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23 神の手がかり

この話は人体の性的表示がなされているのでR15です。

 部屋には誰もいなくなった。

 優と悠翔天皇が正面に向かい合って座るのみ。

 優は突然の状況の変化に目が回り、戸惑うばかりで、声も出なかった。


 静かな部屋で、沈黙が訪れる。


「優よ」

「……はい」


 悠翔天皇が落ち着いた声を出した。厳しさは感じられない。

 優の目を見て、慈愛のこもった顔をした。


「今日は楽しかったぞ。いつもそなたのことは気にかけておる。それを忘れるでないぞ」

「はい」

「そなたは幸せか?」

「はい」

「そなたの幸せは、怜良がいるからか?」

「はい」

「そうか。怜良を頼むぞ」

「はい」


 短い言葉で、悠翔天皇は穏やかに言い聞かせた。

 怜良のことを聞かれて、優は少し落ち着きを取り戻した。

 悠翔天皇は優の落ち着いた表情を見てから、再び続けた。


「優よ、今日そなたに会いに来たのは、そなたの様子を見ることが一つの目的であった。そしてもう一つ目的がある。そなたに見てもらいたいものがあるのだ。協力してくれぬか」

「……はい。僕にできることなら」

「うむ。難しいことではない。ただ、ここで今から二人で話すこと、見ること、することは、誰にも話さないようにしてほしいのだ。怜良にも家族にも六勝にも。今後も一切だ。約束してもらえるか」


 怜良にも言えないと聞いて、優は少し躊躇した。しかし悠翔天皇の地位は知らないが、自分や怜良を守ってくれる人だと思い直し、了承することにした。


「はい。わかりました。約束します」

「うむ。済まぬな」


 悠翔天皇はそう言うと、六勝が用意していたカバンから、写真の束を取り出した。


「優よ。ここに写真が二十枚ある。これを見て、思ったことを素直に話してくれぬか」

「はい。わかりました。見てみます」


 大きさはA四くらい。重ねて裏返しになっている。

 優はその束を受け取ると、表にした。


「これは……」


 そこに写っているのは、何の修正もされていない、人間の全身直立の裸体だった。

 一枚の紙に、同一人物の正面からと背後からの二枚の全身カラー写真が写っている。

 それが二十枚、二十人分。

 死体ではなく、ちゃんと目を開けており表情もあることから、生者であることがわかる。


 優は全ての写真を目の前の長方形のティーテーブルに広げ、どれも同じような全身写真であることを確認した。


 色々な人物が写っている。年齢も身長も体型もバラバラだ。

 優は一枚一枚手に取って、丁寧に見ていく。時々、写真の右上に赤い印がついている。


 わざわざ四歳児の自分に会いに来てまで見せる写真だから、何かあるのかと思って、優はしっかりと見ていく。胴の形、足の長さ、手の形、首の太さ。ケガやあざがあるのではないか。

 しかしどの写真もおかしなところは何もない。病気にも見えない。外見上は健康な人ばかりだ。

 それでも何かあるのではないかと、優は時間をかけて繰り返し何度も見直した。


 悠翔天皇は優の様子をじっと見つめている。


「全て見終わりました」


 やがて優は全ての写真を置き、顔を上げて、悠翔天皇に言った。


「うむ。しっかりと見たようだな。どう思う」

「僕が見る限り、何もおかしなところはありません」


 優は迷いなく、悠翔天皇の目を真っ直ぐ見て明確に答える。


「何もないか?」

「はい。身長、体型、肌の色、手足の長さ、手足の形、胸や性器の形、陰毛、顔の形、目・鼻・口・耳、どれも普通の人に見えます。ケガやあざ、肌の病的な荒れも見当たりません。内臓などの病気や視力・聴力の異常があるかもしれませんが、それはこの写真からは判断できません。」


 優は慎重に、かつはっきりと答えた。


「今、性器の形、と言ったか」


 悠翔天皇が目を鋭くして問いかける。


「はい。性器の形は、多分みんなおかしくはないと思います。僕はあまり他の人の身体をよく知りませんが。

 性器の形と言えば、これらの写真で強いて不自然なところを言えば、男性の写真は、どれも表情が暗くて、髪型を女性のようにしている気がするのが、少し違和感があります。大人の男性の髪型はよく知らないので、はっきりとは言えませんが。

