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第50話 宿に泊まる


 俺はいかにもふと思いついたように話題を振ってみた。


『そういえば、さっきの馬車はもう遅いのに今から出るのか?』

『あ? ああ、なんでえも、急ぎの用があるらしいな。相当な強行軍でここまでえ来たらしくてえ、子供以外は結構疲れてえいそうだったな』

『子供?』

『まあおそらく、貴族とかお偉いさんの一行だろうな。最南の砦に、お前さんたちみてえに逃げ遅れえた身内でえもいるんだろ』

『へえ?』


 なんでアジャがあれを気にしたのか、この情報だけではいまいち分からないが、俺はふぅんと頷く。

 なんにせよ、彼はあまり有効な情報は持っていなさそうだ。とりあえず俺は素直に思っていた感想を並べて繋いだ。


『あの馬? 馬なのかな。すごいな、カッコいい』

『分かるぜえ! あれは騎獣の一種だな! 人を蹴り殺すほど凶暴だが、飼い慣らせえば何日も走るし魔物とも戦ええる。憧れえだよなぁ!』


 ちなみに、騎獣とはその名の通り人を乗せて移動する動物のことを言うらしい。魔物ではないそうだ。


 そういえばこの世界、ファンタジー小説で定番の召喚士やテイマーみたいに魔物を手懐けて戦うようなことはないのだろうか。

 気になったが、門番の獣人と話し込むと軽く1、2時間は捕まりそうだったので、俺は適当なところで話を切り上げて村に入った。


 もう空からは日が落ち、あたりの温度は一気に冷え込んでいた。

 この世界に来て初日を過ごした竜の峡谷ほど極端ではないが、このへんも昼と夜では気温差が結構ある。早めに休むのが吉だ。


[今日はこの村に泊まる、んだよね]

[まあな。本当はこの村には朝に着く予定だったけど、こんな時間だし、二つ目の村までは隣と言っても多分数時間かかる。今から歩くのは危険だろう]

[ん。寝床は?]

[宿があるって。あ、外から来た人が泊まるところな。飯もそこで食べよう]

[分かった]


 最南の砦では初日から巨狼の棲処のギルドハウスの部屋を貸してもらえたので、何気に宿に泊まるのは初めてである。


 俺たちは門番の獣人が教えてくれた建物へ向かった。

 冒険者がよく訪れるからか、素朴でありながらもまあまあ大きな建物で、一階は食堂になっているようだった。


 扉を開けて入ってみると、恰幅の良い女性が威勢のいい声で出迎えてくれる。


『いらっしゃい! 食事かい? 泊まりかい?』

『えっと、一泊して食事も取りたい』

『はいよ! じゃあ宿帳を書いておくれ。ああ、文字は書けるかい?』

『書けるよ』


 顎でしゃくるように受付のテーブルに広げられた薄っぺらい冊子を示されて、俺はそこへ向かった。

 見ると、簡潔に名前と種族と職業、あとは一つ前に立ち寄った町とこれからの目的地の町をざっくりと書く欄がある。俺は傍に置いてある鉛筆のようなもので俺とアジャの分の情報をさらさらと書くと、顔を上げた。


 中は意外と賑わっているようだった。

 食堂スペースにはまあまあの人がいて、わいわいと食事を取っている。村人から冒険者っぽい出で立ちの人まで様々だ。

 給仕はさきほどの恰幅の良い女性と、反抗期を迎えていそうな年頃の少年がくるくると働いている。奥では何人かが料理をしているようである。かける声の気安さから推測するに、家族だろうか。


 アジャは俺の後ろにピッタリとついて、俺越しに周囲の様子を窺っている。人見知りの子供ような仕草だった。


 俺が宿帳に書き込んでしばらくして、恰幅の良い女性がエプロンの裾で手を拭きながら忙しなくやってきた。


『おや、貴族の方かい? 申し訳ないが、うちは高級宿じゃないし、大層な接待はできないよ?』

『貴族じゃないので気にしないでくれ。えっと、このまま食事はできるか?』

『構わないよ。一泊だと食事込みで一人大銀貨2枚だね』

『分かった』


 頷いて、支払いを済ませる。

 カーニャに教えてもらった宿の相場よりも若干安い。


 ちなみに、以前買い物の際は値切りが必須スキルみたいな話があったが、あれは商人相手に商品を買うときの場合で、宿泊施設などではよほど吹っかけられていない限り値切りはしないのが一般的らしい。

 カーニャに教えてもらった知識が実践で役立ちすぎて、もうカーニャに足を向けて寝られないな。


 俺たちはそのまま、恰幅の良い女性──おかみさんと呼ばれていたのでおかみさんと呼ぶが、彼女に案内されて席に着いた。食堂がまあまあ混んでいたため、村人らしき男性と相席させてもらう。


 ここはまあまあ田舎の村の食堂なので、メニューを常に複数種類用意したりはせず、代わりに毎日別の料理を提供するらしい。今日のメニューはワイバーンの肉の煮込み料理だ。


 そういえば、最南の砦でも結構連日ワイバーンの肉ばかりだったんだよな。


『ワイバーン、流行ってるのか?』

『何言ってんだ兄ちゃん、最南の砦のスタンピードを知らねえのかい?』

『いや、知っているけど。そっちから来たし』


 相席の男性は俺の予想通りこの村の住人だったようだ。

 お酒を飲んでいい具合に酔っ払っていて、色々と上機嫌に教えてくれた。


 曰く、普段この村の住人はそれぞれで食事を取り、食堂に集まるのは大きな獲物が取れたとかの特別なイベントがあった時だけらしい。そして今は、スタンピードの獲物が最南の砦からせっせと運ばれてきていて、この村もそのおこぼれを預かって、ここしばらくはワイバーンざんまいなのだとか。


『でもそれなら、あのスタンピードの一番の獲物って成竜だって聞いたんだけど』

『バッカオメェお貴族さまだな! 成竜なんてこぼしてもらえるわけないだろうが! ワイバーンこぼせるだけでもどうかしてる。どんなヤベエスタンピードだったんだよ全く』

[……もむもむ]


 なお、俺と男性が話す傍らで、このスタンピードの原因であるアジャは、もりもりとワイバーンの煮込みを目を輝かせながら頬張っていた。


 それにしても、スタンピードの影響がどこまでも色濃いな。


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