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29 国際ハッカー

「怜良さん、ちょっと聞きたいんだけど」

「何でしょう」


 顔合わせの三日後、優を六勝に預けて拠点に出勤していた怜良の執務室を、特等男性保護官たちが訪れた。

 最初の顔合わせの後、怜良の指揮官としての立場を隠蔽するため、特等男性保護官も特務隊も「怜良さん」と呼称することに決まったのだ。悠翔天皇もそうだが、この呼称は優の好みに合わせて怜良が指定している。

 言葉遣いも、指揮官を感じさせないものとするように指示している。


「前に責任者としての業務も私たちにやらせるって言ってただろう。それで予算のことなんだけど、どの位使っていいんだい」

「とりあえず秘密装備には五十億円は即金で出せます」

「「「「そんなに!」」」」


 四名は思わず叫んだ。


「正式装備であれば無制限です。運用できない規模では困りますが。秘密装備については私の承認は不要です。事後承諾で構いません。報告だけはください。正式装備で一度に十億円を超える場合は、事前に承認を得てください。調達に少し時間がかかります。

 最初の一か月で五十億円を使い切って構いません。思う存分やってください。次の予算は用意しておきます」


 四名は目をまん丸にした。


「そんなに使って大丈夫なのかい」

「はい。対象保護のためには金に糸目はつけません。皆さんには命を犠牲にすることを要求しているのと同じですから、思い残すことのないよう、準備してください。ただし秘密装備は保護局の機密費から支出するので、五十億を超える金額になると私の優先命令権を発動しなければなりません。その場合には私の事前の承諾と時間が必要になります」


 四名はせいぜい即金では数千万円と思っていたので、百倍の額を提示されて度肝を抜かれた。

 しかも正式装備は無制限。


「ただし皆さんがここに残留を決めてからの支出にしてください」


 四名は顔を見合わせた。


「ああ、そのことだけどね。全員残るよ」

「いいのですか?」

「私たちは始めからここでやり遂げるつもりだよ。それが特等男性保護官てものさ。前回話があった後、すぐに全員決めた」

「そうですか。それでは皆さん、異動の申し出はないと言うことでよろしいでしょうか」

「ああ、その通り」

「では皆さん、これから仲間としてよろしくお願いします」

「「「「よろしく」」」」




「ちょっと出かけてくる。帰るのは明日になるから、何かあったら怜良さんにそう言っといてくれ」


 優の警護が始まり、昼を食べたあと目黒が同じ歳の田代に言う。


「どうしたんだ?」

「情報戦について、首都に頼りになるやつがいる。そいつに会って話をしてくる。金を使うから皆に伝えといてもらえるか?」

「そうか。伝えておくよ。念のため言っておくけど、システム開示には怜良さんの許可が必要だよ。それはまだ我々の独断では無理だからね。あと土産よろしく。首都タワー饅頭がいいな」

