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27 特務隊の任務

 三月一日。優が咲原に移住する一か月前。

 怜良は優邸である「第四市出張所」に来ていた。

 今、目の前には特務隊員が整列している。


「須堂怜良男性保護局局長特別補佐に敬礼!」


 嘉木梓かぎあずさ特務隊長が号令をかけた。

 身長百九十五センチ。オレンジ色の髪、オレンジ色の目。外国人の遺伝子由来の特徴を持つ特等警護官だ。

 怜良が礼を返す。


 この第四市出張所は、記録上は単なる小規模な出張所となっている。

 これは優の存在を隠蔽するためであり、特務隊はその特務内容が単に「出張所警備その他運用上の補助」となっているだけである。特務隊は「臨時に」派遣され、人数は「臨時に」増員されているだけのものとされている。

 従って怜良の身分は単なる優の専属保護官が職務とともに表記されており、役職として特別補佐の名があるだけである。


 このように記録上はこの村には小規模な男性保護局出張所が存在するだけであり、責任者はその所長ということになっている。しかも所長は原則として第三十八支部に出勤または在宅しており、現場の雑務処理は数人の男性保護官が所長名義でこなしている。投入されている資金は皇宮費を経由して支出されており、皇宮費は機密費であるため、その内容は公開されない。

 記録上はここは地方の単なる小さな出先庁舎であった。


 そのため怜良に対する呼称は特別補佐か専属男性保護官が正式となっている。

 優は男児として男性保護局の保護下にあることから、たまたま咲坂家の近所に存在するこの庁舎の一部に、一般市民区画での生活のために「便宜上滞在」しているだけであり、「居住」しているのではない扱いとなっている。


「出張所警備特務隊、全員揃いました!」


 嘉木が怜良に報告する。


「特務隊の皆さん。

 内閣男性保護局局長特別補佐、特等男性保護官の須堂怜良です。

 まずは内閣全国警護隊の協力に感謝いたします。

 私はこの咲原居住区画及び警備区域における現場最高責任者を拝命しています。

 従って皆さんは私の指揮下に入ります。


 この咲原は一通りの再開発が終わり、来月から特別警護が実施されます。

 そのために優秀な皆さんに集まっていただきました。

 秘匿性の高い任務であるため、皆さんには高度の守秘義務が課されています。

 また危険性の高い任務となっています。


 様々な事態を具体的に想定し、日頃からの訓練を怠らず、緊張を途切らせることなく、団結して任務を確実に遂行することを忘れないで下さい。

 男性保護官と警護官の合同任務になりますが、最大の効果を発揮できるよう、常日頃から相互に交流を深めてくれることを期待します」


 怜良は短く訓示を述べ、解散した。




「特務隊の状況はどうですか」


 怜良は自らの執務室で、互いにソファーに座って嘉木に尋ねた。


「はい、十分な水準に達しています」

「この六か月間の集中訓練で、警備区域での対応に習熟できていますか」

「はい。訓練プログラムは全て完了しています」

「警備支援システムとの連携に問題はありませんか」

「はい。電子戦での戦闘訓練も完了しています」

「電子機器が遮断された場合の訓練もできていますか」

「はい。その場合の要人保護訓練も完了しています」

「危険度レベル五まで対応できますか」

「はい。単独での危険発生であれば完全に防御が可能です。

 危険発生が二つの場合でも、警護対象の脱出時間確保の遅滞作戦の遂行が、余裕をもって可能な水準に達しています」


 嘉木ははっきりと答える。


「ひとまずは準備が整ったようですね」

「はい。ご期待に応えられるよう、準備はできています」

「わかりました」


 怜良は嘉木の自信を見て、まずは最低限の準備は整ったと理解した。

 しかし「安心しました」とは言わない。


「今日は隊長に任務の本質についての情報開示を行います。これは隊長以外には明らかにしないよう命じます」

「はい。わかりました」

「この拠点の存在は、四月一日にここに移住する一人の男児を保護することが、唯一の目的となります。村民の生命財産、職員の生命などは全て付随保護対象に過ぎません。

 従って危険が発生した場合、その男児の生存と身柄確保が最優先となります。この目的を達するために、必要な場合は、村民、職員、特務隊は全員生き延びることは諦めてください。これには男性保護官も当然含まれます。男児の身柄保護のためには、いかなる犠牲も考慮しません」


 怜良の言葉に、嘉木は声を失った。

 沈黙が訪れる。


「……我らに死ねとおっしゃるか」

「場合によっては」


 再び沈黙が訪れる。


「それほどの保護対象なのですか」

「はい。理由は機密です」


 怜良の迷いない少ない言葉が、却ってこの拠点のおかれた厳しい状況を嘉木に認識させた。


「複数のレベル五の危険の発生を超える事態が想定されているのですか」

「はい。具体的内容は機密です」


 嘉木にとっては考えつかない事態を言っているのに、怜良は表情を変えずに平然と答えるために、嘉木は怜良の想定が実際に起こる可能性が高いことを予感した。


「この任務はそういうものですか……」

「はい」


 嘉木はこれ以上言葉が出なかった。


「先程、あなたは特務隊の水準、仕上がりは十分であるとの認識を示していましたが、恐らく現段階では力不足であると思われます。危険が発生したときに、あなたは隊員や村民が犠牲にならないと断言できますか。全滅しないと言えますか。想定している危険が発生した場合は、降伏は無意味です」


