34 地域運動会
五月の終わり。
爽やかな週末の晴天。今日は運動会日和だ。
第四市出張所の協賛で、咲原で地域運動会が開かれる。
第四市出張所は、記録上は小規模官庁だが、工事は大規模に実施されたため、近隣からは相応の施設と認識されている。そこで運動施設だけの公開が決まった。近隣には男性保護官と警護官の訓練施設ということになっている。
近隣の村人も招待され、十の村から想定七百人以上の人々が集まっている。
この運動会は地域交流が目的であるため、様々な出店が設置されており、お祭りのような雰囲気となっている。早朝から各村からの特産品も持ち込まれ、バザーも開催されている。身元確認は必要だが招待村以外からの来場も自由なので、子供を含め招待村以外からも大勢来場して賑やかだ。実際には千五百人程度が来場していた。
第四市出張所のグラウンドや練習場も数多く開放され、地域住民の参加による様々な競技が行われる中、午前はこれから野球の試合が開催される。咲原の警護官選抜チームと男性保護官合同チームによる対抗戦だ。
「人がいっぱいだね」
「ええ、そうね。天気がよくて良かったわ」
この地域運動会開催を主導した怜良が嬉しそうにしている。全体運営と警戒は一般警戒訓練の一つとして、特務隊に任せている。今後も定期的に開催するので、まずはその演習となる。各会場の進行はAI任せになっている。
怜良は手元の端末で各会場の状況や警戒状況を時々チェックするが、運営も特務隊が上手に捌いているので、何も手出しをする必要がない。
「今日は未成年の男の子が一人いるわよ。もしかしたら友達になれるかもね」
「そうなんだね。まだ男の子の友達は誰もいないから、会えるといいな」
「その子の専属男性保護官が野球大会に参加するから、そこに来るはずよ。優くんの三歳年上だから、見つけたら紹介するわね」
「うん。ありがとう」
第四市出張所の前はすごい人出だ。
「やあ、優くんと怜良さん。こんにちは。たしか野球の試合はもうすぐだね」
「乙山さん、こんにちは。怜良さんが出場するから、見に行くんだ。乙山さんはどこに行くの?」
「僕は知り合いに会いに行くんだ。今日は近所の村から男性がみんなやってくるからね。久しぶりにみんなで飲むんだよ。優くんも顔を出しにおいでよ。新顔に会えて、みんな喜ぶよ」
「そうなんだね。時間を見つけて行くよ。酔いつぶれていないでね」
「ははは、それは自信がないな」
男性たちも普段と違う華やかな雰囲気に楽しそうだ。
挨拶を交わし、優たちは野球広場に向かう。
「もうすぐ時間なはずだけど、みんな揃っているの?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。さっき連絡があったから」
そんな会話を交わしていると、聞き慣れた声を掛けられた。
「やあ、優よ! 私の雄姿を見に来てくれたんだな!」
「あ、千景おばちゃん! こんにちは。おばちゃんも出るの?」
「もちろんだ! 私の球はなかなか打てないぞ!」
「千景おばちゃんはピッチャーなんだね。頑張ってね」
「うむ。任せておけ!」
六勝は五十五歳だが、まだまだ現役だ。
この世界の人々は、六十歳でも三十歳と変わらない。前世界での肉体改造により、当然のことながら外見についても長命化が行われ、六十歳を過ぎてようやく身体の老化が始まる。前世界では寿命も二百歳程度まで長命化が可能であったが、健康寿命に合わせ、九十歳代までの寿命となっている。
その結果、警護官や特等男性保護官は四十歳五十歳代が中心であるにもかかわらず、皆三十歳くらいにしか見えない。二十歳代に見える者もいる。
さらに、前世界では筋肉、筋、骨格に対して強化改造が行われていたため、外見上はほとんど筋力増強の変化が見えない。筋肉繊維自体が改造され、しかも先天的に数が増えているため、筋力増強をしても肥大がほとんどないためだ。
加えて長身であるため、誰もがスラリとした肢体である。訓練を積んだ人間は、外見が変わらないまま強靭な肉体を持っている。クローン技術が誕生する前の人類と比較して、現世界の人類は身体能力が大きく向上している。特に女性の能力向上が大きい。
「ちゃんとみんな揃っているようね。じゃあ、私は行ってくるから、優くんはご家族と一緒にいてね」