 それ以外にはおかしなところは見当たりません」


 優の言葉を聞いて、悠翔天皇は目を見開き、膝に置いた手を握り締めた。

 そして震えを抑えて言った。


「優よ、そなたが男性と思う写真はどれだ」

「右上に赤い印がついている写真十枚が、全て男性です」


 悠翔天皇は息をのみ、奥歯を嚙み締めた。

 しばらく沈黙が訪れた。


「優よ。男性の写真の様子を、一枚ずつ詳しくわたしに説明してくれるか」

「はい、わかりました。何の変哲もない写真なので、普通の説明になりますけど、いいですか」

「うむ、そなたが自由に説明してくれ。なるべく細かく頼む。胸の厚みなども教えてくれるか。特に、女性のような特徴が少しでもないか、教えてほしい」

「わかりました。がんばります」


 優は一枚一枚丁寧に、繰り返しを厭わず具体的に、悠翔天皇に説明していった。

 時間をかけて全ての写真の説明を聞き終わり、悠翔天皇は優に告げた。


「優よ。協力に感謝する。手間をかけさせたな。大変役に立った。礼を言う」

「役に立てたならよかったです」

「このことは、くれぐれも内密にな」

「はい。わかっています」

「うむ。では怜良だけを呼んできてもらえるか」

「わかりました」


 優にそう言うと、悠翔天皇は写真を全てカバンにしまった。

 やがて怜良が優とともに入ってきた。

 二人がソファーに座ると、言葉を続けた。


「怜良よ。優には、わたしとのここでの二人でのやり取りは、全て口外禁止を約束してもらっておる。その相手にはそなたも、家族も、六勝も、全ての人間を対象としておる。

 だからそなたも、決して優に聞いてはならぬ。よいな。くれぐれも頼むぞ」


 悠翔天皇は厳しい顔で怜良に告げた。


「はい。わかりました。ご指示の通りに致します」

「うむ。そなたの普段の働きには満足しておる。今後も優を頼むぞ。

 今日はご苦労だった。では帰るとしよう。千堂と六勝を呼んでくれ」

「はい」


 怜良が呼びに行き、すぐに侍従長や六勝、事務官や警護官たちが入ってきた。


「帰るぞ。優と怜良よ、今日は有意義であった。元気ですごせ」


 こうして悠翔天皇一行は帰っていった。





 帰りの車の中で、悠翔天皇はずっと窓の外を見ている。

 優の家を出発してから三十分は過ぎている。

 いつの間にか雨が降り出していた。

 雨粒が窓にあたり、流れ落ちる。

 車列は速度を抑えて走り続けている。

 車内には六勝だけが向かい合って座っており、沈黙が続いている。出発以来、二人とも未だ一言も発していない。

 運転は警護官たちが行っているが、隔壁で隔てられ会話は聞こえない。


「六勝」


 悠翔天皇が六勝を見て、口を開いた。


「何でしょうか」


 六勝は静かに答えた。


「今日は大変有意義だった。優の様子を直接見れたのは、やはり得るものが多かった」

「それはようございました」

「優の歌は、やはり何か違う気がするな。将来が楽しみだ」

「そうですね。歌詞のついた歌に期待が持てます」


 そんな会話を交わすと、悠翔天皇は窓の外を見やりながら、話を続けた。


「そなたは、なぜ今の時代を現世界と呼んでいるか知っているか」

「いえ、知りません。神の罰の後からそう呼んでいるとしか」


 六勝の答えに、悠翔天皇は言葉を続けた。


「学校では、現世界の名称は神の罰の後に決めたと教えているが、実際には世界戦略機構の発足の時に決めたのだ。

 私の祖先と他の五大国の元首が、発足直前の非公開の予備会議でな」


 悠翔天皇は続ける。


「時代の名称を決める話し合いのとき、新世界という名称とする意見が多かった。しかしそれは見送られた」


 六勝は発言せずに聞いている。


「それは神の罰が終結しているのか、再び発動するのか分からなかったからだ。

 だから、

  もし神の罰の終結が確認されたら、その後を新世界とよぶ

  もし神の罰の再発動が確認されたら、その後を滅亡世界とよぶ

  もし神の罰の終結が確認できないなら、その間を現世界とよぶ

 ……そう五大国で決めたのだ」

「そうだったのですか」


 六勝は初めて知った。そして六勝は質問した。


「疑問なのですが、もし神の罰が再発動したのちに終結が確認されたら、何と呼ぶことになったのですか」

「もちろんその場合も検討されたが、神の罰が再発動したならば、人類はもはや耐えられず、終結する前に絶滅するという意見で一致した。だからその場合の名称は無いのだ。この考えは現代でも変わっておらず、世界の首脳では共通している。

 従って一度でも神の罰が再発動するか、または発動の拡大が確認されたら、それは滅亡世界と呼ぶことになっている。

 知っての通り世界の一般社会の常識では、現在の世界の状態は神の罰の終結と捉えられているが、それは正確ではないのだ。終結の証拠は何もなく、不確定だ。五百年前の罰が固定化されているに過ぎない」