 嘉木は答えられない。


「危険の発生までは、今のところですが、まだ時間があります。私が想定しているような危険が発生したときに、後悔することのないように、練度を高めるべきと思います。そのために必要なものがあったら揃えます。何でも言ってください。

 何か質問はありますか。答えられるものには答えましょう」


 嘉木は思いつめた気持ちを一旦整理し、言葉を発した。


「その危険の発生は、近い将来なのですか」

「詳細は答えられませんが、事態が急転する可能性があるので、その場合には直ちに、ということになります。従って現在の環境が平穏であるからといって、明日も平穏であるとは限らないということです」

「この施設の警備システムや支援システムの水準は、そういうことだったのですね……」


 沈黙が続く。


「厳しいことを言いましたが、これは事実です。

 私も覚悟を決めています。


 だからと言って、毎日息を詰まらせてここでの日々を過ごす必要はありません。あなたも、隊員も、村民も、職員も、みんな明るく過ごして欲しいと思っています。そのためにこの地を選んだのです。保護対象の男の子にも、そういう明るい環境を用意してやりたいと思っています。


 だから特務隊の皆さんも、団結して前向きに任務に取り組んで欲しいと思います。

 そのためにも男性保護官たちや村民との交流、共同活動にも積極的に取り組んでください。この地域全体で団結して対応しなければ、始めから勝負にならないと思います。

 我々にできることは、準備以外にはありません。言い訳のできない任務ですから、改めて気を引き締め直し、日々の準備に取り組んでください」


 怜良は嘉木にそう伝えた。





「嘉木さん、おはようございます」

「おはよう。ここの生活には慣れたか」

「はい。怜良さんが一緒にいてくれるから、すぐに慣れました。まだ三日しか経ってないけど、だいぶ違和感がなくなってきました」

「それはよかった。二日目は何度もうろうろしていたから、心配していたよ」

「いつも案内してくれてありがとうございます。」


 優は今日も嘉木に元気に挨拶する。


「今日もランニングでいいか」

「はい。よろしくお願いします」


 優は訓練場の一つであるグラウンドを走り出した。まだゆっくりとしか走れないから、トラックではなく周囲を一人で走る。その間に隊員はトラックを集団で号令をかけながら走っている。

 優は昨日からランニングを始めたのだ。人生で初めての経験なので、優はワクワクしている。本当は村の中を走りたいのだが、警備の都合上、敷地内のグラウンドを走ることにしたのだ。それでも優にとっては夢のような経験だった。


「はあはあ、もう限界~~」


 優は地面に座り込んだ。肩で息をしている。

 そこに嘉木がやってきた。


「今日もよく頑張ったな。走るのは初めてなんだろう? 膝を傷めやすいから、始めのうちは物足りないくらいにしておくのがいい。今日のトレーニングはこのくらいにして、帰って朝食を食べておいで」

「はい、そうします。ありがとうございました」


 嘉木は怜良から、優のランニング中に目を配るように頼まれている。だから優はお礼を言って部屋に帰っていった。


「今日も頑張って走ったよ。まだ初心者だから無理しちゃだめって嘉木さんが言ってた」

「そうなの。よく頑張ったわね。始めのうちはあちこち痛くなるから、無理しちゃだめよ」


 シャワーを浴びた後、二人で朝食を食べる。

 ここに来てから、怜良と入浴することや就寝することはしなくなった。

 咲坂家があるので、なるべく咲坂家への帰属意識を強めさせるためである。

 ただし生活は二人のみであることは変わらない。

 怜良も優の入浴中や就寝中に、現場責任者としての仕事や六勝への報告の時間を増やした。


 なお怜良は優のそばにいることが最重要任務なので、責任者としての日常業務は他の特等男性保護官四名に処理させ、警護隊に関しては嘉木隊長にほとんど任せている。時々報告を受けるだけである。

 意外と怜良は人使いが上手い。


「今日のお出かけも咲坂家でいいのかしら?」

「うん。今日は八弥が休みだから、遊んであげるの。お花を見に散歩に行くの」

「じゃあ予定通りに過ごすのね。ピクニックの用意をしていかなきゃね。食事は彩さんたちが用意してくれるらしいわ」


 この国では学校は週四日である。いくつかの村から集まってくる。咲原の村人の通学の安全のために、隣の村に学校が移転して来ている。これは小中学校ともである。従って八弥は普段は週四日で隣村の小学校に通い、今日は休みである。