「うん、わかったよ。応援しているから頑張ってね」
「ええ、見ていてね」
怜良は優を警護官たちに任せ、チームに合流した。
優は警護官に連れられ、咲坂家のいるところに案内された。
「あ、お兄ちゃんだ」
「八弥のお兄ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。八弥、もう来ていたんだね。お友達も一緒だね」
「うん。みんなで一緒に見ることにしたんだよ」
「そうか。仲良くね。僕もここで見ているからね」
八弥が友達たちと座っている。五人くらいでお菓子を食べて、わちゃわちゃしている。
「優、怜良さんはもうチームに合流したのかい」
「うん。千景おばちゃんと一緒に行ったよ」
「じゃあ、こっちにおいで。食べ物も沢山あるからお食べ」
「ありがとう。いなり寿司もらっていい?」
「はいよ。太巻きも乗せておくよ」
「ありがとう」
野球広場は、外野が芝生になっており、見た目がきれいだ。観戦席には座席はなく、芝生が緩やかな勾配ですり鉢状に広がっている。内外野には目に見えにくい丈夫なネットが張られており、打球が飛んできても安全だ。
多くの観客が敷物を広げて、家族や友人やペットと一緒に観戦している。普段は目にしない警護官と男性保護官との試合が見れるとあって、人気が高いようだ。観客は端末とともに詳細を確認しながら観戦する。
そうしていると、両チームがユニフォームとスパイクに着替えて出てきた。
両チームの選手が紹介される。
警護官選抜チームは全員警護官で、身長二メートルを超えている。
男性保護官合同チームは四名の特等男性保護官、怜良、六勝のほか、招待村の南雲から一等男性保護官である工藤夏美、同じく招待村の双山から一般男性の秋原基樹、そして地元枠として咲坂巴が出場する。
「あれ、巴さんも出るの?」
「ああ、優を驚かせようとして内緒にしていたんだよ。最近、毎日こっそり練習していたんだよ」
「あの子はいい歳してやんちゃよね」
「巴さんはこういう時はじっとしていられない人だからね」
観客席から見ていると、巴さんははしゃいでいて一番楽しそうだ。
「男の人がいるよね。あの人は?」
「ああ、あの人は現役のプロ野球選手だよ。今日は特別参加だ。シーズン中だけど、男性だからチームを離れてこっちに参加するんだね」
「なんだかすごいね!」
「さすがに女性プロの中じゃ秋原さんは見劣りするが、それでも投手で百七十キロ近くを出すよ」
「すごいんだね。男性のスポーツする姿を見るのは初めてだよ」
「今日は六勝さんと秋原さんが投手を務めるんだろう」
「千景おばちゃんもすごいのかな」
「六勝さんの実力はよく知らないけど、先発投手だから自信はあるんだろうね」
ユリばあさんと優がそんなことを話していると、桜が言った。
「今日は警護官選抜の方がすごいのよ。あの人たちは全国警護隊でも選抜されるような人たちなんだから」
「そんなにすごいの?」
「ええ。そもそも全国警護隊選抜はプロチームとも互角に戦える選手層だから、男性保護官チームに秋原さんが参加して何とか勝負になるくらいかしら。巴は素人だし」
「なんか想像以上に本格的な試合になるんだね」
「そうよ。だから差がありすぎて一般チームとの試合はしないし、観客もこんなに多いのよ」
桜がそんな説明をしていると、選手が守備位置についた。
試合が始まる。前世の野球よりもベース間は長く、全体に広くなっている。この世界の人間のパワーと走力からすると前世の球場では狭すぎるのだ。そしてバットは強化木材を使用している。スイングが早いため、強化しないとすぐに折れてしまう。そして審判は全てAIだ。正確に判定する。
先攻は警護官選抜チーム。男性保護官チームの先発投手は六勝。
六勝が初球を投げる。
「すごいね! 千景おばちゃんも百七十キロだって!」
「あの人もプロ並みだね」
六勝が三振を奪った。
「すごいよ! 三振だよ!」
「そうだね。勢いがあるね。一巡するまでは押し切るつもりだろう」
次の打者は追い込まれた後に「ガキン!」と音を立てて三塁線にヒット。歓声があがる。
「ねえ、打ち返した球が見えなかったんだけど」
「ああ、スイングが早いから、慣れないうちは打球は見えないね。捕る方は大変だよ」
などとユリばあさんは恐ろしいことを言う。
