28 特等男性保護官
この話は人体解剖が描かれているのでR15です。
「さて、いよいよだなー」
優は移住する前に、前世界のアクセス情報から手に入れた音楽学校のカリキュラムを終わらせたので、ようやく前世の歌の再現に着手できるようになった。
様々な楽譜のパターンを学び、パーツ化されたことで、むやみに探るのではなく、系統立てて分析することができるようになった。
優はコンピューターを起動し、かつて単音のつながりだけを記録した楽譜を呼び出した。
「まずはこれからやろうかな」
よく聴いていてしっかり覚えている曲を選択する。
そして使用されていた楽器を思い出し、コンピューターに指定する。
その楽器ごとにメロディーに合わせて楽譜を再現する。
前にやったときは欠落ばかりに感じて手がかりがなかった音の並びが、今はパターンとして復元できる。
優は自分の成長に手応えを感じた。
「前とは大違いだ。今なら曲の構成がわかる。これなら上手くいきそう」
メロディーパターンの塊と曲の展開のパターンがわかっているため、ジグソーパズルを作り上げるように組み上げていく。冒頭から埋めるのではなく、先に進んで埋めてから、また全体を見通して戻って埋める。
行ったり来たり。楽器の楽譜を少しずつ埋めていく。
そのたびに音を再生し、記憶との整合性を頼りに楽譜を作り上げる。
楽器ごとの楽譜のパターンを思い起こし、それを組み合わせて和音を作り上げる。
かつて全くわからなかったベースの楽譜も、和音を逆算し、メロディーパターンを使って「あるはずの」楽譜をつないでいく。
楽譜を作っては再生し、記憶との違いを埋めていく。
曲ごとの、通常のパターンとは少し違う部分を抽出し、記録していく。
ついでに古い曲調を新しい曲調に変更したもの、リズムを変更したもの、楽器を変更した楽譜などを作成しておく。これをやっておかないと、あまりにも曲調がバラバラ過ぎて、後になって歌う時に極端に発声方法を変える必要がでて困ることになる。
こうして一つの曲の楽譜の再現に数時間を費やした。
「できたー!」
優はついに思い通りの曲の再現に成功した。
記憶にある曲と同じ。
楽器の演奏の精度と再生機械の性能が上がっているので、印象に違いがあるが、恐らく合っている。
ようやく優は前世の曲の再現の一歩を踏み出した。
「やっぱり歌詞をつけるのは簡単だね」
前世と今世の言葉は発音が全く違うために、そのまま当てはめると音節が合わない。
しかし合わないといっても外国語を翻訳したときのように、語順や言葉そのものが変わったりするわけではないので、言葉を言い換えるだけで調整できる。
優は完成した曲に歌詞をつけ、ようやく一つの歌の復元を完成させた。
「うふふ。八年間かけてようやく完成した。うれしいな」
嬉しすぎて、優は立ち上がって部屋の中をくるくる回った。
「とりあえずストックだけで全部で五百曲はあるから、まだ完成は先だけど、時間をかければいいだけだから気楽だな。三年はかかるかなあ」
今後の計画を考え、優は中学生になる前までに楽譜の再現を終わらせることを目標にした。
優は曲を再生して、前世ぶりに歌ってみた。
「わー、懐かしいー。でもやっぱり声が出ないね。低い声が出ないから、音域が狭すぎるんだよね。女性の歌には合わせやすいけど。早く声変わりしないかな」
子供の声で前世の歌を歌いながら、優はそんなことを考えていた。
「陛下、ご臨席いただき恐縮でございます。最善を尽くす所存でございます」
「うむ。頼んだぞ」
優を特一級要人に指定したあと、秋になってようやく連絡がきた。
悠翔天皇は総理と保健大臣を通して、全国の病院からの報告を待っていた。
該当事例の連絡を受け、航空機による輸送で遺体がこの大学に運び込まれた。
それを受け、解剖に立ち会うために、悠翔天皇は曙国第一国立大学付属病院の解剖室を訪れていた。
「陛下。マスクはよろしいのですか」
「ああ、かまわん。やってくれ。まずは指示通りにな」
「承知しました。では始めます」
医師と補助スタッフによる解剖が開始される。死亡してまだ一日と経っていない。
