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17 現世界の成り立ち

 二月終わりの午後ののどかな公園。

 風が落ち着いていてうららかな日差しになったので、怜良さんとピクニックにきた。

 まだ冬なんだけど、寒さに慣れた身体には日差しが暖かい。

 夏至や冬至も前世と同じだから、もうだいぶ日が伸びてきた。

 もちろん花粉症なんてなくて、他にも日向ぼっこしている男の子と保護官も結構いる。


 そんな午後のひととき、僕は本を読んでいる。

 それは「現世界」の歴史の本。

 前世界と神の罰の続きだね。



「神の罰のあと、男性人口が極端に減少したため、各国はその姿を変えざるを得なかった。

 人口が半減し女性ばかりとなった国々は、従来と同じに国土を維持することが困難となった。

 辺境は廃棄され居住に多くの労力のともなう地域は放棄された。人々は居住と生産に適した地域を優先的に再開発し、女性が主体でも社会を維持できるように作り変えていった。

 この過程で軍を維持することは不可能となり、各国の軍隊は廃止されていった。

 どの国も他国に侵攻する余裕も干渉する余裕もなく、戦争は消滅した。


 そのころ、権力を手に入れた女性階層が、国内の希少となった男性を独占する国がいくつも現われた。

 ところが男性が生活関係から失われ、一般国民が女性ばかりの集団になると、女性は人格が狂暴化し、その国は国内が争乱で満ち溢れ、やがて国家として崩壊し、住民は難民化して周辺国に吸収されていった。

 こうして、女性だけの集団が生じると、その集団は女性の人格が著しく変容することが明らかとなった。


 一方で男性に社会を支配させ、一般女性を隷属化しようとする国が現われることがあったが、神の罰は男児出生率の減少と共に「男性人格の希薄化」をも引き起こし、男性は女性を支配することに拒絶や倦怠を示すようになった。そのため男性が支配階層に留まる国は無くなった。

 

 世界の国々は神の罰のあと、二百年間の混乱を経て、喪失と変化に対応するため、世界で協調して生存していくことを決めた。

 そうして三百年前、「世界戦略機構」が成立し、全ての国が加盟して世界規模で人類の存続を図っていくこととなった。世界戦略機構は五つの国で構成される五大会議を中心として運営され、五大会議の構成国は各大陸を代表して、エルス国、ハイド国、ナンガラ国、ファリア国、曙国となった。


 各国は男性労働力が失われたため、生産を維持する力が十分ではなくなり、その不均衡からくる市場の混乱を、世界戦略機構は貿易体制の合理化により乗り越えることにした。

 そこで事情変動と貿易事故のリスクは世界戦略機構が吸収し、需要変動を管理し、市場価格の安定化政策が世界規模で実施されるようになった。


 各国は世界戦略機構の主導のもと、農工業生産と知的財産権の合理化を行い、自由競争と合理的配分の両立を目指すようになった。

 男性よりも体力において劣る女性ばかりとなった社会を維持するため、国家の研究開発は機械化、自動化、多様化の実現のために集中して資本投下が行われた。

 

 その結果、生産設備は専用化ではなく多用途化が進み、生産コストを上昇させることなく単一の生産設備で多様な製品を製造できるようになった。多用途生産設備の普及は労働力を含む在庫資本を大幅に軽減し、コストと負の余剰の縮減に大きく貢献した。

 物流と保管は機械化自動化が進み、迅速性には劣るものの、そのコストと労働負担を大きく縮減させた。

 

 研究開発成果の各国への計画的開放によって、社会資本の合理的配分が可能となったことにより、比較優位と差額利益を至上とする貿易理念は後退し、世界の社会経済は利潤追求ではなく、各国社会の合理的維持を目的として運営することが可能となった。


 また、女性の身体面の劣等を補うための技術革新がなされる一方で、女性自身はクローン人間の子孫としての潜在的優越能力を開花させ、体格を含めたその身体的能力を大幅に向上させ、やがて男性の身体能力を凌駕するようになった。


 宗教は、神の存在と行動が明確に認識されただけでなく、人間の身勝手な解釈が神の罰をもたらすことが明らかになったため、それまでの不明確・不安定な教義が一掃されて、現実的行動を規律するものに変容した。

