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20 二人だけの花見

「優くん、行きましょう」

「うん!」


 怜良さんと手をつないで家を出る。

 今日は二人で初めてのお花見だ。

 ずっと楽しみだったんだ。

 去年は引越ししたばかりで、ちゃんとしたお花見はできなかった。

 だから前世からの夢だったお花見に、やっと連れていってもらうの。


 四月になって新年度が始まった。

 といっても僕は通学もないし他の男の子たちとの交流もないから、何も変わらないんだけど。

 怜良さんの話を聞くと、他の男の子たちはお互いに交流したり集団でスポーツをしたりするのが普通らしい。

 でも僕の場合にはそういうものは必要ないらしくて、僕の思った通りの生活を続けている。


 この一年でわかったことだけど、僕の家の周りには他の男の子がとても少ないんだよね。

 始めのうちはこれが当たり前と思っていたんだけど、どうやらここだけらしい。

 薄々気づいていたんだけど、僕ってなんか特別扱いっぽい。

 どうして特別扱いなのか、怜良さんに聞いてみたんだけど、僕はちゃんとした男の子だからよって言ってた。

 まあ、なんでもいいから、僕も気にしないけどね。


 話がそれたけど、今日はお花見だ。前世で本でよく読んだんだ。歌の歌詞にも桜の花が良く出てきたからね。楽しみだったんだ。


 荷物は怜良さんが持ってくれている。

 結構な量だと思うんだけど、怜良さんは片手で「ひょいっ」と持ち上げていった。

 さすがの一等男性保護官だね。


 この辺りで桜が咲いているところはたくさんあるんだけど、今日は怜良さんが桜が咲いている公園に連れていってくれる。

 歩いていける距離だから、二人で手をつないでとことこ歩く。

 怜良さんはいつも僕の歩く速さにあわせてくれるんだ。

 僕はまだ足がちいさくて、脚も短いからね。

 左手に感じる怜良さんの手の温もりが、いつも安心する。


 十分くらい歩いていると、公園が見えてきた。

 広い芝生がある公園。

 そこにたくさんの桜が咲いている。

 花見をしに来ている男の子もちらほら見える。


「ここにしましょう」


 大きな桜の木の下に到着して、怜良さんが敷物を広げてくれた。

 大きな敷物で、ころころ転がっても大丈夫なくらい。

 そこに怜良さんがたくさんの料理を並べてくれた。


「すごい! ご馳走だね!」

「優くんが楽しみにしていたお花見だから、優くんが好きなものを作ったわ」

「ありがとう!」


 今日はお昼ご飯をお花見で食べることにしたんだ。

 花見の季節は天気が荒れることが多いから、その日にならないと花見ができるかわからない。だから毎朝外の様子をみて、今日は穏やかな天気だからお花見にくることができたの。

