記憶喪失の少女が記憶を取り戻せなくても頑張るだけ
「ううん…ここは…?」
ここはどこだろう。というか私は誰なんだろう。なんでかな、何にも思い出せないや。これが記憶喪失って奴かな?
記憶喪失。そう、多分一般的な知識はある。記憶がないだけ。けど、どうしよう。行く当てもないや。
とりあえず無駄にふっかふかですごく大きなベッドから起き上がる。私、こんなベッドで寝れるほどお偉いさんだったりするのかな。でも、身体が痛い。よっぽど長い時間寝てた…?
突然、ガチャリと部屋のドアが開いた。ノックしないあたりこの部屋の主人さんかな?私勝手にここで寝てたとか?
「起きたか、リーファ」
「リーファって?私ですか?」
「ああ、そうだ。…やはり、記憶は戻らないか」
この人は私を知ってる人なんだ。
「あの、私…」
「…とりあえず、ホットミルクでいいか?お前の大好きな蜂蜜たっぷりのやつを作ったんだが」
「蜂蜜たっぷりが好きだったんですか」
「そうだ。記憶が無くなって好みが変わってないといいんだが」
とりあえず飲む。うん、美味しい!
「すごく美味しいです!ありがとうございます!」
「…前々から言おうと思ってたんだが、もう少し警戒心を持てないのか?」
「?」
「毒でも仕込まれたらどうする」
「んー。そんなことする人じゃないかなって、なんとなく」
「…記憶を失っても、変わらないな。お前のそういうところが、俺は」
「?」
「いや…それより、何から聞きたい?とりあえず聞きたいことには全部答える。その上で、説明不足があれば俺からも付け足す」
「えっと…」
聞きたいこと。
「私の名前はリーファですか?出身は?」
「そうだ。エルフの村で唯一飼われていた人間の子供だ。なんでもエルフの里に捨てられた予言の子だそうで、高値で売りつけられたよ」
「予言の子?」
「俺やお前を含めた〝勇者御一行〟のことだ。リーダーの女勇者エア、魔法使いの俺、呪術師のお前、聖女のルカ、聖槍使いのカルナ。女三人男二人の楽しい旅だった。それなりにな」
「貴方の名前は?」
「ルキだ」
「勇者御一行のお仕事は?」
「魔王を封印すること。魔王を滅ぼす術はないが、魔王を封印する方法ならあるから」
「では、魔王は封印できましたか?」
「…全部、お前のおかげだ」
つまり。
「私が記憶を失ったのは、魔王の封印のためですか?」
「そうだ。魔王城について、魔王と対峙して。魔王を弱らせて、あとは勇者エアの寿命全てと引き換えに魔王を封印するという段階に来て、お前は…自らの記憶と引き換えに、エアの寿命を半分も取り戻した。魔王の封印の強度はそのままにな。立派なご決断だったとは思うよ。俺との思い出を捨てやがったのは許さないけどな。エアは泣いて感謝してたよ。その後今日までの数日間、目を覚まさないお前にみんな代わる代わる見舞いに来てた。すぐに会えるよ」
「…私と貴方って深い関係だったりします?」
「婚約者だった」
「え」
「全て終わって自由になったら、結婚しようって約束してた。なのにお前は、多分最初からこの方法で勇者を救うって決めてた。なんで言ってくれなかったんだ。言ってくれれば止めたのに…!」
「それは…確かに無責任ですね、ごめんなさい」
「…」
「でも、多分私止められてもエアさんを助けたと思います。それに、それでも結婚する約束をしたのは記憶がなくてもまた貴方に惚れると思ったからだと思います」
「…知ってる。お前はそういうやつだよ」
「でしょうね。無責任でごめんなさい」
「本当にな」
頭を乱暴に撫でられる。
「国から勇者御一行にご褒美として金が渡された。お前の分もちゃんとある。今受け取るか?」
「なんか大金持ったら怖いのでそちらで管理してください」
「じゃあ全部貯金しとく。…安心しろ、お前のことを養うための金は充分ある。ご褒美なんてレベルじゃない金額貰ったしな。まあ王族連中からしたらはした金かもしれないけど」
