45 皇宮見学
ここに出てくる宮中の在り方、部屋の配置や作りは迎賓館としての機能を取り入れているため、現実世界とは違うので、混同のないようにご注意ください。
この作品では天皇に関する事項は現実世界とは大きく異なる設定です。
「優くん、どこに行ってたの? 携帯もつながらないし、心配したよ」
「先生に聞いても何も教えてくれないしね」
「そうよ。案内がどんどん進んで、優くんは何も見れなかったじゃない」
「うちの中学校だけ、今日はいつもは入れないところまで案内されたんだよ。だから時間がかかっていて、ちょうど終わったところだよ」
悠翔天皇との面会を終え、怜良に連れられて見学中の一行に戻ると、班員の塚原ひよりたちが駆け寄って来て、優に聞いてきた。
「ごめんね、みんな。ちょっとここに知り合いがいて、呼び出されていたんだ。心配かけたね」
優はみんなに謝った。
「こんなところに知り合いがいるの? まあ、色んな人が仕事してるんだろうからそうなんだろうけど、優くんは見学できなかったね」
塚原ひよりが言う。
「まあ、見学はまた次の機会にするよ。それよりこれから昼食だよね」
「ええそうよ。それがね、私たち生徒は誰も知らなかったんだけど、私たちの中学校だけ宮中で正餐をとることになったのよ。外部には公開されない部屋だから、すごいことよね」
優は、悠翔天皇が優のために取り計らってくれたんだと思った。
「それはすごいね。記念になるよ」
優は明日の公演で頭がいっぱいなので、上の空で答える。
「もう、すごいことなのに。感動が薄いわね」
「優くんは何か上の空な感じだね。少し疲れてるんじゃない?」
「優くんは旅行が初めてだから、慣れてないからしょうがないか」
「優くんは今は一緒に行動していれば、そのうち元気に戻るよきっと」
そんな話をしている間に、正餐会場に案内された。
ガラスのはまった木製の扉が一つの壁一面に並び、景色が見える。
外は外国式の庭園になっているようだ。
床は磨き抜かれ、何本もの大きな長いテーブルが用意されている。
真っ白なクロスのかけられた卓上には、金で縁取りされたグリーンの綺麗な飾り皿が並んでいる。銀色の食器とピカピカのグラスも並び、花が飾られている。五月の季節に合わせたテーブルデザインを感じさせる。
周囲には多くの白い手袋をした控えが立っており、生徒の着席を待っていた。
「わあ、すごいよ! 本物の正餐会場だ」
「綺麗なセットね。部屋もとても綺麗だわ」
「景色が綺麗だよ」
生徒たちが歓声を上げる。
「クラスと班ごとに席順を配置しておりますから、皆さま着席なさってください」
案内係にそう言われ、担任の先生が指示をして全員が着席した。
「これより食事をお運びしますが、本日は皆さまの記念での会食ですので、お寛ぎながら召し上がってください」
案内係がそう告げると、料理が運ばれ、水がグラスに注がれた。
本来は正餐での会話は許されないが、一般市民の中学生であることに配慮し案内係が発言したものだ。
一品目はオードブル。小さな食用花で綺麗に飾られ、琥珀色のゼリーで固めた野菜のテリーヌが供された。
「綺麗な料理ね。お皿も綺麗だわ」
「食べるのがもったいないね」
「食器の使い方って良く知らないよ」
「私が教えてあげるわ。真似していればいいわよ」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。
優は前世の正餐の記述や写真を思い出して、この世界でも同じなんだな、と思った。
料理は濃い味付けになっており、歩きまわった中学生にはちょうどいいものだった。
二品目はコンソメスープ。金色の透明なスープは、良く出来た味だった。
女子生徒たちはパンとともに上品に食べる。
この世界の人々は、言葉遣いや態度が乱暴に見える人でも、食事マナーや基本的な振る舞いがきちんとしている。社会全般の家庭教育の賜物である。
