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25 咲原再開発計画

「皆様のご判断をお聞かせ願います」


 村長宅にある集会所を兼ねる別邸大広間で、三田佐知みたさち男性保護局第三十八支部長は寺山村長に述べた。


 優が特一級要人に内密に指定された二か月後の七月。

 咲原の村長宅集会所には、村長を含めた村民二十世帯の各代表二十名と、男性居住者の乙山竜蔵おとやまりゅうぞうらが集まり、怜良、三田その他数名の三等保護官らと対面して着席していた。怜良は三田よりすでに役職が上位だが、この件ではアドバイザーとなっている。


 この日は「第三十八行政区第四市一四二五村再開発計画」に対する村民の回答期限となっていた。


 「第三十八行政区第四市一四二五村再開発計画」。

 それは優の住居名である「内閣男性保護局第三十八支部第四市出張所」の建設に伴う、咲原の大規模改造工事計画の一部である。


 この日の一か月前に、村人には、優には特別な教育と、特別な警護が必要である旨が伝えられ、それに伴う村全体の再開発と、各住戸の増改築工事の必要が伝えられた。


 そしてさらに農地の一部配置転換、山間部の一部掘削開発、各種施設の建設、インフラの再整備、様々な人員の常駐及び訓練の実施、村の出入りと村人の一定の監視と行動制限、身辺調査、避難訓練等の日常的な実施、守秘義務の適用などが伝えられた。

 さらに、村には常に潜在的かつ具体的な危険が生じること、外部からの襲撃の可能性があること、破壊活動の危険があること、そのための防御機能を持たせることなどが伝えられた。

 誘拐人質等の村人の村外での危険が生じるため、村人の村外への外出においては、届出・許可と警備が実施されることが伝えられた。


 そしてこれらの措置を受け入れられない場合、村外への転出を認め、転出先のあっせん、各種補償を行うことを伝えられた。

 もし転出を希望する村人が多数にのぼる場合、咲原の一連の再開発は実施されず、咲坂家が優とともに転出することが伝えられた。この場合、優と咲坂家の意向は考慮されないことも伝えられた。


 この日はこれらの認諾の可否、転出希望の有無に関する村人の回答の日である。


 当初、新たに住民のいない土地を大規模に開発し、そこに優の居住区画を建設する案もあったが、それでは一般社会、一般市民との日常的な接触が図れず、優の教育に悪影響があるものとして却下された。

 次案として、そこから咲原に通う案もあったが、咲原に居住区画を建設する場合に比べて、村及び村人に生じる危険に差がないため、手間が増えるだけであるとしてこれも却下された。

 そこで、少なくとも咲坂家の近隣に建設することとし、まずは咲原の再開発により計画を実行する案が採用された。

 もし村人の多数が転出を希望した場合、咲原での居住区画建設を断念し、当初案を採用したうえで、咲坂家をその居住区画に移住させる案が次善策として採用されていた。


 優の保護計画全体においては、優を社会から隔離するのではなく、社会と積極的に関わらせ、人々への愛着を育ませることが第一の条件とされた。これは悠翔天皇が特に指定し、厳守することを六勝に指示したものである。

 この悠翔天皇による指示のため、優の保護は難度が極めて高いものとなった。




「はい。お答えします。

 わが村は、御庁の案と指示を全て受け入れ、現住する村民全てがこの村での居住を継続することを希望します。

 転出の希望は、一人もありません。

 今後、村で生まれる子については、その都度その家族の意思を確認し、お伝えします。

 これはわが村の総意です」


 寺山村長は、はっきりとした口調で答えた。


「皆様のご意思を確認いたしました。

 こちらの提案を受け入れていただき、感謝申し上げます。

 今後の具体的計画は、順次お伝えいたします。

 皆様のご協力に感謝申し上げるとともに、皆様との円滑な交流に尽力いたします。今後ともよろしくお願いいたします」


 三田らは頭を下げた。

 こうして咲原の再開発が決まった。




「どうして誰も反対しなかったのですか」


 皆が退出したあと、怜良は村長や咲坂家に聞いた。


「優くんはこの村の一員だからです。


 優くんが生まれた時、村の誰もが喜びました。みんな、あの時のうれしさを今でも覚えています。みんなで名前を一生懸命考えたのも、顔を見に行ったのも、見送ったのも、いい思い出です。