あんな球が身体に当たったらどうするんだろう、と優は思った。
後続の打者二人を凡打に打ち取ると、交代になった。
「優ー! 見ていたかー!」
一塁側に戻ってくる六勝が、手を振って大声で優に声をかける。
「すごいよ、千景おばちゃん! 頑張って!」
優は大きな声で声援を送る。周りも盛り上がっている。
「さあ、次は攻撃だね」
ユリばあさんが言う。警護官選抜の投手は背が高い。
「あの安藤投手はトッププロに近いレベルね。身長二百二十センチよ。プロでもチームで二番手くらいの投手ね」
桜が言う。桜は意外とスポーツに詳しい。
「特務隊のみんなには頑張って欲しいけど、今日は怜良さんたちがいるから、男性保護官チームを応援しちゃうな」
「巴もいるしね」
「巴さんは打てるかな?」
「投手は油断するかもしれないから、意外と打つかもね。打順は後の方だから、まだ先ね」
優たちは男性保護官チームに声援を送る。
警護官選抜チームは有名らしく、声援も多い。
安藤投手が初球を投げると百八十キロ。会場がどよめく。
先頭打者の杉野特等男性保護官が空振りする。
「あの背の高さからあの速度の球を投げるから、普通には打てないわね」
「なんか上から投げ下ろしてるように見えるよ」
「そうね。余計に打ちにくいわね」
優たちが声援を送るが、先頭打者は三振。次は目黒特等男性保護官。
意外にも簡単にヒットを打ち、歓声があがった。
「当てるのが上手いわね」
「ええ、逆らわずに打ったわね」
彩と桜が感想を言う。
「あ、怜良さんだ! 怜良さーん! 頑張ってー!」
優たちが声を上げて声援を送る。
怜良はフォアボールを選んだ。
次は男性の秋原。
「あの人は外角と速球に強いはずよ。いま投手のコントロールが安定していないから、打てるんじゃないかしら」
桜がそう言うと、三球目に外角の球を外野に打ち返した。
「わ、やったよ! 点が入ったよ!」
「そうね、やったわ!」
二点が入り、大きな歓声に包まれる。
しかしその後は投手が立ち直り、凡退した。
「すごいね、リードしてるよ」
「ええ、そうね。でも見た感じじゃ、やっぱり地力の差があるわね」
「そうなの?」
「ええ、警護官チームは守備が上手いわ。こっちはエラーが出るんじゃないかしら。打球に追いつくスピードと送球にも違いがあるわ」
「そうなんだね。でも点を取ったからすごいよ!」
「そうね。お祭りみたいなものだし、小細工はしないだろうから、面白い試合になるんじゃないかしら。巴じゃ全く打てないと思うけど」
「巴さんは意外と打ってくれないかな!」
桜の予想通り、その後は秋原と六勝がホームランを打ったが、男性保護官チームは試合に負けた。
観客が両チームに労いの拍手を送る。レベルの高い試合を生で見れて、満足しているようだ。
「みんなお疲れ様! すごくかっこよかったよ!」
優が男性保護官チームに駆け寄って声を掛けた。
「ありがとう。負けちゃったけど、みんな頑張ったわ」
「まあ、結果は残念だったが、いい試合にはなっただろう」
怜良と六勝が答える。
「私も打っただろう! すごい球だったんだぞ!」
「うん、巴さんもかっこよかったよ!」
巴は意外にも二番手投手からストレートを打ち返した。
「優くんだね。名前を聞いているよ。野球は楽しかったかい?」
男性プロ選手の秋原が優に声を掛けてきた。
「はい! すごかったです。野球の試合を見たのは初めてだったけど、楽しかったです」
「そうか、楽しんでくれて何よりだよ。今度はうちのプロチームを見においで」
「はい、是非行きますね!」
秋原は優の頭を撫でて人込みに歩いて行った。
「着替えてくるから、ご家族のところで待っててね」
「うん。お疲れさま」
怜良たちは着替えに行った。
「こんにちは。榎本仁と言います。よろしくね」
咲坂家と一緒にいる優のところに、怜良と男性保護官を伴った男の子がやってきた。
「この子は南雲の男の子よ。優くんに会いに来てくれたわ。三歳年上よ」
「こんにちは。咲坂優と言います。よろしくお願いします」
優は立ち上がってぺこりと頭を下げた。
男性居住区画では誰とも個人的に知り合わなかったから、こうして挨拶するのは初めてのことだ。
「私は工藤夏美よ。仁くんの専属男性保護官よ。よろしくね」
「咲坂優です。よろしくお願いします」
同じく頭を下げると、工藤はにこりと笑った。
