35 ダンス
男児の榎本仁が立ち去ったが、まだ午後一時くらい。
会場は活気がある。週末は三連休なので、中日の今日は来場者は誰もが元気に過ごしている。
「みんな色んな競技をやってるんだよね」
「ええ、全体で四百人くらいが競技に参加しているから、楽しく過ごしているようね」
怜良は時々各会場をチェックしているので、観客の様子も含めて把握している。
「優くんは何か参加したいものはないの?」
「たくさんあるんだけど、あり過ぎてどうしようかなって」
「観戦して回るのも楽しいわよ」
「じゃあ、ちょっと見てまわっていい?」
「ええ、行きましょう」
とりあえずこの世界のスポーツを見てみないとね! と思って優は足早に見て回ることにした。
「そう言えば中森さんたちはバレーボールをしているみたいね。元気よね、みんな」
「そうなんだ! 見に行こうよ」
「ええ、行ってみましょう」
体育館に入ってみると、何やら白熱した大歓声が聞こえてくる。
「おりゃあ!」
「任せろ!!」
怒号とともに何かが弾けるような音がする。
「あ、やってるわね」
特等男性保護官の四名がコートで分かれて、一般市民や警護官を交えてバレーボールをしている。
警護官は身長が二メートルを超えており、特等男性保護官も体力おばけなので、ボールを叩く音がおかしい。
「杉野! サーブで崩してくれ!」
「ああ、いくぞ!」
バアンン! と大きな音を立てて、百八十センチの杉野特等男性保護官がジャンプサーブを打ち込む。打点の高さがおかしい。
それを反対コートの二百十センチの戸波警護官班長が体勢を崩されながらもレシーブし、一般市民がトスを上げる。
「頼んだよ!」
「おりゃあ!」
ドバン! と破裂するような音を立てて、百八十センチの中森特等男性保護官が高い打点からブロックをかすめてスパイクを打ち込む。
それが決まり、点が入る。
うおおおおおお! と周りは大歓声だ。黄色い歓声ではない。
「ねえ、バレーボールってあんなに凶暴なスポーツなの? なんかイメージと違うんだけど」
「そうね。少し強めかしら」
「少し?」
前世でバレーボールを本で知っていた優は、コート脇に来て目を丸くしている。
「お、優か! お前も混ざるか?」
「いや、いいよ。頑張ってね」
中森特等男性保護官が声を掛けてきたが、優は命が惜しかったので即座に辞退した。
その後も「わははは!」と笑い声を上げながら試合を続ける人々を見て、優は早々に体育館を出た。
「なんか凄かった。男性保護官だから、あんなに激しいのかな?」
「みんな楽しそうね。他の競技も身に行きましょうか」
「うん」
優は気を取り直して、隣の建物に入った。
すると、またしても大歓声。ちょっと嫌な予感がした。
「こっちだ!」
「頼んだよ!」
「ぶちかませ!」
どうやらバスケットボールをやっているらしい。
しかしまたもや何かがおかしい。
選手がお互いに相手を体当たりで吹き飛ばしている。しかも肩から当たって行ったりして、コートの外まではじけ飛んだりしている。プロテクターをしている選手もいる。
「ねえ、あれってバスケットボールだよね?」
「ええ、そうよ」
「体当たりしていいの?」
「ええ、そうよ。つかんだり暴力はダメだけどね。抑え込んだり当たりにいくのはいいのよ」
二メートルを超える男性保護官と一般市民が、ボールを激しく奪い合っている。
まるでラグビーのようなバスケットボールだ。前世でルールを知っていたスポーツとたぶん違う。
「なんかサイボーグの格闘みたいだね」
「これが醍醐味よ。人気のあるスポーツね。男性にはちょっと厳しいかしら」
「これがスポーツなんだね」
今日ここまでで優が見たスポーツは、野球、バレーボール、バスケットボール。
これまでに優が見たことがあるスポーツは、男性居住区画での男児同士のスポーツだけだった。
しかし今みているものは、どれも人間とは思えない激しさだ。
「次を見に行っていい?」
「いいわよ」
近くの芝生フィールドではサッカーをやっている。またもや男性居住区画で見たものと明らかに違う。
「ねえ、あれってサッカーだよね?」
「ええ、そうよ。面白そうでしょ?」
