お腹の中にえんぴつが
六時間にも及ぶ大手術。無事に手術を終えたその姿に、執刀医の安永は手を振ってこたえた。
「術後の経過は良好のようですね。体調はどうですか?」
「おかげさまで大変良いです」
「そうですか。レントゲンを見てみますと、患部も大丈夫ですね。この分だとすぐに退院出来そうですね」
手術前には大きく腫れあがっていた患部も、今では影一つ無く、健康そのものであった。
ただ、隣に長い棒のような物が見えるのが気掛かりだった。
「……コレ、何ですか?」
患者は指差して問い掛けると、安永は笑ってこたえた。
「ああ。えんぴつですね」
「?」
患者は無言で説明を促した。
「いやあ、話せば長くなるんですがね、私の可愛い一人息子が分数の引き算が分からないと言いましてね?」
「で?」
患者は少し結論をせかした。
「2Bですね」
それは応えになっておらず、患者も何と追求すべきか迷ったが、それよりもえんぴつの影の横に更なる巨大な丸が見えたのでそちらについて聞くことにした。
「あのぉ……コッチは何ですか?」
「ああ。これ?」
安永は嬉しそうに指を組んだ。
「息子がですね、この間運動会のかけっこで一番になりましてね? 金メダルですよ」
だから何故?
患者はそう強く感じたが、安永は更に話を続けた。
「パパやったよ! って、泣きながら見せてくるのでね。私嬉しくて……今思い出しても涙が」
患者は思い出した。
術後のレントゲン検査では、自分はハッキリ起きていた事を。退院したら思い切りカツ丼を頬張ってやると思いながら検査した事をしっかりと思い出したのだ。
患者はたまたま自分のポケットに入っていた磁石をそっと取り出した。病室備え付けの冷蔵庫にメモを貼り付けるために家から持ってきた物だ。
「……」
丸いメダルが写る位置にそっと磁石を近付けた。
磁石は何かに引き寄せられるように、患者のお腹へと張り付いてしまった。
「えっ!? ちょっ……! コレ……!!」
自分のお腹と安永を交互に見やり、指をさす患者。
「ああ。それは知恵の輪ですね。今度息子にあげようと思って」
「何故!? すぐに出して下さいよ!! なにしてんですか!!」
必死に訴えるも、安永は薄笑いを浮かべ、足を組んだまま椅子を回してカルテへと目を落とすだけでまともに取り合ってはくれなかった。
「えーっと、遠足にクリスマス会。冬休みの宿題に卒業式。イベントはまだまだありますので、機会があればまた……では、お大事に」
安永はそっと席を立ち、奥へと引っ込んだ。