「田舎者まる出しじゃないか、それ。うまいけど。まあ、わかっているよ。いろいろ話がまとまったら怜良さんに話を通すさ」


 目黒は車に乗り込み、首都を目指した。




 首都のある特別行政区。そのうちの産業区画に隣接する住宅地域。

 一軒の安アパートの一階。

 目黒は薄いドアを叩いた。


「おーい。半座はんざ! 会いに来たぞ」


 しばらくして頭がボサボサで、目に隈ができた女性が出てきた。


「あー、目黒か。久しぶりだね。どうしたの、こんなところにわざわざ」

「相変わらずだなお前は。ちょっと話があってな。とりあえず入れてくれ」

「ああ、かまわないよ」


 目黒は中に入る。


「少しは片付けたらどうだ、とは前も言ったな」

「これで片付いてるんだよ。何度言わせるんだい。動かすと崩れるから、触らないでよ。空いてるところに座って」

「まあいいや。ほら、土産のイカの燻製だ」

「おお、わかってるじゃないか。これがあると作業がはかどるんだよ。しかも大輝堂じゃないか。高級品だよこれ。こんなにいっぱい」


 目黒はガサガサと袋に入った燻製を手渡す。

 半座は冷蔵庫から茶をコップに注ぎ、目黒にも手渡した。


「それで、話ってなんだい。隣の部屋はどちらも私が借りてる空き部屋だから声は心配しなくていいよ」


 コンピューターモニターの前に座り、早速袋を開けて二人で燻製をかじりながら、半座が聞く。


「今回の任務に関連してな、情報戦をやらなきゃいけないようでな。手を貸して欲しいんだ」

「ふーん」


 半座は長い金髪が口に入るのも気にせず、金色の目を目黒に向けたまま、しばらく考える様子を見せた。


「相手は?」

「多分、外国政府。場合によっては複数」

「規模は?」

「おそらく特務部隊の侵攻。しかも複数」

「なるほどね」


 半座はもぐもぐ燻製をかじり続ける。


「……てことは、グレード五の障壁を突破してくるつもりか」

「そうなるな」

「ふーん」


 半座の口からイカの足が飛び出して、口の動きに合わせてゆらゆらしている。

 しばらく沈黙が訪れる。


「まあ、わかったよ。この三年くらい、この国には妙な動きがあるからね。何かあると思っていたが、そういうことか」


 半座は腕組みをした。


「手を貸すのはかまわないよ。でも条件がある。

 まず第一に、やり方はここからのハッキングで行う。そっちの拠点にバックドアをつけさせてもらう。いずれ本部の警戒監視センターにもね。

 第二に、私の存在はそっちに知らせないこと。最低限はいいけどね。

 第三に、資金の金額がこっちの要求通りであること。領収書は出せない。

 この三点の条件は譲れない」


 半座はイカの足が飛び出したまま、真面目に言った。


「その口ぶりでは、任務内容がわかっているようだな」

「ああ、第四市出張所でしょう? あそこは要人保護の要塞なんでしょ。装備が尋常じゃないよね。いくら金をつぎ込むつもりなんだい」


 半座は事もなげに任務を言い当てた。イカを噛みながら。


「まあ、想像の通りだな。第三はどの位の金額を言っているんだ」

「あそこの警備支援システムのハッキングに対処するには、特殊なコンピューターが必要になる。グレード五の最小の対処パーツだけで金額は十二億だね」

「それならすぐに支払おう」


 目黒は即答した。


「そんなすぐに払えるの?」

「ああ、もちろんだ」

「そうか。やはり特級要人てことか」

「想像に任せるよ。私も知らされていない」

「そうだろうね」

「他には?」

「今はまだそれだけだね。そっちのシステムの中身を詳しく調べてから、装備を決めていく必要があるよ。当面は五十億くらい、最終的には二百億は見ておく必要があるね。これは報酬込みだよ」

「わかった。それでいい。長期になるかもしれないが、可能か?」

「それはわかってる。それも込みの金額だよ」


 目黒はとりあえず半座の条件を理解した。


「それじゃあ、第一の条件には許可が必要だから、確認してくる。また来るよ」

「許可なんてでるの?」

「どうだろうな。本部でも対策をしてるだろうから、その状況次第だろう」

「現在のあの拠点のシステムと本部のシステムの障壁では、グレード五の障壁を突破してくる外国政府には対抗できないよ。だからこそのさっきの金額」

「そうなのか?」

「そうだよ。今のところ教科書通りの対策にはなってる。もちろんそれで強固な障壁になってるけど、障壁っていうのはわずかなほころびから崩れるんだ。事前に時間をかけて分析されたら厳しいよ。スパイがいることも考えられるしね」

「じゃあ、どうしたらいい」

「一番効果があるのは、攻撃ポイントを誘導してやることだよ」

「どうやるんだ」

「障壁の突破ってさ、実行は短時間でやるわけ。すぐに検知されるから、対応される前にやりきる必要がある。突破して制圧してしまえば再構築まで時間に余裕ができるからね。だから突破する方にはいつも厳しい時間制限があるんだよね。やるのは人間だから、結構焦ってるわけよ。そうするといろいろ冷静ではいられない。そこが狙い目」

「そういうことか」

「特に複数同時の攻撃なら、今のシステムセキュリティでは耐えられないよ」

「わかった。進言してみよう」

「参考になればいいけど」

「ところで引っ越さないのか?」

「ボロに見えるだろうけど、ここからは産業区画が近いからハッキングが一番やりやすい。こういうのは最後はアナログな方法が一番効果があるんだ。だから私にとっては一等地だよ」

