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22 悠翔天皇来訪

「優が前世界の音楽を聴いたということです。そして前世界の歌は現世界の歌と違って、いい歌だと言ったそうです」


 六勝は怜良の報告を受け、悠翔天皇に専用回線で報告を行った。


「優の生後直後の歌と現世界の歌の違いは、判明しておらぬとのことだったな」

「はい。最近彼が新しく披露した曲に関して再現を試み分析しようとしましたが、録音がないため分析は進んでいません。今後は彼の歌は記録するよう指示致しますか」

「いや、それはやめておけ。いずれ彼が自発的に聴かせてくれるであろう。彼の不信を買うようなことはするな。どうしても録音しなければならない場合には、本人にそう伝えればよい。怜良の判断に任せておけ」

「わかりました」


 悠翔天皇は続ける。


「彼の言う通りであれば、現世界の歌と前世界の歌は何か決定的な違いがあることになるな」

「はい。以前の言い方からするとメロディー、音の並びのことだとは思いますが、問題はどの部分のことなのか、ということになります」

「それは生後直後の歌と同じく、分析できぬだろう。

 一番の問題は、優が現世界の歌をどれも同じ理由で否定するのに、なぜ我々は誰もその理由を理解することができぬのか、ということだな」

「現世界の歌はAIで作成されていますが、前世界の歌は人が作成したものです。AIが作成したことが理由と言えなくもありませんが」

「恐らくそれは正しくないであろう。音楽作成AIは一つではないはずだ」

「はい。無数のAIが存在しています。そのどれにも共通して、前世界の歌との違いを生み出す要因があるとは考えにくいと思います」

「漠然としてはいるが、見逃すことはできぬ問題だな。優に聞いても、怜良に答えた以上の回答は得られないであろう」


 二人はしばらく黙り込んだが、悠翔天皇が口を開いた。


「六勝よ、まだ先になるかと思っていたが、余が優と直接話をしよう。いくつか確認すべきこともある。訪問の手配を頼む」

「陛下御自らのご訪問は目立ち過ぎると思いますが」

「呼び寄せるよりは目立たぬであろう。ここは色々な目があるからな。いくつか近辺の訪問も組み入れればよい。

 それに通信ではダメな理由があるのだ。この際だ、どうしても直接会って確認しなければならぬことがある」


 六勝は悠翔天皇の強い意志を感じ取り、訪問の手配をすることにした。


「優に陛下の御身分を明かされますか」

「どちらでも構わぬ。優にとってどちらがやりやすいかによる。ゆくゆくは優とは直接の協力関係を構築しなければならぬ。それには信頼関係が必要だ。賢い優には、過剰な隠し事は良い結果を招かぬだろう。聞かれれば素直に明かすことになろう」

「承知しました。陛下のお考えの通りに手配いたします。優の性格を鑑みて、正式な訪問形式よりも親しみのあるやり方が良いと思いますが、いかがなさいますか」

「そうだな、平服でいいだろう。謁見の形式はやめておこう。普通のおばさんが土産片手に会いに来たという感じでいいのではないか。優の性格を最優先にして決めてくれ」

「侍従長の説得に骨が折れそうですが、そのように調整しておきましょう。環境設定は怜良と協議して決めますので、具体的な内容は侍従長に後日お伝えします。移動と警護に関しては内閣に指示しておきます」

