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42 修学旅行

「おはよう、優くん」

「おはよう、若林わかばやしさん。みんなおはよう」


 五月に入り、優は通学を再開した。

 一組の女子生徒たちと仲良くなり、挨拶を交わす。


「修学旅行の予定表だけど、今週中の提出だからね。優くんも何か希望があれば早めに言ってね」

「うん、わかったよ。今のところ何もないよ」


 五月は二泊三日で第七十六中学校一年生の修学旅行がある。

 行先は首都だ。訪問予定地は決まっているが、途中には自由時間があり、その班ごとの予定表を学校に提出する必要がある。

 優は塚原ひより、関口このみ、苅橋希のほか、寮生の若林涼子わかばやしりょうこ吉岡よしおかかおりと同じ班に入った。他の班は五人だが優が入り六人となっている。


「国会議事堂、首都タワー、皇宮、国立博物館、国立音楽館が集団で訪れるところだから、結構忙しいわよ。お土産もある程度選んでおかないと、悩んでいる暇はないわ」


 若林涼子の真剣な眼差しにたじろぐ。


「そんなにシビアなスケジュールなの?」

「何を今更なことを言っているの、優くん。人が大勢いる首都で、あちこち目移りしていたらあっという間に時間が無くなるわよ。そうならないように、今から予定をしっかり組み立てるんじゃない」

「そうなんだね。知らなかったよ」


 優は旅行も修学旅行も初めてなので、勝手が分からない。


「そうだね。道順や訪れるところはきちんと決めておかないと、ウロウロしているだけで終わっちゃうね」

「私も首都には行ったことないから、まごついているうちに終わっちゃいそう」

「そうだよ。来週だから時間ないよ」


 皇宮かあ。悠翔さん元気かな。

 優は吞気にそんなことを考えている。


「優くん、わかっていない顔をしているわね。男の子だからって、何とかなると思ってないかしら?」


 ビシリと若林涼子に指摘され、優は我に返った。


「……そんなことないよ。真面目に考えているよ」


 優は目が泳ぎながら、しどろもどろに答える。


「そうかしら。まあいいわ。到着するのが昼。そして国会議事堂、首都タワー。二日目の午前に皇宮、午後に国立博物館。最終日の午前に国立音楽館よ。最終日の午後二時に出発だからね」

「わかったよ。二日目と最終日に少し時間がありそうだね」

「そうよ。二日目の午後三時から四時間、最終日の午後の二時間ね。途中でお土産や記念品を買うけど、最終日の二時間で買うのが一番やり易いわ。だからどこか訪れるなら、二日目の四時間を使うことになるわよ。お土産のお勧めの店や道順なんかは寮の先輩方に聞いて調べてあるから大丈夫よ」


