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S8:豪運波乱


「あ、ありがとね。大丈夫。助かったよ」


「そ、そうですか!よかったです!」



 こ、これはまずいぞ………。


 湖についた時点でいなかったのでとっくに死んでいたのかと思ったが、生きてたのか君。どこにいたんだ?解体時間で焦ってよく確認せず湖に入ったが、なんという痛恨のミス。


 見た目は変えているが、俺の戦い方はβから変わってない。あの【Hollow(ホロウト)Trick(リック)】の使い方は俺の代名詞みたいなもんだった。γの連中がさっきの戦い方を見たら一発でバレる。

 流石の俺でもガチガチに準備を整えてないとγの奴らを相手にするのはダルい。そのためにワザワザ離れた場所に拠点作って序盤は準備を整えようとしていたのだ。


 なのにこの段階で他のプレイヤーに場所がバレるのはヤバい。俺の名を騙って他の鯖まで暴れられて悪評を擦り付けられてもこまるのでサーバー自体はあえて早期の段階で明かしておいたが、これは計算外もいい所だ。


 ここで殺すか?キルログが残らないように殺す手段なんていくつでもある。しかしコイツが初心者くんではなくβ組だとするとバレる可能性が………。


 しかし見れば見るほど人畜無害そうなキャラクリだな。人の悪意を知らないというか、純朴そうというか、声的にたぶん男なんだけど、声と華奢な体格のせいで女に見えなくもない。というか全体的な所作が女性らしい。


 ショートの銀髪にアイスブルーの瞳だが、顔つきは明らかに日本人だ。APPは13~14。クラスで3番目くらいに可愛いとか言われているが実際は一番人気というありがちな容姿をしている。さっきのパニックぶりといい悪を知らなそうな顔つきといい、話し方と言い、年齢はそこまで高くないだろう。おそらく学生か。


 今は夏休みシーズンだから学生が混じってる可能性が高いんだよな。だからうまく絞り切れない。


 殺すにせよ何をするにせよ、まずパーソナリティを探ろうとすると、それよりも先に少年が詰めてきた。


「あ、あの!さっきの凄かったですね!!あれキング個体って奴ですよね!?えっと、ボクこのゲームすごい楽しみにしてて、始める前にも色々勉強したんですけどね、あっ、あのβの人たちの動画とか見たんですけど、えっと―――――――――」


 おうおう、一目で興奮しているのがわかる。話のとっ散らかり方が凄い。

 とりあえず勝手にしゃべってくれるので耳を傾けてみると、なんとなく言いたいことが見えてきた。


 なるほど。どうやらこの少年はずっとこのゲームが気になっていたというかこの手のサバイバルアクション系のゲームが大好きで、βテストにも参加したかったようだが個人的な事情で参加を見送ったそうだ。それでもこのゲームについては事前に情報を集めていたらしい。

 彼は正式版スタートと同時にログイン。βの知識を元に安置山から離れた場所、川近くに取り敢えず拠点を置くべく移動を開始。いい場所を見つけて建材集めを始めたのだが―――――――――



「ヘルメスルニス?に襲われて!もうびっくりしました!!」


 なんだろう。幸薄美少年なのかな?運が悪いのか、いやある意味いいのか?始めたてでヘルメスルニスにさらわれるとかなかなかだぞ。なんだ君は。桃の姫様みたいな攫われ体質なのか?


 で、βの知識はあっとけどいざ攫われてみるとパニックになってしまいそのまま連れていかれ、どうしようかと思っていたら爆発音がして、なぜかヘルメスルニスと一緒に湖に落下した、と。


 多分俺がヘッドショットを決めたアレだろう。そしてこの子は運よく湖に落ちたことで落下ダメージが軽減され奇跡的に助かったようだ。不運なのか豪運なのか………。


 まあここまでだったら放置してもいいかな、程度だったんだけど、彼の話には続きがあった。


「で、ですね、水に落ちたらですね、【精霊の隠れ家】?ってとこにワープ?した「はぁ!?」うぇ!?」


「あ、ごめんね。続けて」


「あ、はい、それで―――――――」


 【精霊の隠れ家】ってのは多分β組でもほんの一握りしかしらん要素だ。というか多分確認してるのは10人もいない可能性がある。β情報をまとめていたサイトでも【精霊の隠れ家】に関する言及はなかった 。


 【精霊の隠れ家】ってのは文字通り精霊の隠れ家なんだが、完全にランダム配置のワープポイントでそこを抜けると精霊に会える。そこで精霊に巧く気に入られれば友好の証としてなにか特別なアイテムをくれたりするのだ。どんな豪運なんだこの子。まるでなろう系主人公みたいだ。


「で、ボクがあったのは湖の精霊だったんですけど、なんかよくわからないけど剣をくれたんです」


 殺そう。コイツを殺す。この子が手に入れたのはアーティファクトだ。超強力な術式兵装と言えばいいだろうか?デメリットはあるが、実際に起こされる効果に比べたら安いもんだ。正直バランスブレイカー級の武器である。この子はまだその剣とやらがどれだけの価値を持ってるか理解してない。

 さぁどのタイミングで殺っちまおうかな。うへへへへ、こいつはカモネギどころじゃねぇ。金がダイヤを背負ってやってきたレベルだ。これを見逃すやつがいるか?いやいない。


 【精霊の隠れ家】はランダムエンカだ。もう二度と同じものは手に入らない。よく考えたらコイツがそれを手に入れたのも俺のお陰だから問題ないよね。だよね。なるほどね、精霊の隠れ家に一時的に転移してたから俺が来た時には見つからなかったのね。