「うむ。頼んだぞ。先ほどの通り、優には余の身分は、場合に応じて自分で明かす。それまで優本人に知られぬよう徹底させよ」

「承知しました」





 五月になったよ。

 今月の咲坂家との面会が終わって、いつもと変わらない日を過ごしてる。

 新緑の季節だから散歩が楽しいんだ。怜良さんにおねだりして、よく連れていってもらう。また千景おばちゃんに肩車してもらおう。


 でも最近の怜良さんは何か忙しそう。通信の呼出しがよくあるんだよね。自分の部屋に行って話し込んだりしてる。

 それからこの辺りはやたらと掃除の人が増えたような気がする。散歩でしょっちゅう見かける。植込みの中まで見てたりする。すごく真面目なんだね。

 あと、保護官とは違うんだけど、スーツをきっちり着た人があちこちに何人も立ってたりする。時々じっと見つめられるから、何か怖いんだよね。

 それから車をあまり見なくなったかな。外出しないわけじゃないんだろうけど。時間を決めてるのかな。

 あと、テーブルとかソファーとかが新しいものに替えられた。食器とかカーテンも。カーペットはないから、そのくらいかな。

 そんなことがこの二週間くらいにあったから、なんか落ち着かなかったよ。




「優くん。今日は午後にお客様がいらっしゃるわ。お一人だけど、優くんに会いにいらっしゃる人だから、ご挨拶してお話を聞いて差しあげてくれる?」


 お昼ご飯を食べていたら、そう言われた。

 誰だろう? 千景おばちゃんじゃないよね。


「うん、いいよ。誰なの?」

「そのお客様が優くんに直接名前をおっしゃりたいらしいから、その時まで待ってくれる? 名前以外に聞きたいことがあったら、遠慮なくご本人にお聞きしていいわ」

「うん、わかったよ。僕にお話があって来るんだよね?」

「ええ、そうよ。私がそばにいるけど、お話は優くんが聞いて、もし何か聞かれたら自分で答えていいからね」

「うん、わかった。どの位の時間、話すのかな」

「わからないわ。でも一時間か、長くても二時間かしら」

「そうなんだ。大丈夫だよ。ちゃんとお話するから」

「優くんはえらいわね。もしかしたら途中で私が席を外さなきゃいけないかもしれないけど、優くんは私のことは気にしないでお話を続けていてね」

「うん。何かよくわからないけど、大丈夫だよ」


 うーん。何だろう。前世で言うサプライズ?


 お昼ご飯を終えると、怜良さんの案内で黒いパンツスーツを着た女性がたくさん家に入ってきた。二十人くらいいる。全員身長が二メートルくらいあるよ。千景おばちゃんより背が高い!

 その他にも十人くらい、いろんな人たちがいる。


「この人たちは、お客様がお帰りになるまでこの家にいるけど、ただのお手伝いさんたちだから、優くんは気にしなくていいからね。靴を履いているけど、室内用の靴だから大丈夫だからね」


 怜良さんがそう言う。びっくりしたよ。すごそうな人たちだけど、何をお手伝いするのかな。

 怜良さんに連れられてトイレを済ませて、新しい綺麗な服に着替えて、髪を整えてもらった。初めて咲坂家を迎えた時を思い出して、懐かしいな。トイレの前にも背の高い人が立っててびっくりした。


「それじゃあ、応接間でお待ちしましょう」


 怜良さんと四十畳くらいの広さの応接間に行くと、ソファーとティーテーブルがいつもとは違う位置に変わっていた。そしてさっきの背の高い人たちが六人いた。ぐるりと部屋の壁にビシッと立ってる。人が多いよ!

 しかも掃出し窓は閉まってるけど、カーテンは開けてレースカーテンになっていて、レースの向こうの庭には大きな人たちがたくさんいる!


 そして他に女性が五人いた。開け放しているドアに一人。ソファーの周りに四人。みんな髪をきっちり結い上げていて、優しそうな顔をしている。背の高い人たちと比べて柔らかい物腰だね。

 僕たちがソファーに歩いて行くと、一人が優しい笑顔で僕に挨拶をしてくれた。


「咲坂優様、本日お世話いたします四礼巳影しれいみかげと申します。よろしくお願いいたします」

「咲坂優です。よろしくお願いします」


 この人は百七十センチくらいの背で、黒髪。目が暗い赤色。千景おばちゃんに近いかな。


 僕はぺこりと頭を下げて、怜良さんと二人でソファーに座った。

 しーんとしてる。何だか話し声が全く聞こえてこなくて、人が動くときの衣擦れの音がかすかに聞こえてくるだけ。

 緊張して怜良さんの手を握ってしまった。


「緊張してるの? 大丈夫よ。いい人だから安心して」

「うん。大丈夫だよ。なんか部屋の雰囲気がいつもと違うから、ソワソワしちゃうだけ」

「ふふ。お客様がいらっしゃるまで手を握っていましょう」


 怜良さんが笑ってくれて、何か安心した。

 そして五分くらい待ったと思う。


「おいでになります」


 突然、四礼さんがよく通る声で言って、みんな一斉に入口に向かって頭を下げた。背の高い人たち以外。

 この人すごく声がいい! ボソッと言った感じなのに、よく通る落ち着いた声。発声法聞きたいな。

 そんなことを考えていると、怜良さんが立ち上がって頭を下げたので、僕も慌てて立ち上がって頭を下げた。


 すると衣擦れの音が聞こえてきた。

 人が入ってきたみたいだ。

 ドアが閉まる音が聞こえる。

 少し頭を上げてちらりと見ると、白髪交じりの高齢の人がとてもゆっくりと先導して、ベージュ色の上品な服の人が近づいてくるのが見えた。


 その人は、膝の高さの長方形のティーテーブルを挟んで、僕の目の前に立った。


「よい。面を上げよ」


 その人が低い声でそう言うと、みんなが頭を上げたので僕も頭を上げた。


 身長百六十センチ位で、真っ黒な艶のある黒髪。すごく長い。地面につきそう。後ろで結んでいる。色白で、目が真っ赤な赤色。ウサギより濃い。怜良さんより年上な感じ。

 何かこの人、偉い人だよね?