いや、どうみてもラグビー。ボールの動きはサッカーだけど、普通に腕で身体にタックルしている。あれってラグビーだよね? ゴール前で競り合いからシュート体勢に入ると、真横から腰にタックルを受けてなぎ倒されている。前世で本で読んだサッカーや男性居住区画で見たサッカーと違い過ぎる。
優はその後も競技を見て回るが、どれも想像を超えていた。
やり投げでは、飛距離を競うのではなく、離れたところにある標的を槍で力任せに射貫くという、人間シューティングゲームだった。しかもかなりの距離の的。槍がうなりをあげて飛んで行っていた。標的は硬さがあり、少し当たったぐらいでは刺さらない。優は、よく考えたらダーツに似てるかな、なんて思ったりもした。
陸上トラック競技も想像以上のスピードでみんな走り抜ける。前世で知っている記録と違う。一般市民だよね? と信じられない気持ちになった。
「ねえ、怜良さん。今みてきた参加者たちって、なんか凄い選手だったりする?」
「一般市民だから、自分の得意な競技に出ているだけね。それぞれの競技の力自慢たちよ」
「そうなんだね。よくわかったよ」
優はこの世界で男性が労働をしないでいい理由が少しわかった気がした。
女性の身体能力が高すぎる。しかも老化が遅いから、成長期間が長く、男性の出る幕がない。
自分が今後、あんな風になれるとは思えない。
男性は守られる存在なんだと改めて感じた。
優は出店でジュースを買ってもらい、ベンチに座った。
「どう、楽しかったかしら」
「うん。すごく勉強になったよ。参加するより観戦したほうがいいかな」
「優くんはまだ小さいから、その方がいいかもね」
怜良と並んで、行き交う人々を眺める。
「この後の進行はどうなっているの?」
「この後は、夕方から大きな火を焚いてダンスをするわ。男性が全員参加するから、女性たちにも人気よ。優くんも参加しましょうね」
「そうなんだね。やり方がわからないけど、大丈夫かな」
「ええ、相手になった女性が合わせてくれるわ。簡単な動きだからすぐ覚えるわよ」
「仁くんも参加するかな」
「どうかしらね。未成年の間は専属男性保護官が判断するから、分からないわね」
「そっか。まだ見たことないし、僕はちゃんと参加するよ」
優は、この世界の人間は身体能力が高いが、今日一日見ていても喧嘩や言い争いなどなく、熱中はするが穏やかな人々なのだと思った。男性人格や男性人口の問題などがあるが、やはり全体としては社会は均衡していて良い社会だと感じた。
「これからもこういうイベントをするの?」
「準備も含めて今日は思ったよりスムーズに進行したし、招待村以外の参加者も多くて楽しそうだったから、運動会だけじゃなくて色々企画してもいいかしらね。設備を考えるとこの一帯では第四市出張所で開催した方がいいのよね。優くんはどう思うの?」
「僕は楽しかったよ。咲坂家のみんなも、村の人たちも、来た人たちも、みんな楽しそうだったからね。警護官の人たちは大変だろうけど」
「警護官も交代で警備しているから、そんなに大変じゃないわよ。それにこれからは彼らの家族を招待するつもりだから、却って喜ぶわ」
「あ、それならいいね。怜良さんも呼んだら?」
「そうね。呼んでみようかしらね。少し遠いから泊りになるけど」
「うちに泊まってもらえばいいよ。部屋がいっぱいあるし」
「ええ、検討しておくわ。警護官たちの分もね。優くんが楽しいなら、今後も色々企画してみましょうか」
怜良は、優が男性居住区画では他人と交流がなかったので、このイベントを優の社会性を養うために企画した。公開したり職員の家族を呼ぶことは機密に問題が生じるが、それよりも今日の優の様子を見て、今後も続けていく方がいいと思った。
「わあ、すごいね!」
組み上げた木に火が入る。
夕暮れに大きな炎が上がる。
「ダンスは簡単な動きだから、すぐに覚えるわ。ステップというほどのものはないしね」
「そうなんだ。怜良さんが教えてくれる?」
「ええ、もちろんよ。始めは私と踊りましょう。一回で一分くらいの短い踊りだから、その後、どんどん交代していくわ」
「誰と交代すればいいの?」
「女性が声をかけてくるから、好きな人と踊ればいいわ。ちなみに同じ村の人とは踊らないルールよ」
「わかったよ。がんばるね」