 毎月送られて来る写真やビデオ、毎月聞かせてくれる面会の話。

 みんな優くんに会えなくても、優くんの成長を我が子の事のように見守ってきました。


 そんな優くんがやっと生まれ故郷に帰ってくることができるというのに、その時になって追い出すような真似はできません。

 反対する者は誰もいませんでした。

 そんなことよりも、優くんが帰ってきたら何をしてやろうか、どんなことをして喜ばせてやろうかと、そんな話ばかりでした。

 優くんが危険になるなら、みんなで守ってやらなきゃ、というのがみんなの考えです。

 だから生活の不便が増えるとしても、それは親が子のために日常の我慢や苦労をするのと同じ、些細なことです。


 不安がないわけではありませんが、村人に危険があっても、それは皆さんを信用しています。不安だからといって優くんを追い出すなんて考えられません。

 だから反対する意見も話もありませんでした」


 村長はそう答えた。


「そうですか。皆さんの気持ちに感謝します」


 怜良はそう答えた。

 優は優しい人に囲まれているのだと、怜良は改めて思った。




「咲原の再開発が決まりました。村人は全員残留するとのことです」

「そうか。まずは最初の山場を乗り越えたか」


 六勝は胸をなでおろした。

 ここが決まらなければ、その先の計画が確定できない。


「次は具体的な開発の開始だな。予定通り二年以内に全ての再開発を完了する。新たな人工衛星三基の打ち上げを間に合わせ、施設のデータリンクを実施する必要がある。

 優が居住する頃には、警備区域内の派遣総人員は千名程度を想定している。警備区域外の後方支援部門を含めれば三千名だ。

 優の居住区画と咲原は要塞化する。しかも目立たないように」

 

 怜良は、家で優の面倒を見ている六勝と、優の昼寝中に通信モニターで会話している。


「防空装備は大掛かりなものになりそうですね」

「そうだな。まずは防空圏を死守することが最優先だ。各種ミサイルによる攻撃とその後の航空機による支援爆撃が想定されるからな。そして海上ルートを経た陸上からの侵攻だな。

 現代は軍隊が廃止されているから、継戦を予定する大規模な交戦にはならないが、各国が保有する特務部隊は、前世界に存在した軍隊の特殊部隊や海兵隊よりもはるかに強力だ。特務部隊単独での侵入ならば撃退できるだろうが、支援攻撃が伴う場合、咲原駐留部隊が数時間で全滅することも想定して、優を保護しなければならない。

 しかも複数の国による同時作戦も想定される。もちろんわが国の特務部隊も出動し応戦するが、間に合うとは限らない。

 だから最悪の場合、怜良たちが独力で優を保護し続けなければならない。

 そのための準備は間に合うと思うか?」


 すでに聞いていることだが、改めて任務の厳しさを痛感する。


「現状ではやはり不可能です。

 何度もシミュレーションを繰り返しましたが、私が単独で優くんを保護しながら交戦した場合、侵攻特務部隊がわが国の特務部隊と同等水準であると仮定して、最も有利な環境で私があらゆる兵装と電子防御機能を用いて戦闘を行っても、相手部隊が五名の場合で一時間、七名の場合で三十分、十名の場合でほぼ即座に、私は殺害され優くんを奪われると思われます。これは私たちが籠城した場合でも変わりません」


 残念ながら厳しい現実があった。


「まあ、そうだろうな。支援攻撃が伴う以上、逃亡に専念しても変わるまい。せいぜいが特等男性保護官を使い捨てにして時間稼ぎする程度か。

 居住区画に常駐する特務隊は、最初に無効化されるだろうからな」


 怜良は何も言えない。


「一応、現段階ではわが国の特務部隊の咲原近隣への駐留を検討しているが、特務部隊は迎撃には向いていない。また特一級要人指定を公開するまでは、駐留は目立ち過ぎる。

 だからやむを得ないが、迎撃能力が整うまでは、優の存在や特性の発覚を防ぐことが最大の対策となる。発覚するまでは侵攻の危険はないだろう。

 一般市民区画に居住するようになっても、優の特殊性の発覚は徹底して防ぐ必要がある。怜良は現場指揮を間違わないように最大限の注意をしてくれ」

「はい。そこが一番難しいところですが、村人の協力を要請することにしています」

「うむ。頼んだぞ」


 最悪な事態は、滅亡世界が確定したことが各国に知られ、その鍵が優であることが露見した場合である。わずかでも人類存続の可能性の鍵が優にあることが判明すれば、決定的な解決策が発見されない限り、なりふり構わず各国は最大限の力を投入してくるだろう。