 若林涼子はすっかり取り仕切っている。中学一年生ながら有能なようだ。


「その時間に訪れる場所は決まったの?」

「まだよ。みんなで考えているところよ」


 優には何も思いつかない。


「ねえ、男性保護局を訪問するのはどうかな」


 塚原ひよりが言う。


「男性保護局? みんな興味があるの?」


 意外な提案に、優が聞く。


「もちろんだよ。男性保護局で保護官になるのは、女子にとっては人気がある進路だからね。男の子と関わっていくことを仕事にするのはやりがいがあると思うよ。

 それにね、怜良さんがいるから少し案内してもらえるかなって思ったの。普段は入れないと思うから」

「そうだね。せっかく優くんと怜良さんがいるから、訪問しやすいかも。どうかな」


 優はみんなの要望を聞いて、怜良に聞いてみることにした。


「怜良さーん。ちょっと相談なんだけど」

「あら、何かしら」

「来週の修学旅行の二日目の午後夕方にね、男性保護局を訪問したいなって話になったんだけど、出来るかな」


 怜良は少し考え込み、答えた。


「ええ、いいわよ。私が案内するわ。男性保護局本部よね。色々見せてあげるわ」

「みんな、怜良さんはこう言っているけど、訪問先は男性保護局本部でいいの?」

「ええ、もちろんよ。怜良さんに案内してもらえるなんて嬉しいわ。よろしくお願いします」

「やったー! 現役一等男性保護官に案内してもらえるなんて、なかなかないよきっと」

「男性保護局本部なんて入れないよね」


 みんなが喜ぶ。


「それじゃあ、それで予定表を出すからね。怜良さん、ありがとうございます」


 若林涼子がそう言って話をまとめた。





 第七十六中学校にはバスが四台停車している。

 修学旅行の出発の朝だ。


 優にとっては初めての修学旅行。初めての旅行。

 荷物を大きなバッグにまとめ、荷物室に入れて元気に乗り込んだ。

 怜良は担任とともに最前列に乗る。


 担任の黒須綾香が点呼をとり、全員の乗車を確認して出発した。

 優の初めての首都への移動で、大規模警備が実施されている。


「いままでは男性居住区画と咲原しか知らなかったから、こうして旅行するのは初めてなんだ」

「男の子はあんまり一般市民区画では外出しないんだね。でも私も首都は初めてだから、今日は知らない景色ばかりだよ」


 優は隣の座席になった吉岡かおりと話す。


「首都には男性が沢山いるって聞いているから、どんな状況なのか少し楽しみなんだ。普段あんまり見かけないからね」

「そうだよね。私もほとんど見たことないから、沢山男性がいたらびっくりしちゃうかも」

「首都って言えば、いつもお土産に首都タワー饅頭をもらうから、今日はやっと本物の首都タワーに行けるから楽しみ」

「私も首都タワー饅頭食べたことあるよ。本店だからすごいんだって言われた」

「それ、僕もいつも言われるよ。並んだんだって、誇らしげに言われるよね」


 二人で笑い合う。


「吉岡さんはクラブには入ったの?」

「うん。文学クラブだよ」

「文学クラブって、小説を読んだりするの?」

「小説でもいいし、詩や歴史の本を読んだりもするよ。書物を扱うことであれば何でもいい感じ。実際には電子データだけどね。

 ただ読むんじゃなくて、先輩や他校の生徒と感想や検討のやり取りをしたりするよ。自分で小説を書いている人もいるし」


 優は文科系らしいクラブを聞いて、前世のイメージ通りだと思った。


「そんなに幅が広いなら、人が沢山いそうだね」

「うん。所属している人は多いよ。簡単に言えば情報交換がメインみたいなものだから、掛け持ちする人が多いの。自分が読みたい分野の本の情報が揃うからね」


 結構社交的なクラブのようだ。


「吉岡さんはどんな本を読むの?」

「私は時代小説が多いよ。歴史に沿った小説だね。結構面白い本が多いから、クラブでも人気だね」

「へえ、そうなんだね。歴史小説は読んだことないな。恋愛小説とかは読まないの?」

「恋愛小説はほとんど読まないね。男性との恋愛は現実じゃあり得ないから、人気自体がないよ。友情とかの本が人気だね」

「そうか。やっぱりそうなんだね」


 優は前世界との違いを考えた。


「前世界の書物も読んだりするの?」

「前世界のものは人気がないから、読む人は聞いたことないよ。優くんは前世界の書物に興味があるの?」

「うん。僕は小さい頃から前世界の文化に触れてきたから、これからは前世界の研究をしていきたいんだ」

「珍しいね。私は前世界の書物は読んだことないから、全然知らないよ」

「前世界は現世界と全然違う文化だから、勉強になるよ。AIじゃなくて人が作っている文化だからね」

「そうなんだ。優くんが言うなら何かいいものがあるのかもね。今度教えてね」


 そんな会話を交わしながら途中で休憩を挟み、昼に首都に到着した。


「このお店で昼食になります。一時間後にここを出発して国会議事堂、首都タワーに順次行きます。お土産は首都タワーで買えますから、集団から離れないように気をつけてください」


 黒須綾香たち教師が生徒をまとめ、昼食となった。


「わあ、綺麗なお店だね。なんか首都に来たって感じがするよ」

「お洒落なお店がいっぱいあるね。イメージ通りだね」


 いつもと違う環境で生徒たちがおしゃべりをしながら昼食を楽しむ。


「首都ってビルがいっぱいだね」

「そうだね。やっぱり人がいっぱい」

「田舎とは景色が違うね」


 同じ班で座り、みんなが話す。


「やっぱり男の人が時々いるね」

「そうだね。田舎じゃ村に一人だから、多く感じるね」

「ここは特別行政区だから、一般行政区とは違うよね」


 まだ十三歳の中学生たちにとって、首都は何もかもが新鮮に見えた。

 前世の記憶を持つ優は、かつてたまに見た写真や書物の記述から世界最大の日本の首都圏を知っていたので、この国の首都は閑静に感じた。効率配分が達成された社会の都市は洗練された雰囲気を持っていた。


 昼食が終わり、国会議事堂を訪れた後、首都タワーに到着した。

 優が映像で見ていたよりもずっと大きい。生徒たちは展望台に上がった。


「わあ、すごいよ! 遠くまで見える」

「遮るものが何もないね」

「うちはあっちの方角だよ。見えるかな」

「街が広がってるのがよくわかるね」


 女子生徒たちは眺望にはしゃいで回る。

 優もその景色に目を奪われた。前世では動けなかった優にとって、自分の目で地平線まで続く遠くの景色が見えることが一番印象を強く感じた。夕日が近づく景色は、写真とは違う迫力があり、しばらく見入っていた。