 優の行動予定は、前日にはある程度把握するようになっている。

 それに合わせて怜良も警護隊も対応する。

 厳密ではないが、これは今後の村外での行動に対する警護訓練を兼ねている。

 そのため優が突然予定外の行動をとることも、対応訓練として重要と考えられている。

 従って優が予定を変更しても、怜良は一切咎めないことになっている。


「きたよー」

「お兄ちゃん!」


 小学二年生になった八弥が抱き着いてくる。

 優は頭を撫で、しっかり可愛がってやる。


「今日はお出かけ!」

「そうだよ。お花を見に行こう」

「うん!」


 彩が出てきて怜良に弁当を渡した。


「怜良さん、よろしくお願いします」

「はい、行ってきます」


 怜良は敷物や菓子、飲み物などは持ってきたので、弁当を受け取った。


「じゃあ行きますよ」

「「はーい」」


 優と八弥は手をつないで歩き出した。

 二人とも帽子をかぶっており、可愛らしい。

 怜良はついていく。

 警護隊は離れたところからの警護を実施している。まだ優が来たばかりなので、訓練を兼ねて大掛かりに警護しているが、優たちは気づかない。


 優たちはキャベツ畑の畑道をのんびり歩いていく。

 遠くに農業機械をいじっている巴が見える。


「あ、巴さんだ」

「巴さんだ」


 この国の家庭では、家族を名前で呼ぶことが一般である。

 巴が気づき、手を振ってきたので、手を振り返した。

 畑は広いため、小さな二人にはまだずっと遠くに感じる。

 畑はどこも広いので、隣の家の住人は見えない。


「一緒に歌おう」

「うん!」


 二人で童謡を歌いながら歩く。

 もちろん前世の童謡だ。


 四月の春先の高原には、花が至る所に咲いている。

 白い小さな野の花が咲いている。

 風が吹き抜け、花が揺らめく。

 空には雲が浮かび、山に掛かっている。


 ミツバチが黄色い花の周りを飛んでいる。

 土の畑道の真ん中を手をつないで歩く。

 帽子をかぶった小さな子供が並んで歩く。

 歩幅が狭いから、とてもゆっくりとした速度で。


 小さな子供は、視線が低い。

 だから地面が近くに見える。

 大人には見えない、視界に入らない景色が見える。


 足元の石ころが大きく見える。

 道端の小さな野の花が大きく見える。

 地平線が近く、世界が狭い代わりに見えるものが多い。

 何の変哲もない畑を歩いているだけなのに、冒険している気分になる。


 どの位歩いただろうか。

 道の途中に、大きな木が生えていて、その下に草が生えている。


「少し休みましょうか」


 怜良が二人に声をかけると、優は八弥に気をつかって、休むことにした。

 草に直接座る。

 そして怜良は水筒からリンゴジュースをついでやる。


「「おいしい」」


 二人でくぴくぴ飲むと、そう言った。

 木陰は涼しくて、風が気持ちいい。

 気づくと草にてんとう虫が留まっている。


「ほら、てんとう虫だよ」

「ほんとだ!」


 八弥に見せてやると喜んだ。

 赤い背中に黒い斑点。

 細長い葉の先端に留まり、じっとしている。

 そのまま風に揺れている。


 しばらく見ていると、飛び立っていった。


「さあ、出発しましょうか」


 怜良が言うと、二人も頷き、再び歩き出した。


「さあ、着いたわよ」


 キャベツ畑の中にある少し広い芝生と大きな桜の木。

 高原なのでまだつぼみが目立つが、結構咲いている。

 怜良は大きな敷物を広げ、荷物を置いた。


「二人とも靴を脱いで、いらっしゃい」

「「はーい」」


 素直に二人は敷物に上がる。

 三人で座ると、怜良は手拭きを渡し、手を拭かせた。


「まだお昼ご飯には早いから、クッキーよ」


 そう言って缶に入ったクッキーを渡した。


「「ありがとう」」


 リンゴジュースを用意してやり、好きに飲ませる。

 二人にとっては結構な距離を歩いたので、おとなしく座っていた。


「少し寝ていていいわよ」


 そう言って怜良は薄手の毛布を出す。

 薄くても保温性能はいい。

 大きめのタオルを枕にしてやると、二人はすぐに寝息を立て始めた。




 何やら騒がしい。

 二人が目を覚ますと、巴と彩が座って怜良と話していた。


「お、目を覚ましたか」

「巴さん、農作業は?」

「今は昼の休憩だ。これから昼ご飯だからお前たちも食べるぞ」


 結構な時間を寝ていたらしい。

 やはりまだ引越して来たばかりで、家では安眠ができていないようだ。


「お昼ご飯―」


 八弥も騒ぎ出した。

 彩が用意した弁当を広げる。

 ここで昼ご飯にする予定だったので、全員分が用意されていた。

 巴、彩、怜良、優、八弥が揃って食事にする。


「おいしい」

「玉子焼きがおいしいよ」

「から揚げも食べなさい」

「おにぎりの具はなにかな」

「どれもおいしいですね」


 桜の木の下で、みんなで食事をする。

 これからの新しい景色だ。


 怜良はこの平和がいつまでも続くといいと思った。


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