 怜良さんが朝早くから用意してくれたんだ。


 五歳の年度になったけど、まだ満四歳で僕の身体は小さくて届かないから、料理を広げてあるけど取り寄せられない。

 僕がちょこんと座っていると、怜良さんが料理をお皿に取り分けてくれた。


「これでいいかしら? たくさん食べてね」

「ありがとう。いっぱい食べるね! いただきます」


 怜良さんからお皿を受け取って、お礼を言う。

 お皿には小さなハンバーグ、唐揚げ、玉子焼き、小さなおにぎり。

 僕の大好物だ。うれしいな。


「おいしい。いつもありがとう」

「優くんがたくさん食べてくれるから、いつも作り甲斐があるわ」


 怜良さんがお茶をコップについでくれる。

 怜良さんも料理をお皿に取り分けて食べ始めた。


 時々風がそよいでいく。

 花びらがひらひら舞い散っている。

 満開の桜と舞い散る桜が、とても綺麗だ。

 桜の木の大きな枝が、地面の近くまで張り出していて、花に囲まれているように感じる。

 芝生のみどり、枝のちゃいろ、桜の花びら、雲一つないあおぞら。

 どこを見渡しても自然の色が溢れて、こころに残る。

 怜良さんと過ごすこんな時間が、夢のように感じる。


 前世では文字でしか知らなかった、写真だけでしか見なかった景色が、目の前にある。

 言葉ではいろいろな表現がされていたけど、本物にはとてもかなわない。

 手元を見ればお皿に花びらが乗り、お茶には花びらが浮かぶ。

 それが、これが現実なんだとわからせてくれる。


 これが世の中の姿なんだね。

 前世で部屋の中から動けなかった僕が、いつも文字とわずかの写真から想像だけで作り上げていた世界。

 いつかそこに至るなんて、夢にも思わなかった世界。

 それが今、目の前にある。


 いくつもの歌で語られていた。

 春の出会い、新しい生活。

 桜はそんな人と人との出会いを象って歌われていた。



 優は食事の手を止め、自然と小さな声で歌い出した。


 伴奏のない独奏曲。

 発声法も使わない、ただ口ずさむだけ。

 前世で繰り返し桜の季節に聴いた。

 春を歌いながら、桜の花の散る姿から、人との別れを惜しみ、それを新たな人生の門出の祝いとした曲。

 歌いながら優は思いを巡らせた。


 出会いと別れはひとつ

 別れと出会いはひとつ


 人の時の流れは、出会いと別れの繰り返し

 喜びと悲しみの繰り返し


 出会いと別れの記憶が思い出となり、降り積もる

 何もない人生に、色をつけていく


 前世でひとりぼっちだった人生は

 なんの色もない世界だった。


 どんなに学んでも

 どんなに手を伸ばしても

 決して届かない世界だった。


 この世界に生まれついて

 僕にも色がつきはじめた。

 窓のむこうだった世界が、僕の世界となった。


 精神だけの世界に生きていた僕に

 人の身体が与えられた。


 人の身体を与えられた僕に

 人の世界が与えられた。


 人の世界が与えられた僕に

 人の心が与えられた。


 人の心を与えられた僕に

 人の心が与えられた。


 僕の人生に、色がつきはじめた。

 僕はいま、生きてるんだね。




 優は歌い終わって、涙を流していることに気づいた。

 怜良が優をじっと見ている。


「とてもいい歌ね」


 そう言って怜良は優しい笑顔で、優の涙をそっと拭いた。

 優は歌っていたことをあまり意識していなかった。

 優は少し恥ずかしくて、怜良の手に顔をこすりつけた。





「おにいちゃん」


 お花見から日が経ち、咲坂家がやってきた。

 とことこ元気に八弥が抱き着いてくる。


「こんにちは。お上がりください」

「みんな来てくれてありがとう」


 八弥の頭を撫でながら、怜良さんと二人で招き入れる。

 春らしい暖かな日。


「この辺も桜がまだ少し残っているけど、うちの方はまだまだ沢山咲いているよ」

「うちの方がここより少し気温が低いからな」


 ユリおばあさんと巴さんが言う。


「この辺には桜がたくさん咲いて綺麗だったよ。今年は怜良さんがお花見に連れていってくれたんだ」

「へえ、そうなの。よかったわね。優は桜が好きなのね」

「うん。ずっと楽しみだったんだ。去年は忙しくてゆっくりできなかったから、今年はすごく嬉しかったよ。怜良さんありがとう」

「優くんが喜んでくれてよかったわ」


 彩さんと怜良さんが答える。


「うちの近くに住むようになったら、みんなで花見に行こう。咲原は花がたくさん咲くんだ。うちの自慢だな。山も桜に染まって、綺麗だぞ」

「咲原ってそういう意味なんだね。僕はお花が好きだから、楽しみだな」

「ややもー」

「八弥もお花が好きなんだね」

「うん!」


 八弥を隣に座らせて、頭を撫でてやる。

 今回の面会で、咲坂家との面会はちょうど一年になる。

 始めの頃のような緊張感は無くなり、親近感をもてるようになった。

 八弥も少し大きくなった。


「今年から習字と楽譜の勉強をすることにしたんだ」

「習字はいいね。字がきれいだと、何かと便利だ。八弥にも習わせないとな。ところで楽譜の勉強って何だい」


 ユリおばあさんが聞いてくる。


「いま発声練習してるでしょ? だからそろそろ楽譜を読めるようになりたいなって。特に楽譜を書けるようになりたいんだ」

「楽譜を書くって、作曲でもするのかい?」

「うーん、どうなのかな。自分がいいと思う曲を書いていく感じだね」

「すごいねえ。優には音楽の才能があるんだねえ」


 ユリおばあさんが感心している。

 前世の曲は僕の作詞作曲ではないから、この世界に再現するのは言い方に困る。


「でも楽譜を書くんだったら、コンピューターでAIを使えば簡単じゃない?」


 桜さんがそう言う。

 そうなのだ。この世界では作曲はAIで自動生成するのが普通なのだ。

 楽曲作成に使用されているAIは情報収集型ではなくて、独立複合思考型を中心に設計されているので、いくつかの構成条件を与えれば、結構オリジナリティのある曲が作成される。

 桜さんが言っている作曲AIとはこのことなのだ。


 でも僕はどうしてもAIが作曲した曲が好きになれない。

 だから余計に前世の曲を楽譜にしていこうと考えたんだ。歌詞を歌う力はまだないからみんなに聴かせるのはまだ先の話だけど、楽譜の知識と技術だけは身につけておこうと思ったんだよね。