「そんなもんか」


 目黒は半座との会話を終え、アパートを出た。





「これ、おいしいね」

「そうだろう。人気があるんだよ。並んで買って来たんだ」

「並ぶくらい人気があるの?」

「そうだよ。本店で買ってきたからな。本店だとちょっと焼印が違うんだ。タワーの絵がちょっと細かいんだよ」

「へえ、そうなんだね。首都タワーって大きいの?」


 家の前の植え込みの縁に腰かけて、日向ぼっこをしながら優は目黒と話している。


「首都で一番大きいんだよ。それに夜はライトアップして綺麗だ」

「そうなんだ。見てみたいな」

「こんな感じだよ」

「あ、綺麗だね。でも大きさは想像つかないな」

「そうだな。それは実際に見てみないと実感できないな」


 映像パネルを見て、そんなことを話す。


「首都に何しに行ったの?」

「昔なじみの知り合いのとこに行ってきたんだ」

「そうなんだ。首都って、写真でしか見たことないから、どんなところかイメージがわかないな」

「男性がたくさんいるのが、こことは違うな」

「首都には男性がたくさんいるの?」

「ああ、いるな。芸能人も多いからな」

「そうなんだ。人がたくさんいるんだね」

「そうだな。いろいろな区画があって、人が集まってる。こういう地方は大体同じ作りをしているけどな」

「そのうち行くことがあるかな」

「どうだろうな。最初は物珍しいからいいかもしれないが、落ち着きがない街だから、長く住むところじゃないな」

「そうなんだね。それなら、僕はここが好きだから、まだまだこの村で十分だよ」

「ああ、それがいい。高原だから涼しいし、景色も綺麗だ。優にはこういうところがいいだろう」

「うん。そうだね」


 優は拠点での生活が始まって、特等男性保護官との会話も多くなってきていた。


「おや、こんなところに」

「あ、中森さん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。なんだ、首都タワー饅頭もらったのか。うまいだろう」

「うん。おいしい」

「本店だからな。焼印が違うんだよ」

「それ、みんな言うね。そんなに有名なの?」

「そうだよ。そのためにみんな並ぶんだ」

「目黒さんがそう言ってた」

「あの店に並んで買って、それが価値があるんだ」

「そうなんだね。お土産にもらって嬉しいよ」

「背中に担いでるのは、さっそく調達した武器かい」

「そうだよ。さっき届いたんだ。TGC三五、通称パルチザンだ。こいつは威力があるんだよ」

「趣味だな」

「趣味と実益を兼ねてるって言ってくれよ。やる気って大事なんだぞ」


 中森は、百八十センチの身体の背中に、長い銃を背負っている。


「それは何?」

「銃だ。遠くまで届く武器だよ」

「すごいね。どこまで届くの?」

「あの山のてっぺんは余裕だな」

「すごいね!」

「お、優はこういうの好きか?」

「うーん、武器のことはわからないけど、強いものが好きだよ。その武器はすごそう」

「この武器は強いぞ。何せ前世界の武器の中でも強力な方だからな」

「え、それ前世界の武器なの?」

「そうだぞ。わざわざ注文して取り寄せたんだ。弾丸も注文して入荷したんだ」


 そう言って優に弾丸を見せてやる。弾頭直径三十五ミリの弾丸だ。


「すごく大きいね。これが飛んでいくの?」

「そうだ。この色の違う頭の部分だけが飛んで行って、相手に当たるんだ」

「すごいね。こんど使うところ見せてね」

「ああ、射撃するときは呼んでやろう」

「ありがとう」

「……優が前世界の武器マニアになったら、怜良さんに怒られるな」




「それで、その人は外国政府からの攻撃には、現在のグレード五のセキュリティ障壁では耐えられないと言ったのですね」

「ああ、そう言ってたね。特に複数同時攻撃の場合には」


 怜良は考え込む。


「その人は、すでにここの事を知っていたのですね。三年前からの動きで」

「そう言ってたね」

「保護対象については何か言っていましたか」

「金額支払に応じるって言ったら、特級要人だろうって言われたな」


 怜良は再び考え込む。


「その人は、あなたから見て信用できる人なのですか」

「信用の内容にはいろいろあると思うが、腕前は最高だ。外国任務で何度も助けられてるからな。ただし奴なりに曲がったことが嫌いで、愛国心はある奴だから、今回の任務が不正なものを含んでいないなら信用できると言っていい」

「……そうですか」


 怜良は大きく息を吸い込んで、決断をした。


「わかりました。許可しましょう。これは局内にも内密にする必要があります。四名の特等男性保護官以外には漏らさないようにしてください。記録にも残さないでください。金額についてはいつでも言ってください。用意しましょう」

「わかった。奴にはそう伝えておくよ。信用してくれてありがとう」

「いいえ。こちらこそ助けてもらってお礼を言います」


 こうして国際ハッカー半座みこによるバックアップが決まった。


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