 その結果、世界の様々な宗教は形而上の議論を終結させ、その教義において違いがほとんどなくなった。


 各国の政治体制が変更されることはほとんどなかったが、国民の構成と社会の存続基準が根底から変更されたために、その運用は前世界とは全く異なったものに変化した」




「なるほどねー」


 優は読み終わって間の抜けた声を出した。

 怜良さんが用意してくれたクッキーと温かいお茶をもらう。

 えへ、おいしいな。

 

「どうだったかしら、優くん」

「だいたいわかったよ。でもこれ、中学生には難しいんじゃないの?」


 専門用語や社会経済概念がたくさん出てきて、とても中学生が理解できるとは思えない。もしかしてこの世界の中学生はこのレベルの頭脳をみんな持っているのかな。


「そうね。中学生が読むには早いわね。でも優くんなら理解できると思って読んでもらったの。その本は大学教養課程くらいのレベルかしら。中学生にはもっと簡単に学校で先生が教えるわ」

「そうなんだね。少しびっくりしたよ。一応、それなりには理解できたと思うよ」

「優くんなら徐々に教えるよりも、始めからきちんと知ってもらった方がいいでしょう?」

「うん、そうだね」


 それなら納得だね。僕は前世では高校生までの勉強範囲の他に、近所の大学に協力してもらって、有り余る時間を使っていろいろ専門書を読んでいたからわかるけど、普通の中学生にはこれは理解できないよね。


「神の罰のあと、世界は賢く振る舞ったんだね。世界経済をほとんど統一してしまったのは、すごいことだと思うよ。前世界と現世界は全く違う文化だということがよくわかったよ」

「優くんはとても賢いことを考えるのね」

「変かな?」

「いいえ。そんな優くんはとてもかわいいと思うわ」


 優の幼児としての異常な賢さを見ても、怜良は躊躇なく優を全面的に受け入れる。それが優に心からの安心感を与えた。


「咲坂家のみんなや怜良さんを見ていて思っていたんだけど、女性の方が男性よりも身体が強いの?」

「そうね、生まれたままなら男性の方が強いけれど、鍛錬をするとすぐに女性の方が身体能力が向上するわね。だから力仕事もスポーツも、女性が中心になるわ」

「そうなんだね。なんか納得したよ。もしかして怜良さんは女性の中でも体力があるの?」


 優は怜良の普段の様子を見ていて、時々とてつもない身体能力を発揮するのが不思議だった。


「ええ、私たち一等男性保護官はきちんと訓練を積んでいるから、一般人よりも身体能力は優れているわね。一等男性保護官なら誰でも、疲労していても常に握力は七十キロを超えているはずよ。一等男性保護官になるにはそれなりにちゃんとした試験があるからね」

「すごいんだね。いつも僕を軽々持ち上げるから、僕も大きくなったら力がつくかと思ったけど、やっぱり違うんだね」

「男性でも鍛錬すれば体力は向上するはずだけど、そこまで頑張る男性はいないわね」


 この世界の性別については前世とは大きく違うと考えるべきだね。


「じゃあ、例えばスポーツはやっぱり女性が中心なんだよね」

「ええそうね。でも競技ではなく日常のスポーツなら男性でもよくやるわよ。ここでも男の子がたくさん運動しているでしょ?」

「そうだね。本で読んだんだけど、例えばプロの野球選手はどのくらいの力があるの?」


 この世界でも前世と同じようなスポーツが普及しているらしい。


「そうね。一番早い球を投げる投手クラスで、最低でも時速百八十キロ位の球速は出るわね。これでイメージがつくかしら?」


 時速百八十キロ。前世では一番速い人で、たしか時速百六十キロ位だったよね。この世界の度量衡は前世と同じだから、前世の男性がこの世界に来てもトップ選手にはなれないことになる。


「何となくイメージがつく気がするよ。女性の身体は強いんだね。力仕事も女性がちゃんとできているのに納得ができたよ」

「今度プロの野球の映像を見てみましょうか。エルス国が本場だから面白いと思うわ。

 仕事に関しては、女性の体力の問題よりも生産支援技術の発達が大きいわね。咲坂家の人たちが二人だけで農業をできているのもそのおかげよ。物流もほとんどが機械化自動化がなされているから、どの農家も少人数で生産が可能となっているわ。

 優くんが一般市民区画での生活を始めたら、そういう場面をたくさん見ることになるわよ」


 怜良さんの説明で少しずつこの世界の現実がわかってきた。やはり前世とは大きく違う世界。男性の立ち位置だけじゃなく、社会のあり方そのものが違う。

 この世界で僕が生きていくのは、前世の常識を大きく変えなきゃいけないね。



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