 そうなればいつまでも耐えることは不可能だ。

 だから国際関係上の政治的対処方法を、考えうる限り構築しておかなければならない。

 それは悠翔天皇が先導している。

 だから今は、現場にとっては迎撃能力を構築することが最優先だ。


 六勝は怜良との通信を終え、優のかわいい寝顔を見に来て、そんなことを改めて考えていた。





「わあ、すごーい」


 優と怜良は、咲坂家のキャベツ畑を見に来ていた。

 一面にキャベツの小さな芽が出ている。


「まだ種を撒いたばかりだからな。こんなもんだ。収穫は三か月後だな」


 巴が優に話している。


「これが大きくなるんだよね?」

「そうだ。最後には優の頭くらいのキャベツになるぞ」

「早く大きくならないかな」

「キャベツは成長が早いから、目を離しているとすぐに大きくなるぞ。まるで優みたいだ、わっはっは!」


 優は初めての畑を見て、目を輝かせていた。


 きれいに並んだキャベツの芽。

 ちっちゃな緑の葉がかわいい。

 野菜が作られている様子を見るのは初めてだ。

 畑道に咲く野の花には、蝶が舞っている。

 男性居住区画の公園とは、景色の規模が違う。

 山の姿も雄大だ。


 この世界の農産物は、品種改良が大幅に加えられ、病虫害に強い。

 そして土壌の改良技術が進歩し、連作障害とも事実上無縁だ。

 そして栽培と手入れ、収穫には機械化が進んでいる。

 いずれも世界戦略機構による市場価格安定化政策の成果だ。


 曙国は各種気候が幅広く揃っており、全国規模で効率的に環境に適した作物を作り、支援設備が十分に設置されているので、気温や日光量、水量で収穫が大きく不足することがない。いずれも各農産物の収穫可能範囲に収まっている。

 そして農業と物流は国が総合管理しているから、需給は概ね均衡しており、農家の負担は少なくなっている。

 この国の農家は皆、のんびりと農業に従事している。


「案山子はいないの?」

「案山子って何だ?」

「畑に立てて、作物を守っているものだよ」

「害獣対策か?」

「うん。多分そう」

「害獣には機械が対応しているから、そんなものはないぞ」

「そうなんだ。本で読んだことがあるから、見てみたかったんだ」


 優は前世の知識を思い出していたが、この世界では使われていないようだ。




「優が案山子っていうのを見たいって言ってたんだが、誰か分かる?」

「いいえ、そんなもの知らないわ」

「あれでしょ、すごい昔に使ってたってやつよね。どっかで聞いたことがある気がする」

「今、ネットで調べてみたけど、こういう感じらしいわ」

「ええ、なんだこりゃ。なに、これをたくさん畑に立てておくのか? これ、害獣対策なんだよね?」

「そうらしいわね。鳥の対策らしいわよ」

「人間に見せかけて鳥を追い払うのか。でも普及していたんだから効果はあるんだろうな」

「これ、可愛らしく作ることもできるのよね」

「説明では人間に似せるって書いてあるから、可愛くてもいいんじゃないかしら」

「じゃあちょっと作ってみるか」

「お前たち、そんなもの畑に立てたら機械に壊されるんじゃないか」

「なんとか設定を変えられないかな」

「そんな設定見たことないわよ」

「じゃあ、家の前に並べておく?」

「それ、ただのオブジェクトじゃない」

「いっそのことトーテムポールにしたら?」

「それじゃ案山子じゃないじゃないか」

「人間っぽく見えないかしら」

「ちっとも見えないよ。腕をつけるのが重要らしいよ」

「トーテムポールに腕をつける?」

「トーテムポールから離れてよ」

「可愛く作ったら、八弥も喜ぶんじゃないかしら」

「そうだな。ちょっと頑張ってみるか」

「そうね。いいかもしれないわ」


 咲坂家はこうして秘密裡に制作に取り組んだ。


「ねえ、これ何?」

「これは案山子だよ。見てみたいって言ってただろう?」

「畑に置かないの?」

「機械の邪魔になるから、ここに置いてみたんだ」

「そうなんだ。可愛いね」

「ああ、せっかくだから可愛くしたんだ」

「うん、よくできてるね。わざわざ作ってくれてありがとう。見れてうれしいよ」

「それはよかった。色々みんなで調べたからな。偶然に可愛いのを見つけたんだ。自信作だよ」

「うん、完璧だよ。ありがとう」


 巴が胸を張っているのを見て、優は心の中で思った。

 これ、前世で薬局の前に立ててあったっていうカエルの人形だよね。

 この世界にもあったんだ。


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