「ところでこのだだっ広い部屋ともっふもふのベッドは報奨金で買ったやつですか?」
「この家は神殿の方からのご褒美だな。落ちぶれて今は家主のいない元貴族のお屋敷を綺麗な状態にして寄越してくれた。俺とお前のだけじゃなく、勇者御一行はみんなここに住んでる。少なくとも今のところは。だから、会おうと思えば今から会えるよ。身体が痛いなら俺が抱いて連れて行ってもいいし」
「…お願いします」
「はいはい」
お姫様抱っこの形で抱き上げられる。
「は、恥ずかしいですね、これ」
「魔物との戦闘中とか呪術師の癖に鈍臭いお前をよくこうやって運んでたけどな」
「…ごめんなさい」
「いいよ別に。…階段降りるからよくしがみついとけよ」
階段を降りて大広間に行くと、多分勇者御一行の皆様なんだろう人達がいた。私を見てみんな立ち上がる。
「リーファ!目が覚めたんだね!ごめんね、ボクのせいで、記憶が…!」
「エア、落ち着け。記憶を失ったのはお前のせいじゃない。リーファが困るだけだ」
「リーファ…ありがとう…!」
「ええっと…記憶がないのでなんとも言えませんが、よかったです」
エアちゃんに手を握られて涙ながらにお礼を言われる。役に立ったならよかった。
「カルナ…リーファが目覚めた…!」
「よかったな、ルカ。リーファ、こちらはお前の親友だったルカだ。お前達は特に仲が良かった。よかったら、また仲良くしてやって欲しい」
「リーファ、よかった、よかったよぅ…」
「えっと、ルカちゃん。これからよろしくね」
「よろしく、よろしくね。ぐすっ…」
カルナさんとルカちゃんはいい雰囲気。
「ところでカルナさんとルカちゃんは付き合ってるんですか?」
「う、うん。実はね、生活がある程度落ち着いたら結婚しようって約束してるんだ」
「そうなったら祝福してくれると嬉しい」
「もちろんです!」
「ちなみに聞いてるか知らないがルカとルキは姉弟だからな」
「え」
ルキさんを見る。目を逸らされた。
「やっぱり言ってなかったか…とりあえず、仲良くな」
ということで記憶喪失の状態から新しい生活を送ることになりました。
「ごめんねリーファ!!!また玉ねぎ焦がしちゃった!!!」
「大丈夫。飴色玉ねぎは美味しいよ。ハンバーグに混ぜ込むんだからこのくらいセーフセーフ」
しばらくの集団生活の中で知ったこと。エアちゃんは可愛くて強くて頼りになる。強盗が来た時一人でさくっと全員捕まえて治安部隊に突き出して報奨金をもらってた。なのに生活力が皆無だ。家事全般が苦手である。なので、エアちゃんが当番の時は私がフォローしている。
「カルナ、こっちの掃除は終わったよー!」
「こちらも終わった。次に行こう」
ルカちゃんとカルナさんは、平和主義者だ。いつも穏やかで優しく、喧嘩する姿を見たことがない。おまけにすごくラブラブで、節度はもちろん守っているけれどすぐに甘ーい雰囲気になる。ルキさんがその度に顔をしかめているのが印象的だ。そして二人ともすごく真面目。キビキビ動く。相性が良い二人なんだろうなぁ。
「リーファ、こちらは洗濯と洗濯物の乾燥、アイロンがけ全て終わった。エアの面倒を見終わって食事をとったらデートに行こう」
ルキさんは、魔法の天才だ。多分生活魔法とやらでほぼなんでも出来る。でもその分魔力を使うので、あまりルキさんばかりに頼ると良くないとみんなで家事を分担している。そんなルキさんは、めちゃくちゃアプローチを仕掛けてくる。隙あらばデートに誘われる。そして私も満更でもない。
「いいですよ、行きましょう!」
「今日はどこに行きたい?」
「今日はショッピングに行きましょう!」
「わかった」
食事が終わり、ルキさんと手を繋いで出かける。ルキさんは、私と外に出る時は必ず手を繋ぐ。もう二度と手元から離れていかないように、だそうだ。ルキさんはちょっとだけ心配症だ。そして、やきもち妬きでもある。
「…リーファ、今俺以外の男を見つめていただろう」
「いえ全然」
「いいや、見つめていた。お仕置きだ。」