 悠翔天皇は車内に視線を戻し、六勝の目を見て続けた。


「六勝よ。今日、時代の名称が確定した」


 悠翔天皇の言葉に六勝は驚いた。


「そなたにだけ教えるゆえ、他言は許さぬ」

「はい」


 六勝は気持ちを落ち着け、姿勢を正した。


「それは滅亡世界だ」


 悠翔天皇のはっきりとした言葉を聞き、六勝は目を見開いた。


「……つまり神の罰の再発動が確認できたのですね」

「そうだ。優とのやり取りで確認できた。内容は言えぬがな。優に聞いてはならんぞ」

「はい、もちろんです」

「優さえ知らぬことなのだ。だが優の反応で確定した」

「そうなのですか……」


 六勝は肩を落とす。突然の人類滅亡を告げられ、現実を受け入れられない。


「人類がいつまで存続できるかはわからぬ。本来ならこのことは各国に通達するべきだが、今はまだそれはできぬ。通達して開示すれば、証拠である優は他国に奪われる」

「それは間違いないでしょう。特に事実上の無政府地域の勢力は未だ危険性がありますから」

「優を失うわけにはいかぬ。ゆえに、今後優の身柄の取扱いは特一級要人とすることにする。これは勅令として緊急権限の発動とする」

「まさか。それでは陛下は……」

「そうだ。余の命よりも優の命を優先せよ」


 六勝は悠翔天皇の毅然とした態度から、本気であることがわかった。


「だが今の段階で特一級の扱いを公表すれば、優をいたずらに危険にさらすことになる。だからそなたにだけ今は伝えるゆえ、あらゆる権限と方法を以て優を守れ。誰の命、誰の財産を犠牲にしても、優を失ってはならぬ。よいな」


 六勝は事の重大さを考えていた。特一級要人とは、国家そのものの犠牲を可能とするものだからである。すなわち、国民を含めた国家全体よりも、特一級要人の価値が重い。従来には一度も指定されたことはなかった。天皇は特二級だ。


「六勝よ。いかなる犠牲を払ってでも、優の命と身柄を守り通せ。もし遂行に障害があれば、余の名を使って構わぬ」


 六勝は悠翔天皇の覚悟を見て、自らも覚悟を決めた。


「陛下。私の身命を懸け、勅命を遂行いたします」

「うむ。期待しておる」


 悠翔天皇は一旦言葉を切り、窓の外を見て一息つくと、視線を戻して話を続けた。


「六勝よ。優自身のことについてだがな」

「はい」

「彼は神の手がかりだ」

「それは彼の行動や影響が、でしょうか」

「そうではない。優自身が神の手がかりなのだ」

「どういうことでしょう」


 六勝は悠翔天皇の言うことがまだ理解しきれなかった。


「先ほど神の罰の再発動の確認をしたと言っただろう。だがな、それは優自身とは関係のない現象を言っているのだ。優は神の罰の代行者なのではなく、神の罰の再発動の証拠を見抜くことができるのだ。

 すでに神の罰の再発動は始まっておる。だがな、それを我々は誰も見抜くことさえ出来なかったのだ」


 その言葉を聞いて、六勝は非常に驚いた。


「我々は再発動の正体を認識さえできぬ。それゆえ、対策が取れぬ。たとえ対策を取れたとしても、神の罰の再発動が素直に止まるとは思えぬ。男児出生率の減少と男性人格の希薄化に対しては、世界は人工授精により対応したが、今回の再発動は次元が違うのだ。

 だがな、今日の優を見て気づいたのだが、優には再発動に対抗する力があるのかもしれぬ。少なくとも優には神の罰の影響が及ばぬ。だから彼自身が神の手がかりなのだ。

 優の身柄を失ってはならぬ。人類存続の唯一の手がかりなのだ。六勝よ、それを忘れるでないぞ」

「わかりました」


 悠翔天皇は視線を落とし、深くため息をつくと、六勝に言った。


「六勝よ。余が預けたカバンを開けて、中身を見るといい。再発動の証拠が入っておる」


 六勝はそう言われて、緊張してカバンの中身を取り出した。


「これは……写真ですか」

「そうだ」


 六勝は二十枚二十人分の写真を一通り見てみる。


「これが証拠なのですか? そうは思えないのですが……」


 六勝は悠翔天皇の話から、何か途轍もない証拠があるのかと思っていたのだ。

 だから六勝はこう言った。


「どれもただの女性の写真ばかりではないですか」


 六勝の拍子抜けしたような言葉を聞き、悠翔天皇は力なく小さく笑った。


「……そうだな。その通りだ」


 悠翔天皇は話を終わらせ、視線を窓の外に戻した。





「怜良さん、この桃色のがすごくおいしいよ」

「あら本当ね。桃の実を食べているみたいだわ。このオレンジ色のは優くんが好きな味だと思うわよ」

「そうなの? じゃあ食べてみる」


 一行が帰ったあと、二人はリビングでのんびりとお茶を飲んでいた。


「すごく偉い感じの人だったね」

「そうね。偉い人であることは間違いないわ」

「でも優しい感じがして、何かお母さん、おばあさんていう感じがしたよ」

「そうなのね」

「怜良さんと僕を見守ってくれる気がするから、あの人のことは好きだよ」

「そう、それはよかったわ」


 優の素直な感想を聞いて、怜良は微笑んだ。


「また来ることはあるのかな」

「そうね。来るかもしれないけれど、ずっと先になると思うわ」

「じゃあ、その時はちゃんと歌えるようになっているといいな」

「ええ、優くんの歌を聴かせてあげたら、きっと喜んでくださるわ」


 二人には今日も穏やかな時間が流れていた。


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