優はずっと怜良と二人で過ごしてきたから、特等男性保護官の他には一等男性保護官と会話するのは初めてだった。
「南雲ってどんなところなの?」
「ここからだと南の方にあって、山あいの似たような感じのところだよ」
二人が話し始めると、ユリばあさんが声をかけた。
「よかったらお二人とも座んなさいな」
「そうだよ。座って」
「お邪魔します」
二人が座ると、彩が飲み物を渡した。
「南雲は養鶏と養豚が中心の村だね」
「ええ、畜産の割合が多い村ですね。そこが他の村と違うところですね」
ユリばあさんと工藤保護官が話す。
「じゃあ、卵もお肉も沢山とれるんだね」
「そうだよ。ここの村もうちから買ってると思う」
「じゃあ、毎日食べてるよ! 知らないうちにお世話になってたんだね」
仁は静かに話す。
「優くんはまだここに引越してきたばかりでしょう。大変じゃない?」
仁が年下の優を心配する。
「ううん、大丈夫だよ。みんな優しい人ばかりだし、毎日賑やかで楽しいよ」
「そうなんだね。優くんは元気なんだね」
優は少しだけ違和感を感じたが、初めての男児との交流なので、そんなものかと思った。
「今日は家族の人たちと一緒に来たの?」
「そうだよ。野球の試合の間は一緒にいたんだ。工藤さんが選手として出ていたから、応援していたんだ」
「僕も応援していたよ! みんなかっこよかったね。工藤さんもすごかったよ!」
「うん。そうだね。よかったと思う」
仁はあまり感情を出さず、静かに話す。そうやってしばらく話していた。
「それじゃあ、また後でね。これから仁くんのご家族と一緒に色々まわってみる予定なのよ」
「わかりました。仁くん、またね」
「うん。またね」
そう言って二人は立ち去った。
「随分静かな子だったね」
「ええ、ちょっと静かすぎて心配になったわ」
「優とはだいぶ違う感じだったな」
咲坂家が感想を漏らす。優も同感だった。
「普通の男の子はああいう感じなのよ。はっきりと内面を出すようになるのは成人に近くなってからよ」
怜良がそう言った。
「そうなの?」
「そうよ。優くんが特別なのよ」
「なんでみんな静かなの?」
「男性が人格を固めるには、女性よりもずっと長い時間がかかるの。だから今まで優くんとは成長が違い過ぎて、交流がなかったのよ。成人が近くなるまでは不安定だから、かなり過保護に育てるわ」
優は初めて男児の育成の現実を知った。
「僕も過保護だよ?」
優の基準は前世なので、転生後の生活は過保護に感じていた。「社畜」という言葉と意味を本で知っていた優にとって、健康な身体に三食昼間つきの生活は、子供だけの特権として、王様の生活のように思っていた。
「優くんは過保護というより大事にされているだけよ。他の男の子はとても丁寧に、優しく取り扱って育てるの。家族の協力も大変よ」
「そんなんじゃ、千景おばちゃんみたいな人が専属になったら大変じゃない?」
「もちろんよ。そんなことしたら男の子は立ち直れないわ」
「だからフードコートで大声出しても、誰も何も言ってこなかったんだね」
「まあ、それは色々あるんだろうけど、そんな荒っぽく扱ったら壊れちゃうわ」
「そうなんだね。ちっとも知らなかったよ。千景おばちゃんの扱いはやっぱり荒っぽかったんだね」
優は小荷物のように抱えられて連れまわされた記憶を思い出す。
「だから優くんが他の男の子と話すことがある時は、相手のペースに合わせてあげてね」
「うん、わかったよ。男の子が学校に行かない理由が分かった気がする」
男性は神により恋情が廃棄されている影響で、感情に欠陥が生じており、人格形成に特別な配慮を必要としていた。
「それでも男性を社会の中で生活させなきゃならないんだね」
「そうよ。しかも男性人格が最低限でも備わった男性じゃないと、女性の狂暴化が防げないわ」
「そっか。深刻な問題なんだね」
「ええ。だから男の子らしい人格の優くんの養育は、とても楽をさせてもらっているわ」
「そうなんだね。楽をさせてもらっているのは僕の方だから、いつも感謝しているよ」
「優が元気なおかげで、私たちも楽しいわ」
彩もそう言い、みんな頷いた。
優の男性人格の成長の特殊性は秘密にする予定だったが、特一級要人としての保護が優先されるために、秘密の取扱いとはならなくなっていた。