人前で頬にキスをされる。やっぱりこれにはいつまで経っても慣れない。
「愛してる。もう、俺から離れていかないでくれ」
「あの、一応まだ付き合ってないんですが」
「婚約してただろう」
「記憶を失ったんですが!」
「付き合ってくれ。あと結婚してくれ」
「投げやりか!」
ルキさんは一度段階を踏んだ後だからか時々すごい勢いで迫ってくる。それが心地いいなんて、私もどうかしていると思う。
そんな時だった。
「強盗だ!金を出せ!」
チンピラ達が私たちの入っていた店に押し入ってきた。しかし私達を見て目の色を変える。
「ゆ、勇者の仲間だ!」
「く、くそぉ!」
テンパったチンピラ達が私たちに発砲しようとした。瞬間銃が爆発する。持っていたチンピラ達の手が大変なことになっている。
「お前達、リーファを狙ったな。…絶対許さない」
手が可哀想なことになっているチンピラ達を拘束魔法で捕まえて痛めつけようとするルキさんを止める。
「ルキさん、やめましょう。拘束魔法で捕まえたんだからそのまま治安部隊に引き渡しましょう」
「リーファ」
「お願い。…デートを続けたいです」
ルキさんが大きなため息をつく。
「お人好しめ。…おい、だれか治安部隊を呼んでこい」
「も、もう呼びに行ってます!」
「治安部隊です。魔法使いのルキ様と呪術師のリーファ様ですね。今回はありがとうございます。こちら報奨金になります」
「ありがとうございます、では」
「いくぞ、リーファ」
「うん。…あ、最後に」
私はあくまでも呪術師で魔法は専門外だけど、治癒魔法くらいならいける。チンピラ達の手を治してあげてから店を出た。
「…なんで助けた?」
「…可哀想だったから?」
「なんで疑問形なんだそこで」
ルキさんは私を抱きしめる。
「ちょっとルキさん、人前ですよ」
「リーファ、愛してる。…無事でよかった」
真剣な響き。ルキさん、さっき本当に怖かったんだろうな。私が撃たれて死んじゃったらどうしようって。私はルキさんがいるからって安心してたけど。
「リーファ。もう、いいだろ。俺といい加減付き合ってくれ。婚約しよう」
「ルキさん。私…ルキさんのことが好きです」
「なら」
「でも、ルキさんが好きなのは記憶喪失の前の私ですよね」
ルキさんが止まった。
「ルキさんが今の私を好きになってくれるなら、考えてもいいですよ」
ルキさんは、何も言えないらしい。
「今日は帰りましょう」
気まずい雰囲気だったけど、言いたいことが言えて満足だ。
それから数日間、ルキさんは私に近寄らなかった。というか誰にも近寄らず近寄らせず、一人で黙々と何かを考えていた。
そして、今。ルキさんが目の前に立っている。
「ルキさん、答えは出ましたか?」
「ああ。やっぱり俺は、お前が好きだ。記憶があるかないかじゃなくて、お前自身が好きだ」
「…と言いますと」
「記憶を失う前、子供を救おうと魔物の前に飛び出したお前が好きだ。記憶を失ってから、人が入れたホットミルクをなんの疑いもなく飲んだお前が好きだ。記憶を失う前、エアが戦えない状況の中魔物の群れに臆することなく立ち向かったお前が好きだ。この前、チンピラ野郎共の手を治してやったお前が好きだ。記憶の有る無しじゃなくて、お前が好きなんだ」
ルキさんは正直な人だと思う。そういうところがとても私は。
「大好きです」
口をついて出た言葉が全て。
「…それは、俺のことか?」
「はい」
「…好きだ。付き合ってくれ」
「いいですよ。でも婚約はもう少し付き合ってからで」
「…わかった」
「本当にわかってます?」
「…多分」
「ふふ」
なんだかんだで、私達は記憶喪失になる前の私の考えた通り上手くやっていけるんだろう。とはいえ記憶を失ったのはやっぱり大きい。これからもルキさんと噛み合わない部分はどうしてもあると思う。それでも、この人を幸せにしたい。そう思えるくらいには、ルキさんが好きだから。二人三脚で、歩いていければいいと思う。