悠翔天皇はすぐそばに立ち、自身の目でつぶさに観察する。
八方向からのビデオ録画も行われている。
まずは医師が全身を触る。くまなく丁寧に全身をたどる。
通常の解剖ではこのようなことはしないが、悠翔天皇の指示だ。
「陛下。何も異常はありません。切開を始めます」
「まて。余がやる」
悠翔天皇は周りが止める間もなく、素手で遺体の身体を触りだした。
周囲は悠翔天皇が何を目的にしているのか、皆目見当がつかなかった。
「おぬしはこの遺体を触って、何もおかしなところはないと思うか」
「はい。医師の所見として、外観上は正常な遺体といえます」
「そうだな」
悠翔天皇は医師の言葉に納得し、切開を許可した。
切開が開始された。
次々と解体されていく。その度に医師が所見を述べ、記録されていく。
乳房を切開しても、何も異常がない。
やがて下腹部の切開が始まった。
「ここは特に慎重にせよ」
「かしこまりました」
女性器の部分について、悠翔天皇は一瞬でも見逃すまいと、神経を集中させて観察した。
「やはりありません」
医師が伝える。
「何がないのだ」
「子宮を始め、女性器に関する全てです」
「痕跡もないか」
「はい。全く何もありません」
悠翔天皇はそれを確認し、指示を出した。
「男性器があるはずの場所を、慎重に解剖せよ」
「男性器ですか? 何もありませんが」
「ないと思わず、何か通常とは違うものがないか探すのだ」
「承知しました」
医師は悠翔天皇の不可解な指示に戸惑いながらも、指示通りに解剖していく。
「やはり何もありません」
医師は解剖をしてから、そう言った。
悠翔天皇も目の前で観察し続けて、同じ結論だった。
悠翔天皇は立ち尽くして考えた。
目と触覚を用い、さらに解剖して身体の器官をバラバラにしても、女性としか思えない。
男性器も摘出されず、多くの人間が観察しているのに、誰が見ても女性としか思えない。
そもそも生きているときも、本人も周りの人間も、女性としか思っていない。
ここから得られる結論は一つだけ。
そしてそれは神の罰の再発動が、極めて深刻な性質を持つことを意味している。
「わかった。もうよい。ご苦労だった」
悠翔天皇は付属病院を後にした。
「田代加代特等男性保護官、着任しました」
「杉野恵特等男性保護官、着任しました」
「目黒愛美特等男性保護官、着任しました」
「中森弥生特等男性保護官、着任しました」
三月一日の特務隊への訓示を終えた午後、怜良の部下となる特等男性保護官四名が、怜良の執務室で着任の挨拶をしていた。
「ご苦労様です。局長特別補佐の須堂怜良です。この第四市出張所を含めた管轄区画の現場責任者です。皆さんは私の部下になりますので、よろしくお願いします」
怜良は挨拶をした。
「まずは座ってください。今後の話をします」
怜良は四人をソファーに促した。この四人は怜良よりも十歳以上年上である。特等男性保護官は難関であり、若年では合格しにくい。一等男性保護官としての実績が必要であることも理由となっている。
「皆さんが辞令を受けた時は、何も聞かされていないはずです。ここでの任務はほとんどが機密事項に触れるためです。そこで今からここでの任務を説明します。説明内容は一切明かしてはいけません。特務隊に対しても保護対象に対してもです」
怜良がそう言うと、四名は気を引き締めた。
「ここが設置運営される目的ですが、来月四月一日からここに移住する男児の保護にあります。それが唯一の目的となりますので、まずはそのことを忘れないでください。
それに付随して、男児の養育、村民の保護と交流、日常業務が任務に含まれます。
ですので、保護局の通常の職務である男児の養育は、副次的な目的となります。
そこを勘違いしないよう、特に注意してください」
四名の保護官は顔を見合わせた。
「今のお話では、我々の任務は養育ではなく護衛であるように聞こえましたが、その理解で正しいでしょうか」
「はい。その通りです。男児の養育は私が専属として行います。これは現在も養育しており、その継続となります。