女子生徒たちの食事態度を見ていて、優は感心していた。
三品目は牛肉の蒸し焼き。ソースが綺麗にかけられて、温野菜とともに彩りが綺麗だ。
厚みのある肉を切り分けて口に運ぶ。女子生徒たちはその味に満足しながら、食事を進めた。
最後はデザート。綺麗な皿に、ブラウニー、アイスクリーム、フルーツが乗り、ソースがかかっている。小さな赤い飴細工が飾られ、彩りが綺麗だ。
同時に供された紅茶とともに、女子生徒たちは堪能する。
優は宮中の料理を食べて、作り方も前世と同じなんだなと思った。
レストランと違い、正式な高級料理は、一見すると地味なものが多い。それは伝統を重視しているからであり、そのうえで材料の品質が格段に高いものとされるのが一般だ。
今回の料理も、飾り付けはされているが料理やデザート自体は定番であり、工夫はない。
しかし味が市販のものとは全く違う。だから今回のコース料理には市販のレストランの数倍の金額が費やされているのだとわかった。
優は前世では正餐など食べたことがないが、前世の書物の知識をもとに、悠翔天皇が気を遣ってくれたのだと思った。
デザートを食べ終わるとすぐに案内係が発言した。
「これよりダンスホールと庭園をご案内し、本日の皆さまの皇宮見学の日程の完了と致します。三十分間になりますが、ご自由に見学なさってください」
案内係がそう言うと、隣室に続く壁のドアが大きく開け放たれ、隣室のダンスホールが解放された。
女子生徒に歓声が上がる。
ダンスホールは壁面が鏡になっており、シャンデリアがいくつも下がっている。
床はモザイクの木製の床になっており、靴の音が低く響く。モザイクの床材が分厚い証拠だ。
金糸で出来た装飾が沢山ついた絹の濃いブルーのカーテンが開けられ、正餐会場と同じ木製の両開きの扉が全て開け放たれている。
そこからは外国式の広い庭園が一望でき、多くの木々の中に大きな噴水が見え、水が高く噴き出している。
花壇があちこちにあり、花が咲き、とても綺麗だ。
「すごい! 本物のダンスホールだよ!」
「貴族の社交の場だね!」
「庭園でも踊るんだよね!」
女子生徒たちは飛び上がるほどに興奮し、部屋や庭園を見てまわる。
よく晴れ陽が射す庭園には、風が緩やかに吹き抜け、噴水の水がキラキラと輝く。
芸術的な景色だ。建築家が計算して作ったのだろう。
優はゆっくりと見て回り、悠翔天皇の配慮に感謝した。
「思い切ったことをなさいますね」
優たちが帰ったあとの午後、六勝が悠翔天皇を訪れた。
「どのみち、こうなる時がくるのだ。遅いか早いかの違いでしかない」
「そうでしょうな」
悠翔天皇の執務室で、ソファーに座って話す。
「優の歌の公開に関する管理に抜かりはありません」
「うむ。それは心配しておらぬ。だが影響については予測がつかぬな」
「はい。何が起きても不思議ではありません」
六十歳になる六勝は、落ち着いた声で話す。
「今日、歌詞のついた歌を初めて聴いたが、六勝の言っておった事がよくわかったぞ」
「陛下も同じでしたか」
「ああ。あれは共感だな」
「共感、ですか」
悠翔天皇は優の歌を思い出しながら、話を続ける。
「優が歌ったのは季節、友情、男性の恋心、夫婦の想いの四つの歌だった。このうち男性の恋心と夫婦の想いは、現世界にはない歌だ。その歌を聴いたとき、初めて聴くのにその歌詞の言葉や内容がよく理解できた。心に響いたのだ」
六勝は黙って聞いている。
「優が歌っているとき、これは共感なのだと思った。優が思っていることが、聴き手に共鳴しているのだ。優の希望を怜良が体現しているように、優の歌を聴く者は優の気持ちに共鳴するのだ。だから男性の恋心と夫婦の想いという、前世界にしか存在しない歌詞にも共感するのだ。
今日は九年ぶりに神の手がかりを体感して、打ち震えたぞ」
悠翔天皇は自分の手を見て、そう言った。
