細に分析すべきかと」
「そうね。最優先で進めてちょうだい。人員を優先配置していいわ。任せるわね。私は報告してくるわ」
施設群所長は執務室に戻り、大統領との回線を開く。
「ご報告します」
「どうだったのかしら」
「はい。想定以上の結果がでました。ご指示の通りに咲坂優の歌のビデオを聞かせたところ、ステージ一の患者だけですが、ただちに症状の軽減が認められました。今のところは一時的なもののようですが」
「それは本当なの!」
大統領がモニターの向こうで立ち上がる。
「はい。この五百年間で初めて、神の罰に対抗する方法が確認されました。歴史的な発見です」
「そうね。それはすごいわ。わかったわ。引き続き分析をしてちょうだい。追加の報告は緊密にね」
回線が切れる。大統領は顧問を呼んだ。
「結果がでたわよ」
「どうでしたか」
「ステージ一のみだけど、症状の軽減が一時的に表れたそうよ」
「それは画期的な出来事ですね。大使館からの予想通りでしたか」
「ええ。これで人類に神の罰への対抗手段が現われたことになるわ」
「候補の一人として、どのように扱いますか」
「いいえ。恐らくこの子が救世主よ」
「断言して構わないのですか」
「具体的な成果があったのはこの子だけよ。もちろん他の候補も調査を続けさせるわ」
「そうですね」
「まだ確認したばかりだけど、いつでも動けるように準備する必要があるわね。この子の調査を大使館に指示するわ。最優先でね」
「そうですね。当面は穏当なやり方をするのがいいでしょう」
「ええもちろんよ。でも他の国が動き出す前に手を打たないとね。あの国にいる間はどうとでもなるけど、他の大陸に奪われたら奪還に苦労するわ。まずは事実を伝えて調査協力の依頼からね。なるべく早いうちにこの国に招待しましょう」
「他の国が気づいたかも調査する必要がありますね」
初公演から休む間もなく、優を中心に世界が動き出すことになった。