皆さんがここに配属された理由は、男児の身柄に危険が発生することが予想されるため、その防御を期待したものとなります。もしくは私が保護対象を保護しきれない時に、代わりに保護することを想定したものです。
もちろん全国警護隊から選抜された特務隊が常駐しますので、警護自体は特務隊が行いますが、保護局からも警護要員を派遣したということです。
従って皆さんは警護と保護局の業務の両方をこなすことが通常の任務となります」
四名は静かに聞いている。
「危険の発生とのことですが、どのような危険が想定されているのですか」
田代が聞く。
「具体的な内容は機密であるため明かせませんが、とりあえずはレベル五を超えています」
「レベル五……」
「先程特務隊隊長には話しましたが、複数のレベル五の発生を超えることを想定してください」
「……」
怜良は話を続ける。
「それだけ重要な保護対象だということです。だから「唯一の目的」が男児の保護なのです。危険のレベルが上昇した場合、迎撃は特務隊に任せて我々は脱出を目的とします。
その場合、残念ながら村民の命は諦めることになります」
四名は落ち着いて聞いている。
「まずは最も重要な任務について話しました。
この任務を厳守しつつ、日常の職務をこなしていきます。
皆さんにやってもらうことは、この拠点の運営です。ここは防衛拠点と思ってください。ここの所長は名義だけとなっていますので、皆さんが適宜所長名義で処理をします。また私は保護対象に付きっきりでいますので、責任者の業務も皆さんに任せます。名義上の責任者は全て所長となりますので、私の名は使用しないので注意してください。
雑務はあまりないと思いますので、皆さんには防御のために訓練を重ねてもらいます。
訓練所は余裕がありますから、特務隊と合同で訓練することを予定しています。
何か質問はありますか」
怜良が最低限の説明をすると、四名は口を開いた。
「危険のレベルは特務隊は知っているのですか」
「いいえ、隊長だけです」
「全滅の可能性はありますか」
「はい」
四名は沈黙する。
「皆さんにとっては予想外の重い任務だと思います。本来であれば特等男性保護官は同様の危険に対処するよう訓練されていますが、気持ちの面ではそうではないこともあるでしょう。
もし覚悟が伴わないなら、私に言ってください。辞退と異動の申請を保護局に伝えます。
今の段階で異動を願い出る人はいますか」
怜良は問いかけるが、誰も申し出ない。
「この任務は極めて重要なものです。何もかもが機密扱いであったり、特務隊が常駐していたり、特等男性保護官ばかりが私を含め五名も配属されていたり。ここの扱いが類を見ないものであることからお判りになると思います。
ですから常に有事を想定した生活をしなければなりません。それは特等男性保護官としては当然のことですが、ここの状況は想定を上回ると思います。
もしここでの任務を継続するのであれば、みんなで団結して、しっかりと準備をする必要があります。
皆さんには一週間の猶予を与えます。その間に判断をしてください。その後の異動申請は受け付けられません。
一週間は自由に過ごしてください。業務はその後から始めます」
怜良はそう伝え、解散させた。
本来は辞退は許されないが、怜良は逃げ腰の人間を防御の要に置くことは極めて危険であると考えていた。いざという時に気持ちが負けてしまうと、そこから総崩れになってしまうのが、何より危険だった。
「みんな、どう思う」
四名は拠点内を歩きながら話していた。
遠くには特務隊が訓練をしているのが見える。
「私は異動しないよ。特等男性保護官としては、もっと危険な任務をこなしてきたからね。外国で単独で保護対象を護衛していたのに比べれば、まだマシさ。あそこで訓練してる特務隊はみんな一等警護官らしいしな。危険も大きいが、対策も大きいから、あんまり他の任務と変わらんよ」
「そうね、いま話を聞いたときはびっくりしたけど、特等男性保護官というのはこういう任務だしね。嫌ならそもそも特等男性保護官に志願しないし」
