13 四歳の新年
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
この世界では「神の罰」以来各国の宗教が変容し、生誕も誕生日も祝う習慣がなく年中行事に合わせるのみであり、一月一日から新年の節目として知人宅を訪問して挨拶を交わすのが一般的となっている。
一月一日、午前中から優の住居には咲坂家が訪れた。本来なら村の内部で挨拶交換がなされるが、村人たちから農産物のお土産を託されて面会を兼ねて訪問したのだった。
「みんな来てくれてありがとう。今年もよろしくね」
「きたよ、おにいちゃん」
八弥が抱き着いてくる。もともと早熟な八弥は言葉もはっきりし出し、優によく懐いていた。優は彩によく似た明るい茶色の髪の八弥を撫でてやる。
「皆さんお上がりください。雑煮をご用意しますね」
「ありがとう怜良さん。うちの野菜も使ってください。手伝いますよ」
彩たちは持参した野菜や正月料理など、村人に託された様々な土産を台所に持ち込んだ。
「怜良さんは帰省しなくていいのかい」
「私は定期の帰省以外は優くんと過ごします。家族もわかっているから大丈夫ですよ」
「いつも優のことをありがとう。男性保護官は家族の協力がないとやっていけないね」
「それはそうですが、大事な男の子を預かる仕事はやりがいがありますよ」
そんな会話を交わし、大人たちは正月料理を用意していった。
「わあ、ごちそうだ!」
もともと怜良は正月料理を用意してくれていたが、咲坂家が持ち込んだ料理も所狭しと並んだ。前世ではヘルパーの長嶋さんが少しだけ用意してくれて優は嬉しかったし、乳幼児施設でも形だけ用意されたが、今回は本格的だ。こんな正月のごちそうを実際に見たのは前世を含めて初めてだった。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
みんなでこたつを囲み、改めて新年の挨拶を交わした。
怜良さんは大きなこたつを用意してくれたのだ!
そしていただきます!
「このお餅は今朝早くに村で作ってきたんだよ。柔らかいけど喉につまらせないように、小さく嚙みちぎって食べるんだよ」
「はい、ユリおばあさん。おいしいです。作り立てのお餅は初めてです」
「優に食べさせるために、みんなで餅をついたのさ。喜んでくれているようでよかったよ。餅の作り方は知ってるかい」
「はい、本で読みました。杵つきにするんですよね」
「ああ、よく知ってるじゃないか。機械でもいいんだが、やはり杵つきにはかなわないからね」
「ありがとうございます。そのうち僕も参加できるといいな」
「大きくなったらやってみよう。巴が頑張ってくれるだろう」
「もちろんだよ! 餅つきであたしの右に出るモンはいないからね。優と頑張るさ」
その頃は僕がここを出て咲原に住んでいるはずだね。
あと五年くらい先になるから、その頃もユリおばあさんが元気でいてくれるといいけどな。
「優は去年で随分成長したわね。怜良さんのおかげね」
「優くんはよく食べよく寝ますから、健康には心配ありませんね」
「そうだな。あんなにちっちゃくてたどたどしくしゃべっていたのに、いつの間にかちゃんと話せるようになってたしな」
「この調子じゃ気づいたら大人になってるから、気を抜かないようにしないと大変だ」
「そうよ、優がちっちゃいうちにころころ転がして可愛がらなきゃ」
「わたしもー!」
みんながめいめい話している。怜良さんはそれを聞いて微笑んでいる。
怜良さんとは今朝に「明けましておめでとう」のご挨拶をしてゆっくりしたから、咲坂家のみんなが来ていてものんびりできているのです。
「今年はどんな予定でいるんですか」
彩さんが聞くと、怜良さんは答えた。
「優くんの教育面では、昨年末までに小学生の教科範囲はすべて修得済みです。ですから特に教育を進める必要はないので、優くんの希望を優先していくことになりますね。本人は中学校の範囲を希望していますが、発声練習や水泳の練習に力を入れるのもいいかもしれません」
「僕は中学校の範囲の勉強をするよ。歴史と地理の勉強が入ってくるから、範囲が広くなって大変だろうけど。それから水泳はもっと泳げるようになりたいし、発声練習は身体が成長しないと元々できるようにならないらしいからまだまだ先は長いし、去年と同じだよ」
そう答えると彩さんは聞いてきた。
「優はこの地区から外に出られないから出来ることは限られるわよね。旅行は一般地区に住んでからね。それまでは練習ばかりになるだろうけど、こちらは色々充実してるみたいだから退屈しないんじゃない?」
「うん、まだこれからやりたいことが見つかると思うから、あと五年くらいすぐだよ。そう言えば外国語の勉強もしたいから、怜良さんにお願いするかも」
「それならすぐに教えられるわ。優くんは国語がしっかりできているから外国語に取り組んでもいい頃かしらね」
怜良さんとそんな会話をすると、咲坂家のみんなはいつも通りに「へえ~、すごいねえ」と別世界の住人みたいな顔をした。別世界の住人は僕だけどね!
