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15 悠翔天皇の先見

この作品の天皇や皇族は、現実とは関係ありません。

「わっはっは! そうかそうか、さすがは優だな。大したもんだ。わっはっは!」

「笑いごとではありません、陛下」

「何を言うておる。そなたのそんな憔悴した顔をみることができるとは、やはり大物だな優は。わっはっは!」

「笑いごとではありません、陛下」


 怜良の報告を受けて、六勝は悠翔天皇に専用回線で報告をしていた。


「男性保護局としても、彼のような反応例は報告されたことがありません」

「それはそうだろう、彼のような人間がそうそう居てたまるか」

「茶化されては困ります。これは大変な問題ではありませんか」

「たしかに大変な問題かもしれんな」

「……陛下のご様子では、大変な問題ではないとお考えなのですか」


 六勝は頓珍漢な態度の悠翔天皇を理解できずにいた。


「まあ、一般人の反応として考えれば大変と言えるだろうな」

「彼の場合には何が違うと言うのですか」

「なぜ彼に一般人の反応を求めるのだ?」


 六勝は黙り込む。


「優は生まれて間もなく大人のような反応を見せ、歌を口ずさんだのだろう? その時点で一般人などではない。だからこそそなたらに調査をさせているのだろう。その彼が世界の歴史を知った時に泰然自若としていたとしても、何も驚くことではないだろう。違うか?」

「確かに彼が一般人と違うことは分かっていましたが、これほどに人格の違いがあろうとは予想しておりませんでした」


 悠翔天皇は六勝がいつまでも混乱している様子なので、続けた。


「六勝よ、そなたは一体何を戸惑っておるのだ? 優が一般人と違うからといって、何も問題はなかろう。」

「……そうでしょうか」

「四年間にわたり観察してきた対象が、予想外に得体の知れないものにでも見えてきて、今になって受け入れることができぬようだな」


 六勝は悠翔天皇の言う通りかもしれないと思った。


「そなたの戸惑う気持ちもわからないでもないが、それはそなたが我々の目的を見失っているからではないのか」

「……目的ですか?」

「そうだ。我々の目的は、現在までのところただの一つだけだ。それは神の罰が本当に終わっているのか。それを知ることであろう。違うか?」


 六勝はそう言われて、ようやく少し落ち着きを取り戻した。


「その通りです。私としたことがそんな大事なことを失念しておりました」

「うむ。そうであれば優の観察において重要なことは、彼が神の罰の代行者であるかどうかを見極めることではないのか」

「はい」

「優が何者であるかはどうでもいいことだ。彼が神の罰を再び発動させるきっかけとなる者であるかどうか。それこそが我々が知る必要のあることだ」

「その通りです」

「優本人が代行者であるかはわからぬ。だが生後の振る舞いを見れば、神と何らかの関わりがあるやもしれぬと思わざるを得ぬ。現在までのところそう言える者は、世界を探しても彼しかおらぬ。

 そうであれば彼を通じて神の手がかりを少しでも発見することが、現実的な選択ではないか?」


 その言葉を聞いて、六勝は今までの悠翔天皇の行動に何となく納得がいった。


「そなたは優の特殊行動に目を奪われているようだが、そもそも優はまだ四歳の幼子だ。大人のような性格や考えも見えるだろうが、やはりまだまだ幼子に過ぎぬ。本人も幼子として生きようとしておるだろう。そうであればまずは幼子として扱い、幼子としての思いやりをもってやることが必要だ。

 だからこそ怜良を専属に選んだのだ。他の者は職務に忠実過ぎて、このような常軌を逸した事態に至った場合に、態度が変わりすぎて任務を続行できない可能性が高かったのだ。今になってそなたの様子を見て、やはり怜良を選んでよかったと安心したぞ。怜良は今回の優の反応を見ても態度を変える様子はないのだろう?」


 六勝は悠翔天皇が優の専属として怜良を最終決定したことの理由を初めて理解した。


「はい。優の反応を見た直後でもいつも通り過ごし、優は一日中上機嫌でいたそうです」

「そうか。それでいいのだ。驚いているのは我々だけであって、歴史を知っても優にとっては何も変わらない日常が続くのだ。優がそう考える以上、専属保護官も我々も変わらぬ日常を続けなければならぬ。そうしなければ優の考えを正しく理解することなどできぬ」