「そういうことでしたか。私がこの前に聴いた時には、そこまでわかりませんでした。もっとも怜良が横で騒いでいたので、状況が違うかもしれませんが」
怜良と優がノリノリで歌っていたのを思い出し、きっと随分と歌い方に違いがあるのだろうと思った。
「天凛だがな。今日引き合わせたのだ」
「そうですか。お元気でおられますか」
「ああ。相変わらずだ。それでな、一緒に優の歌を聴かせたのだが、天凛は優の歌も人柄も、大変気に入ったようだ」
「それはようございました」
「天凛はあのような子ではない。名の通り、冷静な、どちらかと言えば冷たい思考の子だったはずだ」
悠翔天皇は厳しい表情をした。
「天凛は年齢を問わず男性には心が動かぬ子だったはずだ。それなのに優が気に入ったと言う。今日は初対面からその様子があった。それだけではない。先ほど話した男性の恋心と夫婦の想いの歌にも感動し共感していたのだ。涙を流しておった」
悠翔天皇は表情を変えないまま、続ける。
「余は幼少から前世界のことを知っているから、優の歌を聴いても歌詞が理解できる。だからその心情にも共感できる。しかし何も知らない天凛が、歌詞を理解するどころか共感し、涙を流すほど感動して気に入るなどということがあり得るだろうか」
六勝は事態の重みを理解し出した。
「これまでに、余は優の影響力の範囲を考えてきた。三歳のときに容易に怜良を感化した能力を知ってから、その感化の範囲を考えてきた。それは従来は優の直近の者にしか及んでこなかった。だから優の影響力を神の罰の再発動に対抗する手段とは考えなかった。
だが歌詞のそろった歌を今日聴き、その影響力を知って、優の影響力は歌によってももたらされることが判明したのだ。それが天凛の反応なのだ」
悠翔天皇は、一息ついた。
「そこで怜良の提案に便乗し、明日、実験をすることにしたのだ。中学生二万人、一般人一万人。配信ではなく直接歌を聴かせ、余が直接その反応を見るにはうってつけの機会だ。そのために優には恋愛と男性の恋心の歌を多く入れるように言ってある。それは現世界にはほとんど存在しない歌だからな」
「そういうことでしたか」
六勝は納得がいった。
「優の歌が、神の罰の再発動に対抗できる何かをもたらしてくれることを祈るしかありませんね」
「そこには期待しておらぬ」
「そうなのですか?」
悠翔天皇の予想外の言葉に、六勝は思わず聞き返した。
「優の影響力は確実に存在している。そしてそれは明日、歌によっても生じるのだと分かるだろう。だがそれだけだ。神の罰の再発動に対抗する手がかりにはなり得ても、手段にはならぬ」
悠翔天皇の言葉に沈黙が訪れる。
「人類にはあとどの位の時間が残されているのでしょうか」
六勝は聞いた。
「余が考えるに、早ければおそらく十年といったところか。あるいは数十年か。いずれにしろ余が最後の天皇となる可能性があるな」
「それはどのような状況のことを指しておられるのでしょうか」
予想外に短い期間を言われて、六勝は問いかける。
「社会が正常に維持できる限界のことだ。わが国も、世界の国々も」
「子宮欠損症のことですか」
「そうだ」
悠翔天皇が答える。六勝はすでに神の罰の再発動が子宮欠損症の増加であることを、悠翔天皇から聞かされている。
「子宮欠損症の患者が全て男性だとは、未だになかなか信じ難いものがあります」
「そうであろうな。誰に話しても同じことを言うだろう。医師でさえ見抜けぬからな」
「最近は増加傾向が強まっています」
「そうだ。神の罰は生やさしいものではない。突如急激に増加してもおかしくない」
「そうなれば社会は大混乱ですね」
考えたくない未来を、悠翔天皇が言う。
「子宮欠損症の患者を男性だと見抜けなくても、男性出生数の減少との相関が発見されれば、それが神の罰の再発動であることは容易に判明する。そうなれば世界は混乱に陥る。対策を取れなければ、やがてその混乱は社会の維持を困難にし、人々の生存を危うくするだろう。男性出生数の減少は女性の狂暴化を再び引き起こしもする」