男性も集まってきて準備を始めた。招待村以外からも沢山の人が来ているので、男性が二十人ほどの参加となっている。全員銀髪だ。優がこんなに男性を沢山みるのは、乳幼児施設以来だ。
どうやら仁は参加せず帰ったようだ。男の子は優だけ。
「あ、顔出すの忘れてた。ごめんなさい、乙山さん」
「ははは、いいんだよ。ちゃんと楽しんでたようだね。ダンスはゆっくり踊って楽しむといいよ」
「はい、そうします」
優は同じ村の乙山竜蔵と言葉を交わし、怜良と手をつないでダンスの準備をした。
楽団ではなく、音響スピーカーからきれいな音楽が流れる。
この世界で男性には恋情がないが、女性には恋情があるので、男性とのダンスは一番の楽しみとなっている。男性との恋愛が事実上存在しない世界で、女性は控え目な好意や好奇心を男性に向けるだけだ。それでも男性とダンスをできることは女性にとって大きな喜びとなっている。
優は前世で恋愛を経験したことも語り合ったこともなく、歌で知っているだけなので、この世界の女性の心理はよくわかっていない。
「まずは膝を曲げてお互いに一礼よ」
「うん、わかった」
「そして手を取って、身体を寄せて、ゆったりと音楽に合わせて動けばいいだけよ」
「わかった」
「優くんは女性と自然に目を合わせることができるから、それで十分ね」
派手な動きはなく誰でもすぐに踊れる。
これは踊ることよりも交流のための時間なので、穏やかな曲が流れる。
「上手よ、優くん」
「ありがとう。怜良さんが教えてくれたから」
「楽しい?」
「うん、とっても」
身長差のある怜良を見上げて、優が微笑む。
「優くんをいつも一人にしてしまっているから、今日は楽しそうでよかったわ」
「今日は楽しかったよ、ありがとう。いつも一人じゃないよ、怜良さんがいるよ」
「優くんは学校に行ってないし男の子との交流もないから、心配だったのよ」
「僕にはやることが沢山あるから、今の生活がちょうどいいよ」
前世のことがあるので、優はただ日常を健康に過ごすだけで、大変な満足だった。
「村の人たちとの交流も出来ているし、少しずつ世界を広げてあげたいわ」
「ありがとう。僕は怜良さんがいれば何もいらないけど、怜良さんがそう言うなら、いろいろ経験してみるよ」
「優くんはきっと沢山の人たちから愛されるようになるわ」
「そうかな。そんなこと考えたこともないよ」
「もうすでに沢山の人たちから愛されているわよ」
優には他の人からの愛情は、一番理解できないものだった。
何度も本に出てきた愛情や恋情というものは、どんなに勉強しても、存在は理解できても内容は理解できないものだった。
窓の向こうにしか存在しない世界の出来事は、優にはその心を理解するのは困難だった。
社会から排斥されていた優には、愛情の当事者となった経験も、人の心を実感する経験もなかった。
幼少から衣食住が足りるのみで満足しなければならない人生では、人間の心は別世界のものだった。
前世での人生に恨みも嘆きもなかったのは、本当は満足ではなく諦めだった。
死亡の前に身体が衰弱していったのも、心の底で人生を諦めていたからだった。
だから通算で二十歳を超えていても、怜良と出会って、怜良へのその時の気持ちも今の気持ちも自分で理解できていなかった。
だから怜良が教えてくれた「思いやり」の意味を理解することもできなかった。
そして今いわれた「愛される」という言葉の意味も、論理的意味しか理解できなかった。
自分がその当事者になることなど、今になっても想像さえできなかった。
この世界でも、心の底で、優は人と同じ幸せを得ることを諦めていた。
そういう人生なのだと、自ら信じ切って疑わなかった。
怜良から受ける気持ちも仮初めのもの、職務上の義務に基づくもので、やがて消え去るものと信じていた。
人生は自分ただ一人だけで生きていくものだと、信じて疑わなかった。
心のある人間として扱われることを当然に諦めている優には、真似することはできても、人の心は実感できず、自らに備わることもなかった。
神と呼ばれるものが定めた人類存続の条件は達成困難なものだった。
それが廃棄を決めた人類に課された試練の正体だった。
「そうなのかな。よくわかんないや」
「きっと分かる時がくるわよ。急がなくていいわ」
怜良がそう言って優しく微笑んだ。