 しかしその豪運続きもここで終わりだ。


 死ねぇい………。後ろ手にナイフを構えて隙を見定めていると、彼はそんなことには全く気付いてもいないようでそのまま話を続ける。


「で、精霊の隠れ家から戻ってきたらいつの間にかここの浜辺?に倒れてたんですけど、いきなりドーン!て湖が爆発してですね、貴方が吹っ飛んでいきなり凄い戦いを始めたじゃないですか!もうまるで魔王さんみたいな戦い方でボクすっごく、あっ、あのホロウトリックの使い方?みたいなの?がですね、あっ、えっと魔王さんっていうのはですね、β2のγ鯖で―――――――」


 おっと雲行きが怪しくなってきたぞ。

 俺は慌ててナイフをイベントリにしまった。危険だ。コイツは危険すぎる。半端に知識がある分ダメだ。もしこれで全てわかった上で俺を揶揄っているなら大した演技力だが、そうではなさそうだ。ただただ興奮してペチャクチャおしゃべりしてるだけだ。


 クソっ、ここでコイツを暗殺するリスクが急激に跳ねあがってしまった。よかった、すぐに殺さなくて。短慮はよくない。でもアーティファクトは欲しい。喉から手が出てその手でコイツを絞め殺してしまいそうなくらいには欲しい。

 このまま下手に死に戻りさせるとこいつは安置山でよーでないことをこの調子でペチャクチャおしゃべりして、近いうちにγ鯖の連中の耳に届く。そしたらすぐにヤサを突き止められてカチコミをかけられるだろう。


 どうする?どうする?どうする!?


「?」


 なんですか?みたいな感じでこっちをみやがって。人を疑うという心をママのお腹に置いてきたのか?目に曇りが無さ過ぎる。ブサオの方が100倍ふてぶてしいぞ。


「あっ、す、すみません。名乗ってなかったですね。わた、んんっ、ボクはアサっていいます!」


 クッ、名乗られた。この流れだとこちらも名乗らないと不自然だぞ。


 お~け~お~け~。


「んっ、んんン。へぇ~アサってんだ~。結構いい名前じゃん。あ~しマリンて言うんだ。よろたん!」


 俺は嘘を吐いた。まだギリギリぎゃる路線での軌道修正ができないだろうかという足搔きである。


「マリンさん、ですね。よろしくお願いします。えっと、マリンさんはβ組、ですよね?ここに住んでるんですか?あ、そういえばヘルメスルニスに捕まってる時、上から棺砦が見えた気がするんですよ!ここからそう遠くないと思います!」


「あ、ん~とね~」


 こ、こやつ、着実に探られないところに触れてきやがる!

 やっぱりほんとは全部わかってねぇかコイツ?

 ヤサまで確認されてるとなると言い逃れはできない。怖い。どうしよう?マジでドン詰まってきた。


 この俺がこんなハムスターみたいなか弱そうなヤツに追いつめられるだと?βなら開き直って殺すところなのに。どうする?どうすればいい?


「あっ、マリンさん。あの、ですね、よかったらフレンド登録しませんか?あ、いや、マリンさんが良かったらなんですけど、流石に未開地で1人って言うのも心細くて、えっと………」


 あああああああ!!くそっ!的確にこっちの動きを封じてくる!流石にフレンド登録はバレる。バレるぞ。偽名を使ってるのもバレるし、コイツはβの時の情報を詳しく漁っていたのだとしたら俺の名前も知ってる可能性がある。フレンドには本当の名前が問答無用で表示される。コイツは勘づくだろう。

 

「え~なに~?アサッちあ~しのことナンパしてんの~?えっち~」


「え?あ、いや、そうではなくて、その、えっと」


 ここは一旦煙に巻こう。アサくんは一瞬俺が何を言っているのかまるでわかってないようだったが、急に理解が追い付いたのか顔を赤くしてワタワタし始めた。なんて初々しい反応なんだ。こう、なんとういうか、すべてがすべてS気強めなおネェさん特攻のような子だな。


「でもあれじゃね?一度リスポンした方がいいと思うよ。ここめっちゃきついし、アサくん初心者なんしょ~?適当に仲間作って動いた方がいいよ。ヒトデはソロだときっちぃからさ~」


「あ、そ、そうですよね。でも、死に戻りしたら剣が」


 チッ、初心者でも流石にわかってるか。


「あ、じゃぁ、剣はあーしが届けてあげっからさ。あーしだったら初期リスにすぐ戻れるし」


「いいんですか?え、でもぉ………」


 めんどくさい。めんどくさいぞこの子。剣をパクられることを警戒してるのか?その通りだからその警戒は正しいのだが、どうもそういう態度ではない気がする。どうしよう。やっぱり殺っちまうか?


「いやまーじここ初心者向けじゃないからさ、ね?」


 いや、ここは丁重にお帰り頂こう。問題の先送りだ。この子は人畜無害そうだから適当に丸め込めば黙っててくれそうな気がする。 

 ここが初心者向けではないのはマジだ。さっきのキング個体といいここの生物はレベルが高い。どうせ帰ってる途中に死ぬだろうし、ストーキングして死んだところでその死体を回収して逃げればアーティファクトも手に入るって寸法よ。取りに来ても死体がなければ他のプレイヤーに漁られたか獣に食われたと考えて諦めるはずだ。


 よし、これで行こう。完璧だ。


 と思ったら彼は更に予想外の動きに出る。


「え、え~っと………マリンさんって、本当は【魔王】って呼ばれてたり………」


 殺ッ


「あの、さっきの剣あげるのでボクを弟子にしてくだウヒャァ!?」


 あまりに想定外の発言に思わずナイフの起動がブれ、彼はギリギリでビビッてずっこけたことで一命をとりとめた。

 

 なんて?



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