「八弥は何するの?」
僕が聞くと
「あそぶー!」
「八弥は小学校に入るまでは家で教育するわ。村には他に子供もいるから遊び相手になってくれるし、農業のお手伝いで結構楽しいわよ」
と彩さんは教えてくれた。
そうか、村なら農家の仕事が体験できるんだね。牛農家とか、牛がたくさんいて見てみたいな。前世では畑作業も牛農家も見たことないから、かなり興味あるんだ。
いつも前世を考えるけど、結局前世では自分では何もできなくて、何の経験も無い。中身は大人なはずだけど、僕は経験の面ではまだ四歳のまま。
だから怜良さんにくっついて、いろんなことを経験していこうと思っているよ。
「僕もそっちに住んだら、お手伝いしてみたいな」
「ええ、もちろんよ。優が畑に来たらみんな喜ぶわ」
「キャベツは優の頭より大きいけどな!」
みんなでわははと笑った。
「優の発声練習は大変そうだな。ただ声を出せばいいのかと思っていたが、違うもんだな」
「ええ、ビデオで見たらびっくりしたわ。でも発声練習してる優はとてもかわいいから何度も見てるわよ」
ユリおばあさんと桜さんがそんなことを言う。
「発声練習は優くんが一番頑張っていることだから、成果がでるといいわね」
怜良さんがそう言う。うん、頑張って歌を歌えるようになるんだ。
「はい、あげる」
大人たちと話していると八弥が僕の口にかまぼこを入れた。しかも手づかみで。
「おいしいよ、八弥。こっちにおいで」
退屈してるのかな? 僕は八弥を呼んで手を拭いてやり、ひざに乗せた。
僕の身体はまだ小さいから、結構苦しい。
「まだ優の膝には早いだろう。となりで手をつないでやるといい」
ユリおばあさんがそういうので、となりに座らせて手をつなぐと、八弥は満足そうにした。
「子供たちが少し退屈しているみたいですから、凧揚げしましょうか」
怜良さんがそう言って立ち上がったので、みんなで外に出た。
遠くに凧がいくつかあがってる。結構人気なんだね。
凧揚げは初めてだ。どうやるんだろう。
「それじゃあ、この手袋をして。そしてこの糸巻きを持つのよ。手を緩めちゃだめよ」
怜良さんが僕についてくれて、凧は巴さんが持ってくれた。
「いくぞー!」
怜良さんに言われて、巴さんが手を離すときに僕も少し走り出すと、向い風を受けた凧が空に上がった。
「わあ!」
僕と八弥が声を出して喜ぶと、怜良さんが一緒に握っていた糸巻きを少し緩めてくれて、凧が上昇していった。
上昇につれて糸を引く力が強くなってくる。
「このくらいね。これ以上伸ばすと優くんが空に連れて行かれちゃうからね」
と冗談めかして怖いことを言って、怜良さんが糸巻きの糸を固定してくれた。
「おにいちゃん、すごい!」
八弥がそばで大喜びだ。僕も興奮してしまっているよ!
どこまでも遠くに感じる凧を見上げて、口があいてしまう。
もっとあっちこっちに動くかと思っていたけど、安定して空中にとどまってる。
「上手にあがったな」
「ケガが怖いけど、うまくできたみたいね」
「あの凧、バランスがちゃんとしてるな」
「凧揚げする二人がかわいい~」
僕はすっかり心を奪われてしまった。
空にあがるってすごい。いつも地面にいるから、空にある凧を引っ張っているのが、ちょっと感動。
空は鳥の世界としか思ってなかったから、手が届いたような気がして興奮しちゃう。
その後八弥に糸巻きを持たせてみたりして遊んでから、家に帰った。
「お邪魔しました。また今度ね」
「うん、今日はありがとう。村のみんなにもありがとう」
「次回の面会を楽しみになさってください」
「ばいばい」
八弥とお昼寝をしてから、みんなは帰っていった。
「皆さんとご挨拶ができてよかったわね」
「うん、ありがとう、怜良さん」
「優くんが喜んでくれて嬉しいわ」
静かになった家の中で、二人でゆっくり過ごした。
「あけましておめでとうございます」
「うむ、おめでとう。今年も頼むぞ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
いつも通り六勝とのモニター報告。
「今後の予定だが、やはり男児教育は行わない予定なんだな」
「はい。当初の計画の選択項目でしたが、報告書の通り、優くんは人格面で男性としての自我がすでに確立していることが明らかですので、改めて男性人格教育は必要ないとの判断をしています」
「そうだな、それに関しては私も同感だ。すでに母性を求める以外に女性として我々を認識して恥ずかしがる様子がわずかに見られるからな」
「はい。それに加えて自らをはじめから「僕」と言ったり、八弥に対して「おにいちゃん」として振る舞ってますから、明らかでしょう」
「うむ。では他の男児たちとの交流もさせないことになるか」
「はい。運動や通学などをさせて敢えて男児と交流させる必要はないでしょう。一般居住区画での生活を通じた体験で十分と思われます」
「そうであれば本来なら保護が必要ないことになるが、彼の特殊状況を明らかにするわけにもいかない。通常の男児と同じように保護の形式をつづけるしかないな」
近年には珍しい男児の反応に二人は安堵しているが、それはそれで扱いに困った状況になっている。
「それでは今年は歴史や世界を教えるか」
「はい。すでに現実を受け入れる人格強度を備えているものと判断していますので、報告の通り進める予定です。」
六勝は考え込んだ。
「その点については問題ないとの結論に達している。だから当然君の報告通りに進めて構わない」
「はい、ありがとうございます。ところで陛下ご自身が判断なさっているのですか」
「ああ、優の件は保護局内部でも協議しているが、最終的には陛下がご判断なさることが多い。始めのころは皆とまどっていたが、今では当たり前のこととなっている。陛下は優に強い関心をもっておられるからな」
「そうですか。それは気が引き締まりますね」
「その通りだな。それでだが、歴史や世界を教えたときの反応をつぶさに観察し記録してくれ。我々は、我々の世界の現実に対して彼が抱く考えを詳細に知りたい。以前に曲のメロディーの分析ができなかったように、我々には認識できなくても彼には認識できる事実がある可能性がある。それを見落とすことなく報告してくれ」
「わかりました。難しい対応になるので様々な協力を要請することになると思います」
「うむ、十分な体制はできている。彼の反応の特異性を発見できるように、情報開示をした時の一般児童の通常の反応を改めて確認しておくようにしてくれ」
「はい、怠りなく」