「わたしは悠翔という。そなたが咲坂優であるな。いつも話は聞いている。今日は時間をとりすまないな。よろしく頼む」


 身長が違うけど、その人は僕の目を見てゆっくりとそう言った。

 ゆうしょうさんて言うんだね。


「僕は咲坂優です。本日はようこそいらっしゃいました。僕にお話があると聞いています。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げてそう言った。


「ふふ。可愛い子供であるな」


 悠翔さんはそう言ってソファーに座った。怜良さんがその後座ったので、僕も座った。

 あれ、ドアのあたりに千景おばちゃんがいる。いつの間に。一緒に来たのかな。


「怜良よ、今回はご苦労であった。優と会うことができて、嬉しく思うぞ」


 怜良さんは無言で頭を下げた。何かこの人、やっぱりすごく偉い人だよね?


「まずは菓子でも食べよう。怜良から優が菓子が好きと聞いて、用意したのだ。旨いと聞いている。遠慮なく食べてみてくれ」


 悠翔さんがそう言うと、横に控えている人たちがお茶を用意してくれて、ティーテーブルの真ん中に大きなお皿にお饅頭がたくさん並べられて出てきた。

 どれもすごく綺麗にできていて、表面に色々な細工がしてある。お饅頭というか、和菓子だね。すごく高級そう。


 控えている人が取り皿に一つ取って、それを悠翔さんが楊枝で食べ出したので、僕も一つ選んだ。桃色で表面にガラスみたいにキラキラした粒がまぶしてあって、すごく綺麗。僕には結構大きく感じる。

 食べてみると、中にはとろりとした桃味の甘い餡が入っていて、外側の柔らかな餅としっとり混ざっておいしい。口の中が瑞々しく感じる。


「おいしいです。初めて食べました。ありがとうございます」


 僕がそう言うと、悠翔さんが


「気に入ったようでよかった。やはり土産は菓子にしてよかったな。好きなだけ食べるといい。他にもまだたくさんあるから、わたしが帰ったあと怜良と食べるといい」


 そう言って僕に笑いかけてくれた。


「今日は食べながらで構わんぞ。優は怜良とうまくいっていると聞いている。怜良との生活は楽しいか」


 悠翔さんが微笑みながら聞いてくる。僕はお茶を飲んでから答えた。


「はい。いつも一緒にいてくれて、毎日楽しいです」

「そうか。それはよかったな。優が楽しく暮らしていると、わたしも嬉しいぞ。怜良をそなたの専属に選んだのは、わたしなのだ」


 えっ、そうなんだ。


「そうだったんですね。ありがとうございます。怜良さんが専属になってくれて、とても幸せです。ここでの生活が楽しいのも、怜良さんのおかげです」

「ふふ。怜良もそなたと生活できて、喜んでいるであろう。そなたの生活は、ちゃんと聞いているぞ。たくさん勉強して、とても賢いらしいな」

「いえ、怜良さんの指導に従っているだけです。怜良さんは僕のことをいつも考えてくれているから、僕は安心して色んなことができています」


 僕はお菓子を食べながら、悠翔さんと会話をしていく。お行儀が悪いかと思って食べるのをやめると、「もっと食べろ」と言われるので、遠慮なくもぐもぐ食べている。おいしいな。


「優は水泳を頑張っていると聞いているぞ。だいぶ泳げるようになったか」

「はい。始めたころは泳げませんでしたが、今はクロールができます。二十五メートルが泳げるようになるのが目標です」

「そうか。よく頑張っているな。優ならすぐに二十五メートルを泳げるようになるだろう。怜良にしっかり教えてもらうといい」

「はい、がんばります」


 怜良さんを見ると、ニコニコしている。僕もニコニコしちゃうよ。


「優は咲坂家とはうまくいっているか」

「はい。始めは緊張したけど、今はみんな仲良しです。妹の八弥がとてもかわいいので、一般市民区画での生活が楽しみです」

「そうか、それはよかった。咲坂家のある村はいいところだと聞いている。花がたくさん咲くそうだな。きっと季節ごとに綺麗な花が見れて、優には楽しい場所になるだろう」

「はい、そう聞いているので、花をたくさん見て回るつもりです」


 あと四年あるけど、きっとすぐだよね。


「優は歌が好きなのだな。発声練習を頑張っているらしいな」

「はい。僕は歌が下手なので、今のうちから頑張って練習しているんです。始めのうちは体力が続きませんでしたが、今は体力がついて少しづつできるようになってきました。いつか怜良さんにちゃんと歌を聴かせてあげるのが夢です」