 楽譜にするにしても結構難しい。

 メロディーを単音だけ連ねるだけなら今でもできるけど、ちゃんとした曲にするには伴奏をきちんと楽器ごとに分けなきゃいけない。ほとんどが和音だし。前世で言う編曲ができなきゃね。

 そうするときちんと作曲知識を学んで、楽器の知識もつけて、音楽を構成しなきゃいけない。音の並びの技術の知識も重要だよね。

 誰も知らない曲をこの世界で再現するのは、結構大変なのだ。なんとなくでいいなら難しくないけど、演奏つきできちんとするのは大変。

 しかも今後の成長期を経た発声練習の成果によっては、歌い方を変えることになるから、僕自身に合わせて編曲するかもしれない。


 この世界は一旦楽譜が出来上がってしまえば、演奏はコンピューターがしてくれる。

 この世界の演奏は先進的で、生演奏じゃなくても楽曲再生技術がすごくて、自在に音や音場が再現できる。再現空間の広さがとても広いんだ。前世のような単純なデジタル技術じゃないのがすごい。そして楽器の音の再現はすごくレベルが高い。もちろん未知の音も作れる。

 この再生技術と作曲AIを組み合わせれば、誰でも自在に音楽が作れるし、演奏もできる。


 でも怜良さんに聴かせてもらったこの世界の曲は、どれも何かおかしい。

 それに僕がメロディーを歌ってコンピューターで読み取って、AIに楽器分配をさせても、何か違う曲になるんだよね。どのAIを使っても同じ。


 そういうわけで楽譜や編曲の勉強をすることにしたんだ。前世では細かく音楽教科として分かれていたらしいけど、AI任せのこの世界にはそういうものはないから、自分でやっていくしかない。


 本当はピアノでも習えばいいんだけど、そもそも楽譜がいいものがないから意味がないんだ。


「なんかね、怜良さんに教えてもらってAIを色々使ってみたんだけど、どうも気に入ったものにならないんだ。だから時間もあるし、勉強して自分でやってみることにしたんだ」

「そうなのね。難しそうだけど、優なら頑張れるわよね。優の作った曲、私たちにも聴かせてね」

「うん、もちろんだよ。うまくできたら聴いてもらうね」


 そんなちょっと難しい話をしていると。


「おにいちゃん、うたつくるの?」


 八弥が可愛らしく聞いてきた。


「うん、将来はそうできるといいんだけど」

「いまはないの?」


 八弥が何やら期待した顔で聞いてくる。

 ……うっ。視線が痛い。

 うーん、まだ歌詞は歌わないことにしてるんだけど。


 この前、怜良さんにクラシックを発声で聴いてもらってから、歌う楽しさと聴いてもらう嬉しさが大きくなってきてるんだよね。

 だからお花見のときに歌が自然と出てきたんだと思う。


「じゃあ、少しだけ歌ってあげるね」

「やったあ」


 八弥が手をたたいて喜ぶ。


「おや、優が歌ってくれるのかい?」

「優の歌を聴くのは初めてね」

「発声練習すごく頑張ってるから、上手いに決まってるよ」

「小さい優の歌を聴けるのは、今しかないわね」


 みんながワイワイと騒いでいる。

 期待させてうまく歌えなかったら申し訳ないな。


「優くん、どんな曲を歌うの?」

「子供向けの童謡を歌うよ」


 怜良さんが笑顔で聞いてきたので、そう答える。

 みんなから離れて、一人で立つ。


 息を吸い込んで、気楽に歌い出した。


 前世で幼稚園生や小学校低学年生が習う童謡。

 どれもメロディーが単純で、歌詞も単純。

 言葉をあまり知らない子供でも歌える。


 でも曲はよくできていて、一度聴けば誰が聴いてもこころに残る。

 基本に忠実で、情緒の安定するメロディー。

 前世の童謡はよくできていたなあ。


 発声技術は使わずに、素直に歌う。

 これは八弥がすぐに歌えるように。


「初めて聴く歌だけど、なんだか懐かしい気がするね」

「ああ、不思議なもんだ」

「いい歌だわ。子供が歌うにはちょうどいい感じだわ」

「すぐに覚えられるわね」


 歌い終わると、みんなが拍手をしてくれた。


「八弥、おいで。いっしょに歌ってみよう」

「うん!」


 八弥を連れてきて、手をつないで並んで歌う。

 八弥はすぐに歌を覚えて、合唱できるようになった。

 八弥はとても楽しそうに元気に歌う。

 時々音が外れているのが子供らしくてかわいい。


 その後、三曲披露して、二人で歌った。

 みんなに拍手をもらって、楽しい時間を過ごした。

 怜良さんもニコニコしていた。

 歌ってよかったな。


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