 六勝は悠翔天皇の考えが予想以上に深く、先見の明があることに頭が下がった。


「怜良は優秀ではあるが、どこか「ぽやーっ」としておるだろう。優の相手にはあれくらいでちょうどいいのだ。そなたも見習ったらいい。幼子の相手には、本来はあのような余裕のある人格の者が適しているのだ。」

「その通りでございます」


 六勝は、怜良は少し余裕がありすぎるのではと思ったが口にしなかった。


「前に報告があったであろう、怜良が優と一緒に寝ていて、実家でも娘と一緒に寝たと。多くの一等男性保護官にはない行動だ。一等男性保護官の職務は男性人格を備えさせることだ。厳密には親ではない。それは男性人格の成長具合とは関係ない。それ故か通常の一等男性保護官は保護対象と一定の距離を取ろうとする。

 それは怜良にもわかっているだろう。それにもかかわらず現在までのところ、怜良は完全に保護者、親としての思考、行動になっている。それは本来であれば一等男性保護官としては正しくないが、優の専属としては正しいのだ。

 その理由がそなたにわかるか?」


 六勝は悠翔天皇の質問に答えられなかった。


「それはな、優がそう望んでいるからなのだ。優は怜良に親のように振る舞うことを望み、怜良はそれに抵抗なく応えている。それが彼らに信頼関係をもたらしているのだ。だからこそ怜良は優の今回の反応を前にしても動じることがない。信頼関係ゆえだ。

 そして何より重要なことは、その関係が優の影響により生じていることだ」


 六勝は悠翔天皇の言うことが理解できなかった。


「どういうことでしょう」

「よいか、いくら怜良といえど、二等三等保護官時代の報告を見る限り、保護対象が保護官に親の役割を望もうと、それに安易に応えるとは思えぬ。応えるとしても相当の期間が必要となるはずだ。それにもかかわらず怜良は保護を始めて一か月もせぬうちに、現在と同様の関係を築いたと聞いている。おかしいと思わぬか」


 それを聞いて六勝は、ハッとした。


「余が見る限り、それは優の影響としか思えぬ。優は周囲の考えを変容させる力があるのではないか。そなたでさえいつの間にか怜良の変化を当たり前のように受け入れているであろう。

 これこそが神の手がかりの一つではあるまいか。」


 言われて初めて六勝は自分が怜良の変化を何のためらいもなく受け入れていることに気がついた。かつて悠翔天皇の指示で怜良の行動を調査していたが、いつの間にか何らの問題もないものとして処理していた。気づかないうちに六勝も優から影響を受けていることに驚いた。


「今回の優の反応を見るまでもなく、すでに様々な変化が彼の周りで生じておる。だから今さら彼が歴史に何の反応をしなかったと聞いても何も驚くことではない」


 悠翔天皇が言い終わると、六勝は何も言えず、しばらく沈黙が流れた。


「少し早いが、そなたには重要なことを話しておこう」

「……重要なこと、ですか?」

「うむ。時期尚早ゆえ誰にも話しておらぬ。余が許可するまで、そなたが誰かに話すことも許さぬ。心して聞け」


 六勝は悠翔天皇の鋭い目を見て、姿勢を正した。


「神の罰は終わっておらぬ」





「ねえねえ、怜良さん」

「何かしら、優くん」

「最近、怜良さんの顔が黄色いよ?」

「そうかしら」


 冬の午後の柔らかな西日が差し込む時間、優は本を読みながら、二人でこたつに入っていた。

 怜良は今日も山もりのみかんを食べている。


「みかんを食べ過ぎると、顔が黄色くなるって本で読んだことがあるよ」

「そうなの? 気のせいよきっと」

「……そうだね、気のせいだねきっと」


 優は怜良の有無を言わさない返答に、それ以上何も言わないことにした。


 二人は静かな午後の時間をゆっくりと過ごしていた。

 いつもと変わらない日常。

 優はそんな何気ない時間を怜良と過ごすことが幸せだった。


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