「よく頑張っているな。そなたの歌を聴ければ、怜良は喜ぶであろう。今日はわたしにも何か歌ってもらうことはできないかな」


 うーんと。歌かあ。構わないけど、お菓子食べちゃったから発声法を使うのは難しいんだよね。


「今お菓子を食べたので、声をしっかり出すのはちょっと大変なんです。だから一曲だけになりますけど、それでいいですか?」

「ああ、もちろんだ。そなたの無理でない範囲で構わない。頼めるか」

「はい、わかりました。怜良さんを専属にしてくれたお礼も兼ねて、頑張って歌います」


 そう言って立ち上がり、ソファーから距離をとった。

 呼吸と声を確認して、声の調子を整える。


「それじゃあ、歌います」


 目を閉じて、胸の前で手を組んで声を出す。

 怜良さんに歌ったバレエ曲のひとつ。春だから、花のイメージのワルツ曲。旋律が歌いやすくて、今はちょうどいい。


 始めは少し安定しなかったけど、段々声が出るようになって、伸びが出るようになった。

 高音もいい感じ。音の上下は結構スムーズ。無理はできないけど。


 選んだのはワルツ曲だから、リズムに合わせて少し身体を揺らすと、音のメリハリが自然について歌いやすい。目を閉じているから見えないけど、風に揺れるツクシみたいに見えるかな。

 ワルツ曲は楽しい曲ばかりで、踊りだしたくなっちゃうのが不思議。


 五分間くらいの曲を歌い終わった。

 目を開けると悠翔さんたちが手をたたいて喜んでくれている。


「素晴らしかったな。優の歌は声がきれいだ。ちゃんと練習の成果がでておるのだな。聞いたことのない曲だがいい曲だった。歌ってくれてありがとう」

「喜んでいただけたようで、よかったです」


 僕はそう言ってぺこりと頭を下げた。

 僕はソファーに戻った。


「優よ、今日はそなたがきちんと育っていて、幸せそうに過ごせているのが見れてよかった。これからも健康で楽しくすごせるよう、怜良を頼るといい。

 わたしはいつもそなたの味方であるからな。してほしいことや困ったことがあったら、怜良を通してわたしに言うといい。力になろう」

「はい。ありがとうございます。でも今のままで十分です。どうしても困ったことがあったら、お願いするかもしれないので、よろしくお願いします」

「うむ。いつでも構わぬぞ。遠慮なく頼るといい」


 そうやって悠翔天皇は微笑みながら優しく言い終わると、打って変わって厳しい声をあげた。


「六勝!」

「はい、ここに」


 六勝はソファーのそばにすぐにやってきて片膝をついた。


「人払いせよ。部屋の周囲にも誰も近寄らせるな。例外は許さぬ。事務官と庭の者にも伝えよ。そなたも外で待機せよ。誰にもこの部屋の会話を聞かせるな。それからそなたに預けたものをここに持て」

「はい。直ちに」

千堂せんどう

「はい」

「お主らも出ておれ。カーテンを閉めてここも片付けよ」

「承知しました」


 悠翔天皇は次々に指示を出す。その声には反論を許さない厳格さが現われ、その場の職員たちは一瞬で緊張を高めた。皆テキパキと動き出す。六勝は部屋にいた警護隊長に指示を出し、庭で隊長から無線指示をうけた警護官たちが、即座に連携して二十メートルの距離を取り警護についた。侍従たちは手慣れた動きで音もなく素早く片付けを終えた。最後に部屋の警護官たちが六勝とともに足早に退出した。


それまでの和やかな雰囲気は一瞬で消えてなくなった。


「怜良よ。そなたもよいな。しばらく優を借りるぞ」

「……はい。承知しました」


 怜良は優と目を合わせ、手を握ってやりたい気持ちを抑え、心の内の心配を隠すために小さく微笑むと、悠翔天皇に一礼してから部屋から出て行った。


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