「陛下からの調査の御指示があればこそですから、現段階では我々以外誰も相関に気付かないでしょう」
子宮欠損症の患者数の変化と男性出生数の減少数の変化は、その傾向を調べるとぴったり一致していた。このことから六勝は子宮欠損症の患者が、悠翔天皇の言う通り男性なのだとわかったのだ。男性は出生しているのに、子宮欠損症の女性として認識されているのだ。
「この時代が滅亡世界であることが判明すれば、各国は神の手がかりや対抗手段を血眼になって探すだろう。その時、優に注目が集まるのは当然のことだ」
「はい。その通りです。おそらく侵攻があるものと」
「そうだ。優を守り切れるか」
「現時点では、正直なところ難しい状況です」
「……そうか。だが今日の怜良の様子では、どこか自信があるように感じたが」
悠翔天皇は怜良の不自然に強気な様子が気にかかっていた。
「怜良はこの四年間で、男性保護局の機密費名目の金額について、優先命令権を幾度も発動し、四千億円を使用してきました。機密費の限度総額を超えても命令権を発動して資金を消費しています。その使途は局内にも私にも一切明らかにしていません。警護隊に対しても調査しましたが、誰も情報を明かしません。
その金額の消費の中心は十人の特等男性保護官によるもののようです。彼女たちは世界の修羅場を渡り歩いてきた者たちです」
怜良付の特等男性保護官は、十名に増員されている。
「そして追加の正規装備費用でも四年間で五千億円に達しています。怜良は武器の携帯と使用の制限解除を、自分の指揮権の範囲内にある特等男性保護官と警護官にも適用しています。それについては私が許可しましたが、その後、警護隊にも重装備を供与し、航空機や各種ドローンも多数保有しています」
特務隊は二百名に増員され、特等警護官の副隊長も四名に増員されている。
「ですからおそらく、第四市出張所は、この国で一番安全なところと言っていいのではないでしょうか。そこに保護してなお優を守れないならば、それは我々の力を超えております」
六勝は認識を素直に悠翔天皇に明かした。
「そうだな。もしそれで駄目なら、それこそが神の罰と言っていいのかもしれぬな」
悠翔天皇が諦めたように笑った。
「今後はいつ何が起こるか分からぬ。だから特一級要人の指定の事実も、必要に応じて公開する。それに先立ち、明日の午後、わが国の中枢人物たちには公開するつもりだ。六勝、怜良が保護の責任者であることも伝える。
指定の公開の対象は、皇族、侍従長、元老、三権の長、十大貴族の長だ。そうすれば指定の公開の時には混乱が少なくて済むであろう。これに伴う権限の拡大に関する処理は任せる」
「わかりました。適宜処理いたします」
六勝はついに来るべき時が来たと、覚悟を新たにした。
「今後は優の歌に影響力があることが判明し、様々な危険や混乱が生じるであろう。だが我々はそれでも優の好きにさせるしかない。それ以外に我々にできることはない。危険を恐れて優に何もさせないならば、我々に未来はない。
だから危険が生じようとも、我々は優とともに進むしかない」
悠翔天皇が続ける。
「神の罰の再発動が起こり、優が生まれた。これを偶然とは思わぬ。この十二年間、優を見てきて、やはり彼は人類存続の手がかりであるとしか思えぬ。
神の罰は人類を滅ぼす力であり、優は人類を存続させる力の手がかりだ。
両者をもたらした神が同一かどうかは分からぬ。だが何らかの神が、救済の道として優を我々人類に与えたことは間違いない。だから我々は優とともに歩んでゆく以外に道はない。
六勝よ。
我々人類と優は一蓮托生だ。これから多くの困難が起ころうとも、優を頼むぞ」
悠翔天皇は六勝にそう言った。
「はい。九年前と変わらず、陛下の勅命にわが全てを捧げる所存です」
六勝は深く頭を下げ、そう言った。