「今日はすごかったね。首都タワーがあんなに大きいなんて思わなかったよ」

「想像よりずっと大きかったよね。街並みが小さく見えて怖かったよ」

「風でゆらゆら揺れていて、降りてきてもしばらく揺れてる感じがした」

「学校で勉強した施設が沢山あって、首都ってすごいんだね」

「人がみんな忙しそうにしていて、仕事は大変そうだと思ったよ」


 宿泊施設に到着し、みんなが思い思いのことを話しながら施設のレストランで夕食を食べている。

 一日中女子生徒たちと過ごすのは初めてなので、優は家とは違う環境に来ている実感が湧いていて、旅行特有の感覚を楽しんだ。


「優くんとは別の部屋で宿泊だけど、明日もよろしくね」

「うん。今日はみんなと見て回って楽しかったよ。また明日ね」


 個室が振り分けられた優は、窓から見える夜景を眺めた。首都タワーがライトアップされ、夜空にそびえたっている。

 前世では見ることのなかった景色に、部屋の明かりを消して見入る。


 前世では経験できなかった修学旅行に来ることができて、優は夢が一つ叶って幸せだった。




「それでは今日のことを話すわよー」


 入浴を終えて、野球クラブの若林涼子が宿泊部屋で班員に声をかける。まだ就寝時間には早い。


「それって、優くんのことでしょ?」

「そうに決まってるじゃない。来年以降には優くんとは違うクラスになるかもしれないし」

「そうだね。男の子と修学旅行に来るなんて、一生の思い出だよ」

「あと二日間、優くんには嫌な思いをさせないように、話し合うのよ」


 昼間に買っておいたお菓子を広げ、準備が整う。


「かおり、バスの中ではどうだったかしら」

「優くんとは文学クラブのこととか話して、楽しそうにしてくれたよ」

「それなら良かったわ。帰りは希だから参考にしてね」

「ええ、大丈夫よ。撮った写真を見せて、色々感想を聞こうと思ってるわ」

「希はさっそく写真クラブの腕前を発揮してるよね」


 苅橋希はカメラを持参し、多くの写真を撮っている。


「男の子ってどんなことをしたいのかしらね」

「こういう旅行だと一緒にいる時間が長いから、気になるよね」

「首都タワーの展望台では夕日に見入っていたよ」

「夕日、きれいだったね」

「そう言えば優くんは景色を見るのが好きそうよね」

「うん、そうだと思う。バスでも遠くの景色とか通過する街並みとか、結構食い入るように見ているときが多かったよ」

「男の子は男性居住区画で育つから、外の世界に興味があるんじゃないかな」


 みんなお菓子をポリポリ食べながら話が弾む。


「男の子の生活は男性保護局に管理されているから、安全ではあるけど変わり映えしないのかもね」

「まあ、いわば温室育ちになるからね。でも優くんは毎日走ったりしてトレーニングをしているっていうし、他の男の子とは違うよ」

「そうね。私たちと普通に話してくれるから貴重な男の子ね。話ができなければ、そもそも意思の疎通も難しいし」

「今日もご飯食べてる時にも色々聞いてくれたし、なんだか優しい目で私たちを見てる時が多いよね」


 部屋のポットで紅茶を淹れる。


「年齢は同じでも経験や知識量が違うから、私たちとは感覚が違うのかもね」

「一等男性保護官は女性の中でも抜きんでている存在だから、そういう女性とずっと過ごしていると、私たち普通の女子中学生は子供に見えるよね」

「うん、それは言えるね。それに優くんはとびきり頭がいいし、私たちとはちょっと生きている世界が違うかもしれないね」


 話をしながら、みんな荷物の整理をしていく。


「優くんは前世界の文化に興味があるって言ってたよ」

「あ、それは私たちも知ってるよ。小さい頃から自分で調べてきたんだって」

「すごいよね。そんなことしながら普通の教科範囲も勉強してたんだから、男性保護局の教育ってすごいんだと思ったよ」

「でもうちの村の大人の男性はそんなこと言っていなかったから、優くんだけじゃないかな」

「そうなのかな。何にしろ、優くんが特別なのはかわらないよね。だからこそ今の時間が貴重」

「そうだよ。その通り」


 話をしながら提出用の日記を書く。


「明日は男性保護局本部の見学があるから、怜良さんと優くんの生活の秘密が少しはわかるよきっと」

「そうよね。本部なんて普通入ったことないわよね」

「怜良さんは一等男性保護官だけど、何か役職でもあるのかな。第三十八支部所属だろうから、本部ではどうなんだろう」

「案内してくれるって言うぐらいだから、何か伝手があるんじゃないかな」

「そうだろうね。それか一般人向けの見学コースを簡単に回るくらいかな」

「本部の見学は聞いたことないから、それでも貴重だね」

「私は将来男性保護官になりたいから、明日は期待が大きいよ」

「私も優くんを見ていて、あんな風についていられるなら、男性保護官になるのもいいなって思ってるんだ」

「みんな考えることは一緒ね。私も優くんが出席するようになってから男性保護官のことを調べ直したんだけど、小さいときから面倒をみるから、きっとかわいいんだと思うわ。

 でも試験がすごく大変だった。さすが人気ナンバーワンの仕事だわ」


 女子生徒たちは女子会を楽しんでいた。


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