「なんだ、みんなもっと怖がると思っていたのに。やっぱり特等男性保護官になるような人間はどうかしてるな。一等男性保護官のまま子供の面倒を見てる方がよっぽど平和で楽しいのに」
田代は三人の話しぶりを聞いて、安心した。
「まあ、そうだよね。今さら命が惜しい人間は特等男性保護官にはならないよね。音に聞く須堂怜良、一等保護官になったら突然の局長特別補佐への抜擢、そしてこの機密だらけの拠点。ワクワクの方が大きいよね。ざっと見てもここの警備システムや支援システムは尋常じゃないよ」
「ああ、それはすぐ気づいたよ。しかもカモフラージュしてるだろ。普通は見せつけて威嚇するのにな。さっきの危険の話しはこけおどしじゃないってことだ」
「そこまでして保護する男児なんて、保護局始まって以来のことだ。こんな特殊任務、投げ出したら後悔するだろうね」
春先ののどかな空気のなかで、高校生がはしゃぐように四名の会話が続く。
「じゃあ、話は決まりだな。まだ若い特別補佐を支えてやるとするか。彼女は海外任務の経験がないらしいしな。まだ実践経験が足りないだろう」
「多分、さっきのレベル五を超える危険てさ、海外からの特務部隊の侵攻だろきっと」
「ああ、私もそう思ったよ。前例がないわけじゃないしな。四百年前だけど」
「外国の特務部隊との交戦なんて、ワクワクするな。いま生きてる人間で経験したことある奴はいないだろ」
「まあ、やりようはあるよね。ここを改造しつくしてやればいいよ」
「ああ。いろいろ罠をしかけてやれば、意外と戦えるもんだ」
「ああいう重装備の体力バカな奴らは馬鹿正直に向かい合っちゃだめなんだよ。奴らが訓練してないようなことをしてやると、案外コロッといくもんだよ」
「村や山を罠だらけにしてやればいいさ。敵地での活動がどんなもんか、わからせてやればいい」
「爆撃があったらどうする」
「爆撃っていうのは、ちゃんと目標物を攻撃するもんだよ。無秩序に爆撃したら保護対象も吹き飛んじゃうからね。だから目標物にならないようなところにもいろいろ仕掛けるさ」
優秀な特等男性保護官たちは、すぐに危険の内容に思い至った。
「保護対象といえば、こんな拠点まで作って保護するってことは、最低でも一級、もしかしたら特級要人に指定されてるかもな」
「機密だらけだから、指定も機密だな当然」
「なら元首と同等ってことか。しかも海外からの侵攻。戦闘だけじゃなく、いろいろありそうだな」
「ならまずは情報戦だね。特別補佐は慣れてないだろうから、うちらでやっておくか」
「そうだな。いろいろ細工しておくか。バックアップばかりに頼るのも心もとない。資金は潤沢だろうからな。使い放題だ」
「そう、それ大事」
怜良の知らないところで話が進んでいく。
「特務隊の実力も知っておかなきゃな。どうせ隊長や副隊長は特等警護官だろ」
「多分あのオレンジ色が隊長だよ。あいつは優秀で生真面目だから、隊員は訓練でしごかれるぞ」
「そういえば訓練施設も充実してそうだな」
「これだけの資金が投入されているなら、言えばトレーニングマシーンなんか導入してくれるんじゃないか」
「それはきっと揃ってるぞ」
「今からいろいろ見て回るか」
「そうだな。地下も凄そうだ」
「射撃訓練場に期待だね。特等男性保護官なら、射撃訓練が三度の飯より好きだよね」
「私は前世界の武器が好きなんだよ。ここでも調達してくれるかな」
「あんなデカい武器を振り回したら、邪魔でかなわないよ」
「デカいからいいんじゃないか。威力なら今の武器に負けないぞ」
「当たればね」
「当てるのが腕のみせどころ」
保護官たちは怜良の予想に反して、余裕だった。
特等男性保護官は普段は国内で活動していないため、特等男性保護官に任命されたものの海外任務を経験したことのない怜良は、特等男性保護官の一般的な人格を知らなかった。
特等男性保護官は男児だけの保護ではなく「海外に出る男性」を保護するので、保護対象に成人も含まれる。その結果、荒事の必要な任務も多く、ちょっとネジが飛んでいる人間が多かった。




